26.超絶カワイイ綾乃ちゃん




 マリシャスディザスター、精神食いの討伐。

 この偉業はすぐに異災機構本部に報告された。


 異災所A県R市支部の長である根戸礼二は、市民の失踪事件や集団で起こった精神異常などから“精神に干渉する能力”を有するMDの暗躍を看破し、本部に応援を願い出た。

 三岳常務がそれに応じ、戦闘レスキュアー部隊を派遣。彼らの尽力により、固体名【精神食い】の存在を確認。

 そこで常務はN県T市の東翔太朗支部長に連絡、所属レスキュアーが投入された。


 選ばれたのは二名。

 本部を含めても五本指に入るであろう強者・超星剛神アステレグルス。

 そして、幻想のメダルの所有者にしてボクっ娘中学生(えっち)・淫魔聖女リリィ。


 彼らの尽力を以て、悪辣なる災害【精神食い】は見事討伐されたのである。




 ◆




「東支部長、今回はありがとうございました」


 MDが討伐されたことで平穏が戻ったA県R市。

 異災所の代表として根戸支部長さんが頭を下げる。


「いえいえ、俺は何もしていません。根戸支部長たちが動いてくださったからこその成果です。それでも感謝の言葉をいただけるというのなら、ウチのマルティネス、そして白百合に」

「ええ、そうですね。彼らにも感謝しております。本当に、ありがとう」


 他所のお偉いさんに感謝を向けられて、白百合さんは照れた様子だった。

 レオンくんの方は平然とそれを受けているけど、たぶん頭の中では「お土産になにを買おう」とか考えているよね絶対。

 後は形式的な手続きを済ませて、異災所を後にする。

 討伐は終わったがお家に帰ってからが大変だ。所属レスキュアーの一時的な貸与に関する手続き、他支部の管理地域における行動及び戦闘行為届、戦闘行為による器物損壊に関する保険手続き、今回の経過報告書、討伐したMDの情報共有レポート、超過勤務手当の申請などなど。それなりの数の書類を片付けないといけない。

 正義の味方を仕事にすると、なあなあで済ませちゃダメなことがけっこう出てくるのです。


「はふぅ、大変でしたねぇ」


 お初のAD討伐任務は白百合さんにとってかなりの負担だったようだ。


「お疲れ様。君たちのおかげで、被害なく精神食いを潰せた」

「東さんを吐息のかかる距離で誘惑して虜にしたっていうボクの乙女ハートに多大なる被害を与える事件が起こってるんですが?」

「誠にごめんなさい。そして許されるなら忘れて頂ければ幸いです」

「それはお互いに、レスキュアーの責務で終わらせた方がいいですよね。……別に、イヤではなかったですけど」


 最後の方は小声過ぎて聞こえなかった。

 マジメに、彼女の能力を知った時は天恵だと思ったのだ。

 でも女子中学生をお膝に乗っけるのは許されざる行いでした。


「一応、その光景を動画に録画していますよ」


 反省する俺にレオンくんが追い打ちをかける。


「なにしてんの!?」

「ところでこの県には、シャモロックという高級地鶏がいるそうで」

「ぜんっぜん、ご馳走します! ですのでどうにか削除を!」

「では後ほど削除します」


 クール系美形なレオンくんが「ひゃっほーい、高級地鶏ステーキぃ!」と喜んでいた。

 そもそも彼は普通に高給取りだし、外見と中身が不一致すぎる。


「はぁ、よかった……。まあ、けっこう早く片付いたし観光してから帰ろうか?」

「なら、ボク行きたい場所があるんです! すっごいキレイな渓流と湖があるらしくって、映えなの撮りたい!」

「おっけ。レオンくんは?」

「A県観光通りという商店街に、古いタイプのゲーセンがあるらしいので行ってみたいですね。昭和のアーケードゲーがまだ稼働中だとか」

「じゃあそっちも覗こう。俺はやっぱりお土産屋巡りかなぁ。謎なタペストリーとか大好き」


 一仕事を終えた解放感から三人で観光名所を話題に盛り上がる。

 じゃあまずは高級地鶏ステーキということで異災所を後にしようとすると、背後から大きな声で呼び止められた。


「ま、待ってください!」


 振り返ると息を切らした木本くんがいる。

 幼馴染である白百合さんに挨拶をしに来たのかと思いきや、彼はびしりとレオンくんを指さした。


「レオン・マルティネス、さん!」

「え、俺?」

「俺はまだ新人で、未熟だけど絶対あんたより強くなってみせるからな!」


 MDを討伐したとされる男と、戦うことさえ許されなかった少年。

 二人の間には大きな隔たりがある。

 けれど彼はそこで諦めず、高すぎる壁に挑むとここに宣言をした。


「あー……シャーッス」


 返答は超適当だった。

 ごめんね、レオンくん。もうちょっと木本くんに対して興味を持ってあげて?

 たぶん彼的には一大決心だから。


「あと、東支部長にも負けない! すげー頼れる男になって、見返してやる!」

「うん。君のこれから、楽しみにしてるよ」


 青い少年の志は眩しいね。

 そういう正しい憤りを経験してこなかった身としては、ちょっと羨ましくもある。

 最後に木本くんは、白百合さんをまっすぐに見つめる。


「綾乃! その、あの、会えて嬉しかった! 元気でな! 俺も頑張るから見ててくれよ!」

「うん、まったねー! ボクの活躍もちゃんとチェックしててよ!」


 恥ずかしそうな木本くんと、元気に応える白百合さん。

 ……その光景に妙な違和感がある、なんて考えてしまったのは何故だろう。

 二人の会話を余所に、レオンくんが俺に耳打ちをする。


「支部長、精神食いとの戦いの際、俺達の状況を窺う何者かがいました」

「……うん」

「そして白百合さんの生い立ちの歪なバランスと、そしてユニコーンのメダルに触れた彼女が零した無意識の呟きに、俺は奇妙な収まりの悪さを感じています」

「俺もだよ。でも、何も言わないでくれるか?」

「分かりました。デザートはりんごのタルトタタンで行きましょう」

「いいね。アイスクリーム添えで」


 俺の脳裏には、遠い昔に見た誰の持ち物かも分からない着せ替え人形が映し出されていた。

 でも人の繋がりなんて分からないものだ。

 俺とレオンくんの仲の良さだって、周囲には奇妙に映っているのかもしれない。

 だから余計な考えは切って捨てる。

 別れ際の爽やかな笑顔を曇らせる真実なんて必要なかった。


「すみません、東支部長。じゃあ行きましょう!」

「もういいの?」

「はいっ。次に会う時は、ボクも更なる躍進をしてみせますよー!」


 なんの疑いもなく再会を、明日を信じられる白百合さんを羨むことはない。

 俺は正義の味方にもヒーローにもレスキュアーにもなれなかった半端者だけど。 

 無邪気な子が無邪気なままでいられるよう頑張れるおじさんくらいにはなれたらいいな、なんて彼女の晴れやかな横顔に思った。 





 ◆




『ここまでのお相手は、淫魔聖女リリィでしたー。リスナーの皆さん、また昼間の夜に会いましょう』


 そうして異災所に戻って数日。

 白百合さんのラジオの振り返り放送を聞きながら、今日も今日とてシフト表とにらめっこ。

 日常の仕事がなくなることはないのです。


「クラッシャーマンくーん、近々CMの仕事取れそうなんだけど君に振っていい?」


 俺は書類仕事に営業にとそれなりに忙しくしている。

 ここしばらくは淫魔聖女リリィの営業が多かったから、今後は岩本くんのことも推していく方針だ。


「いいスけど、俺で大丈夫なヤツっスか?」

「どっちかというと君にしか頼めんヤツ。楽器メーカーのサナカの新CMで、合成なしの演奏シーンを予定してるんだ」

「超大手じゃないスか⁉ うわー、おれサナカのベース使ってますよ」

「レスキュアー活動と音楽絡めるの嫌かなーと思って遠慮はしてたんだけど、乗り気なら頼もうかな」

「ぜんぜんおっけー。単にローグラッドの方を大切にしたいってだけスから。やべ、俺がサナカとかぁ」


 うっきうきな岩本くん。

 もちろんお昼間ナイトタイムのオープニングも同時進行中。PVのバックバンドに岩本くんとこのバンド使うのも面白いか? 

 いや、変な脚光の浴び方をさせるのは岩本くんの心情と信条に反するのでやっぱナシで。


「それよりは、公式アカウントで配信するレスキュアー紹介動画の進行役の方がイイかな……」


 災害対処のための訓練時間もとってあげたいし、バンド活動の邪魔にならないようスケジュールは調整しないと。

 忙しくはあるけど、実は戦うよりこういう仕事の方が好き。

 皆が楽しそうに仕事してくれるのを見ると嬉しくなる。


 MD討伐後も仕事に大きな変化はない。

 俺はあくまで所属レスキュアーの派遣を決定しただけなので当然だが。それでもヒーロー派の役員から“ようやく管理職としての自覚が出てきたか”なんて評価を受けた。

 レオンくんなんかは元々実力者として知られており、目に見えた功績を上げたことで本部への人事異動が提案された。


『え、本部への異動? イヤです』


 一言で拒否していたけど。

 異災機構にも人事異動はあるが、処罰的な左遷でなければ、正職員でも可能な限り本人の意向が尊重される。これも権利擁護運動の成果の一つだ。

 首都進出して全国区にというのは栄誉だけど、ご当地ヒーロー的に地元で活躍したい人もいる。フレキシブルな働き方ができるのはいいことだと思う。

 そんな感じで俺達は平常運転。一番変化があったのはやっぱり白百合さんだろう。


「東支部長、おっつかれさまでーす!」


 今日は学校帰りの遅番で四時間勤務。

 冠ラジオ番組は好調で、サポートとはいえMD討伐に貢献した。今までとは違う、容姿以外の評価の高まりに白百合さんはご機嫌である。


「おつかれー。白百合さん。また本部からのお誘いきてるよ」

「断っといてください。昔はボクのことおざなりにしてたくせに、本部も調子いいですよね」

 

 今回の活躍で、淫魔聖女リリィにも何度か打診があった。

 彼女も「学生バイトなんで簡単に引っ越しとかムリでーす」と拒否している。

 かつて本部で中途半端な飼い殺しみたいな扱いを受けていた身としては、掌返しのお誘いは受け入れ難いらしい。

 

「それに本部の役員なんかより、東支部長のところで働いてる方が絶対楽しいじゃないですか」


 にっこり笑顔でそう言ってくれるのが嬉しいやら恥ずかしいやら。 


「ふぅん……綾乃も、私の領域に足を踏み入れた、かな?」

「わーい、そんな覚えが一切なーい」


 腕を組んで事件の裏側で暗躍する情報通のような雰囲気を醸し出つつクールな笑みを浮かべるのは、先に出勤していた聖光神姫リヴィエールさんだ。

 君の立ち位置が時々よく分からなくなります。


「というか玲ちゃん的にそれは歓迎することなの?」

「支部長を評価されるのは素直に嬉しいよ。それに、綾乃が異動しないのも嬉しい」

「じ、実はすっごいストレートだよね」

「大切な人に大切だと伝えることを、どうして遠回しにする必要が?」


 氷川さんはきょとんとしている。

 白百合さんは照れつつも嬉しそう。なんだかんだ言って、結局二人とも仲良しだ。


「ところで、旅行の話聞かせてほしいな。向こうで色々あったんでしょ?」

「うん。幼馴染と久しぶりに会ったし、海の幸も沢山食べて。そうそう、泊ったホテルすっごい豪華だったの。温泉も入ってきたよ」

「いいなぁ、私も旅行したい」


 少女二人の会話はしばらく続く。

 ひと段落ついたところで、俺は氷川さんに声をかけた。


「あ、氷川さんもグッズの話が色々あるから時間作ってもらっていい?」

「分かりました。待機時間中でも休日出勤でもかまいません」

「そんじゃ、これからでもいいかな?」

「もちろんです」


 今回は全国ツアーをやらないリヴィエールのライブを遠隔地の方々でも堪能できるVRライブ動画の作成だ

 あとはリヴィ・プロデュースのパーカーに、ブロマイドの撮影。インタビュー記事などの話も来ている。

 相変わらずグラビア系写真集は断ってるけどね。


「くぅ。や、やっぱり玲ちゃんとはかなりの差が……」

「でも最近の綾乃、評判もいいよ。幻想淫魔聖女ユニコーン・リリィも」

「あー、そこはけっこう自覚ある。男性ファンがさらに増えるとは思わなかったや」


 こちらに戻ってから一発目の対LD戦で披露した新変身がネットではトレンドになっている。

 二段変身というキーワードに燃える方々が意外と多かったのだ。

 なお「あの衣装で白はヤバイ」「もしかしたら透けるのでは」みたいな意見もちらほらあったが、本人には内緒である。

 

「白百合さんはこれからだよ。デビュー曲も準備が進んでるし」

「そうでした! ついにボクもかぁ。LD対応もラジオも歌も頑張って、目指せ人気レスキュアー、ですね!」

「はは、大丈夫。超絶カワイイ綾乃ちゃんならすぐだ。君の魅力にやられない男なんていないからね」

「へっ⁉」


 自己顕示欲強めだけど良識があって、誰かのために頑張れる子だ。

 そんな彼女が人気者になれない訳がないのだ。

 ……………ん?

 はて。俺は今なにか、とてつもないミスをしたよーな?


「あ、東、支部長?」


 白百合さんが頬を赤く染めている。

 それを見て、氷川さんが彼女の肩をガシッと掴んだ。


「ところで、旅行の話聞かせてほしいな。向こうで色々あったんでしょ?」

「さっきと同じセリフなのにゼッタイ意味合いが違う!?」


 怒っているというよりは拗ねているといった感じなので別段怖くはない。

 というか、そもそもの話、氷川さんはこんなことで誰かを責めるような子じゃないからね。

 ただ、根掘り葉掘りはあると思うので誠にゴメンナサイ。

 可能ならば、これも日常の一幕ということで飲み込んでいただければ幸いです。



 第二部・おしまい

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