25.我が愛(偽)を女神に捧げる




 スマ木本くんがホテルの一室でじったんばったんしている。

 新人レスキュアーが超星剛神アステレグルス相手に勝てないなんて当然なんだけど、想い人の白百合さんの前でこの状況はさすがにかわいそう。

 でも縄は解かない方向で。


「ち、違うんです!? お、俺、綾乃を守ろうと! コイツが戦う前にMDを倒しちまえばって! それにSNSで廃ビルの場所も分かったし!」


 全力言い訳はアレだけど、気になるフレーズが出てきた。


「ちょい待ち。場所が分かった?」

「そ、そうなんです。あれ、廃ビルってたぶん、今SNSで話題になってる不幸になる動画の大本のヤツの場所なんです! 俺、元動画を見ることができて! 暗いけど窓からの風景で、郊外の廃ビルだって分かったんです! たぶんここが綾乃の見た場所だから!」

「それでついMDに挑もうとしました、は擁護できないって。にしても、その動画見て木本くんは不幸になった?」

「今この状態がだいぶ不幸ですが!? いや、なんか、動画見てたら頭がぼーっとしたというか、軽く疲れたみたいな感じはあったんです。きっとそれもMDの仕業だと思って、俺が倒して。そうすれば、きっと……」


 ……きっと綾乃も見直してくれる、かな?

 そこまで言わせるのは酷だし、木本くんを追い詰めたのは俺たち二人のイケメンさにある。

 まあ顔面偏差値によって割合を算出した場合、8:2でレオンくんの罪が重くなるけど。


「納得いきません。白百合さんの懐き度を加味した場合、むしろ支部長の方が罪深いはず」


 あれ、ナチュラルに心読まれた?

 獅子星の加護ってそういうのもあるの?


「それはともかく。動画を見るだけで疲労、ねぇ」

「そこまでいくと現象型みたいですね」

「昔は、“対象の心を食う”で止まってたよ。やだなぁ、成長してるってことかぁ」


 俺たちは少し警戒を強めた。

 その変化に付いていけないらしく、幼馴染二人はしきりに疑問符を浮かべる。

 それを見かねてレオンくんが解説をしてくれた。


「リビングディザスターというのは生命体の形を取っているが、その本質は災害だ。台風や地震と同じく、大規模な被害を与えたとしても悪意自体はない。しかし人格を持つ上位固体、マリシャスディザスターは悪意を以て人を傷つける。そしてこのMDは現状で二種類確認されている。

 一つが、怪人型。LDと同じく生命体の形を取った災害だ。

 もう一つが、現象型。これは生命体の形を取らず、異能が現象……それこそ災害となり、悪意を以て人を傷つけるようになる」


 ほへー、みたいな顔してるけど、たぶんふたりともあんまり分かってないな。

 一応俺からも補足をしておく。


「あれだね、怖い話あるでしょ。“夜二時に訪ねると呪われる神社”みたいな。そういう心霊スポットじみた、生命としての形を持たない概念的なMDもいるのよ」


 ベテラン魔法少女シズネさんの話によると、MD【セッ○スしないと出られない部屋】とかMD【デスゲーム・ルーム】も存在したとか。

 基本は異命災害には違いないので全力魔力開放で吹き飛ばして倒せたらしいけど。


「じゃあ、その動画自体がMDってことですか?」と白百合さんが問う。

「いいや。精神食いは怪人型だ。だけど、たぶん“心を食う”異能の範囲を現象型レベルまで広げられるようになってるんだと思う」


 そこから推測されるのは、以前よりも強くなっているということ。

 勘弁してほしい。


「木本くん、悪いけど廃ビルの場所教えてもらえる?」

「は、はい」

「そんで君は異災所に行って待機スタッフに報告しといて。東の野郎が動きましたぜ、おあとよろしく、って。ああ、時間外勤務だからお手当付けてもらってね」


 後詰が要らないように、しっかりと倒し切りたい。

 だがどこまで強くなっているか分からない以上、油断はできなかった。




 ◆




「変身・パープルサキュバス」


 幻想のメダルを掲げると、少女を霧状の魔力が包む。

 わずか一瞬で普段の服から、紫を基調とした過激な衣装に変化する。

 幼さと艶やかさを兼ね備えた変身ヒロイン、淫魔聖女リリィが無邪気な笑みを浮かべる。


「獅子星転身」


 続いて青年も獅子を象った全身甲冑を纏う。

 右手には闇を切り裂く獅子星の太刀。超星剛神アステレグルスが顕現する。

 でも稼働時間の問題で俺はまだ変身しません。

 せくしー変身ヒロイン、かっこいい変身ヒーロー、二十九歳独身おじさん。中々の並びである。

 ただ“準備”は済ませておいた。


 目の前には、件の廃ビルがある。

 木本くんの語る、不幸になる動画の元ネタだ。


「綾乃ちゃん、レオンくん。行こうか」

「ええ。ですが、支部長は後ろに。俺が先頭に立ちます」

「ああ、任せるね」


 レオンくん、綾乃ちゃん、俺の順番で廃ビルに侵入する。

 後方からの襲撃に備えて最後尾を選んだが、少し失敗したかもしれない。

 目の前になまめかしい綾乃ちゃんの背中が、ほっそりとした肩がある。

 気を抜いたら折れそうな彼女の細い身体を抱きしめてしまいそうだ。そもそも露出が多すぎて眩しいし。


「東支部長、大丈夫ですか?」


 綾乃ちゃんの甘い蜜のような声に蕩けてしまいそうだ。

 変身した彼女は、ブラジル水着よりもさらに面積が小さいであろう紫のサキュバス衣装をまとっている。

 美しさと可愛らしさが同居した輝ける宝石のような彼女の艶姿に心奪われない男がいるだろうか。いや、いない(反語)。


「ああ、大丈夫だ。だから今は優しい言葉をかけないでくれ……」

「は、はぁ」


 心配してもらえるのは天にも昇るほど嬉しい。

 でも君の優しさに触れると、俺の心の穢れが露になるような気がする。

 ああ、地上に舞い降りた淫らで清らかな天魔の女神。俺のこの心は、鎖にも似た君への愛に今も繋がれた運命の虜囚さ……。

 うん、やっべえわこれ。

 精神食いへの憎しみと支部長としての責任が無かったら、たぶん俺の意識は一瞬で堕ちる。


「ここ! ここですよ、ボクが見たの!」


 しばらくビル内を探索していると、ある一室で超絶かわいい綾乃ちゃんが叫んだ。

 ホワイトユニコーンのメダルに残っていた景色。つまり、ここでメダルの戦士がやられたということ。

 俺は木本くんに教えてもらった、不幸になる動画のサムネイルを確かめる。


「確かに、ここだ……」


 動画の映像とも一致する。

 だとすると……なんて考える間もなく、ぞくりと背筋に寒気が走った。


『ずいぶん、懐かしい顔を、見たわぁ』


 女の声だった。

 しかし大空に響き渡る清澄な調べである綾乃ちゃんの言ノ葉とは違い、耳に触れるだけで吐き気がする。

 こいつは、嗤っていた。

 母さんの中身をおやつのように味わって嗤っていたのだ。

 綾乃さまへの愛には今一歩足りないが、俺の憎悪が戦いの合図になった。


「変身」


 外骨格が生成され俺の体を覆う。

 ミルメコレオの名もなき改造人間となり、現れた精神食いに正対する。


「……あっ、翔太朗さん! お願い! 戦いに集中して、精神食いを倒してください! ボクのことは守らなくていいです!」

「分かった! 貴女のためならば!」


 我が女神・綾乃さまの檄が飛ぶ。

 体に力がみなぎる。女のような姿をしたMDとの間にある距離を一足で潰し、連続で打撃を繰り出す。

 精神食いはあくまでも人型。身体啜りのような虫の形状に由来する不可解な動きはとれず、外骨格もないため防御力は落ちる。

 ただし身軽さはこいつが上だ。

 まるで綿毛のように俺の拳を軽やかに躱してみせた。


『逃が、さない……』


 反撃は予想外の手段だった。

 ヤツの両腕がいきなり五倍六倍の大きさになり襲い掛かってくる。

 まともに受けようものなら押しつぶされるが、速度なら俺も負けない。ネコ科のしなやかな跳躍で精神食いの連続攻撃をことごとく避ける。


(綾乃さまの、猫耳メイド……!?)


 過った妄想を捨て去り、伸び切った巨大な腕に拳を叩き込む。

 分厚い肉の感触の下で、骨の軋む手応えがあった。どういう理屈か知らないが、骨ごと巨大化しているようだ。

 しかし綾乃さまの胸は小さいままでも大きくなっても、彼女の魅力は変わらない。いや、日に日にその輝きを増していくだろう。マイ、ラブ。

 レオンくんに護衛を任せているので心配はないが、女神の安全のためにも確実にヤツを殺らないと。


「ぬぉらぁっ!」


 一瞬、精神食いの動きが鈍った。

 そこを狙いすましての前蹴り。深く突き刺さったと思ったが、蛇を思わせる動きでヤツは距離を詰めてきた。


『いた、だき、まぁす』


 にたりと、卑しい笑みで。

 精神食いは俺の中の何か、大切なものを食べた。

 かくん、と体が揺れる。けれど虚脱感はない。むしろ思考が明瞭になったくらいだ。


『……“コク”が、ない?』


 不思議そうにしている精神食いのツラが苛立たしい。

 俺は怒りに任せて、全力の拳打を顔面に叩き込んだ。


『あ、ぐぅ……!?』


 捕食対象の反撃なんて想像もしていなかったのだろう。ずいぶんと無防備だった。

 つまりは目論見通りといったところだ。俺は“白百合さん”に感謝し、さらに攻め立てる。

 息もつかせない連続の拳。避けきれなかった何発かが奴の肉を抉った。 


「ふ、ふふ……っ。まさか、こんなタイミングでボクの……パープルサキュバスの力が役に立つとは」


 背後にいるから表情は見えないけど分かる。

 たぶん今、白百合さんは羞恥に頬を赤く染め、体を震わせ、瞳を潤ませていることだろう。


「サキュバス♡てんぷて~しょん……!」


 再度が魔力を放たれる。

 そう、パープルサキュバスのメダルに選ばれた戦士、淫魔聖女リリィには必殺技がある。

 

“サキュバス♡てんぷて~しょん”。


 効果は『甘い汗の香りで男を惑わし意のままに操る』。その本質は、対象に偽の愛情を植え付けて男を自分に惚れさせる超強力な魅了だ。

 だから俺は今回、淫魔聖女リリィにサポート役を依頼した。


「分かりますか? 露出過多なサキュバス衣装で肌を晒し、しっとり汗ばんだ状態でそれを見せつけ、間近で東支部長を魅了の力で誘惑するボクの気持ちが? なんかもうボクの中の色んなものが壊れたような気がする……というか他の人に知られたら普通に死ねる」


 ああ、苦悩する姿すら魅力的だ。

 精神食いは心を食う。しかしヤツの捕食行動は、母を食った時に語った内容からすると“感情を味わう”行為。実際に食っているのは愛情や慈しみだった。

 

 そして感情を喚起するのは、異能ではなく所業に依る。

 だから精神食いは俺の母の味を評価した。どんな状況でも子を愛した母さんは、グルメなコイツにとって最高の食材だったのだろう。 


「がぁぁらっ!」

『ふぅっ、つ……!?』


 俺は躊躇いなく距離を詰め、化物女のカラダを蹴り壊す。

 心を食いたいならたっぷり食うといい。綾乃ちゃんへの想いはいくらでも沸き上がってくるぞ。

 女神に捧げる愛が防護膜となって、俺を守ってくれる。

 その間に、決着を付ける。


『薄い、でも、食べないと』


 また食われるが、白百合さ、綾乃ちゃんがサキュバス♡てんぷて~しょんをかけ直してくれる。

 愛に、包まれている。

 距離が遠くでも一度虜にした相手なら魔力を届けることができるらしい。

 愛は、時も隔たりも超えて伝わる者なのだ。

 ほんと、綾乃さまが清純可憐な麗しき聖女でよかった。この必殺技、はっきり言って異災機構を牛耳れるわ。もっとも、こんな力なくても淫魔女神ゴッテス・リリィならその愛らしい笑みだけで男の心を奪い取れるが。


 だけど、魅了された状態で戦意を保つのは想像以上に難しい。

 綾乃さまのお願いがあるから戦えているが、もしなかったら俺は女神の前で跪いていただろう。

 この身が、この心が愛の奴隷になってしまう前に決着を。

 俺の通常モードでの最大の一撃は昆虫の怪力とネコ科の筋肉、機械の左腕の魔力式パイルバンカーを利用した“クアドパンチ”だ。

 俺には小型の魔力蓄積器が埋め込まれている。それを開放し、パイルバンカーの腕を加速・強化してぶち込むことで一時的な高威力を実現する。魔力を帯びた打撃であり、現象型にも効果がある俺の切り札の一つだった。

 が、当然クッソ燃費が悪い。

 万全の状態でも打てて三発。戦闘しながらだと二発、一発打てればいい方。使いどころは限られている。


「だが、余裕がない以上、こいつで決める」


 当てれば母の仇が破裂する大博打。

 ああ、そうだ。あれをぶち殺せる、女神への愛を貫ける。想像するだけで体が歓喜で震える。そう、パイルバンカーとは貫く愛の象徴だった。

 しかし腰を落とし足に力を籠め、今にも駆けだそうとした瞬間、気色の悪い笑みに動きを止められた。


『“平らげる”』


 そう呟いた瞬間、ずんっと体が重くなった。

 重力操作かと思ったが、違う。肉体に負荷はかかってない。

 足が動かなかったのは体ではなく“気が重い”からだ。

 先程までの一気に奪う捕食ではない。この空間そのものに、気力をじわじわと食べられている。


『動画は、これの応用。一定の空間にいる者達から、ちょっとずつ食べる』


 こいつは、ヤバい。

 俺やレオンくんはまだいい。魅了による防護が可能だ。

 けれど綾乃ちゃんが。


「あ、あっ、ああ……」

『あなた、おいしい……。大切な、幼馴染がいる。“その子達”を、守りたい。純粋な慈しみの心。なんて舌触りのよさ』


 無防備な、彼女の心が食われる……!

 俺は無理矢理心を奮い立たせ再度突進をしかける。

 しかし廃ビルの部屋に、いくつもの人影が現れた。

 新たなLDではない。怯えた表情の、普通の市民だった。彼らは何かに責立てられるように、俺達に立ち向かってくる。


『残したのは、恐怖だけ。食われるのが、怖くて。あなたたちが、怖くて。ただ、逃げるように暴れるだけ。でも、十分、でしょ?』

「邪魔くさい、斬るぞ」

「アステレグルスさん、ダメです! この人たちは普通の市民さん……ボクが、止めます!」


 綾乃ちゃんは魅了の範囲を広げ、襲い掛かる市民のうち男を操り、同士討ちを誘発する。

 けれどそんな消耗の激しい方法ではいつまでももたない。

 俺は間合いを詰めて連続で拳を繰り出すが、ダメージを受けながらも精神食いは捕食を止めなかった。


『がんば、って。がんばるほどに、おいしくなる。あなたも、あなたの大切な人も、ぜぇんぶ残らず、食べてあげる』

「させ、ない……! ボクが、守る」

『でも、止められ、ないわ?』

 

 綾乃ちゃんの努力を嘲笑うように、空間の捕食が力を増した。

 魅了での操作もおぼつかなくなり、レオンくんが近付く市民を殺さないようにひたすら制している。

 俺にも、そちらに向かう余裕がない。


『あぁ、む』

「てめえぇ……!」


 くそ、また食われた。

 少し口を近づけられるだけで捕食が成立してしまう。

 その隙を突いて、ヤツは尋常ではない速さで攻めに出た。

 俺ではなく、綾乃ちゃんを狙って。


「させるかって、んだよ!」


 俺は無理矢理体を割り込ませ、白百合さんを庇う。

 植え付けられた愛情ではない。心のもっと深い部分から湧き上がった熱が俺の体を動かした。

 遠くで「支部長!?」と叫ぶ声が聞こえたけど、すぐには反応できない。

 だが白百合さんへの攻撃は防いだ。なら、反撃を。


「あ……」


 ダメだ、精神食いの方が早い。

 ヤツは大口を開けて俺の頭部に食らいつこうとしている。

 こんなところで終わってたまるか。最後まで抗おうと、左腕に力を籠める。

 

「死ぬ? 僕を庇ったせいで、支部長が」


 か細い声なのに、ちゃんと耳に届いた。

 そんな風に思われるのはイヤだなぁ。だから、精神食いをぶち殺さないと。

 しかし俺よりもアステレグルスよりも早く、白百合さんが動いた。

 彼女の手にはいつの間にかホワイトユニコーンのメダルがあった。


「メダルは、心に呼応するもの。初めての時と同じ。なにをすればいいのかが、分かる」


 そして少女は静かに呟く。


「変身、パープルサキュバス。さらに変身っ! ホワイトユニコーン!」


 幻想のメダルを使った二重変身だ。

 紫を基調にした過激な衣装が、純白の過激な衣装に変化する。結局過激なままである。

 背には小悪魔の小さな翼、額には一角獣の角。サキュバスとユニコーンが融合した、新しい聖女の姿だった。

 疾走する。元々速度に優れたリリィだが、更に速くなっている。

 俺を食おうとする精神食いを爪の一撃で切り刻む。が、相手も反撃とばかりに口を近づけた。


『ああ。あなた、好きな人が、いる、のね? その人のために、強く、なりたかった。隣に立って、支えたかった。あまずっぱい、恋の味……おいしい』


 精神食いに心を食べられた。

 だというのにリリィは微動だにしない。ただ、冷静に手をかざして、白と黒の魔力が混じり合う、らせん状の砲撃を放った。

 今まで爪の攻撃とはレベルの違う魔力砲だ。

 精神食いはかろうじて避けるも片腕が消し飛んでしまっている。


「好機は、逃せないよなぁ……!」


 追撃に俺も飛び込み、左腕で全力の一撃。

 ぱんっ、と肉が爆ぜた。その時点で決着はついている。

 しかし白百合さんは再びらせん状の魔力砲を放つ。


「お前は、ボクの大切なものを傷つけた。消えろぉ!」


 激情に任せた一撃が精神食いに直撃する。

 

『あ……』


 そうして、白と黒の光に飲み込まれて、心を食う災害は完全に消滅した。









 精神食いが消滅したことで空間が元に戻った。

 そのせいか、市民たちも軒並み倒れ込んでいる。


「白百合さん、その姿は」

「パープルサキュバスとホワイトユニコーンの二重変身。幻想淫魔聖女ユニコーン・リリィ、なんてどうでしょう」


 力いっぱいポーズを決めてくれるけど、紫から白になったことでとっても過激かつ危険な感じになっている。


「それより、大丈夫か。体は、気分は悪くない?」


 駆け寄るも肝心の彼女はきょとんとしている。


「はい、特に問題は。へへ、心配してくれて、ありがとうございます。それより、東支部長こそボクを庇って」

「こっちも平気だよ。綾乃ちゃんが傷付くよりよっぽどいい」

「そ、そういうこと言っちゃんですか?」


 はにかむ白百合さんには確かに傷一つないし、精神の変調もなさそうだ。


「だけど、あの時、心を」

「えーと、ですね。ホントに平気です。なんというか。あの時食べられたのは、ボクの心じゃなくて、メダルに宿っていた感情なんだと思います」


 言いながら彼女は自身の胸元にそっと手で触れる。


「ユニコーンのメダルには、強い想いがありました。好きな人に対するまっすぐ気持ち。伝えられなかったけど、本当に大切だった恋心が、ボクの心の代わりに食べられてくれたんです」

「そんなことが、有り得るのか?」

「あった、としか言いようがないです。はっきりとは分からないですけど、ユニコーンの人にも大切な幼馴染がいたみたいで。……だから、ボクに力を貸してくれたのかもしれませんね」


 そういう気持ちの同調が、白百合さんの心を守り、二重変身なんて離れ業を成功させた。

 清らかな笑みで白百合さんは窓に切り取られた遠くの夜空を眺める。

 勝利の達成感があり、生き残ったことの安堵があり、仲間を守れたという喜びがあった。 

 けれど一筋の涙が瞳から零れ落ちる。


「ホワイトユニコーンの戦士に、会ってみたかったな。きっと、友達になれた。そんな気がするんです」


 その涙の意味を俺は、たぶん彼女自身も、理解できていなかった。




 ◆




 精神食いとの戦いの際、超星剛神アステレグルスはほとんど参加しなかった。

 東翔太朗にあらかじめ「白百合さんの護衛を徹底してくれ」と頼まれていたからだ。

 命令には、翔太朗が死にそうになったら綾乃を連れて逃げる、ということも含まれている。

 そしてなにより。

“仲のいい三家のうち、子供のいる家が二つしかないという違和感”こそが最大の懸念だった。 

 たぶん、東翔太朗の危惧は的中していた。

 アステレグルスは最後まで戦闘には参加せず、突然の横槍を警戒し、いつでも対応できるように構えていた。


「……視線が、消えたか」


 その意味で今回の陰の殊勲者は間違いなくレオン・マルティネスだろう。

 彼の存在こそが、ユニコーンメダルの持ち主を消したであろうMDを防いだのだから。

 こうして、夜は終わりを迎えた。















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