22.足りない




 白百合綾乃はまだ中学生だが、レスキュアーとして活動している。

 別に異能に目覚めたからと言って必ず異災機構に所属しなくてはいけない、という決まりはない。

 しかしレスキュアー登録と機構への所属の条件を満たさず異能を行使するのは犯罪となる。自らの才覚を発揮するには、結局機構に入らなければないのだ。


 機構はその特性上、入社の基準に年齢を設けていない。

 例えば最年少はまだ九歳の【異能者】で、ネットワークに自身の情報分体を潜り込ませることができるという、天然のクラッカーが存在している。

 タレント派なら、異能を持った子役という形で一つの売りにする場合もある。

 もともと首都圏に住んでいた綾乃は異災機構本部の門を叩き、中学一年生の時点で活動を始めていた。


『力があるのに傷付いてる人を見過ごすなんて嫌だし、せっかくの才能を十分に活用したい! どうせならカッコよくカワイく人気にもなりたい! 皆の声援浴びて手を振ったらすごい騒ぎとかがいい! でも皆のこともちゃんと守れるボクでいたい!』


 淫魔聖女リリィは正義感と良識と若者らしいミーハーさが同居したレスキュアーだった。

 当然ながら覚悟と決意を胸に戦う者達を尊ぶ本部のヒーロー派には軽んじられた。年若く、自己顕示欲が強く、確固たる信念もない。唾棄すべき“近頃の若者”にしか映らなかったのだろう。


 逆にタレント派は食いついたが、リリィがこれを嫌がった。

 なにせ舞い込む仕事と言えば、タレントでも子役でも歌手でもなく、ジュニアアイドル的なIVがほとんど。

 優れた容姿と過激な衣装ばかりが注目されて、それを拒否し続けたら今度は仕事がなくなった。

 加えて彼女はレスキュアーとしての活躍の場も求めた。

 ヒーロー派とタレント派、どちらにとっても扱いづらい。しかし戦闘能力は確かなので辞めさせるほどでもない。

 淫魔聖女リリィは非常に中途半端な扱いを受けていた。

 ただ、タレント派にはそれを惜しいと思う者もいたらしい。


 そこで提案されたのが、『タレント業を推進して適度に戦闘も、という変わり者の支部長の下に身を寄せてみないか?』という内容だった。

 本部からN県T市に置かれた支部へ。実質、左遷のようなものだ。

 正職員ならともかく、単なるアルバイトにそんな提案も珍しい。

 しかし現状に不満を抱いていた綾乃は一も二もなく頷いた。

 本部では芽が出なかったこと。また異動先が地方で活動しているのに大人気のアイドル魔法少女、聖光神姫リヴィエールの所属する支部だという事実も後押しになった。

 

『どっちもしたいなら、どっちもすればいいよ。それを支えるのが支部長の仕事だからね』


 引き合わされた相手、東翔太朗の言葉に綾乃は異動を決めた。

 なんなら親元を離れて寮で一人暮らしするつもりでいたが、そうはならなかった。

 彼女の両親は子煩悩で、娘が決めたならそれを支えてあげたいと一家での引っ越しを決めてくれたのだ。

 こうして淫魔聖女リリィはT市のレスキュアーになった。その選択は間違っていなかったと彼女は考える。

 ユル甘な支部長の方針は綾乃のやりたいことと見事に合致している。

 異動したらからといってすぐに人気が出たわけではなかったが、それでも新しい異災所は飼い殺しのような本部より遥かに居心地がよかった。




 ◆




 白百合さん、自己顕示欲が強いわりに打たれ弱い。

 なのでこちらに移ってからも時々愚痴りモードになっていたのは知っていた。だからと言って焦って変な仕事を持ってくることもできず、下地を固めて満を持しての冠ラジオ番組。

 そのおかげか、最近は目に見えて明るくて嬉しい限りだ。


「悪いね、白百合さん。今回は、どうしても淫魔聖女リリィの助力が必要なんだ」

「いえいえー、東支部長にはお世話になってますし! ボクならいつでもおっけーです! 正直、すっと動いてザクっと斬るのがメインのボクじゃ、どこまで頼れるか分かんないんですけどね」

「いやいや、本当に。君にしかできないことを任せるつもりだ」


 お世辞とかじゃなく今回の鍵は白百合さんだ。

 なので出張同行に際し、まずはご両親も挨拶をしている。

 レスキュアーとしての任務にあたるため、学校を休んでもらうこと。今回の件にはどうしても淫魔聖女リリィの力が必要なこと。危険がないとは言えないが、上役として人事を尽くすこと。

 もろもろの説明をするとご両親は納得して認めてくれた。

 意外とスムーズだった理由は「いやあ! お昼間ナイトタイム聞いたよ! 娘が活き活きとしていて嬉しい限りだ! こうやって娘の望みをかなえてくれる支部長サンなら信頼できるからね!」ということらしい。

 学校も公休という形にしてもらった。

 直接異災所から連絡すると正体バレみたいなもんなので、一度市に連絡して市役所から『時代のリーダーを育成する経営学講習』が開催されるので、白百合さんにはそこに参加してもらう、という形になっている。

 そして、淫魔聖女リリィという貴重な戦力が抜ける異災所には。


「本部直属戦闘レスキュアー部隊。新式改造人間、遠野宇宙とおの・そら

「おなじく新式改造人間、玖麗くららでーっす。東支部長さん、おっひさー」


 やっぱりお笑い芸人そら&クララが来てしまった。

 いや、有難いんだけど素直に歓迎しきれないアンビバレンツな感情なのです。


「ようこそ、端末事務所T市支部に。君達には、俺たちが常務からの指令で離れている間、足りない緊急対応スタッフとして働いてもらうことになる。よろしくね。まあ、まずはここのリズムに慣れてもらうことからしてくれると嬉しいかな」

「了解しましたー。ほら、宇宙。ちゃんと挨拶すんの」

「……了解しました」


 遠野くんの方はあからさまに不満そうだ。

 本部からなんでこんな地方の支部に、くらいは思っているっぽい。

 

「俺のことはある程度知ってるみたいだし、まずは高遠副支部長を紹介しておこうかな。君らがここで勤務する時は俺がいないから、彼女の指示に従ってもらうことになる」

「高遠良子です一時とはいえ、貴方達を預かることになりますので、よろしくお願いします」


 丁寧に礼をする高遠副支部長を、なぜだか玖麗さんはじーっと見ている。

 特に悪感情はなく、純粋な興味と言った感じだ。


「よっろしくーおねしゃーす。……というか、良子ちゃん若くない? 年齢聞いてもいい?」

「二十四歳ですが」

「うっそ、まだアタシの三つ上? え、もしかして超出世コースなお人」

「そうでもありませんよ」

 

 くすり、と良子ちゃんが悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「この人のカラダを良く知っていて、面倒を見てあげられるのが私しかいなかったというだけですから。つまりは彼専属の副支部長ですね」

「待って? わざわざちょっと意味深な表現しないで?」


 確かに体の面倒を見てもらってるけど。

 高遠副支部長は俺を改造した重蔵博士の娘さん。今は認められない強化改造技術の知識を有している。

 俺は生物型だけど左腕がほとんど機械なので、いざという時にはメンテナンスをするために、良子ちゃんはわざわざ異災機構に就職したのだ。

 大学卒業を目前にして「無茶が趣味の翔お兄ちゃんだから、支える手は必要でしょう?」なんて照れた風に言ってくれる良子ちゃん、超かわいかった。


「へ、へぇ。そうなん?」


 玖麗さんは見事に戸惑った様子だった。




─────

【クララちゃんの脳内】

(カラダを、よく知っている。それってつまり……)



 ベッドに横たわる東翔太朗の胸元に、高遠良子はしなやかな指をそっと這わせる。

 ぴくん、と彼の身体が震えた。

 

「東支部長、気持ちいいですか」

「ん、まあね」

「ふふ。私ほど、あなたのカラダを良く知っている女はいませんから。……面倒を見るために、追ってきたんですよ」


 そうして良子は翔太朗の唇に口付ける。

 初めは啄むように、次に深く、水音が聞こえるほどに舌を絡ませる。


「っはぁ……楽しんでくださいね。あなた専用の、私を」


 普段は固そうな知的な女性の顔を蕩けさせて、良子は甘く囁いた。



【妄想終了】

─────



 あ、分かる。

 ゼッタイこの娘ろくでもないこと考えている。


「……な、なるほどぉ。良子ちゃん、意外と恥的な感じ?」

「違うから。俺は健全だし、高遠副支部長も有名大卒のインテリな意味での知的な女性だから」

 

 当の本人は「学歴と知的さに関係はあまりないと思いますが」と謙遜している。指摘すべきはそこじゃないと俺は思います。

 その後も説明を重ねようやく納得してもらい、お話を軌道修正する。


「ともかく、俺にとっては大事な副官なので、よーく言うことを聞くように。良子ちゃんに逆らったり、逆に手を出そうもんなら俺と敵対したと判断するから」

「すみません、この人の言うことは話半分で聞いてください」


 一応のこと念を押しておくと、そら&クララは顔を引きつらせていた。

 それもすぐに高遠副支部長がフォローを入れてくれたおかげで事なきを得て、ようやくひと段落。

 人員を確保し、出張の準備は整ったと言っていいだろう。

 そうして数日後、三岳常務から指示が与えられた。

 

 マリシャスディザスターの調査は進み、ある程度の情報は得られた。

 ここから求められるのは単純な戦闘力の方だ。




 ◆




 準備を整えた俺達は朝からA県行きの新幹線に乗り込んだ。

 N県からだと四時間くらいかかるので、移動だけでもちょっと大変だ。

 

「白百合さん、眠くなったら寝ていいからね」

「ありがとうございます。でも大丈夫ですよー。不謹慎かもですけど、ちょっとテンション上がってるんです」


 わー、と無邪気に窓の外を眺める白百合さん。

 MD討伐は困難な任務だが、彼女にとっては幼馴染くんに会える機会だ。楽しみな面もあるのだろう。

 

「レオンくんも、悪いね」

「いえ。給料ありの小旅行と思えば、むしろいい骨休めです」


 にこりとイケメンスマイルで答えてくれる。

 今回、白百合さんだけでなくレオンくんにも同行をお願いした。

 夜勤専従である彼をわざわざ引っ張ってきたのは、三岳常務からの報告によりMD……精神食こころくいの痕跡らしきものがいくつか見られたからだ。

 本当にヤツがいるのならば、淫魔聖女リリィの力だけでなく、シンプルな戦力もいてくれた方が助かる。


「……しかし、どうしてこうも活発に動き出したのか」


 二人には聞こえないよ小さく呟く。

 俺が家族を喰らわれてから既に十六年。

 ここにきて、向こうから姿を現すような真似をし出したのはどうにも引っかかる。

 最近はLDによる被害が増えている。それと同じく、奴らにも活動期みたいなものがある、というだけならいいのだが。


「支部長は、駅弁何を選びましたか?」

「和牛と山菜ごはん弁当と、豚ヒレカツの太巻き寿司だね。レオンくんは?」

「とり飯です。向こうではシナモンたっぷりアップルクリームパイが待っていることでしょう」

「そいつは俺もチェックしているよ」


 ちょっと沈み込みそうになるタイミングで、レオンくんが声をかけてくれた。

 A県に行くからにはりんごスイーツは欠かせない。

 にっ、と笑って頷き合う俺たち。ほんと、いい子だな彼。


「二人とも、朝ごはんには多すぎないですか?」

「いやいや、駅弁は旅の楽しみだから。白百合さんは良かったの?」

「ボクは胃がちっちゃいので、あんまり食べるとお昼が……」

「じゃ、もしよかったらヒレカツ太巻き一個だけでも食べる?」

「いいんですか?」


 興味はあったのか、素直に受け取ってくれた。

 ぱくりと一口、美味しそうに食べている。レオンくんがすっごい羨ましそうにしてたので彼にもおすそ分けしておいた。


「ごちそうさまです。意外と美味しいですね、カツのお寿司」

「だね。お昼は白百合さんの希望にしようか。お金は常務が経費で落としてくれるから、気にしなくて大丈夫だよ」

「ホントですか? ならボク、マグロがいいです! 実は昔A県に旅行したことがあって、その時にこぼれるくらいのマグロ丼食べたんですよ」

「いいなぁ。A県と言えば黒のダイヤとも呼ばれる本マグロ。うん、それにしよう」

「やった、楽しみー」


 白百合さんが喜んでくれている。

 学生バイトだと夜勤専従のレオンくんとは絡みがないので、最初は少しぎこちなかったが、慣れてきたのか雑談もできるようになってきた。

 これからMD討伐にあたるというのに、和やかな雰囲気である。 


「現地ではまずホテルに荷物を置いて、A県R市の異災所と連絡とることになる。白百合さんの友達が働いてるんだよね?」


 俺が話を振ると、いつもよりも子供っぽい表情で彼女は頷いた。


「はい。木本幹也きもと・みきやっていう【異能者】です。レッドドラゴンのメダルで、赤龍騎士バーンレイブに変身して戦うんですよ。ムカつくけど、変身後の姿はボクより正義の味方してます」


 言葉面はともかく、木本くんを嫌っている訳ではなさそうだ。

 仕方のない悪友に付いて語るような遠慮のなさに、その彼が特別な相手だということが分かる。


「木本くんとは仲いいの?」

「ちっちゃい頃から一緒でしたからねー。家族ぐるみで旅行に出かけたりするくらいです。幻想のメダルも、小学生の時の家族旅行で、博物館に立ち寄った時手に入れたんです。あ、その旅行先がA県R市ですよ」


 懐かしいなぁ、と白百合さんは目尻を下げる。

 だけど俺としては、気になる内容でもある。


「そこら辺の話、教えてもらっていい? 特に幻想のメダル周り、前にも聞いたから繰り返しになっちゃうけど、できれば詳しく」

「詳しくですか? えーっと、確か……小学校六年生の時、だったかな? ボクの家と、幹也のとこ。あと、七瀬のおじさんの家で、A県に旅行にしたんです。その時も海の幸が目当てで、そのついでに博物館にも寄った、って感じだったと思います」

「七瀬のおじさん?」


 新しい名前が出てきたぞ。

 俺の疑問に白百合さんが補足を入れてくれた。


「あ、言ってませんでしたっけ。まだ首都圏に住んでた頃、ボクの家の両隣りが木本家と七瀬家だったんです。で、三つの家が全部仲良かった、みたいな。ボクと幹也は幼馴染同士だったけど、七瀬のおじさんのところには子供がいなくて。だから余計におじさんは、ボクらを自分の子供みたいにかわいがってくれました。三家合同でキャンプとか潮干狩りとか、けっこうやってましたよー。お庭でバーベキューとかも」


 部外者からするとなんだか不思議な関係に思える。

 ただ俺もちょっと会っただけの玲ちゃんに肩入れしたし、当人にしか分からない感情もあるのだろう。


「おじさん、よく“もし息子がいたら嫁にしたかった”なんて言って。そこは素直にボクを娘にしたいでいいじゃないかー、って皆で大笑いです」

「いやあ、白百合さんみたいな子が自分のうちに来てくれたら嬉しい、っていう気持ちは正直分かる」

「あはは、東支部長もボクの魅力にやられちゃってますね?」


 ふふーん、と勝ち誇るような笑顔に、確かにやられちゃってる。

 木本くん、大変だろうなこんな可愛らしい子が幼馴染とか。


「あっと、話が逸れました。それで、博物館にはA県の遺跡から出土された色んなものが展示されてたんですけど、その一つが幻想のメダルでした。ボクと幹也は二人で回っていて、同じタイミングでそれぞれレッドドラゴンとパープルサキュバスに選ばれた。ケースに入れられてるのに、なんだか真っ白い空間に呼ばれて、そこでメダルの精霊みたいなのとお話して、気付いたら手の中にメダルがありました」

「じゃあ、やっぱり幻想のメダルには意思があるわけだ」

「はい。最初の時以外は話せてないので、たぶんって付いちゃいますけど」

「いや、十分だよ」


 その部分が、今回のサポート役が淫魔聖女リリィでなければいけない理由の一つだ。


「向こうにも木本くんがいるけど、そっちはムリっぽい。だったら白百合さんならどうだろう、ってね」

「どういうことですか?」


 不思議そうに小首を傾げる白百合さんに、俺は軽い調子で返す。


「MDの痕跡があった場所でね、ユニコーンが象られた幻想のメダルが見つかったんだ。異災所には登録がないから、はぐれの異能者がやられたんだと思う。で、種類は違えどメダルに選ばれた者なら、交信して何らかの情報が得られないかな、ってのが向こうさんの要望なわけだ」



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