20.特殊能力で選んだだけだから……(震え



「うーん、美味しかった。やっぱりカレーは辛口だね」

「アタシも十倍まではいかないけど辛口好きー。機構の近辺にさぁ、バリヤバ担々麺の店あるよー? 辛さマシマシ、麺に唐辛子練り込んでんの」

「マジでか。ちょっと場所教えて」

「あ、じゃあトークアプリ交換しよーよ」

 

 さっきまで怯えていたのに、玖麗さんと流れるように連絡先を交換。

 適応力高い子である。


「支部長さんは辛党?」

「辛党かつ甘党かつコンビニグルメ推奨協会所属だよ」

「あー、コンビニはあんま使わないなぁ。他にもいいお店いっぱいあるし?」

「そこは地方都市と首都の差だね。あと、基本濃い味が好きだから」

「そっかぁ。あ、じゃあもつ鍋どうもつ鍋! 辛味噌のバリウマなとこ紹介したげる!」


 態度が軟化した玖麗さんと軽い雑談を交わしていると、社員食堂に三岳常務がやってきた。

 後ろには前回も護衛についていた遠野宇宙とおの・そらくんの姿もある。

 一応手をフリフリしたら、ビクッて驚かれた。やっぱり彼にも警戒されているようだ。


「ども、三岳常務。まだ約束の時間じゃないんで、先にエネルギー補給させてもらってます」

「かまわん。お前には死活問題だろうしな」

「そこまで腹ペコキャラじゃありませんて。三食におやつを食べれば十分です」


 三岳常務にもある程度話しているが、実験型改造人間の俺は変身しないでも筋肉の質が普通とは違う。

 パワーと瞬発力・しなやかさに優れる反面、消耗が激しい。動けなくなるほどじゃないが痩せやすい体質なので、体重維持のためにはがっつり食べないといけない。

 ……という話をしたら高遠副支部長に遠い目をされたことがあります。二十代の一キロは、地球より重いとかなんとか。

 

「ところで、“そら&クララ”、お気に入りなんですか? 前も護衛にしていましたが」

「南城やマルティネスなど、経験の長い上位陣には敵わんが、こう見えて戦闘レスキュアー部隊の若手では五指に入る実力者だ。加えて東がいい具合に鼻っ柱をへし折ってくれたからな。おかげでずいぶんとしおらしく、“使い易く”なった」


 硬派な改造人間のファンな三岳常務はタレント派が嫌いだけど、イキった若手にも厳しいです。

 しおらしくなったん? って感じで若者二人に目を向ける。

 すると遠野君は憮然と、玖麗さんは困ったような顔をした。


「別に、そんなつもりはない。ただ、力不足だと実感したから訓練を増やし、経験者の判断を尊重しているだけだ。お前のような腰抜け、すぐに追い抜いてやる」


 意外と負けん気が強い……ように見せかけて、目はキョドっている。

 

「そっか、頑張って。今後は、君らがMD対応の最前線なわけだし」

「馬鹿にしているのか? 言っておくが、俺たちに足りないのは経験のみ。それを補えば新式の方が優れているのは変わらない。やって、やってやる」

「えーっと、そういうセリフは足プルプルさせずに言うと格好がつくと思うよ?」

「うっ、うるさい!?」


 MDと聞いただけで震えている。

 若者の自負なんて歯牙にもかけないレベルの暴力が存在しているってのは、ちゃんと理解したらしい。

 でも怯えや臆病さは上手く御せるなら立派な武器になる。

 後は今後の勉強次第だ。


「しっかり経験を積んで、戦力差を見誤らないようにね。俺は基本裏方だから、前線に立つ人たちのことは皆応援しているよ。……妙な絡み方や、ウチの子達を馬鹿にしない限り」


 付け加えた言葉に鼻を隠された。

 前の和カラシ・アタックが結構効いているらしい。

 それでも俺を睨む遠野君とは違い、玖麗さんは自信がなさそうだ。


「アタシら、タレント活動せずに専門訓練を受けてる戦闘レスキュアーじゃん? だからMDとかラクショーぐらいの気持ちでいたんだけど……あれ、ダメだぁ。やり合ってたらゼッタイ、ぺらぺらの死体になってた。もう化物二匹にしか見えなかったもん」 

「あれ? 俺も化物換算されてる?」

「ちゃっ!? 違いますっ! もう東支部長さんは、その……バリすっごい人!」

「語彙力ぅ」


 もう少し俺に気遣い的なものがあっていいと思う。

 ともかく、傲慢になってる場合じゃないと知ってくれたのは幸いだ。


「でさ、ヤバいのがいるって知ったけど今さら逃げんのもシャクだし。また鍛えて、できる限りのことはやれるようになっとこーかと。ちゃんと、機構は辞めないよん。負けねーってのはアタシもいっしょ」


 怯えはあるものの戦闘レスキュアーとして戦うことを諦めるつもりはないようだ。

 二人とも案外タフだね。


「あ、そだ、あの時の、レオタのポニテちゃん大丈夫だった?」

「マイティ・フレイムさんならちゃんと完治したよ」

「あのコも、すごいわ。腕と足折られて、骨が見えるくらいまで肌を削られて、ぺら死体の上に寝っ転がされて……でも、今も戦ってんでしょ? ぜんぜんパレスじゃないじゃん」

「彼女は、どちらかというと昔のヒーロー気質だからね。ああやってひどい目に遭っても、他の誰かが怪我するよりいい、って子なんだ」


 俺としては、もう少し気を抜いてほしくはあるけど。

 逆に三岳常務は「ほう……」と感心したように顎をさすっていた。

 いかん、目を付けられたかもしれん。


「言っとくけど常務。彼女は異動させませんぜ?」

「だが、そういう娘ならタレント派のお前の下よりも戦闘レスキュアー部隊の方が向いているだろう?」

「ちゃいます。どこに向いてるかは、これから彼女が探していくんです。その結果の異動なら俺は笑顔で送り出しますけど、選択肢を狭めさせるような真似はさせません」


 これから戦闘はもちろんグッズも出すし、CMとか他にも色々考えている。

 その中で彼女が楽しいと思える何かが見つかればいい。

 というか、根本的に能力があるからってレスキュアーでい続けなきゃいけない訳でもない。

 たとえばウチでお金を貯めてお店屋さんやりたい、と言い出しても俺は応援するつもりだ。


「んじゃ、この話は終わりってことで。そろそろ場所換えます? あ、玖麗さんはごはん食べないで大丈夫だった?」

「そりゃあ、はい」

「なら行きましょうか」


 勧誘は止めてね、とムリヤリ話を打ち切ると常務に溜息を吐かれた。


 


 ◆




 ということで異災機構本部七階、応接室に案内された。

 社名こそいかついけど基本は企業なので、設備は充実しているが物々しさはない。応接室も落ち着いて色合いの家具で統一してあった。

 もっとも、がっつり防音・盗聴対策済み。タレント業にしろレスキュアー活動にしろ密談が常みたいなもんだし。

 三岳常務の持ってくる話も、どうせ人には聞かせられない類だ。


「まずは、繰り返しになるが。身体啜りの討伐、ご苦労……いや、おめでとう、というべきか?」

「どうなんでしょうね? あんまり爽快感はなかったですし」

「相変わらず軽い男だな」


 そう言われてもなぁ。

 憎い気持ちはあっても、ケーキは美味しいし職場は楽しい。

 どんなに強い感情でもそれだけのために生きているなんて、どだい無理な話だ。

 ……なんて言っておきながら、すぐに頭が沸騰しちゃうのは、俺が未熟な証拠だね。


「いやあ、さすがに目の前にしたら冷静ではいられませんけど。憎い憎いに振り回されるのもなんかなぁって」

「その態度が、気に入らないという奴も多い」

「シリアスが持続しない性質なんだから、しゃーないじゃないですか……」


 ガラ悪い状態は特殊であって、本来はユルイ方が素である。

 色んな事にけじめをつけた後はのんびりと暮らす予定だ。

 仕事は好きだしやりがいもあるけど忙しすぎるのも嫌。なので希望は週三勤務で成果を出しつつ生活に困らない程度の賃金を得て、余暇を満喫したい系の社会人(29)です。

 でも三食昼寝+お小遣い付きの自堕落生活にもちょっとだけ憧れる。

 ずっとは退屈だろうから、一年限定で俺を養ってくれる人随時募集しています。

 

「そういうお前が、シリアスになれるネタなら持ってきている」

「ああ、やっぱりそういう話ですか?」


 常務は俺のペースには付き合ってくれない。

 早々に話を打ち切って、本題を持ち出す。


「ある地方で、奇妙な事件があってな。ごく少数人の失踪……地元の異災所が調査をしたものの、担当したレスキュアーも消えたそうだ。そうして本部に救援要請が出された。失踪した者が一人、心神喪失状態で発見されたからだ。加えて広範囲での微妙な精神異常も報告されている。まだ明確な証拠が出たわけではないが、本部では精神食こころくいだと踏んでいる」


 母は、あらゆる感情を失くしただ声を発するだけの生ける屍になった。

 発見された人間はおそらく心を食われたのだろう。


「で、俺にお鉢が回ってきたと」

「いや、まだ本部が調査している段階だ。お前は、腰を据えての調査には向いていないだろう」

「あー、全力で動ける時間短いですからねぇ」

 

 瞬発的な戦闘力は高いけど、やり方次第ではあっさりハメることができてしまうのが実験用改造人間だ。

 俺は“こいつじゃなきゃMDは倒せない”というほど絶対的に強い駒じゃない。本部なら、代替戦力だって用意できる。

 にも拘らず常務が声をかけてくれるのは因縁を知っているからだ。

 つまり存在呑み達との戦いは、厄介ごとではあるが無茶振りというより温情なのだ。

 まあ本部の戦力を割かずにMDに対処できて、かつ三岳常務個人の功績になるっていうすっごくアレな理由もあるけど。


「確定情報が得られたなら呼び出す。準備を整え、指示を待っていてほしい」

「りょーかいであります。たとえば、同行者が必要な場合は?」

「戦闘レスキュアー部隊か、お前の支部から好きに選べ。支部の者を連れて行くなら、通常業務のための補充人員は派遣する」

「ごっちゃんです」


 ありがたい話だ。

 ……と思ったのだが、常務の視線がこの場にいる二人に向いた。


「あれ、補充人員って」

「ん? お前も仲良くしているだろうし、遠野宇宙と玖麗の二人を出そう」


 どうしよう、そら&クララあんまりいらない。


「ああ、そうだ。もう一つ話があってな。こいつらは、ある程度現実を知ったとはいえ、戦闘能力に反して拙い部分がある。今回の件が片付いた後もT市支部に遊びに行かせるから、相手をしてやってくれ」


 遊びにって言うか、期間や日にちで区切らない研修みたいな感じか。

 むしろ出稽古の方が形としては近い。


「うち、わりとヒマですよ。それにタレント派の急先鋒扱いな俺くんの下だと、戦闘面の教えができるかというと……」

「南城に、甘原。それにお前がいる。暇な時があるなら揉んでやれ。視野を広げるには、東支部長はいい材料だ」


 歴戦の改造人間に、最初期の魔法少女。加えてゆるゆるな俺で、進んだ意識改革をもう一歩進めろってことね。

 

「よーっしくお願いしゃーす!」

「……ふん」


 なのになんかノリノリな玖麗さんと、めっちゃ不本意そうな遠野くん。

 どうしよう、そら&クララあんまりいらない。(二回目)


「まあ、そういうことだ。お前は直接戦闘がメインだからな、本当に精神食いが相手ならサポート役がいるだろう。同行者には早めに話を通しておけ」

「同行者も含めて、旅費は当然本部で持ってもらえるんですよね?」

「北だからな。宿とうまい飯の分まで面倒見てやる。調査はもうしばらくかかるだろう、後は指示を待て」

「うっす」


 やった、MD討伐ついでの観光旅行だ。

 我ながら浮ついているが、ご褒美がぶら下がっていればクソな気分も多少はまぎれるだろう。




 ◆


 


「ということで白百合さん、悪いんだけど出張ついでの旅行に付き合ってくれない? バイトなのに長期の拘束になるから、手当は弾むし学校にも話は通す。宿は豪華で海の幸もご馳走するよー」

「え、ボクですか?」

「は? ……は?」


 なので支部に戻ってすぐ、サポート役を淫魔聖女リリィさんにお願いしました。

 正職員を差し置いてなのは、それだけ彼女が頼りになるから。

 だけど聖光神姫リヴィエールさんが超怖かったです。




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