23.敵は「二人」おったッ!





「まず、今回の件、もしも精神食こころくいが出てくるなら、俺が矢面に立つ。白百合さんはサポート、レオンくんは彼女の安全を確保してくれ」

「俺と支部長で敵に当たらなくていいのですか?」

「ああ。もし戦いになったら、鍵は淫魔聖女リリィだ。彼女を守ることこそ勝利に繋がる。そもそもレオンくんには護衛を任せるつもりだったんだよね」


 A県に到着するとまずそれぞれの役割を確認する。

 今一つ納得し切れていないのが白百合さんだ。


「ボクの護衛のために? うーん、ますますボクのいる意味が……」

「そこはちゃんと説明するよ、今日の夜にでも」


 前もって説明しておくべきなのだろうが、俺が話す内容は彼女にとって精神的な負担が大きい。

 食事や観光を楽しめなくなるかもなんで、可能な限り後回しにしておきたい。

 そこでパンっと手を叩き、一区切り。


「さて、お仕事の話はひとまず後にして、まずは美味しいモノでも食べよう」


 北方にあるA県は豊かな自然の、海に面した土地だ。

 有名なのは歴史的な遺跡やお城、庭園など見どころは盛りだくさん。

 名産はなんと言ってもりんご。りんご公園なるものがあり、りんごの学習コーナーやりんごグッズまで販売されている。

当然りんごを使ったスイーツも目白押し。定番のアップルパイにりんごのソフトクリーム、りんごのタルトタタン。

 もう胃袋が三つか四つは欲しくなる、っていう表現は改造人間の俺が言うといろいろ危ういんでやめておこう。


「俺としてはりんごの酒、シードルも見逃せません」

「レオンくんはお酒イケるもんね。俺はちょっとなぁ」

「東支部長、マルティネスさん! これこれ、この雑誌見てください! りんごとバニラアイスのガレット! すっごい美味しそうじゃないですか?」

「いいのを見つけたね、白百合さん。二人とも、ここはまずクロマグロを堪能してから、ガレットと紅茶で優雅に……というのはどうだろうか?」

「さんせーい!」

「俺もです」


 MD討伐は非常に重要な任務だ。

 人々の平穏を守るためであり、俺にとっても憎い仇である。

 でも「遊んでいる暇があるなら市民のために戦えよ」、「お前らが頑張れば被害はなかった」っていう世論から正義の味方を守ろうっていうのが権利擁護運動です。 

 変な話、悪の組織から人々を守れなかったとしても出た犠牲はヒーローのせいじゃない。

 そもそもヒーローがいなくても出ていた被害だ。悪いのは悪の組織なのに、なんで守れなかったことを理由に市民に責められないといけないのか。仕事なんだから勤務時間中にサボらなければおっけーだろうに。

 俺が支部長をしているのは、市民にこそ追い詰められる正義の味方にも日々を謳歌してほしいからってのもある。

 だから腰抜け呼ばわりされるんだけどね。機構のヒーロー派は根本で「正義は絶対、命を賭けて守るもの」って認識があるから。


「じゃあまずはホテルに荷物を置いて、ご飯を食べてから、異災所A県R市支部にご挨拶、かな」

「わっかりましたー! ホテルもすごいんですよね?」

「国立公園近くの、高級リゾートホテルだぞー。温泉もあるし、連なる山々を一望できる展望ラウンジ付き。一人一部屋とっちゃった」


 どうせ痛むのは常務の懐、全力で行こうの精神です。

 ひとまずは美味しいご飯を食べて、活力を得るところから始めよう。





「ああ、大トロのさらりとした脂の旨さよ……おそらくレスキュアー以上に脂は正義」


 レオンくんが大トロを頬張って感極まっている。

 そんな横顔ですらイケメンとかどうなっているのか。

 A県でも有名な海鮮食堂で俺達は特盛本マグロ丼を堪能する。白百合さんだけご飯少なめだ。

 いや、さすがにレベルが違う。大トロ、中トロ、赤身のヅケ。もうほんと蕩けるレベルのマグロだった。


「んー、おいしー。でも東支部長、ワサビ乗せ過ぎじゃありません? 緑色がこんもり……」

「いやいや、刺激が強い方が美味しいから」

「そういえば、ネギトロ丼には豆板醤とウズラの卵が意外と合うらしいですよ」

「レオンくん、ナイス情報。今度試してみるね」


 俺のマグロ丼わさびスペシャルは不評な模様。

 ツッコミを受けつつもぺろりと平らげ、今度はカフェに向かいりんごとバニラアイスのガレットに舌鼓。


「あまずっぱいりんごとバニラアイス、すっごい美味しいですねー。もうさいこー」


 白百合さんもにっこにこ。

 男二人も甘いもの大好き勢なので大満足。しっかりと栄養を補給した俺達は、お腹いっぱいすぎて動けないと困るし軽く市内を回ってから、目的の異災所へと向かった。

 



 ◆




 さて、俺は今A県R市の異災所支部に来ています。

 この市で活動するにあたり、やはり縄張りの長に挨拶をしないといけない。また先に三岳常務の手配した調査隊が動いているはずなので、情報の共有も必要だろう。 

 しかしここの支部長さんに会うより先に、偶然の再会があった。


「あ、幹也!? ひっさしぶりー!」

「お、おまえ、綾乃!? な、なんでこんなとこに!?」


 どうやら俺達の情報は所属レスキュアーには伝わっていなかったようだ。

 いきなりやってきた白百合さんに、噂の幼馴染くんはかなり驚いている。

 逆立った髪の毛の、生意気小僧って印象の男の子だけど、まだ中学生だし骨格は出来上がっておらず体格はそれほど。顔立ちにも幼さが残っている。 


「マジで久しぶりだなぁ」

「どう、そっちの調子は?」

「へっ、順調に力をつけてるぜ。まだ駆け出しだし、タレント的な人気は全然ねーけどさ。そういや、お前のラジオ、WEBでだけど聞いたよ。すげーじゃん、冠番組とか」

「へへん、まあねー」

「……あ、あと、チップスのカードとか」


 顔を赤くしてぽそりと呟いた言葉を俺は聞き逃さなかった。

 あ、幼馴染くん、これ淫魔少女リリィのシークレットレアカード持ってるな?

 分かるよ、思春期にリリィのカードは刺激が強すぎるよね。挑発するような笑みと、セクシーすぎる衣装。もう全力サキュバスだもん、色んな意味で。


「幹也? どしたの、顔赤いよ?」

「ちかっ、近い!? なんでもねーよ⁉」


 白百合さんの美少女フェイスの圧に押されて、幼馴染くんが後退る。

 聞いた経緯によると小学生の頃は仲が良く、レスキュアーになってからは会う回数も減っていた筈。とすると、今の成長した白百合さんの魅力にやられてしまうのはしゃーない。

 その後もしばらく雑談してようやく落ち着いたのか、彼の視線が俺達の方へ向いた。

 

「綾乃、こいつらは……」

「あ、そうだ。ボク、こっちには仕事で来たの。えーと、こちらウチの東支部長と、先輩のマルティネスさん。って言うかこいつら言うな」


 紹介されたのでレオンくんといっしょに「よろしくー」とにこやかに挨拶をする。

 けれど幼馴染くんは鋭い視線で睨み付けてくる。

 ……レオンくんを。


「東支部長はすっごい人で、ボクのラジオを取ってきてくれたのも支部長なんだ。マルティネスさんはウチの最強レスキュアー。知ってるでしょ、本部を含めても十位以内に入る、って言われてる戦士だよ」

「へ、へえ。そうなのか……」


 自慢げに胸を張る彼女にちょっとくすぐったい。

 でも幼馴染くんの態度はぎこちない。


「おっと、ちゃんと挨拶しておこうか。俺は東翔太朗。N県T市の支部長だ」

「す、すみません! 俺は木本幹也、15歳! レスキュアー類型は【異能者】! 登録名称・赤龍騎士バーンレイブです!」

「白百合さんから聞いているよ。仲の良い幼馴染で、幻想のメダル……レッドドラゴンに選ばれた戦士だと」

「あっ、ありがとうございます! 俺も、本部にいた先輩から噂を聞いてます! 地方活動のみで全国区のアイドルを凌駕する聖光神姫リヴィエールのデビューを手掛けて、数々のヒット曲を生み出した仕掛け人! チップスでもチョコでも、所属レスキュアーは全員レアカード化の実績あり! 魔法少女シズネの復帰を促しグラビアやCMに起用、装甲戦士の短編動画付き超合金“バトルファイターシリーズ”の立ち上げ! さらには縄張り意識の強い各支部の垣根を超えた、コラボ商品の展開で莫大な売り上げを叩き出した敏腕プロデューサーだって!」


 まずプロデューサーじゃねぇ。


「微妙に間違ってないのが辛いけど、そう持ち上げないでくれると嬉しいかな」

「はっ……! 綾乃を連れて仕事って、も、もしかして、ついにうちの異災所にもコラボの波が……!? げ、幻想メダルの戦士たち、的な!?」

「ごめん、期待させて悪いけど全然違うんだ。今回は、災害対処の方の仕事でね」


こう聞いたら俺、がっちがちのタレント派だなぁ。

 木本くんはちょっとがっかりした様子だったけど、それでも俺に対してはちゃんと対応してくれる。

 正義感はあれどタレント的な知名度も欲するタイプらしい。

 話の途中、白百合さんがおずおずと挙手した。


「あのー、ボクもコラボ賛成派です……」

「白百合さん? 妙な同調しないでね? コラボ企画はまた考えておきます」

「やった、ゆるあま東部長さいこーです!」


 くっそ、無邪気にガッツポーズとかやめてほしい。頑張らざるを得なくなる。

 まあ意外と木本くんは好意的に接してくれて、俺からすると問題はない。


「レオン・マルティネス。登録名・超星剛神アステレグルスだ、よろしく」

「……よろしくお願いします」

「あー、これでも、白百合さんとは仲良くやらせてもらっている。気軽に接してくれ」

「っ! そ、そうですか」


 だけどレオンくんに対しては隔意がある感じ。

 一応「君の友達の優しい先輩だよー」アピールをするも失敗。困ったレオンくんは俺に耳打ちをしてきた。


「支部長支部長、なんでいきなり敵対感情を剝き出しにされているのでしょうか」

「まあ、思春期のオトコノコ的にイケメン先輩とか敵だよね」


 体型スラッ、顔立ちシュッ、笑顔がキラッなレオンくんだもの。

 超かわいいボクっ娘幼馴染の先輩になんか置いたら、どう考えても脳破壊一直線コースだ。

 既に木本くんの頭の中には、レオンくんの胸元にしなだれかかる白百合さん画像が形成されているに違いない。


「いや、それはおかしい。懐き度合いで言えば俺よりも支部長のはずでは?」

「そこは、ほら……年齢的な問題が」


 なんで俺には敵愾心がないのかって言ったら、おじさんは警戒対象じゃないってことだよね。地味に傷つく。

 

「ねえ、幹也? マルティネスさんにその態度、ちょっとよくないよ」

「な、なんだよ。あっちを庇うのかよ」

「そりゃあ、ボクを守るために来てくれたのに(東支部長の命令で護衛的な意味で)」

「っ!」


 今度は照れじゃなく、興奮で顔を真っ赤にしている。

 怒りに任せて怒鳴りつけようとしていたので、俺は邪魔するように間に入った。


「俺はただっ!」

「おっと、木本くん。悪いんだけど、T市支部のアズマ来たって、ここの支部長さんに伝えてもらえないかな?」

「え、あ、はい……」


 緩い態度に気勢を削がれたのか、素直に従ってくれた。

 青春だねぇ。俺にもああいう時期あったっけか……。

 振り返ったらクソみたいな若かりし頃だったんで早々に考えるのを止めた。 







 木村君に案内されて事務所に向かい、ここの支部長さんにご挨拶。

 黒髪短髪のマジメそうな印象の男性だった。年齢は四十歳を少し過ぎたあたりだろうか。ヒーロー派というほどではないけれど、レスキュアーは災害対処こそ本領勢だと聞いている。

 といっても、俺は皆が好むようなタレント活動をしてほしいと考えるから営業をかけるだけで、有名になれば仕事は舞い込むもの。

 所属レスキュアーの上位陣はグッズ販売されているし、地元企業のCMに出演でかなりの知名度を誇るらしい。

 そういうスタンスだから、まだまだ若手の木本くんとかは目立たないみたいだけど。


「どうも、N県T市支部の東翔太朗です。今回は本部の三岳常務の指令により、MD調査及び討伐のため、一時的にこちらで活動させていただくことになります」

「お噂はかねがね。A県R市支部長、根戸礼二ねと・れいじです」

「噂が悪いものでなければいいのですが。根戸、というと?」

「ああ、そうです。本部の役員、理一郎りいちろうの弟です」

 

 苦笑いで返される。

 二世というのはどうしても色眼鏡で見られる。しかも役員の根戸何某は、タレント派のお偉方。災害対処を旨とするなら色々と折り合いも難しかろうて。


「しかし、淫魔聖女リリィをお願いしたのはこちらですが、超星剛神アステレグルスまで連れてきてくれるとは。本部も全力で取り組んでいるという証明ですね」

「ええ。MDは放置できない災害です」

 

 俺はキリッとした表情で言った。

 でもごめんね、根戸支部長。この指令、ほぼ三岳常務の独断です。

 MD討伐は大きな功績だから、ヒーロー派は勿論、タレント派の役員でも自分の紐付けレスキュアーで達成したいと考える方がおられる。

 なので、どこが対応するかで揉めることもしばしば。

 だからこそ三岳常務が戦闘レスキュアー部隊を即座に派遣。ダメ押しに都合よく使えるピンポイントリリーサー・翔太朗くんも投入された次第である。

 レオンくんに至っては俺が勝手に連れてきただけだ。


「ともかく、まずはご依頼の件を試してみましょう。白百合さん、お願いできる?」

「はいっ、分かりました東支部長!」

 

 なんだかんだ言いつつ根は正義の味方気質なカノジョはビシッと決めてくれる。

 根戸支部長さんの指示で、保管されていたメダルがもってこられた。

 それを見た瞬間、白百合さんは戸惑ったような顔をした。


「あれ……これって、ホワイトユニコーンのメダル?」

「知ってるの?」

「はい、ボクがパープルサキュバスのメダルを手に入れた博物館に、一緒に展示されてました。他にもあったはずだけど、なんでかな。これだけ妙に覚えていて」


 その発言に反応したのは木本くんだ。


「綾乃も? 俺もさ、このメダルはすっげー印象に残ってるんだ」

「どういうことだろ?」


 幼馴染二人で悩んでいる。

 俺はレオンくんに視線で合図を送る。こういった神秘的なものへの感知なら、改造人間の俺よりも獅子星の加護を受けた彼の方が鋭いはずだ。


「パープルサキュバスのメダルと、内包されている力は差がないように感じられます。特別視されるようなものとは思えません」

「そっか」


 メダルに選ばれた者にとって特別なもの、という線は消えた。

 じゃあ彼女らの抱く違和感の正体は?

 考えようとしたら、何故かぞわりと背筋が寒くなった。


「と、とりあえず、触っていいですか?」


 確認をとってから白百合さんはメダルに手を伸ばす。

 触れた瞬間、ぴくんと体を小さく震わせた。


「んー、よく分からないですね。中にある力は、なくなっていないみたいですけど」


 口調は普段と変わらない。でも白百合さんの様子に周囲は戸惑っていた。

 だって、彼女は泣いていた。

 瞬きもせずに一筋の涙を流す。本人はそれに気付いていないようだった。

 俺は咄嗟に動き、周囲から彼女の表情が見えないように体で視線を遮った。


「もういいからメダルを置いて」

「え、あ、あずま、支部長? どうしたんですか? あれ、ボク、泣いて……なんでだろ」

「引っ張られないでいい。俺が余計なことをさせた。大丈夫だから、心配しないで。みんな、ここにいるよ」


 正直俺も状況を理解しておらず、言葉にもほとんど意味はない。

 だけど少しでも安心できるよう努めて穏やかに語り掛ける。


「うー、急に涙が出ただけで別に変なことは。でも、あ、ありがとうございます。ほ、ほんと、支部長はあまあまですね」


 恥ずかしかったのか、茶化した感じで彼女は笑う。

 空元気でも元気のうちだ。少しは調子が戻ったならそれでいい。


「うん、やっぱり白百合さんは笑顔がいいね」

「な、なんか余裕な感じが引っかかります……。あ、と、そうだ。メダルに触れた時、景色が見えました。なんというか、廃ビルの一室? みたいな」

「メダルの持ち主が見た景色、かな?」

「分かりません。でも、すっごい、怖い感じがしたから……たぶん」


 ホワイトユニコーンの戦士が最期に見た情景かも、ってところか。

 なら早急に動くべきだが。

 俺が何かを言う前にレオンくんが軽く手を上げる。


「俺は移動したばかりでかなり疲れています。拙速を尊ぶより、休んで万全の態勢を整えさせてください。具体的に言うとホテルに行って温泉に浸かりたいです」


 この場での最大戦力の発言を、助力を請うた側の根戸支部長は否定できない。

 その上で、あくまで自分が休みたいというテイで白百合さんが落ち着くための時間を確保してくれた。


「そうしようか。いいですよね、根戸支部長?」


 俺が確認すると向こうは渋々ながら頷いた。

 思ったより早く手掛かりが手に入ったのだ、これくらいは許してもらわないと。

 俺とレオンくんは、視線を合わせて軽く笑い合った。

 

 そして木本くん。

 こういう状況なんで、白百合さんを心配しつつも「俺は動けなかった……!」みたいなショック顔でこっちを見るのはやめてください定期。



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