13.(微リョナ)ヒーローはどこにもいない



 注意・ヒロインに対するリョナ要素あり。

 苦手な方は「変身ヒロインであるマイティ・フレイムは、すごく強い敵怪人:身体啜にくすすりに負けて絶体絶命の大ピンチ! しかしそこに現れたのは主人公・東翔太朗……次回に続く!」ということだけ踏まえて飛ばしてください。

 

 また、ヒロインの死亡はありません。回復魔法もあるので四肢欠損等も起こりません。

 作者はリョナ好きというより、単に「ドラゴンボールのサイヤ人襲来編のように、仲間が圧倒的な敵にやられて絶望するシーンで満を持して主人公が登場」シチュが好きなだけです。

 そのためリョナ好きを満足させるほどの過剰な暴力はありません。





 ──────




 涼野夏蓮という女の子は、間違いなくいい子だ。

 正義感があり、誰かのために体を張れる。

 でも今回はそれが悪い方に出た。

 これは俺のミスでもある。

 今までしっかりシフト管理をして、彼女がのびのびと仕事できるように環境を整えたつもりだ。

 だから、あの少女は。

 どうあっても抗えない窮地というものを、この局面まで知らずにきてしまった。


「高遠副支部長、所属レスキュアーの状況は」

「巡回スタッフは手が空いておらず、待機スタッフだったクラッシャーマンもLDに対応中です」


 即座に動ける職員はいない。

 もし涼野さんが罠に嵌められたのだとしたら、手をこまねいているうちに彼女は命を落とすだろう。

 何故なら通常のLDは人をさらうなんてしない。

 裏に意思のある敵がいるのは明白だった。


「他のレスキュアーに声をかけましょう」

「ああ、いいよ。休日に職場に呼び出されるなんて嫌だろうし。ただ、本部の治癒魔法使える魔法少女は連絡しておいて」

「そちらは大丈夫です。シズネさんから連絡がありまして、急遽出動してくださるそうです」

「申し訳ないなぁ」


 そんなことを言っている場合ではない、みたいな叱責を高遠副支部長はしなかった。

 だって長い付き合いだ。こういう時俺がどうするなんて、彼女は分かり切っているのだ。


「代わりにもならないが、涼野さんの方は俺だけで十分だ」

「バイトが休んだら、穴埋めは店長がするべき、ですね。私はそれも反対なんですが」

「でも、責任取るのはやっぱり管理者じゃない? 雇用されたレスキュアーに窮地になったら何を捨てでも駆けつけろ、なんてそりゃおかしいでしょうよ。だから、俺が行く」

「ご武運を。……いえ、翔お兄ちゃん。気をつけてくださいね」


 副支部長ではなく、“良子ちゃん”として彼女は俺を送り出してくれる。

 なら最大限頑張って、必ず帰ってこないといけない。

 そうと決めたら時間が惜しい。

 俺は事務所を飛び出して、通常の人間ではありえない速度で走った。




【今日の勤務】

 ??? レスキュアー登録名 なし

 



 ◆




 蚊の頭部、ムカデの胴体、蜂の腹部が合わさった醜悪で巨大な虫。

 その節足がマイティ・フレイムを捉えている。

 

「あ、あ……」


 正義の味方としてあるまじき行いだ。

 分かっているのに、その醜い容貌に少女はおののいた。

 身体を動かす度に、生理的な嫌悪感を掻き立てる虫の音が聞こえる。怖気が走るとはこのことだ。

 このようなリビング・ディザスターは初めてだった。


 距離をとらなければ。

 そう判断した時にはもう遅かった。

 べきりと、嫌な音が響く。

 

「いっ、あああああああ!?」


 少女のしなやかな脚を掴んでいた、ムカデの足に力が込められた。 

 巨体だけに相応の太さを持ったそれは、魔力で強化されたはずのマイティ・フレイムの左足を容易にへし折る。

 初手で、格闘技術の要である足を潰された。

 

「いた、痛い……ひっ!?」


 バランスを崩して少女は倒れ込む。

 慌てて振り返れば、吐息のかかる距離に巨大中の蚊の頭部が迫っていた。

 虫の容貌に思わず悲鳴が出てしまった。

 それを恥じ、勇気を振り絞ってマイティ・フレイムは反撃に炎の魔法を放つ。


『ぐぉ、おぉ……』


 効いている。

 頑丈そうな外骨格だが、傷がつかない訳ではないし、炎で燃やせる。

 上位固体であったとしても理不尽な耐久性を持つわけではないらしい。


「な、ら……!」


 どうにか体勢を整え、片足でムリヤリ跳躍。炎を付与した拳を叩き込む。

 硬い。体重の乗り切らないパンチでは外骨格を壊せなかった。しかし殴った感触はちゃんとあった。

 障壁や無効化といった概念的な守りではない。身体啜からだすすりはシンプルに、生物としての性能が高いだけであって、理を超越した存在ではない。

 攻撃が効くなら、倒せるのだ。


『痛い、なぁ……。ごはんが、暴れてる……ぅ』

「ほ、本当に、喋るんだ……」


 リビングディザスターには意思を持たずただ破壊行動を行う。

 それが定説だっただけに、喋ること自体に違和感がある。

 しかし喋っていても言葉が通じるようには思えない。表情なんて分からないのに、目の前の化物は悪意の視線を向けられているような気がした。

 身体啜からだすすりはムカデの胴体をくねらせて、瞬きの間に距離を詰める。


「ふぅ……はっ!」


 それに合わせて、片足で倒れ込むように重心を前に傾ける。

 虫のカラダには関節技も投げ技も意味を為さない。今ある武器は炎の魔法と強化した打撃のみ。その打撃も、足を折られた以上こういう形でしか強く打てない。

 一撃で葬る、それだけの覚悟と威力が込められた拳だ。

 しかしLDならともかく、上位固体であるMDはただ殴られるような真似はしなかった。


『ふあぁああ……』


 意味の分からない奇声を発し、身体啜りの胴体が曲がる。

 少女の拳を避けて、伸び切った腕に絡みつき。


「ひっ、あ、っぁあああああ⁉」


 そのまま圧力をかけて、筋肉を骨を潰した。


「あ、ああ」


 動くための足を、決意を以て振るった拳を壊された。

 その事実がマイティ・フレイムの心を追い詰める。

 倒れることもできない。四肢を絡めとられ、無理矢理に立たされ、ムカデの足がクビにまで添えられた。

 虫の頭がすぐ近くにある。

 痛い、怖い、気色悪い。

 いくら異能に目覚めたとしても、かつての改造人間たちに憧れ努力をしてきたと言っても、彼女自身はついこの間まで戦いとは縁遠い学生だった。

 その精神性は、どこまでもいっても“正義感のある一般人”の域を出ていなかった。


『今、食べたばっかりだから、お腹いっぱいぃ……でも、おいしそぉ』


 蚊の頭でどうやって喋っているのか。エコーがかかったような声だ。

 そもそもリビング・ディザスターは災害。危険だがそこに悪意はなく、嬲るような真似もしない。

 けれど意志を持つ敵は違う。

 甚振り、見下し、弄び、嘲笑う。もがく獲物に愉悦を覚える。

 力を持ちながらも叶わずに絶望するレスキュアーは、最高の餌なのだろう。


『ほぉらぁ、見てぇ……たくさぁん……』


 ここは身体啜りの巣。

 だから、一角には食べ残しが沢山あった。

 中身を吸われて皮だけになった死骸の山だ。投げ飛ばされた少女はそこに突っ込まれた。


「ひぃっ、い、いや……」


 うすっぺらい死体を、まるでカーペットのように下に敷く。

 そのおぞましさに逃げようとするも、身体啜りにのし掛かられてしまった。

 逃げられない、動けない。頭部を抑えられ、地面に押し付けられた。そうなれば、死体に頬ずりをするような形になってしまう。

 皮だけの死骸に体を引っ付けたまま体をゆすられ、何度も何度も擦りつられる。


「ああ、ああ、あああああああああ!?」

『泣けぇ、サケベェ。強いと思っているやぁつの、みっともなさは、おいしさの秘訣だぁ……。お腹が減るまでぇ、調理してあげるぅ』


 たくさん食べてお腹がいっぱいだから、時間をかけて味を良くする余裕が生まれた。

 その余分な感情のおかげでマイティ・フレイムは殺されずに済んでいた。

 正義の味方を気取っていたのに、犠牲者に守られて生きながらえている。それが悔しく苦しく情けない。

 なけなしの勇気を振り絞って反撃しようとするが、それもくじかれた。

 虫の腹だ。まるでおろし金のようになった腹で、少女のみずみずしい肌が削られる。


「あ─────」


 もう、叫び声にもならなかった。

 まとうレオタード衣装だけではない。その下の皮膚、筋肉までがおろし金にかけられている。

 ぞりぞりと肉が削れる度に、先ほどの決意や勇気まで削れていくようだ。

 

(勝て、ない。私が、生かされてるのは、お腹がいっぱいだから……。たすけようとした、ひとたちに、まもられた……)


 初戦こそ追い詰められたが、持ち前の正義感と恵まれた才能とマジメで努力家な気質が、彼女をその後の苦戦から遠ざけた。

 結局はうぬ惚れていたのだろう。

 戦って、勝ち続けてきたから。

 何度も支部長が無理をせずに逃げろと言ってくれたのに。無理をすれば、命を賭ければ、脅威は打ち砕けるのだと勘違いしていた。

 でも本当はどんなに抗っても敵わない存在がいる。

 不屈の闘志で立ち向かうという意味を、涼野夏蓮という少女は理解していなかったのだ。


『あかぁい、調味料。まぶした、ごはぁん……』


 だからここで終わり。

 ずたずたになった皮膚を、身体啜りは嬉しそうに眺めている。

 今からマイティ・フレイムは、頭蓋骨に穴を開けられ、筋肉を骨を溶かされ、脳ごと吸われて絶命する。

 重ねられたうすっぺらな死骸の仲間入りだ。

 近付く注射器のような口器を前に、身動き一つできない。

 ヒーローはいない。彼女はもう立ち上がれず、誰も助けてくれない。


 身体を、啜られる。


 けれど口器が少女の頭蓋に突き刺さることはなかった。


「やあ、お久しぶり。父親の仇」


 あまりにも気楽な口調とともに現れた男の拳が身体啜りを吹き飛ばす。

 生々しい外骨格を思わせる、全身を包む黒のプロテクター。おそらくは他の生物の遺伝子を組み込んだ、旧式改造人間なのだろう。

 その拳の威力は、強化したマイティ・フレイムのものを超えていた。

 ボロボロの状態なのに安心してしまう。声に、聞き覚えがあったからだ。


「東さん……?」

「涼野さん、よく頑張ったね。治癒が得意なシズネさんが来てくれるから、傷も後遺症も残らない」


 顔はフルフェイスのマスクに隠れて分からないけれど、その気安い口調は間違いなく東支部長のものだった。

 なぜそんな恰好をしているのかは分からないが、助けに来てくれたのだろう。


「レスキュアー、だったん、ですか……?」

「違うよ」


 平面の死骸の山から、横抱きで拾い上げられた。

 マイティ・フレイムを助けようとするその隙を狙って身体啜りが迫る。

 しかしその突進を予測していたかのようにいなし、鋭い蹴りが化物を叩き伏せた。

 ゆっくりと少女を地面におろし、支部長は身体啜りと正対する。


「だ、だめ、で、す……」


 この一合は確かに優勢だ。

 でも、あんな化物相手に勝てるわけがない。

 言うことを聞かずにバカをやらかした自分なんて見捨てていいから、逃げてほしい。


「大丈夫。なにせ、東翔太朗は改造人間である、ってね」


 必死の懇願を支部長は聞かず、ただ静かに語る。


「レスキュアー登録名はなし。旧制度のヒーローでもない。俺はどこにも登録されていない、最後・・の旧式改造人間。新式改造人間の概念が成立する前段階で研究されていた、とにかく性能を上げるために考案された技術を詰め込んだ【実験用改造人間】だ」


 旧式改造人間の技術をさらに突き詰めた実験体。

 しかし実際に採用されたのは新式改造人間だ。

 強さで劣っていたのではなく、社会風潮が認めなかった。権利擁護の名のもとに、非人道的な行いは駆逐された。 

 東翔太朗は「人を造り替えるなんてNG」という世論によって居場所をなくした、違法の人体改造術式の産物である。


「俺はこうなった。ぜぇんぶ、てめえらをぶちのめすためだよ身体啜りぃ……!」


 父と母。

 大切な家族だった二人を奪ったお前らを潰すために、この身を造り替えたのだ。


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