存在呑みまで
27.勉強会という名の設定語り回・前編
しばらく異災所を離れていたが、高遠副支部長が滞りなく運営してくれていた。
しかし彼女はかなりご立腹だ。
「本当に、東支部長は……」
「えーと、すみません」
「内蔵した魔力蓄積器は自然回復では賄い切れないくらいすっからかん。クアドパンチも打ちましたね? 生物型の外骨格は栄養さえあれば再生しますが、東支部長は機械部分の割合が多い分、ダメージの蓄積はフレームの歪みに繋がりますよ。しっかりとメンテナンスはしました。ですが、くれぐれも無謀な行動は慎んでください。あなたの体は“無理が利きすぎる”のですから」
年齢差に関係なく立場の弱い東翔太朗です。
しゃーない。だって、彼女が怒るのはいつも俺を心配してだ。逆らえるわけがないのである。
「分かってるんだけどさ、MD相手だとどうしてもね」
「では、こういう言い方をしましょう。あんまり無茶をし過ぎると、私が泣きますよ、翔お兄ちゃん」
「……それ、卑怯でない?」
「卑怯でけっこう。その程度の誹りで貴方が止まるなら安いモノです」
良子ちゃんがそこまでいてくれるのに、俺はちゃんとした答えを返せなかった。
そういう心情を理解してくれているから、彼女の方も突っ込んではこない。
年下に甘えてばっかりのダメなおじさんです。
◆
ちょっと自虐的な考えに陥っていると、異災所にマイティ・フレイムこと涼野さんがやってきた。
その後ろには本部から来た
「お疲れ様でーす」
「はい、お疲れさまー。どうしたの涼野さん、今日は休みだったよね?」
「異災機構のジムでトレーニングしてきたので、ついでに寄りました。これ、差し入れです」
「おっ、悪いね」
袋にはコンビニシュークリームが沢山入っている。
後で頂くとしましょう。
「遠野くんと玖麗さんもいっしょに訓練?」
質問するとギャル風大学生然とした女の子、
「そ。これでも戦闘部隊の一員、訓練は義務だかんねー。にしてもポニテちゃん、まだ登録してから半年たってないんしょ? やるじゃん、バリつよ」
「あはは、ほぼ負けてますけど……」
「五回ヤって一回勝ててんのよ? むしろもっと自慢しろい」
お、仮にも三岳常務の戦闘レスキュアー部隊の若手上位である玖麗さんから勝ち星を拾ったのか。普通に凄い。
「実際それは誇ってもいいよ。見た目ギャルだけど玖麗さんは三岳常務が認めた若手のエース級。戦闘が専門の子だからね」
「そーそー、なんなら本部に推薦したげるよ?」
「いえ、もうちょっとこの異災所で頑張りたいですから」
にっこり笑顔でガッツポーズ。
なごやかな女の子と会地とは裏腹に、遠野くんは少し不機嫌そうだった。
「ちなみに遠野くんとは?」
「……三戦のうち俺が二勝だ」
「へえ、君からも一本取ったのか」
「ち、違う!? あれは、負けなどでは……!」
どういうこと? と視線で問うと、玖麗さんがにたぁっとに笑っていた。
「それがさぁ、ソラのヤツ笑えるの! 接近戦になった時、ポニテちゃんが打撃から関節技に切り替えようとしたら、うわわわわぁ!? とか慌てて降参宣言! もー、だっさ! ださオモシロくってさいこーだったぁ」
「うるさいぞ玖麗っ!?」
「あぁ、そらしゃーないわ……」
「お前も同情の目で見るな!?」
でも遠野くんの降参はある意味当然だ。
関節技なんてかけられたら、JKのカラダが色々密着しちゃうもんね。よく考えたら新式改造人間は全身プロテクターだから感触とか分からないんだけど、その状況自体がヤバイ。本気の戦闘ならともかく訓練なら俺も降参するかも。
涼野さんにとっても納得いかない決着だったらしく「あれは勝ちじゃないですよ」とか言っていた。
「結局、私まともに勝ててないんですよね……」
「ふん、当然だろ。俺達は本部直属の戦闘レスキュアーだからな。チャラチャラとタレント活動をしているお前らとはモノが違うんだよ」
「……東さんにビビってたくせに」
「なんだと!?」
おお、珍しく涼野さんが反抗的な態度を見せた。
あと、遠野くん大人気ないぞ。彼女は新人さんなんだから、先輩としての器を見せてあげてください。
「あっは、否定できないねー」
「お前はもう少しプライドを持て! 旧式に負けて悔しいとは思わないのか」
「ぶっちゃけアタシも前は旧式なんてーって思ってたけど、今さらじゃん。ガシンギにも負けってっし」
「それは……」
玖麗さんはけらけらと笑っている。
というか、いつの間にかミツさんともやり合ってたのね。
でも比較対象が悪い。歴戦の改造人間に若手レスキュアーじゃそりゃ勝てんて。
「あれ? もしかして、新式改造人間より旧式の方が強いんですか?」
そこで涼野さんが空気を読まずそんなことをのたまった。
玖麗さんもさすがに見過ごせなかったようで口を挟んでくる。
「ちょいちょい、なに言ってんのポニテちゃん? 新式だよ? 最新の改造人間なんだよ? そんなわけないじゃん?」
「えーと、でも……」
涼野さんは助けを求めるように横目で俺を見た。
なので俺は端的に答える。
「その人によるよ」
「それは、新式でも旧式でも強い人はいると思いますけど」
「そうじゃなくてね。旧式改造人間は生物型と半機械型で分かれるし、世代によって技術格差もあるから、個人の資質や付与された特性を無視すれば、どの世代の旧式と比べるかで変わるんだ。後期の生物型旧式改造人間は、普通に新式よりも強いかな」
俺の説明に玖麗さんは不満に頬を膨らませている。
一番食って掛かってきそうな遠野くんが何も言わないのは、ちゃんとその辺りの事情を理解しているからだろう。
「遠野くんはよく学んでるみたいだね」
「……当然だろ。大言を吐くからには、鍛錬も学習も必須だ」
なんだかんだマジメな子である。
支部長ポイント3点追加。
「涼野さんもこういうの勉強してるかと思ったけど」
「えーと、私の場合はレスキュアーになるために制度とか、なにをするかとかはちゃんと勉強しましたけど、こういうのはあんまり」
「それだけでも立派だよ。氷川さんは分からないことがあれば支部長に聞くって平気で言うから」
「えぇ……」
流れで玖麗さんを見たら力強くサムズアップされた。
「とうっぜん! アタシも勉強してにゃいっ!」
うん、知ってた。
「あー、じゃあ軽くお勉強会でもしようか? 題して改造人間の歴史」
体を動かして鍛えた後は、頭も動かして鍛えてもらいましょう。
◆
【今日の講師】
・高遠良子副支部長
・改造人間ガシンギ
・魔法少女シズネ
【今日の生徒】
・マイティ・フレイム
・新式改造人間クララ
・新式改造人間ソラ
・クラッシャーマン
【今日の生徒に見せかけて淫魔聖女の台頭に危機感を覚えて少しでも支部長と接する機会を増やそうとする魔法少女】
・聖光神姫リヴィエール
─────
緊急の勉強会なのに、なぜか氷川さんも参加していた。
彼女は今日の待機スタッフだし、本来は涼野さんがここに来た方が例外なんだけど。
「では、今日のメイン講師を担当させていただく高遠良子です。よろしくお願いします」
ということお勉強会開催。女教師スタイルの良子ちゃんがホワイトボードの前でビシッと決めている。
彼女は俺とミツさんに強化改造手術を施した、高遠重蔵博士の娘。改造人間に関しては専門家のようなものだ。
補助として控えているのは歴戦の正義の味方、ミツさんと甘原さんである。
「よろしくおねがいしまーす!」
遠野くん以外は皆声を揃えて挨拶する。
皆ノリがいい、クラッシャーマンくんも含めて。
元気のよい生徒に気を良くしたのか、良子ちゃん先生が満足そうに頷いた。
「では、始めます。改造人間の歴史を語るには、まず魔法少女について触れなくてはいけません」
「高遠せんせーい、なんで魔法少女から始めるんスかー?」
「それを今から説明します。クラッシャーマンくん、減給半年」
「ペナルティがデカすぎる!?」
減給はもちろん冗談です。
「改造人間の歴史は、今から三十年以上前。魔法少女と呼ばれる存在が発見されたことから始まります」
皆意外そうにしているけど本当の話だ。
レスキュアー類型の分類の成立は、魔法少女→改造人間→装甲戦士→異能者の順番になる。
「公的に魔法少女が認知されたのは、今から三十三年前の十月十日。季節外れの台風が日本を襲った日のことになります」
「本来台風は、最初は貿易風と台風の特性から北〜北西に向かって進んでいきます。しかし太平洋低気圧の横を抜けて北上していく際に、偏西風の影響を受けて東寄りに進路を変えます。しかしこの時発生した台風は、気圧や偏西風に関係なく、徐々に規模を大きくしながら首都直撃コースを進みました」
「そして、なにより異常だったのは、海上で台風に見舞われた船舶が老朽化したこと。風を浴びるだけで船が朽ち、乗組員は老い、瞬く間に砂となりました。その最期の映像が、海上自衛隊に送られてきたのです」
思ったよりもグロい話に涼野さんがごくりと唾液を飲み込んだ。
そして氷川さんがノートの切れ端に文字を書き、折りたたんで俺に渡してきた。内容は「翔さん、放課後どこに遊びに行く?」……先生に内緒で授業中に手紙のやりごっこのようだ。
「もしもこれが上陸していたら、この国は滅んでいたでしょう。しかしそうはならなかった。台風は、一人の少女の放つ、魔力を用いた大規模砲撃によってかき消されたからです。それが公的に確認された最初の魔法少女。名前も名乗らず消えていったため、便宜上は“魔法少女オリジナル・ワン”と呼ばれています」
「この事件の後、魔法の力を有する少女たちが発見されるようになりました。それがオリジナル・ワンの出現によって目覚めたのか、存在がバレたから力を隠さなくなったのかは分かりません。あと初期の頃は、ホウキを自在に操り掃除をしたり、花をすぐに咲かせたりと、戦いに向かない魔法がほとんどでした。ともかく、魔法少女は世間に認知され、協力者を得て国での研究も進められた」
「その結果、魔法少女というのは肉体的には普通の人間と何ら変わらない。ですが、魔法を行使する時のみ胸の中央の少し下あたりに体温の上昇が見られました。だから当時の研究者は、この熱こそが魔力であり、魔法少女は実世界には存在しない架空の臓器のようなものを有している、と仮説を立てました。現在で言う“霊結晶”ですね。この霊結晶の有無が魔法少女の才覚であり、大小が魔力量を決定します。今ではそのサイズを測る技術も存在しています」
そこで一呼吸。
良子ちゃん先生は、魔法少女シズネこと甘原さんに説明を代わった。
「例えば私の属性は無と光。玲ちゃんは、水と光。夏蓮ちゃんは火。これも霊結晶によって決まるの。この中で最も大きな結晶を持つのは玲ちゃんね」
氷川さんは表情も変えずに「実は私、けっこう強いよ」なんて涼野さんに言っている。
ただ勘違いされやすいが、霊結晶のサイズはあくまで最大魔力量でしかない。それを放出したり形状を変化させるには、また別の才能とたゆまぬ努力が必要になる。
聖光神姫リヴィエールが強いのは、まだ幼い玲ちゃんだった頃から、無意識に魔力を行使し続けたせいだろう。
「では。ここからの説明は私、甘原静音が担当しますね。よろしくお願いします」
マジメ系講師から、のんびりおっとりお姉さん先生に。
無駄にクラッシャーマンくんが囃し立てて、またも良子ちゃん先生に怒られていた。
「私は二十七年前、十歳の頃に魔力に目覚めました。玲ちゃん達も経験があるでしょうけど、そうすると変身の仕方や魔法の使い方が、感覚的に理解できるようになるの。この頃、いわゆる戦える魔法少女がたくさん出てきましたね。私もその一人。敵は“種の怪物”なんて呼ばれていたましたが、名称が違うだけでリビングディザスターと同じもの、なのだと思います。今よりコミカルなのが多かった気もしますけどね。ただ、昔は人格を持った災害、マリシャスディザスターはほとんどいませんでした。うーん、出てきてなかっただけ、なんでしょうか?」
そこら辺は機構本部でも意見が分かれるところだ。
俺個人としてはLDが進化してMDになるなら、昔は固体数が少なかったと考える方が自然かな、と思う。
なお機密情報として、俺の初恋は魔法少女シズネです。
小学生だった頃の俺は、変身すると若くなるという特性を知らなかった。
なのでフリフリかつせくしーな同年代の女の子のシズネちゃんに見事にやられてしまったのだ。知られたら気まずいから誰にも教えてないけど。
「ここから、しばらく魔法少女の時代が続きます。その間ずーっと私は十一歳の女の子でした。それで、今から……二十二年、二十三年? くらい前かしら。新しい敵が世間を騒がせるようになったの。たくさんいたから、それぞれの団体はあんまり覚えていないけれど。ひとまとめに言うなら、悪の組織。そして、怪人さんたちね」
そこで涼野さんが挙手する。
「静音先生、じゃあ最初は魔法少女が悪の組織と戦ってたんですか?」
「そうなの。組織によってお題目は色々あったわねぇ。世界征服、科学に頼った社会を滅ぼす。手段は怪人を使った侵略が多かったかしら。だけど、私たちは種の怪物を相手にしていただけだから、純粋に暴力を振るう怪人との戦いでは押されることも多かったわ。それに、怪人には魔法は効きづらかったから」
そこで一度言葉を区切って、甘原さんはおっとりお姉さんからキリッとしたおっとりお姉さんに変わる。
たれ目気味だから真剣な表情になっても優しそうなままである。
「怪人を作る時の技術の基礎的な考え方は、魔法少女の研究で得られた霊結晶の情報を基にしているの。たぶん国の研究者の中に、悪の組織側に付いた人がいるのね。人体に機械や他の動物の遺伝子を埋め込んで、疑似的な霊結晶で拒絶反応が起こらないように制御する。これが怪人の正体になるわ」
だから怪人は魔法の行使はできないが、基本性能として魔法に対するある程度の耐性を有する。奴らは恒常的に強化魔法を使っている人造モンスターなのだ。
つまり、イヤな言い方だが。変身状態の魔法少女と怪人はニアリーイコールで結ばれる。
そのため魔法少女を弄れば簡単に化物を作ることができる。たぶん公になっていないだけで、当時はそういう例もあったんだろうな。
そしてここからは、またクール系女教師・良子ちゃん先生に変わる。
「ありがとうございます、甘原さん。続きは私が。悪の組織に魔法少女の情報が流れた後、怪人製造技術が成立します。そして今度は、その技術が脱走した研究者により再度人間側に流出します。そうして怪人製造技術を以て、魔法少女とは違う、強化手術を受けた正義の味方……旧式改造人間が誕生します」
だから最初期の改造人間は、技術的にはほとんど怪人と変わらない。
疑似霊水晶で強化された、他の動物の遺伝子を移植された化物。
違うのはその力を正しいことに使うかどうかだけだ。
「ってことは、魔法少女は旧式改造人間のママっ⁉」
そしてアホっ子クララさんがめっちゃくちゃなまとめ方をしおった。
「支部長、ママですよ」
さらに氷川さんちの玲ちゃんが俺に向けて「私の胸に飛び込んでおいで」と言わんばかりに両腕を広げていた。
お願いだからやめてください。
続きます。
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