11.分かりやすいカマッセ
普段は事務所に籠り切りの俺だが、今日は異災機構本部のお偉方に命じられ、隣の市まで足を運んだ。
なんでも人死にがあったらしく、「東支部長の意見が欲しい」と呼ばれたのだ。
直行した現場はすえた匂いのする、うらぶれた路地だった。どことなく空気が淀んでいて呼吸がし辛い。
「来たか、東支部長」
先に来ていた三岳常務が軽く手を上げた。
五十代半ばの、肩幅が広く筋肉質な男性だ。企業の幹部クラスだがストイックな性格で、鍛えていないとレスキュアーに舐められると未だにトレーニングを欠かしていないらしい。
常務はもともと異災機構の前身に勤めていた、改造人間たちと悪の組織の戦いを後ろから支えていた一人である。
ただし、1.1ヒーロー・ヒロイン権利擁護運動の反対派でもあった。
だというのに強化人間たちの後押しもあり民営化した異災機構の上役に収まったという、複雑な立ち位置にいる人物である。
「三岳常務、すみません。遅くなりました」
「ああ、構わんよ。むしろ謝るのは私の方だ。力を借りるのはこちら側だし、嫌なものを見せることになる」
路地は警察によって封鎖されている。
俺たちが入れるのは、その警察から要請があったからだ。変死体が発見されたので有識者に確認してほしいと。
「三岳常務。たかが一支部長に貴方が謝る必要はないかと」
「そーそー、しかもソイツ。噂のヤツじゃーん」
話の途中で、常務の後ろに控えてた二人組からチャチャが入る。
一人はオールバックの、きっちりスーツを着こなした真面目そうな青年。
もう一人は褐色肌の、二十代前半くらいの女性。派手めな服装で、なんとなくギャルっぽい。
どちらも共通しているのは、俺に見下した視線を向けている点だ。
「やめろ。重ね重ねすまんな、東支部長。私の護衛なんだが、まだ日が浅くてな」
「いえ。……新式改造人間ですか」
常務クラスの護衛となると、本部直属の新式改造人間。その中でも上位のレスキュアーだろう。
自分の腕に自信があるせいか、趣は違えど二人とも傲慢さが滲んでいる。
「本部直属。新式改造人間、
「おなじく新式改造人間、
旧式改造人間と、新式改造人間では改造の意味合いが違う。
旧式は生物型と半機械型に区別されるが、どちらも強化改造手術を行う。
しかし新式は異災機構の開発した特殊な薬品を服用しての鍛錬で肉体改造を行い、その上で特殊プロテクターを装備する。
つまり、新式の場合は体にメスが入っていない。
この辺りは権利擁護運動の影響がある。
そもそもレスキュアーという名称自体が、「女性もいるのにヒーローの看板を掲げることがおかしい」というジェンダー問題に起因している。
それと同じように、権利団体は旧式改造人間にも目を付けた。「人体に不可逆的な改造を施すのはいかがなものか」ということだ。
結果、既に旧式の改造手術を受けている者はレスキュアー登録を認めるが、今後旧式改造人間となるのは禁止された。
その代替として機構が用意した戦力こそ新式改造人間。時代の流れが生んだ新しい戦士というわけだ。
「だからさぁ。あんたのとこの、なんだっけ? 名前は忘れたけど古臭いお爺ちゃんとは違うわけよ。わざわざ体造り替えて、高性能プロテクター以下なんてねー」
ギャル女の方が嘲笑うような物言いをぶつけてくる。
魔法少女シズネさんの罵倒は気持ちいいのに、こっちは不愉快だ。
「そういうことだ。腰抜けの支部長殿。なにより、俺たちはタレント気取りのレスキュアーと違って、専門的な訓練を受けた戦闘特化のレスキュアーだからな」
青年の方も遠慮がない。
腰抜け、というのは俺のあだ名のようなものだ。
俺は若くして支部長になった出世頭だ。本部には友好的な知人が多いが、逆にそこそこの数の政敵もいる。
そいつらは口々に言う。「東支部長はレスキュアーに媚びて今の地位に就いた。レスキュアーの安全ばかりを主張する腰抜け」だと。この新式改造人間たちもそれを聞いたのだろう。
……だが、彼らは分かっていない。
ちょっと調子に乗った若者というのは、おじさんの大好物だということを!
「んー、とりあえず、君らは勘違いしている。俺の腰抜けの異名は臆病というだけじゃないぞ?」
「なんだと?」
「ベッドテクが凄すぎて、お相手が腰を抜かして立ち上がれないから“腰抜け”って呼ばれてんの。坊やには意味が分かり辛かったかな?」
かんっぺきに嘘だけど!
でもいいのだ。相手が呆気にとられた顔をすれば俺の勝ち。
予想通り青年くんはぽかんとしている。しかし数瞬遅れて「君、童貞?」と言われたも同然だと気付いたらしく、怒りに顔を赤くした。
「貴様、舐めているのか?」
「は? 舐めてほしいの? 言っとくが俺の絶技/舌技を味わったらもう戻れないぞ? 俺は男でも美味しく頂けるタイプだからね?」
「なんの話している⁉」
マジメくん、下ネタは苦手な模様。
ギャル女さんも顔を赤くしている。こっちは怒りというより微妙に恥ずかしそうである。
「お、男もイケるって」
「もちろん女の子も大歓迎だよー。腰抜けの異名、経験したいならいつでも声をかけてね、クララちゃん。全力で断るから」
「はぁっ!?」
「そりゃそうでしょ。俺だって、選ぶ権利はあるさね。相手してほしいんなら全裸土下座くらいしてもらわないと」
「こ、このおっさん……!」
ギャルっぽいけど容姿は整ってるし、女としての自分に相応の自信があったのだろう。
からかってやると普通にキレそうになっていた。
「ああ、もう、お前も止めろ。ウチの若いのを弄るな」
「いやぁ、ウチ所属の女の子は、未成年と人妻だからね。こういう発言は色々問題があるんですよ。で、ちょうどいい
「相変わらずいい性格をしているな……」
あとミツさんを侮辱されたのはムカつくんで。
俺の腰抜け呼ばわりは事実だからいいけど、お前らがミツさんに勝てると思うなよ。
「常務! このような侮辱を受けて……」
「いいから、黙れ。お前らは周囲の警戒をしていろ」
青年くんは文句を言おうとしたが、睨み一つで言葉をなくした。
二人が離れていくと、常務が大きく溜息を吐く。
「まったく。だから私は、権利運動に反対だったのだ。権利が認められれば、調子づくヤツが出てくる」
ここら辺が、三岳常務が支持された理由なんだろうな。
この人は機構の上役だが、今のタレント化したレスキュアーをよく思っておらず、昔気質のヒーローを尊んでいる。
なんでって、ミツさんのようなヒーローたちと悪の組織に立ち向かった世代だから。
きっと常務には、正月は休みたいと主張するレスキュアーたちが軟弱に見えているのだろう。
「ヒーローを芸能人のように扱うから、志も覚悟もないヤツらが集まってくる。その中で少し戦闘訓練をしたからと、周囲を見下す者も。スペックの高さと強さを混同するような輩は、旧式改造人間にはいなかった」
「ですが、おかげで人手不足が解消されて、LDによる被害は抑えられています。何事も良し悪しじゃないですかね?」
「……そうか。お前は、芸能活動には賛成だったか」
「ええ。擦り切れるまで戦って終わりじゃつまらないでしょう? レスキュアーだって、楽しく生きてほしいですよ」
紛れもない本音だ。
微妙に三岳常務とは考え方が違うのだが、彼は頭ごなしに否定するような人ではない。
答えの出ない問答は終わらせて、改めて今回の事件に意識を向ける。
「だいぶ話は逸れたが、変死体が出た。そいつをお前に見てほしい。少しでも情報を得られるよう、現場は保存しているそうだ。確認してやってくれや」
「では、失礼します」
俺は軍手をはめて、地面に敷かれたブルーシートを持ち上げた。
一瞬、何もないと勘違いする。けれど改めて確認すれば、地面に広がる薄っぺらいモノに気付く。
それは奇妙な死体だった。
あるのは人間の皮だけ。筋肉も骨も臓器も、中身は一切残っていない。
各部を確認すると、おそらく頭頂部に当たるであろう場所に、大きな穴が空いている。
こういう皮だけの死骸を、俺は以前見たことがあった。
「最近、喋るリビングディザスターがちらほらと見られる。そっちはどうだ?」
「T市ではまだ発見されていません。ですがこの死体は、父と同じ死に方をしています」
俺の発言に、常務は眉間の皺を深くした。
「それはつまり」
「おそらく、
◆
【今日の勤務】
<夜勤明け>
超星剛神アステレグルス
<アルバイト日勤>
マイティ・フレイム
喋るリビング・ディザスターの存在は、異災機構内部でも上層部にしか知られていない。
そいつらはマリシャス・ディザスター……“悪意ある災害”と呼ばれる。
存在呑みたち以外にも確認されており、LDよりも遥かに強力な個体だ。
……一般のレスキュアーに隠されているのは、知られたら成り手が減るから、だそうだ。
控え目に言って反吐が出るね。機構に従って口を噤んでいる俺も含めて。
俺は支部に戻り、いつものように仕事をしていた。
今日は夜勤明けの超星剛神アステレグルスくんが事務所に残っている。
仕事が終わっていないのではない。単に俺と雑談をしたかったらしい。
「支部長。今ですね、コンビニグルメ50%増量キャンペーンをやっていまして。これ、支部長のおやつに買っておきました」
「おー、抹茶白玉生クリームどら焼き。どう考えても俺が好きそうなやつ」
「でしょう? ちなみに俺はビッグ肉まんと山盛りカレー丼を食べました」
「相変わらずジャンク好きだね」
「夜はなぜか、妙に脂っこいものが欲しくなります」
俺はけっこうコンビニ愛好家だ。
専門店のスイーツは美味しいが、コンビニスイーツにも魅力がある。レオンくんもジャンクフード好きだから高頻度で利用している。
「そう言えば、最近ロボゲー再燃してると思いません?」
「あー、確かに。でも俺、実はロボゲーはあんまりやらないんだよね」
「支部長はレトロ派でしたか」
「うん、子供の頃は買えなくって今になってな感じ。その意味だと、レオンくんが前勧めてくれたパズルはシンプルかつ楽しくて良かったよ」
そこからさらにレオン君の好きなゲームがコンビニとコラボしているという話に移り、レスキュアーの給料で一番くじを全て買い漁るのは大人気ないだろうか、みたいなことも真剣に考える。
事務所でそんな無駄話をする俺達を、日勤の涼野さんが不思議そうな目で見ていた。
「……レオンさんって、東さんとすごく仲がいいですよね」
「俺と支部長は、ゲー友でコンビニ愛好家の上に同盟だから」
ちょっと自慢気に胸を張るレオンくん。
実際年齢は離れているけど彼とはけっこう馬が合う。
でも同盟というのは『高遠副支部長の冷たい視線を潜り抜け適度にゆるいお仕事生活同盟』なので、あんまり誇れることじゃありません。
「ゲームかぁ。私は、実はほとんどやったことがなくて。身体を動かす方が好きです」
「涼野さんはアウトドア派かぁ。あ、でも俺もキャンプは行くよ。前に氷川さんと氷川ママさんと一緒にアヒージョ作った」
「玲センパイと? どうしてそんな流れになるのか、すごく気になります」
いや、単にお隣さんなだけですけど。
そんな感じで雑談を続けていると、招かれざる客がやってきた。
「失礼する」
「おや、君は……昨日の遠野くん、だっけ?」
あの失礼な新式改造人間が、いきなり事務所に入ってきた。
ただし彼の顔を見るに不本意ながらといった感じだ。
「どのようなご用件で?」
「三岳常務から、T市に踏み入るなら挨拶をしておけとのお達しだ。こんなもの、メールですませればいいものを」
「ああ、常務は昔気質の人だからね」
先日の話題の続きだ。
身体啜りの痕跡が他市で発見された。しかしまだ見つからないので、捜索範囲をT市にまで広げようというのだろう。
「了解しました。ウチのレスキュアーにも通達しておく。こっちからの人員は?」
「ふん。腰抜けの部下など役には立たん。俺たちで十分だ。そもそも、この報告自体が必要ない」
昨日あれだけからかったのにまだ懲りてないようだ。
よし、もう一度……と思ったのに、俺より早く涼野さんが食って掛かった。
「腰抜けって、いきなり失礼じゃないですか」
「なんだ、君は?」
「T市支部所属のレスキュアーです」
涼野さんが不機嫌そうに睨み付けるも、遠野君はどこ吹く風。
完全に見下し切った態度である。
そんな彼を見るレオンくんが、俺にビッグ肉まんに付いていたカラシの袋を手渡してくれた。
「なるほど、さすが甘い東支部長の部下だ。甘やかされて、規律も何もないと見える、ぬぉぉああっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」
そして俺は遠野君の懐に潜り込み、彼の鼻の穴にカラシをシュート超エキサイティン。
アンド、レオンくんとハイタッチ。むしろ涼野さんが「え、えぇ……」と置いてけぼりな状況です。
「そういう安っぽいエリートムーブいいから。用件終わったら帰ってくれる? 塩まくぞ、君の眼球に」
「ふごっ、それはもうただの、拷問だろうが!?」
「えー、だってウチの期待の新人である涼野さんを馬鹿にしたでしょ? そのくらい我慢してほしいんだけど」
「ほ、本部に、流れてる情報と、全く違うんだがコイツ⁉」
別に俺、全レスキュアーに問答無用で優しくしてる訳じゃありません。
面倒そうな子は適当にあしらいます。
「おっ、覚えていろよ腰抜け支部長が!」
「大丈夫。童貞の君が鼻にカラシを入れて悶えながら地面を転がる様は忘れようにも忘れられない」
「支部長、今の光景を動画撮影していますので、ちゃんと覚えていられるようにSNSで拡散しましょうか?」
「お前らクソだな⁉」
俺とレオンくんに対してまるで三下の悪党のような捨て台詞をぶつけて去っていく遠野君。
腰が引けててちょっと面白かった。
「えーと、東さん。あの人はいったい……?」
「異災機構本部でも有名なお笑い芸人“そら&クララ”の片割れだよ」
「あー、だから。そっか、アイドルだけじゃなくて、そういう売り方をするレスキュアーもいるんですね」
やべえ。
涼野さん信じちゃったっぽい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます