43.定番ネタを恥ずかしげもなくやっていくスタイル



 今日は朝から東支部長が外に出ている。

 営業や本部のお偉いさんと会う約束があるらしい。

 高遠副支部長も休み。事務所は事務員が座っているだけなので、全体的にまったりとした空気だった。

 ずいぶん馴染んだなぁ、とマイティ・フレイムこと涼野夏蓮は思う。

 最初の頃は、なにもせずに待機しているだけの時間がけっこう苦痛だった。

 しかし今はのんびりと過ごせるくらいには慣れた。

 特に今日は同年代の聖光神姫リヴィエールと淫魔聖女リリィがいるため会話も弾む。


「ボクのラジオ、意外とリスナーさんのお便りで恋愛相談が多いんだよね」

 

 そんな綾乃の一言から、恋愛話の流れになった。


「リスナーさんは大学生なんだけど、婚約していたカノジョを寝取られたー、どうすればいいのーリリィちゃんって感じ。だから夜が寂しいので女豹のユニコーン・リリィちゃんのせくしーブロマイドをくださいって」

「綾乃ちゃんセンパイ、言いたくないけどたぶんそれ最後の要望が目的です」

「うん、ボクもそう思う」


 相変わらず彼女のファンには、どうしようもない男が紛れ込んでいるようだ。


「でも、マジメな相談もあるよ。ボクだとうまく返してあげられないのが申し訳ないなぁ」


 小さく溜息を吐く。

 レスキュアー歴では先輩だが、綾乃はまだ中学生だしお付き合いの経験もない。

 辛いと語るリスナーに寄り添う発言はできても根本的な解決を提示できないことが気になっているらしい。


「あれ? 綾乃ちゃんセンパイ、確か幼馴染がいるんですよね?」

「いるけど、別にそういうのないよ? ふつーに仲のいいお友達って感じだから。夏蓮ちゃんは?」

「私も、そういうのは縁がなく……」


 幼馴染は恋愛ものの鉄板なのだが現実はそううまくいかないらしい。

 夏蓮自身もそういう相手はおらず、カッコいいプロレスラーやアステレグルスに憧れは抱いても、初恋と呼べるほどではない。 

 だからこの手に話になると、どうしても視線が玲に集まる。


「玲ちゃんは……」

「支部長」

「だ、だよねー」


 質問の前に答えが返ってくる勢いです。

 二人してぎこちなくなるのは仕方ないだろう。


「でも、東さんって今年二十九歳ですよね? 玲センパイが十六だから、けっこう年齢差が」

「大丈夫、今が十三歳差だから。三十年後には六歳差まで縮まっている計算に」

「なりませんよっ⁉」

「ならないけど、八十九歳と七十六歳ならなんとなくイイ感じなはず」

 

 いつものクールな表情のままサムズアップされた。

 どうしよう、このセンパイ強い。

 なんでそんなに支部長が好きなのか興味はあるけれど、クラッシャーマン先輩に「やめといたほうがいいぞー。胃もたれする話が出てくる」とそれとなく止められているので直接は聞いていない。


「あー、でもそこまで行くと確かに年齢差なんて関係ないかぁ」


 綾乃が納得してこくこくと頷いている。

 そのことに、きっと深い意味はない。夏蓮は追求せずにさらりと流した。


「問題は、翔さんが何故か私に手を出そうとしない点」

「ごくごく当たり前の倫理観ですよね?」

「うん。私のことを大切に想っている証拠だね。……“だけ”の特別じゃないのは残念だけど」

 

 そう付け加える辺り彼女もちゃんと理解しているのだろう。

 支部長はもちろん玲を大切にしている。が、彼の場合は綾乃や夏蓮、年上の光茂や最強と名高いレオンでさえ同じ熱量を向けている。

 ぶっちゃけ玲は重い女の子だが、東支部長だって相当なのだ。


「存在呑みの時とか、すごかったですもんね」

「それは、ああ、うん。……だよね」


 綾乃の歯切れが悪いのは「玲ちゃんと綾乃ちゃんを苦しめたテメエは未来永劫許されねえ」発言が尾を引いているせいだ。

 それを理由にあそこまでの殺意を向けられるとか、存在呑みですら予想外だったに違いない。


「大事にされてるなーって自覚はあったけどね。まさか、玲ちゃんやボクが苦しんだからを理由に命懸けにあんな怖い化物に挑むとか、ちょっと想像してなかったや」

「私は既にプロポーズを受けたようなものだし」


 玲センパイの発言はほぼ間違っています。

 ただ、頬を染める綾乃を見るに、彼女も支部長のことを憎からず思っているのは間違いない。

 わりに玲は意外と冷静な態度だ。

 そう言えば以前支部長と綾乃が旅行した時も、多少の嫉妬はあれど理不尽に責めたりはしなかった。

 そこら辺、どう感じていたのだろう。


「えーと、玲センパイって、東さんとお付き合いしたい……んですよね?

「うん。穏やかな老後を過ごしたい」

「そこまで飛ばなくて大丈夫かなーって。じゃ、じゃあ、例えば、あくまで例えばの話ですよ? こういう話題だし、恋愛観どうこうなんですけど……もしも、東さんが他の女性と仲良くしたり、何かの間違いで付き合ったりしたら……なんて」


 もっと言うと、綾乃ちゃんセンパイと支部長が親しくなって、先を越されたりしたら不愉快ではないの? ということだ。

 おっかなびっくりの質問だったが、玲は簡単に答えてくれた。


「喜ぶよ」

「えっ、そうなんですか⁉」

「だって、翔さんが選んだ女性ならきっと素敵だから。彼が愛した人と想い結ばれて、幸せになれるのならこんなに嬉しいことはないと思う。だから喜んで、たくさんお祝いして、笑顔で見送って……そうしたら、陰でひっそり涙をこぼすくらいなら許してもらえるかな?」

「玲センパイ、私と同い年ですよね?」


 すでに演歌とかの世界に片足ツッコんだ愛情の観念である。


「それはそれとして別に他の人を好きになってほしい訳ではないから、当然アピールはするし全力。想い結ばれる相手が私ならいいなって思ってるよ」

「お、おぉ……」


 初恋もまだな夏蓮は、柔らかく微笑む玲に気圧されてしまった。


「ライバル多いけどね。高遠副支部長に、マルティネスさんも。ね、綾乃?」

「マルティネス先輩がライバル枠に置かれても違和感を持たなくなった私はもう駄目だと思います」

「なんでそこでボクに振るかなぁ……」


 綾乃のぼやきに、夏蓮は何も言いませんでした。

 世の中には触れてはいけないこともあるのです。


「でも、翔さんのこと嫌いじゃないよね。超絶カワイイ綾乃ちゃん?」

「や、やめてっ⁉ すっごいダメなヤツ思い出すから!?」


 こっちはこっちで人には言えない隠し事がある模様。

 多少慌てていたが深呼吸をして、綾乃はどうにか落ち着きを取り戻す。


「ま、まあ玲ちゃんがアレなのは知ってたし。じゃあさ、恋人の浮気とかはどう思う?」

「滅」

「滅っ⁉」

「ごめん、冗談。私は手順を優先するタイプだよ。人の心だから、変わってしまうのはどうしようもない。だけど、それなら浮気じゃなくてまずは別れてから、次の人のところに行けばいいだけの話。心変わりは責められなくても、手順を踏まず筋を通さなかったことは責められるべきだと思う。けじめはつけてね、くらいかな」


 ごめんなさい、玲センパイ。

 実は浮気したら鉈を持って笑いながら追いかけるイメージを持っていました。

 夏蓮は心の中で思い切り謝った。


「ちょっと意外かも……。ボクは浮気っていうか、は他の人を好きになられること自体イヤだけどなぁ。よくキスは浮気に入りますか、っていうけど目移りした時点でダメだよゼッタイ」

「確かに、自分を見てもらえないのは寂しいね」

「だよねー」


 そうやって共感し合える辺り、きっと二人には通じ合えるものがあるのだろう。

 ひとまず妙な展開にならなくて安心した。


「ところで、この前支部長が夏蓮のお父さんの挨拶に行ったって聞いたけど?」


 そう思ってたのに、いきなり玲パイセンがぶっこんできました。


「いえ、それに関しては単なる仕事の一環であってまったくもって他意はなく!?」

「ああ、活動報告? 今回はMD討伐があったから、特別報酬多かったしね」

「よ、よかった……」

 

 勘違いで嫉妬を向けられるのは困る。

 ただでさえプロレスカフェのレスラーから“彼氏さんいつくるんで?”みたいムードなのだ。

 これ以上余計な負担は欲しくなかった。


「そんなことで怒らないから。……いい外堀の埋め方教えてもらえたし。そうだね、家族への挨拶だね」

「イヤな感謝の仕方しないでください!? そしてごめんなさい東さん!」


 どうか次の氷川家の活動報告は十分に注意してほしい所存であります。

 わたわたしたり騒いだりと、ただの雑談の筈がなかなか激しい語り合いになってしまった。


「なんにせよ、翔さんは皆を大切にしている。ううん、違うね。私を特別と想ってくれているように、綾乃のことも夏蓮のことも、岩本さんのことも特別。今は皆の支部長、でもいつか、私の翔さんになってもらうからよろしく。負けないよ。ね、綾乃?」

「だからなんでボクに……」


 否定の言葉は途中で止まってしまう。

 たぶんこれも修羅場の一環なんだろうけど、支部長の方針がゆる甘だけに、修羅場さえもゆる甘だ。

 まあ、これくらいがウチの異災所には似合っているんだろう。


「ただいまー、差し入れ買ってきたよー」


 そんな風に考えていると、噂の渦中の東支部長が帰ってきた。

 さすがに本人がいるところで今みたいな話はできません。三人ともすぐに話を切り上げる。


「お帰りなさい、支部長」

「ただいま氷川さん。たい焼きの屋台が出てたからつい買ってきちゃった」

「なら、緑茶を淹れますね」

「ありがとね」


 いの一番に動く辺り、やはり玲の感情が群を抜いて高い。

 綾乃と夏蓮も続いて挨拶をして苦労をねぎらう。支部長が忙しく働いているのは、主にレスキュアーに合うタレント系の仕事を取ってくるためだ。そこは夏蓮も素直に感謝していた。


「お帰りなさい。今日もお疲れ様です、東支部長っ」

「うん、ただいま白百合さん」

「お仕事、大変でした?」

「いやいや、そんなことはないよ」


 支部長は軽い調子で笑っている。

 もっとも、こんなことを聞いても年下に愚痴をこぼすような人ではない。

 そういう抱え過ぎなところを綾乃も心配しているのだろうに、気付いた様子はない。

 本当、いざという時には頼れるくせに日常では抜けている人だ。

 夏蓮は思わず小さく笑ってしまう。

 そのタイミングで、スマホにメッセージが入った。しかも偶然なのか、玲や綾乃にも。

 差出人は高遠副支部長。今日は休みの筈だが、どうしたのだろう。


【緊急事態。今日、東支部長が会っていた機構の幹部役員は三岳常務の模様】


 夏蓮はぎくりとした。

 本部直属の戦闘レスキュアー部隊を指揮する、ヒーロー派の役員の名だ。

 東支部長とは懇意にしているが、MDの情報は三岳常務からもたらされることが多い。

 つまる、その彼と会っていたということは。

 嫌な緊張の中、夏蓮は続きの文章に目を通す。


【三岳常務は、独身の東支部長にお見合いを! 本部の女性とのお見合いを勧めている模様!】


 思わずずっこけそうになる。

 緊急事態って、そんなことか……と思いきや、異災所の空気が変わる。


「…………」

「…………」


 玲からも綾乃からも表情が消えている。

 あっ、大変です。

 これ、まごうことなき緊急事態です。



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