28.勉強会という名の設定語り回・後編


「さて、こっからは改造人間である俺の授業だな」


 ある意味本命の講師、ホワイトボードの前に立つのは改造人間ガシンギだ。

 しかしクラッシャーマンくんが文句を言う。


「えー、ミツさんがぁ? 俺ぇ、美人なシズネ先生がいいっス。放課後秘密の補習とかよくないっスか? ねっ、支部長」

「巻き込まないでくれるかな岩本くん?」

「あん? だが、支部長の初恋は確か……」

「それゼッタイ言っちゃダメなヤツですが!?」


 女三人寄ればなんちゃらというが、男が三人もおったらバカ×バカ×バカのトライアングルバカスペシャルが完成するだけです。

 そしてそんな馬鹿を余所に氷川さんと玖麗さんがしゅたりと挙手する。


「南城先生、支部長の初恋について詳しく」

「ガシンギせんせー、アタシにも聞かせて聞かせて」


 この子達なんなの、俺をどうしたいの。

 こういう時は良子ちゃん先生に叱ってもらおう。

 そう思ったのに、なぜか彼女はこちらを見ていなかった。


「高遠先生、勉強会がぐちゃぐちゃになっています」

「あ、すみません。ちょうど窓の外を見ていたので気付きませんでした」


 絶対嘘だよね?

 でも一応軌道修正をしてくれて、ようやくおっとり教師シズネさんのはちみつ授業から熱血講師ミツさんのアリ毒授業に交代した。


「じゃあ最初期の改造人間について。この頃は、ほぼ怪人と同じだ。変身能力がなく、肉体そのものを造り替えるもんで、怪人の姿から戻れない。それでも手術を受ける奴はいたぜ。改造人間パラスつってな。カブトムシの遺伝子を移植した、力自慢のヒーローだった。まあ、理由は大体恨みつらみだ。悪の組織に大切な人を殺された、人間に戻れなくてもいいからぶっ殺してえってな。中には組織に改造されたが逃げ出した、ってタイプもいたが」


 身につまされる。

 俺も似たような理由で改造人間になったクチだ。

 隣の席の氷川さんがツンと俺の脇腹を人差し指でつついた。そして微笑み、こちらに手を振る。

 暗くなりそうだった心を優しく引き上げられたような感覚だった。


「最初期はこういう不可逆の異形だが、基礎理論が魔法少女と同じだからな。改造人間も同じように人間形態から怪人形態に変身できないか、と考える研究者も出てきた。

 俺らには疑似的な霊水晶が内蔵されてるが、別に魔法の才能があるわけじゃねえ。

 だから機械を埋め込んでスイッチで疑似霊水晶の起動と停止をコントロールできれば、変身も可能になるんじゃねえかってな。

 だが改造人間は、本来異種移植で起こるはずの拒絶反応を魔力で無理矢理抑えつけてる。

 そこで“とある研究者”が提案した。


 せっかく花をすぐに咲かせるような、生命の育成に干渉できる魔法少女がいるんだ。

 免疫抑制剤を発展させると同時に、拒絶反応を引き起こす抗原を持たない生物の育成を目指したら安全だろ。


 その研究は成功した。

 結果生まれたのが俺達。

 人間状態でも異種への拒絶反応が起こらず、付与された生物の特性が強く反映された姿に変身する能力を獲得した生物型改造人間だ」


 高遠副支部長の方をちらと見るが、普段通りの冷静な女性のままだった。

 けれどきっと内心は荒れている。

 だってとある研究者というのは、彼女の父親である重蔵博士なのだから。

 人体改造をするために、他の生命を根幹から捻じ曲げる。わりと神様に唾は吐く研究だと思う。

 実際、旧式改造人間に憧れていた夏蓮さんでさえ苦々しい顔をしていた。


「すごく、怖い研究だったんですね……」

「初めの頃に言っただろ、旧式改造人間は受けが悪いってよ。まあ、涼野の嬢ちゃんが生まれる前の話だ」


 ミツさんは軽く笑っている。

 この人も自ら強化改造手術を受けた人だ。しかも復讐心ではなく、悪の組織の脅威から純粋に市民を守りたいと願ってそういう道を選んだ。

 三岳常務が若いタレント活動をするレスキュアーを快く思わないのも理解できる。

 ミツさん達のように差別されると分かっていながら外法の手術を受けて、命懸けで戦った者を知っている。常務にとっちゃ、現状は生ぬるく感じられて仕方ないのだろう。


「南城先生」

「おう、氷川。なんだ、質問か」

「支部長がよく“大衆に認められない正義の味方は化物と変わらない”と言っています。つまり、私たち魔法少女も改造人間と似たようなものだから、特に問題はありません。南城さんは尊敬すべき先輩です」

「……ありがとよ。可愛い後輩」


 氷川さんはミツさんの目をまっすぐに見て言い切った。本当に彼女は、自身の心を伝えるのにためらいがない。

 今の話はそら&クララにはけっこう響いたようだ。マジメな遠野くんだけでなく、玖麗さんも黙って考え込んでいる。


「話の続きだな。同時期、別のアプローチで改造人間を強化しようという案も出てきた。生物の細胞を移植するのではなく、体の半分以上を機械化する、半機械型改造人間だな。こっちも疑似霊水晶は使うが、生物型よりも多くの魔力を強化に回せるんでパワーは上だ。ガトリングガンとかパイルバンカーのなんかのギミック持ちもいる。代わりに機械の割合が多いから、壊れたら直さにゃならん」


 異種の特徴を武器とする生物型と、純粋なパワーでねじ伏せる半機械型。

 魔法に耐性を持つ怪人との戦いにおいて、改造人間は大活躍した。

 二十年前から十五年前にかけて、彼らヒーローの奮闘により悪の組織は次々と壊滅していく。

 しかし、組織と入れ替わる形でリビングディザスター……異命災害による被害が頻発。魔法少女や改造人間はその対応に追われた。

 それをバックアップするために国の機関としての特殊異命災害対策機構だ。

 ヒーロー達を登録制にして管理することで、効率よく運用していく。

 ここからが改造人間の暗黒期になる。


「で、更に進んで後期の改造人間。生物型に半機械型で培った技術を投入。さらにサブタンク、魔力蓄積器を内蔵して、ごくごく短い時間だけ強化の倍率を上げられる。端的に言えば、必殺技が使えるようになったタイプだ。俺も再改造を受けて、蓄積器や他の機械部品を埋め込んでるぜ。この後期の改造人間は、基本性能は高くなったんだが……時代が悪かったな。悪の組織の壊滅によって評価されたことが裏目に出た。英雄的な活躍をした戦士たちに感謝はすれど、非人道的な再改造手術はどうなんだ? って話だ」


 つまりとりあえずの平穏が戻り、手段を選ぶ余裕ができたのだ。 

 暴力的な怪人の横行が収まり、災害であるLDが主な敵になると、また魔法少女の活躍が見られるようになった。

 同時にこの時期、外付けのメタルアーマーを使った装甲戦士も参戦した。

 こうなると、他の手段があるのに人体改造を肯定するのはいかがなもんか、という外野の人権団体が出しゃばってきた。


「世間一般に公開されてないだけで、マリシャスディザスターみてえな難敵はいる。だからこその強化なんだが、人権団体は旧式改造人間を槍玉にあげた。怪人っていう俺らが確実に優位を取れる敵がいなくなったことや、現象型みてえに改造人間じゃ対処しにくい災害の存在もそれに拍車をかけた。それでも研究自体は進められた。旧式改造人間にしかない売りがありゃあ、世間も認めるだろうってな」


 ここで重要なのは、別に人権団体は声のデカい少数派に過ぎなかったということ。

 そして世間には純粋に「僕達私達を助けてくれた改造人間がかわいそうだ」という、善意の擁護者もいたこと。

 それが重なり合って、社会風潮が傾くと、異災機構はヒヨった。

まあ水面下で動いていた1.1ヒーロー・ヒロイン権利擁護運動との兼ね合いもあったんだろう。

 正義の味方の権利を主張するのに、非人道的な強化手術を許容することができなかった。

 結局のところ旧式改造人間は世間様の“お気持ち”に負けて、その存在を消していくことになる。


「だが世間の反応は厳しかった。それを受けて、既にいる旧式改造人間はレスキュアーとして認めるが、今後は強化手術を禁止しますって法が制定された。十年前の権利運動だを境に、旧式は新型改造人間にとって代わられる。研究されていた内容も、表に出ることなく終わった」


 ……ということになってる技術が、実験用改造人間たる俺に使われたって寸法よ。

 具体的に言うと、二種類の生物の合成、生物型の特性を残したまま半機械型のギミックを搭載・蓄積器の魔力を利用した瞬発的な強化などなど。

 けれど実際に異災機構が採用したのはまったく違う方法での強化である。


「そして、新式改造人間だ」

「おっ、アタシたち?」


 自分の話になったせいか、玖麗さんが俄然興味を出してきた。


「ああ。新式は投薬……筋肉の質を上げたり、神経系を強化する魔法薬を使って体を鍛え上げる。それと同時に装甲戦士のメタルアーマーの技術を利用した、パワーアシスト付きの特殊プロテクターを装備する。こいつは異災機構が開発し、本部が独占している技術だ」


 ミツさんの説明を聞いた氷川さんが俺の服をちょいちょいと引っ張る。「支部長、クスリって危なくないの?」ってこっそり聞かれたので、「結局ステロイドの上位互換だからそこまで問題のあるもんでもないよ」と返しておいた。

 涼野さんも今一つ納得できないのか、しきりに首を傾げている。


「……えーと。それ、改造人間じゃない、ですよね? というか、普通の装甲戦士なんじゃ」

「いや、メタルアーマーにはコアがあって、それに適合する人間しか装備できない。だが特殊プロテクターは誰でも装備できるんだ。代わりに性能は若干落ちる。はっきり言えば、後期の旧式の方が強えな」


 そこで今まで黙っていた遠野くんが、苦々しく声を絞り出す。


「確かに、単純な戦力として考えるなら、新式改造人間は旧式に一歩劣る。それでも、特性付与のために魔法で抗原を持たない生物を作り、人間をいじくりまわす。そんな命を冒涜する技術よりは、よほどいい。だからこそ異災機構は、三岳常務は新式改造人間を主とした戦闘レスキュアー部隊を立ち上げたのだ。俺はそれを誇りに思っている」


 イキったり噛みついたりはするが、それでも彼はまっとうな倫理観の持ち主だったようだ。

 俺とか存在呑みどもをぶっ殺せるならどうでもいいとしか考えてなかったし。


「だからこそ俺達は、旧式よりも新式改造人間こそが強いと証明しなくてはならないのだ。そうすれば自然、強化改造手術など必要ないと人々が認めていく。命は、尊ばれるべきだ」


 それが彼の矜持なのだろう。

 ……でも遠野くん、気付いてる?

 旧式の強化改造技術が禁止されて、異災機構本部が肉体改造用の魔法薬と特殊プロテクターを独占してるんだよ?

 魔法少女も異能者も装甲戦士も才能ありき。どんな人が力を持つかは分からない。

 だけど新式改造人間は、才能のない人間であっても異災機構が認めれば、なれてしまう。

 それって本部のお偉いさんだけが、自分たちにとって都合のいい人間に力を与えられるってことにならない?

 俺は、怖いと思うんだけどなぁ。

 三岳常務にはある程度の信頼は置いているし、反乱を起こして秩序を壊すつもりもないけどさ。


「……ああ、かもな」


 遠野くんの発言に、ミツさんは自嘲にも似た笑みを浮かべた。

 改造人間として生きてきて、同期もたくさんいるだろうし、思うところはあって当然だ。


「はぁー、なーる。そういうことだったんね。アタシ一番新しいから一番強いんだと思ってたわ」


 なお玖麗さんはなんも考えてなかった模様。

 隣で遠野くん頭の血管ピクピクさせてるよ。彼も大変だね。


「遠野さんの言っていることは私も正しいと思いますよ」


 意外にも良子ちゃんが同調する。


「生命を根本から弄り回すのは神への冒涜、そう考える人が出てきても仕方がないことだと思います。強化改造しゅじゅちゅは廃れるべくして廃れたのでしょう」


 ……しゅじゅちゅって言った。

 今良子ちゃんが真剣な表情でしゅじゅちゅって言った。

 本人も気付いたようで頬を赤く染めているし、生徒も気付いているけどツッコめない。

 どうするべきなのこの空気? というところで、おっとり女講師・甘原さんがにっこり微笑んだ。


「では、これで今日の講義を終わりたいと思います。皆さんお疲れ様でした」


 こんだけ長々語ったのに、最後の最後に良子ちゃんが恥ずかしい目に合うという形で終わりを迎えてしまいました。

 後でケーキをご馳走して慰めようと思います。




 ◆




 後日。

 異災所にはおせんべいとかアラレとか、他にも漬物などなどが置かれていた。

 甘いものが苦手なミツさんでも食べられるしょっぱい系のオヤツを氷川さんが差し入れしてくれたのだ。

 俺の仕事机にもマドレーヌやドーナツなどが置かれている。こっちも氷川さんの手作りである。メインは「とろとろ生クリームの玲ちゃんプリン」だそうです。


「すみません、南城さん。さすがにおせんべいやあられは手作りできませんでした。こちらのぬか漬けは私が作ったものです」

「お、おう。嬢ちゃん、漬物なんて漬けられたんだな」

「一応、ぬか床は自分で管理しています」

 

 アイドル魔法少女らしからぬ発言だが、家庭環境があれなだけに、玲ちゃんは家事が得意。

 俺も料理ご馳走になったことあるけどメッチャ美味しかった。味付けは濃い目だけど塩分は控え目にしてあるらしい。


「ミツさーん、今日飲みにいかないっスか? 支部長と副支部長もいっしょに」

「ミツさん、東さんも。またジムのトレーニング付き合ってください!」


 クラッシャーマンくんもマイティ・フレイムさんも頻りに俺達を誘ってくる。

 どうやらあの講義に参加した彼ら彼女らは、しばらく旧式改造人間を労わろうキャンペーンを実施するらしい。

 しかも、なんと遠野くんまでご参加である。


「……な、南城さん。これ、スルメ買ってきたんでどうぞ」

「お、おう」


 つまるとこ、結局皆いい子なのだ。




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