24.上げた好感度は即下げるスタイル



 俺はまず根戸支部長さんと話を詰める。

 こちらの支部は通常のLDのために待機スタッフを残しておかなくてはいけないし、精神食いに対しては基本俺たちが動く。ただ情報収集とか、調査に手が空いているレスキュアーを頼りたい。

 またこの事務所への出入りの許可もいただいた。

 

「じゃ、レオンくん。白百合さんをお願いできる?」

「了解」


 意図を汲んで、レオンくんは簡潔に返事をしてくれる。


「え、お願いって?」

「先程確認しただろう? ホテルに戻って、温泉に入りご飯を食べてゆっくり体を休める。俺達の仕事はそれからだ」


 彼はよく分かっていない白百合さんに説明もしてくれた。


「で、でも景色を見たのはボクだけなんだし」

「市内の廃ビルもれなく確かめる訳にもいかないでしょ? ここは地元の異災所に頑張っていただいて、該当しそうな場所をリストアップしてもらう。それに多少時間がかかるだろうから、休息して準備を整えておいて、ってこと」


 メダルに残っていた景色は廃墟の一室。

 窓の外には地面が見えずビルが密集もしていなかったから、市の中心部ではない。ホワイトユニコーンのメダルが発見されたのは郊外の森林地帯だったそうなので、その近辺。

 断片的な情報でもある程度は絞れるだろう。


「あ、じゃあボクが残って、それっぽい場所が見つかったらひとっ走りして確認してくるとか」


 高速移動に自信ありの淫魔聖女リリィさんだけど、当然ながら許可はできない。

 確認のつもりが精神食いと遭遇なんて目も当てられない。


「だーめ。もし“当たり”を引いちゃったらどうするの。時間がかかっても三人でね」

「くぅ、そういうところは譲りませんね」

「君らの安全のためならいくらでも理不尽かますよー、俺は。どれだけ強くなってもそこの扱いは同じなんで」


 レオンくんに目配せをすれば、「分かっていますよ」とくすぐったそうにしていた。

 いくら彼がウチの最強でも、俺にとってはカワイイ子なのだ。例外はミツさんくらいのもんだよ。


「……なんか二人だけ分かり合ってるー、みたいな感じがちょっと引っかかります」

「そりゃしゃーない。俺にとってレオンくんは職場の仲間兼先生みたいなもんだし」


 よく分かっていない顔の彼女が面白かったのか、レオンくんは優しく微笑む。

 敢えて説明はしないみたいだ。


「ある意味、俺に生きる上での心構えを教えてくれたのがレオンくんなの」

「……東支部長が、じゃなく? マルティネスさんの方が年下ですよね?」

「年齢に関係なく学ぶことってたくさんあるよ」


 俺は、白百合さんの“タレント業も災害対処もやりたいことは全部やりたい”っていう姿勢も尊敬して学ばせてもらっているつもり……なんて口にするのはご機嫌取りみたいだからやめておこう。

 

「あと、木本くん。いや、赤龍騎士バーンレイブ」

「は、はいっ⁉」


 俺に急に声をかけられて、ビクビクゥッて体を震わせる。

 最初の好意的な接し方から、嫌悪はされてないまでも微妙に距離が空いてしまった気がする。


「根戸支部長さんにお願いして、一時的に君を借りた。今回の任務に限り、俺の指揮下に入ってもらう」

「俺、ですか?」

「うん。君は俺達マリシャスディザスター対策部隊における、ひっじょーに重要な任務を与えよう」


 ごくりと木本くんが唾液を呑んだ。

 大仰な前振りをしたが頼みたいのは一つだけ。


「俺、もうしばらく異災所に残らせてもらうから。そうなるとせっかく予約した予約したディナァァァが一人分無駄になってしまう。だから、代わりに食べといてくれない? 勿体ないしさ」

「い、いや。どういう」

「木本くん寮生活だったよね? 食事代が一食分浮いたとでも思っといてくれればいいよ」

 

 木本くん、かなり困惑している。

 だけど地元の食材を使った創作フランス料理だ。破棄するよりは誰かに食べてもらった方が絶対いい。

 

「支部長、俺はここで幼馴染を二人きりにするなんて気遣いはしませんよ。レストランのメインディッシュ・子牛のローストを楽しみにしていたので」

「どんな時でも変わらないレオンくんで俺は嬉しい」

「あと、ワインはどのレベルまで許されますか? ロマネなコンティとかシャトーっぽいラトゥールはアリ寄りのアリでしょうか」

「ナシで。常識的な範囲でお願いします」

「了解」


 さっきの「了解」と変わらない真剣な表情なレオンくんだった。

 颯爽と事務所を去る後ろ姿も無駄に決まっている。


「じゃ、白百合さん。しっかり休んでね」

「分かりましたよ。もう、この人は……」


 文句を言いつつ彼女も素直に従ってくれる。

 まだ俺達のノリに慣れてない木本くんだけ、どうしていいのか分からない感じだ。

 俺は白百合さんが完全にはなれたのを確認してから一応の説明をする。


「よく分からないけどカノジョ、けっこう動揺してただろ? 幼馴染とお食事やお喋りでもして、多少なりとも落ち着いてくれたなら嬉しい。つまり君の役目は、今回の任務の鍵たる淫魔聖女リリィのメンタルケアだ。夕食はレオンくんも一緒だけど、喧嘩はしないようにお願い」

「……了解しました! ありがとうございます、東支部長!」


 ようやく納得できたのか、木本くんも急いで彼らの後を追う。

 ま、こんなもんでしょう。

 先に許可はもらったが、仕切ったことを改めて異災所の皆さんに謝ると「いえいえ」と軽く流してもらえた。

 俺は表情を引き締め直して、根戸支部長さんに向き合う。


「事前にある程度、三岳常務から情報を貰っています。この異災所でもレスキュアーが失踪、また心神喪失状態の被害者が発見されたと」

「ええ、その通りです」

「加えて、広範囲での微妙な精神異常も報告されている……。前者なら、精神食いの特徴です。しかし広範囲に影響を及ぼす力を俺は知らない。少し、そちらのレスキュアーと話をさせてください」


 準備不足で仕損じるなんてごめんだ。

 休むのはレオンくんたちの仕事。俺は俺で出来ることをやっときましょう。

 



 ◆





 レオンくんたちをホテルに送り出した後、こちらの支部の皆さんに該当しそうな廃ビルの情報を集めてもらう。

 この土地を知らない俺だと判別がつかないので、こっちの仕事は三岳常務が派遣した調査隊の情報の精査だ。

 やはり、気になるのは集団に起こった軽度の精神異常。精神食いにこんな真似ができたのだろうか。

 疑問に思いつつ、件の異常や廃ビルについて調べていると、奇妙な動画とSNSでの呟きが引っかかった。


「ん、ホラー動画、かな……?」


 それは最近SNSで話題の都市伝説のようなもので、それをまとめたweb記事もあった。

 不幸になる動画、という昔の懐かしい感じのタイトルが気になって読んでみる。

 内容は、動画投稿サイトに投稿された“延々廃ビルの一室だけを映した動画”を見ていると心を病んでしまう、といった内容だった。

 そもそも廃ビルの一室というキーワードは、淫魔聖女リリィさんがメダルから読み取ったもの。だからSNSの与太話にまでは捜査の手が入らなかったのかもしれない。

 また、話題になったせいかイタズラ的に模倣動画をアップしている人もちらほら。どれが“本物”なのかは分からないようになってしまっていた。 

 記事でも『試してみたが特に何も起こらなかった。単なる噂だったのか、それとも筆者が見た動画が後追いの創作だったからなのだろうか……』と締めくくられている。


 呟きSNSに上げられた動画も単なる偽物だったようだ。

 気になりはするが、明瞭な答えは得られないまま。代わりに異災所の皆さんが、廃ビルのリストアップを終わらせてくれた。


「ありがとうございます、根戸支部長」

「いえ。少しでもお力になれたならば」


 お礼を言ってから俺も異災所を後にする。

 外に出ると辺りはすっかり暗くなっている。道すがら味噌カレー牛乳ラーメンなる未知の食べ物があったのでそこで夕食を終える。

 途中でレオンくんたちに「アステレグルスが一番力を出せる夜、日付が変わってから動くから仮眠しておいて」と前もってメッセージを入れておく。


「あぁ、蕩けるぅ~」


 そしてやっぱり維持できない俺のシリアス。

 ホテルに戻った後、俺は温泉で疲れを癒す。もうお湯の中で生活したい。

 お風呂上りはコーヒー牛乳派も多いが、俺は圧倒的にフルーツ牛乳。ぐびりと決めて、仮眠でもとろうかなーってところで。

 

「こんばんはー」


 ホテルの部屋の前で、白百合さんが手をフリフリしていた。

 彼女もお風呂上りなのかほんのり頬が桜色だ。


「どうしたの?」

「いえ、仮眠といっても中々寝付けなくて。ちょっとお話でも出来ないかなーって」

「そっか。じゃあ、温かい飲み物でも頼もうか」

「はいっ」


 部屋の中に招き入れて、ルームサービスでホットミルクを頼む。

 各種サンドイッチやカレーライスもあったけど、雰囲気ぶち壊し請け合いなのでグッと我慢。

 ちょこんとベッドの上に座った白百合さんは、一口ミルクを啜ると小さく笑った。 


「ありがとうございます、東支部長」

「なにが? ……っていうのは失礼かな」

「そうですよ。今日はボクのために色々してくれたんですから、お礼くらい受け取ってもらえないと困ります」


 怒っているように見せかけても表情は穏やかだ。


「木本くんとも話できた?」

「はい。ご飯の時ちょーっと、マルティネスさんといがみ合うシーンもあったけど、久々にお互いのことを話し合いました。なんだか小学校の頃に戻ったみたいで楽しかったです」

「そっか。なら、ほんとに幻想メダルの戦士たち、コラボ企画やってみる?」

「ほんとですか? ボク、頑張りますよ」


 よかった、本当に落ち着いたようだ。

 俺が安心していると、白百合さんは不意に優しく目を細めた。


「東支部長がいてくれてよかったです」

「そう言ってくれるなら嬉しいね。俺も、白百合さんを頼りにしてるよ。よかったら、今後の進路の一つに異災機構を入れといてくれる?」

「あはは、どうしてもって頼むのなら、考えないでもないかなー?」

「お、前向きな返答が得られた。ただ、俺の頼みだから、ではなくやりたいって本当に思ってくれた時でいいからね。白百合さんの前にはたくさんの選択肢があるんだから」


 なんてことを、その“たくさんの選択肢”を放り投げて、憎いゴミをぶちのめすために実験体になったおバカな改造人間が言ってみる。

 まあ後悔はしてないけどさ。人間、間違えないと見えてこないもの、間違えてこそ紡げる縁もあるよね。


「はいっ。でも……上司は、やっぱり東さんが一番だと思ってます」


 晴れ渡るような笑顔に、きっとこの子は正しい生き方ができると信じられた。


「んー、ちょっと眠くなってきたかも。ここで寝てもいいですか?」

「いけません。ご自分の部屋にお戻りなさい」

「えー? ところで、ですね。さんざん言ってきましたけど、ボクのことは綾乃でいいですよ。むしろ、そう呼んでほしいというか」

「それもちょっと……。そういうのはコンプライアンス的なアレコレの問題でして。よくよく考えたバイトの女子中学生と夜に二人きりというのもマズいような気がしないでも」

「えー、なにがまずいんですかー?」


 いかん、中学生女子がからかいモードに入ってしまった。

 前かがみで俺の方に少しずつ近づいてくる。

 ダメだ、そのキャラは魔法少女シズネさんでお腹いっぱいです。


「ここならよく眠れそうな気がするのになー。これも仕事のうちだと思いま……あれ、メッセージが」


 白百合さんがさらに詰め寄ろうとしたその時、スマホにメッセージが入ったようだ。

 ちょっとゴメンナサイ、と謝ってから確認すると同時に、彼女はスマホをベッドの上に落としてしまった。

 ちらと見えた画面には、彼女の友人からの言葉が綴られていた。




【氷川玲:ねえ、今何してるの?】




 たった一文。

 おそらく旅行中の友達の安否を確認する程度の意図で送られたメッセージに、気勢を完全に削がれた白百合さんは、何故か小刻みに震えていた。 


「東支部長! ボク、ちょー頑張ります! 一所属レスキュアーとして!」

「お、おう」


 とりあえず止まってくれて助かりました。


「起こすから、部屋で少しでも寝ておいで。眼を瞑るだけでも違うから」

「はい、そうさせてもらいます」

「頼んだよ。今回の作戦には、君の力が絶対に必要だ」


 俺の言葉に白百合さんはちょっと照れている。


「そ、そこまで言ってもらえるなんて。でも、結局ボクはなにをすれば? いえ、力になれるなら、何でもするつもりですけど」

「そう言ってもらえるのは、逆に心苦しいな。俺の立てた作戦は、きっと君に負担を強いる。……嫌われても、仕方ないって思ってるよ」


 弱音が零れる。

 だけど彼女はそれを力強く吹き飛ばした。


「言ってください、ボクだってレスキュアーです。それに、東さんを嫌いになるなんて、絶対ないですから!」


 その心が本当に嬉しい。

 精神食いに立ち向かうには、淫魔聖女リリィの力が不可欠。

 俺は、真剣な表情で彼女に告げた。



「君の汗の匂いをかがせてください」

「とんでもないタイミングで性癖暴露されたんですが!?」


 違います。

 これは戦うために必要な行いなんです、いやマジで。







「支部長。幼馴染のボクっ娘を心配して、若手らしい無謀な勇気を発動して“俺がMDを倒せば…これ以上綾乃は傷つかない……!”的なノリで単騎突入して精神食いにタイマン挑もうとした赤龍騎士バーンレイブがいたので、彼の暴走により俺達に致命的な隙が生まれないよう前もって捕まえておきました」


 なお木本くんの暴走ムーブが、レオンくんによって発動前に封じられました。

 ありがたいけどスマキな少年がちょっとかわいそうでした。




※精神食い戦は四割コメディです。

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