14.虫を潰す




 本部直属の戦闘レスキュアー、遠野宇宙とおの・そらおよび玖麗くらら

 二人の男女は口だけではなく、相応の戦闘力の持ち主だ。

 新式改造人間は、投薬と鍛錬による肉体の強化と、装甲戦士に比肩する特殊プロテクターを装備している。

 さらに、今のタレント化したレスキュアーの中で、本部直属の彼らは専門の戦闘訓練も受けている。

 その強さは生半可なレスキュアーを凌駕しているという自負があった。

 だからこそマリシャス・ディザスターの追跡も、ある程度の余裕をもって臨んでいた。


「……なんだ、これは」


 しかし男女は遅れて町工場に辿り着き、繰り広げられる戦いを目にした。

 うすっぺらい死骸の山。腕と足を折られて肌をおろし金にかけられた少女。

 一目で分かるほど隔絶した力量の、巨大な虫の化け物。

 それと互角にやりあう旧式改造人間。

 目の前の光景に、女は意識せず呟いた。


「ば、化物が、に、二匹いる……」


 見下していたはずの旧式改造人間の動きに、ただ恐れ戦いていた。




 ◆




 1.1ヒーロー・ヒロイン権利擁護運動は、多くの正義の味方を救った。

 市民に守護者としての在り方を強制されて、私生活を削ってさんざん戦っても一度のミスですべてを失う。

 群衆にこそ追い詰められる正義の味方の働き方を変えたのがこのムーブメントだ。

 例えば改造人間ガシンギも、この改革のおかげで結婚する余裕ができた。

 けれど歪みが正される時、失われるものだって確かにある。


 東翔太朗が十三歳の時の話だ。

 かつて存在呑きみのみ共に両親を食われ、孤児となった翔太朗は改造人間ガシンギこと南城光茂に救われた。

 しかし光茂はヒーロー、いつ死ぬかも分からない身だ。そのため当時独身だった彼は、知人の研究者に翔太朗を預けた。


 それが高遠重蔵たかとお・じゅうぞう

 悪の組織から流れてきた、人体の強化改造手術の第一人者である。

 キバハリアリの改造人間ガシンギを生み出した研究者は、技術こそ飛び抜けていたが一般的な感性の持ち主で、普段は穏やかで妻と娘を愛する男性だった。

 娘、良子りょうこはそんな父によく懐いていた。とても無邪気な明るい子で、急に預けられた子供のことも“翔お兄ちゃん”と慕ってくれた。

 しかし両親を失ったばかりの翔太朗には余裕がなく、居候の分際では邪険にもできないが、二人の関係はぎこちなかったと思う。

 けれど高遠家に預けられたこと自体はありがたかった。なにせガシンギの制作者がそこにいるのだ。

 ある日、翔太朗は重蔵に願い出た。


「俺を改造人間にしてください。両親を食った奴らを、殺す力が欲しいんです」


 その願いは受け入れられなかった。

 理由は単純、まだ子供だったからだ。

 改造手術では他の生物の遺伝子だけでなく機械のパーツも埋め込む。成長期のカラダにそれを行えば、成長する過程で致命的なズレが起こるかもしれない。

 そう言われれば納得せざるを得ず、「なら大人になった時は」と約束をさせた。

 

 その口約束だけが支え。いつか来る時に備えて体を鍛えることが彼の日課となった。

 憎い、許せない、殺してやる。無理をする理由はいくつもあった。

 だけど、立ち止まる理由も同じようにあった。

 

「翔お兄ちゃん、プリンあげる!」

「……あ、ありがと、う。良子、ちゃん」


 良子は自分のオヤツを翔太朗に渡してでも休ませようとした。

 どれだけ突き放しても小さな彼女はちょこまかと後ろからついてくる。その健気さに絆されたのかもしれない。幼い“良子ちゃん”と甘いものを食べている時には、心が安らぐのを自覚した。

 穏やかな暮らしに少しずつ精神も落ち着いていく。

 それでも、父が肉を啜られ、母が心を食われた様は忘れられなかった。


 そうして、約束の時がきた。

 19歳の誕生日を迎え、鍛え続けたことで体格も良くなり。これからは大きな変化はないだろうと判断された。

 しかし翔太朗が成長するまでに、社会情勢の方が変わってしまった。

 ヒーローたちの権利がささやかれる昨今。ブラック企業並みの労働が問題視され、女性もいるのにヒーローという名称だけが脚光を浴びるのはおかしいと叫ぶ女性団体も出てきた。

 

 同時に、非道な人体改造を前提とする改造人間に対しても批判は集まった。

 別に強制されたわけではない。自ら選んだ道だというのに、関係のない外野が「改造人間はかわいそう」と意味の分からない擁護を始める。

 その風潮は長らく続き、いつしか「旧式改造人間をこれ以上作らない」というスローガンが掲げられるようになった。

 その中で決定した新ルールがある。


 現行のヒーロー制度で登録された旧式改造人間は、レスキュアーに転換登録ができる。

 が、今後は強化改造手術を違法として、レスキュアー登録を認めない。^

 また、登録されていない特殊能力所有者の力の行使を違法とする。 

 今後は古臭い技術ではなく、投薬で肉体を強化した新式改造人間をメインにしていく。


 きっとそれは民衆の語る正しさなのだろう。

 しかし翔太朗にとってはようやく手に入るはずだった武器を奪われることに他ならなかった。

 だから、彼は押し切った。違法でも何でもいい。力が欲しいと。

 高遠重蔵はそれを受け入れた。

 素直に応えてくれた理由は今も分からない。

 両親を亡くした子供を憐れに思ったのか。

 ……それとも、時代の流れに散々研鑽した技術を奪われようとする、一介の研究者の悪あがきだったのか。


「君には、私がこれまで培ってきた全ての研究成果が使われている。ただしすべて実験段階であり、完成に至ることはない。これからは、もう強化改造手術は違法となり、今後の発展は見込めない。だから打ち止め。君が、最後の旧式改造人間だ」


 重蔵博士は悲しそうに俯いた。

 ともかく、一体の改造人間が完成した。

 当時の社会風潮から発表できなかった多くの技術が盛り込まれた、完全に違法な個体。

 新式改造人間にとって代わられ、完成品が生まれることのない【実験用改造人間】。

 ヒーローにはなれず、“世間のお気持ち”に阻まれてレスキュアーにもなれなかった、居場所のない半端者。

 それが東翔太朗だった。




 ◆




 ……そして、それでいいのだと俺は思う。

 ヒーローでもレスキュアーでもなく、まかり間違っても正義の味方なんて名乗れない。

 だけど。


「てめぇらをぶちのめす程度はできるんだよクソがぁ!」


 身体啜りの外骨格にヒビが入る。

 ムカデの胴体が逃げるより早く、俺の拳が突き刺さったのだ。

 この程度で驚くことはない。俺はガシンギを作った高遠重蔵博士が、その技術の粋を集めた最後の改造人間だ。

 人道的どうこうの理由から研究を阻まれ、結局は実験段階で止まっていた技術が俺には使われている。


『お、う、お』


 暴れ狂う害虫。

 体をくねらせ、蜂の腹部をまるで鈍器のように扱い殴りかかってくる。

 それを躱す。相手の速度は尋常ではないが、こちらだって相当だ。

 反撃の蹴りを蚊の頭部に叩き込む。醜い容貌が、ひしゃげてさらに醜くなった。


『なんでぇ……?』


 なんでも何もない。

 自分の体を鍛え抜き、その上で生物型の強化改造手術を受けた。

 ミツさんがキバハリアリの特性を付与されたように、俺にも他の生物の特性がある。

 俺は、“ミルメコレオ”の改造人間なのだ。

 

 ミルメコレオはヨーロッパの伝説上の生物だ。

 蟻ライオン……つまり蟻とライオンの性質を合わせ持つとされる。

 もっとも、その由来は単なる誤植で、そんな生き物は存在しないのだが。

 こいつはライオンの父とアリの母を持つ生物で、顔はライオン、首から下がアリの姿をしている。

 二種の特徴を有するミルメコレオは、古代西洋では悪魔の創造物ともいわれた。

 

 実際にはそんな生物はいないため、正確に言えば俺にはネコ科の動物と昆虫の特性が付与されている複合体だ。この二種合成こそが重蔵博士の研究の成果である。

 天然の無拍子であるネコ科のしなやかな挙動と、自重を超える物体さえも持ち上げる昆虫の怪力。その両方を併せ持った改造人間。

 正式採用されなかったキメラ手術の産物なのだから、悪魔の創造物という表現も否定できない。


 改造されただけでは戦力にはならない。

 当然、効率よく扱うための鍛錬はした。

 全ては今この時、こうやって化物どもを踏み躙るため。

 ムカデの胴体を使った変則的な軌道に、シンプルな速度とパワーで追い縋る。

 複数の足での反撃を受け、無傷とはいられない。それでも止まらず、ヤツを包む外骨格を砕いていく。

 苛立つ。腹立たしい。憎い。許せない。うざってえ。殺してやる。

 親の仇を前にしてたぶん俺は冷静になれていない。だけど、それだけじゃない。

 だってこいつはあれからも人間を啜り続けてきた。

 涼野さんを、まるでオモチャのように傷つけ弄んだ。

 ああ、本当に。悪意ある災害というヤツは、どれだけクソなんだ。


「どんだけ、好き勝手やってきたんだてめぇは」

『なんで、怒るのぉ? ごはんは、誰でも食べるぅ……』


 お前だって、牛や豚を食うだろう。 

 そう言われても響かない。


「そんな与太興味もない。俺はお前を殺すために生きてきた。お前は俺に殺されるために生きてきた。そんだけの話だろうがぁっ!」


 一際力強く、大ぶりのストレートを身体啜りの顔面にぶち込む。

 体勢は揺らいだが、相手もされるがままではない。ムカデの胴体を振り回して、鞭のように俺を攻撃してきた。

 それを、真っ向から受け止める。

 重い、が。ヤツの体をしっかりと掴んだ。


「それによぉ、ウチの子を散々傷めつけやがって。お前みたいな食欲だけの災害が、俺みてぇな憎いだけで動くクズが、ああいうまっすぐな子の邪魔してんじゃねえよ!」


 力任せに地面に叩きつける。

 虫の体がめり込むも、身体啜りはすぐに起き上がり口器で俺を突きさそうとする。

 しかし左手で防ぐ。


『ん…おぉ……』

「吸えないだろ? 俺は、他の生物型よりも機械の割合が多いからな。左腕の先はほとんど機械だ」


 肉を溶かして啜るなんて真似をする化物に対抗するための一発芸だ。

 口器を握り潰せば、憐れなほど無様にやつはもがく。食べるための口が失われるのが相当ショックらしい。

 でも、もうそんなことを悩む必要もないだろう。


「潰れろ虫けら」


 こいつに異常な再生能力や概念的な守りがないのは確認済み。

 派手な挙動はいらない。

 シンプルな身体能力に任せた、機械の腕で繰り出す拳が身体啜りの頭部を貫く。

 左腕はパイルバンカーの亜種だ。魔力を炸裂させて腕先を伸ばし、インパクトの瞬間に威力を高める小細工が施されている。

 俺の必殺技、“クアドパンチ”。複数の要素を組み合わせて威力を上げる一撃だ。 

 化物の頭が吹き飛んだ。 

 長い年月憎んだ親の仇の体液が宙に舞っている。

 しかし、みっともない無様な死にざまを見ても、なんの感慨もわいてこなかった。




 ◆




 ……存在呑み達は別に、長い間潜伏していた訳ではない。俺のテリトリーに入ってこなかっただけで、人食い自体は続けていた。

 俺の方から攻めに出られなかったのは、稼働時間に問題があるからだ。

 ミルメコレオの改造人間である俺は、全力戦闘できる時間が極端に短い。独りで戦い抜くという、昔ながらのヒーロームーブができないのだ。

 だがようやくこちらの手の届くところにきてくれた。

 このチャンスを逃すわけにはいかない。


「やったよ、パパ……なんて気持ちには、ならないもんだなぁ」


 変身を解き、人間状態に戻る。

 あんなに憎かった仇を殺したのに、達成感はあまりない。

 身体啜りが完全に動かなくなり、溶けて亡くなるのを確認してから俺は背を向ける。

 そうして床に寝転がったままの涼野さんを横抱きにした。


「うっ……」

「痛む? ごめん、すぐに戻って治療しよう」


 砕けた骨も傷も魔法少女シズネさんがいれば後遺症もなく治る。

 だけど、折れた心は治癒魔法じゃどうにもならない。

 もしかしたら、もう立ち向かえないかもしれない。

 きっと達成感がないのは、悔しさと情けなさが勝るからだ。


「あれ、君らは……」


 改めて町工場を見回すと、本部のお笑い芸人“そら&クララ”がいた。

 彼らも身体啜りを追っていた。俺達の方が早く辿り着いてしまったのだろう。


「よっ、見てた? 僕ちゃん嬢ちゃん」

「あっ、ああ……」


 何故かびくりと肩を震わせる遠野くん。

 まあ、どうでもいい。


「見てたんなら、三岳常務に報告お願いね。東のボケがやらかしましたって言ったらだいたいイイ感じにしてくれるから」

「はっ、はい!」


 答えたのはクララさんの方。そういやこの子の苗字しらないや。

 まあ、なんにせよ仇は潰した。

 疲れたし、動きすぎたせいでカロリーが足りない。ひとまずケーキが食べたかった。

 機械の割合が多くても、消化器官などは普通にあり飲食は可能。味覚も少し鈍いが残っている。ここら辺、ミルメコレオそのものじゃないので安堵していた。

 たぶん、重蔵さんは俺に人間としての生活を捨ててほしくなかったんだろうなぁ、と今更ながらに思う。

 だけど、まだ終わってはいない。


「残り二体……」


 暗い呟きが意識せずに漏れる。

 すると、何故か涼野さんが動く方の腕で俺の胸元をキュッとつかんだ。

 その意味は深く考えないようにした。









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