21.続・女三人なんちゃら



【本日の勤務】

<アルバイト日勤>

 淫魔聖女リリィ、聖光神姫リヴィエール、マイティ・フレイム



 ───────



 ラジオからは清澄なBGMとかわいらしい少女の声が流れてくる。


『こんにちは。異災機構・端末事務所T市支部所属レスキュアー。淫魔聖女リリィの“ラジオ・お昼間ナイトタイム”、始まります』


『土曜日の穏やかな昼下がり、皆さんはいかがお過ごしですか? ボクは普段は学生なので、休みの日にはよく友達と遊びにでかけますねー。先日、みんなでバッティングセンターに行きました。もちろん女の子だけですけど、偶にはやってみたい! って感じです。ボクも120キロ挑戦したのですが……いやー、まさか力負けするとは。変身してないとよわよわなこと忘れていました』


『今日の一曲目は、ボクと同じ異災所の人気魔法少女アイドル、聖光神姫リヴィエールちゃんの新曲“like a lake”。マイティ・フレイムちゃんは湖が好き! って自信満々に言ってましたけど違いますよー。静かな湖面に投げられた小石で広がる波紋。わずかなきっかけで揺れてしまう少女の心を歌った切ないバラードです。では、どうぞ』


 それを聞いているのは、事務所で待機中の淫魔聖女リリィこと白百合綾乃さんだ。

 自分の声に蕩けるような表情で耳を傾けている様は中々に中々である。

 流れるラジオは生放送ではなく、白百合さんが録音したもの。彼女はお昼間ナイトタイムを繰り返し何度も流している。

 おかげで俺も高遠副支部長も、リリィの語りを暗記できそうなレベルだった。


「えへ、えへへへへ。ボクの、ボクの冠ラジオ番組ぃ……」


 わりと自己顕示欲が強めな彼女はご満悦だった。

 男性ファンが大半を占める淫魔聖女リリィさんだけに、彼女の容姿が見えないラジオはどうなるか多少の不安もあった。

 しかしフタを開けてみれば評判は良く、ラジオ局の方も継続の方向で動いてくれている。

 

「さっそくお便りもきてるみたいだよ。もともとのリリィさんファンだけでなく、女子中高生も多い。新たなファン層獲得だね」

「過激な衣装でなく、ボクの声と言葉で好きになってくれたファンの皆さん……。すっごい嬉しいですね、これ。もう、東支部長さいこー!」

「はっはっはっ、もっと褒めれ」

「よっ、イケメン! 有能! 優しさが取り柄!」

「待って、最後の悪口じゃなかった?」


 ま、白百合さんが喜んでくれたならいいけどさ。

 MD討伐の功績を譲ったことで得た放送枠だ、好調な滑り出しでほっとしている。

 コネ? 裏取引? ちゃいます、チャンスは得たけど上手くいっているのは淫魔聖女リリィのおかげ。ねじ込んでも人気なかったら普通に打ち切られるからね。

 次はクラッシャーマンくん。彼には異災所の紹介動画の案内人をやってもらうつもりだ。

 本人がレスキュアーとしての知名度をそれほど求めていないので、インタビュアーとして機構関係者に話を聞く、なんて企画も用意している。


「東支部長、楽しそうですね」

 

 高遠副支部長の指摘はまったくもって正しい。


「そりゃね。こうやって俺が取ってきた仕事を喜んでもらえるのは、支部長冥利に尽きるってもんだ」

「本来支部長の仕事ではないのですが」

「そこは言わないお約束ってやつだよ」


 支部長の業務って、端的に言えば『うまく調整して効率よくレスキュアーを戦わせる』ことだからね。

 芸能系の営業は、グループ企業の強みを生かして関連会社に任せている人がほとんどだ。

 もちろんウチもそちら経由で舞い込む仕事は多くある。が、俺がとってくる案件も少なくない。

 ぶっちゃけアイドル・リヴィエールのデビューを決めたのも、東支部長渾身のプレゼンの成果である。その後の人気は彼女の魅力だけど。


「まだまだ仕掛けるぜ……お昼間ナイトタイムのオープニングソングも、淫魔聖女リリィのvocalで企画を進めている最中だ」

「お、おお、おおお! さすが東支部長! ボク一生ついていきます!」


 すごい。

 テンションと忠誠度がぐんぐん上がっている。


「一生はあれだけど、今度また助けてもらえると嬉しいかな。今は指示待ちだけど」

「A県の出張の件ですよね? ぜんぜん大丈夫ですよ。AD討伐任務とか、ちょっと怖くはありますけど」

「あくまで白百合さんはサポート。表立って動くのは俺だから」


 もしも本当に精神食いがいるのなら白百合さんは切り札になる。

 あれを止めるためにも、彼女の助力は必須だった。




 ◆




「最近、支部長は綾乃を特別扱いしているような気がする」

「いやー、そんなことはないんじゃないかと」


 マイティ・フレイムこと涼野夏蓮は冷や汗を流していた。

 どこかの誰かのせいで事務所の空気が最悪です


「聖光神姫リヴィエールは水と光、二重属性の魔法少女。その強みは対応力の高さ。高圧水流による一撃、ウォーターカッターのような切断、広範囲を殲滅する大瀑布。水を操ることで敵の規模に関わらず優位を取ることができる。また、魔力を核にして、水の使い魔を生み出すこともできる。実体を持つ水分身どころか、今なら“かつての私”ですら制御し切れる。加えて光による浄化浄霊、低位の回復。結界や防御壁、エンチャントなど補助も万全。あとお菓子作りも得意だし、辛いだけでなく健康に配慮した中華料理もできる。自画自賛にはなるけれど、サポート役としてはとても優秀と言える。なにより、付き合いの長さから行動を共にしても気負わなくていい、というのは重要な点。夏蓮も、そう思わない?」


 氷川玲は、いかに自分が優れたサポーターかを語る。

 しかし夏蓮は返答に困ってしまう。なにせこの場には、淫魔聖女リリィの白百合綾乃もいるのだ。

 支部長との話が終わった後、ほとんどムリヤリ会話の輪に連れ込まれた綾乃はものすごく居心地が悪そうだった。


「あの。ボクも、何故選ばれたのか分からなく……」

「でも、支部長は私ではなく綾乃を選んだ。なにか弱みを握られている可能性がない」

「あ、ないんだねそこは」

「弱みを握ったくらいでどうにか出来る人なら、とっくに私がそうしている」


 どういうこと? 弱み握りたいの? 

 疑問はあるが夏蓮は聞けなかった。というか聞かないふりをしたかった。


「えー、と。ですね。玲ちゃん? 東支部長のお供をすることになったのは、そのー、ボクの意思ではなく。そ、そうだ! なんなら、玲ちゃんに代わってもらえるように」

「それはダメ」


 綾乃の提案に、玲は首を横に振った。


「綾乃はまだ支部長のことを理解していない。あの人は、本来なんでも一人でやりたがるタイプなの。誰かが傷付くのを嫌がるし、余裕のない自分を周囲に見られたくないとも思っている。そういう彼が綾乃に声をかけたのなら、それは本当に淫魔聖女リリィの助力が必要で、状況が切羽詰まっている証拠だと思う。だから、むしろ彼を助けてあげて欲しい、かな」

「そこまで分かってるなら、なんでボクはちくちく責められてるんだろう」

「彼の考えは理解する。それはそれとして私も支部長と旅行したい……!」

「わあ、玲ちゃんめんどくさーい」


 綾乃の目が光を失っている。

 それでも、嫉妬から無駄に攻撃的にならないだけまだマシなのかもしれない。


「でも実際、なんで綾乃ちゃんセンパイなんでしょうね?」

「え? まさかの後輩からの批判?」 

「違いますよ⁉ そうじゃなくて、サポートのすごい人って言ったら、とんでもない治癒魔法の魔法少女シズネさんじゃないですか?」

「あー」


 実際に治癒を受けた夏蓮からすれば、シズネ以上のサポート役は思いつかない。


「淫魔聖女リリィの戦い方って、高スピードの奇襲から魔力爪での一撃必殺ですよね? すごく強いと思いますけど……」

「うーん。ボクの本領は、魔力を足に集中して、“空中を蹴って”自由に駆け回る三次元戦法と爪の乱撃なんだよね。自分でもあんまりサポート向きじゃないって思うなぁ」

「人妻な甘原さんはダメ。いっしょに豪華な宿に泊まりでもしたら、どう考えても不倫旅行にしか見えないから」


 玲センパイだけ心配のポイントがズレているけれど、夏蓮はツッコミを放棄した。


「あ、でも予定の出張先、A県なんだって。異災所にボクの幼馴染がいるんだ。案外、向こうと連携を取るためだったりするのかも」

「幼馴染さんもレスキュアーなんですか?」

「うん、同い年の男の子。小学校の頃だったかな、二人で博物館にいったんだ。そこで幻想のメダルに選ばれて、お互いに変身能力を得たってわけ。……ボクはパープルサキュバスのメダルなのに、あいつはレッドドラゴンのメダルだったけど」


 やはり露出過多な衣装には色々思うところがあるようだ。

 話を聞いていた玲が小首を傾げる。


「あれ? ということは、以前の綾乃は小学生サキュバスだったことに」

「玲ちゃん、なにも言わないで」

「うん」


 わりと素直に頷く玲。

 今回の件で引っかかりがあるというだけで、別に綾乃と仲が悪いわけではないのだ。


「なんにせよ、支部長は綾乃をサポート役として選んだ。その選択には意味があるんだと思う。なら、無理に付いていきたいと言って、余計な負担を強いたくない」

「玲セイパイ……」

「でも、豪華な宿……美味しい食事……二人で卓球……混浴……寄り添い見上げる夜空。いいなぁ、綾乃が妬ま羨ましい……」

「玲センパイ?」


 後半ただの願望でしかなかった。もう隠そうともしてない。

 語りの途中、玲が綾乃を正面から抱きすくめた。


「わっぷ、どうしたの?」

「支部長が助力を求めたなら、相応の難敵なんだと思う。間違いなくマリシャスディザスター級の。だから、彼を助けてほしいけど、綾乃も無理しないでね?」


 優しい抱擁だった。

 かける言葉も、友達の無事を心から祈ってのもの。だからだろう、綾乃はくすぐったそうに微笑んで玲を抱きしめて返す。


「うん、まっかせてよ。ボクだって、レスキュアーだからね」

「……こうしていれば、綾乃に宿った私の温もりが彼を助けたことに」

「うおおおお! 放せぇぇぇ!?」


 ヤバい発言をしている。

 世間的にはキラキラなアイドルなのに、そこはかとなく愛情が粘っこいのはなんなのか。

 

「うん。私は東さんに不用意に近付かないようにしよう」


 マイティ・フレイムは、そう心に決めるのだった。







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