44.お見合い騒動・1




 

 古い言い方をすれば、燃え尽き症候群だ。

 為すべきことを為したら、ふっと力が抜けてダメになってしまう人がいる。

 自ら実験用改造人間となった東翔太朗が存在呑みを討った後、そうなってしまうのではと危惧したのは改造人間ガシンギこと南城光茂。そして異災機構本部の三岳常務だった。


 もともと三岳は機構の前身である国営機関の頃からヒーローの支援をしていた。

 その縁で光茂とも交友を持ち、若かりし頃のガシンギが助けた少年のことも、それなりに知っていた。

 強化改造手術も異災機構への入社も全ては復讐のため。昭和の浪花節のような気質を持った翔太朗を気に入っていた反面、途中で潰れるのではとも考えていた。

 しかし彼はその手で仇敵を潰してみせた。

 喜ばしいが同時に心配にもなる。

 半生を賭した目標を失くした東翔太朗はこれからどうするのだろうか。

 やる気をなくすだけならまだしも、異災機構からも退職するのでは。 


 ……なんてことをとある夜、個室居酒屋で光茂と酒を飲みながら話した。

 他にも色々話したはずだが、けっこうなアルコール摂取量だったため覚えていない。


「まま、翔太朗なら大丈夫だろっ。芋焼酎とたこわさ、なんこつ唐揚げ追加、と」 

「かもしれん。光茂、私にも熱燗を。ああと、しらす大根とだし巻きも」

「おう! まー、飲もう! とりあえず飲もう!」


 内容のわりに軽い調子だ。

 旧友と酒を酌み交わせばだいたいこんなもんである。

 そしてアルコールで口がなめらかになったせいで、光茂は何気なく言った。


「あいつも嫁さんの一人や二人できれば、また生活に張り合いができるんじゃねえのかね! なんてな!」


 その時、三岳常務に天啓来たる。

 ああ、誰が知ろう。

 今回の騒動の原因が、改造人間ガシンギが酒の席で零した冗談だなどと。


「……悪くないな」


 異災機構を辞めず、今後も働く理由。

 三岳常務はお酒のパワーもあってわりと簡単にそれを受け入れてしまった。

 ちょうど、仕事で東支部長と顔を合わせる機会もある。

 おあつらえ向きというヤツだった




 ◆




 某日。

 営業の仕事を終えた俺は、本部から来た三岳常務と喫茶店でお茶をしていた。

 俺が呑んでいるのはコーヒーにミルクと砂糖をたっぷり入れた、特製のトーヒーだけど。


「存在呑みによる被害が明るみに出ることはない。もとより、どの程度被害があったのか定かではないのだ。その脅威を理解する者は少なく、称賛も得られない。それでも東、お前は誇るべき偉業を為したのだ」

「別に、褒められたかったわけじゃないですよ。ムカついたからぶん殴っただけですし」

 

 俺の物言いに三岳常務は口の端を吊り上げた。

 立場としては常務の方がかなり上でもお互い存在呑みを危険視し、理由はどうあれその討伐のために動いた。一種の仲間みたいなものだから、役職関係なく空気は気安い。


「これから、お前はどうする?」

「普通に支部長さんをしますよ。昔のいさかいにけじめはつけました。今度は、なんの曇りもなく、ウチの子達のために方々を駆けずり回りたいです」

「そうか。……実はな、一部ではお前を幹部役員に、という話も出ている」

「勘弁してつかぁーさいよ」


 精神食いに、最下級の個体扱いとはいえ存在呑み。

 二体のMD討伐を主導した異災所の支部長という言い方をすれば、確かに功績としては十分だ。

 でもタレント派の急先鋒と思われている俺が、ヒーロー派の大御所の手引きで幹部にとか絶対面倒なことになる。風当りつよつよなところに自分から首を突っ込む趣味はありません。


「断られるのは分かっていたが、考える素振りくらいは見せろ」

「そう言われても、俺は今くらいの役職がちょうどいいんで」

 

 適度に現場に携われて、成果の実感が得られて、レスキュアーたちを直接応援したり助けたりできる。

 こんなに恵まれた役職ってなかなかないと思う。

 やっぱり俺はこれからも支部長さんでいたかった。


「しかし、それは困るな」

「なにがです?」

「上層部にはお前の事情を知る者も僅かだがいる。個人的な怨恨を理由に、率先してMDと戦い討伐までできる単騎戦力。その上マネジメント手腕も高いと来た。せっかくの人材が、本懐を遂げたとなると、な」

「あー、首輪をつけておきたいって話ですか?」

「話が早くて助かる」


 今までの俺は個人の目的のために動いていた。

 情報を得る過程である程度の出世は必要だったが、それ以上の権力欲はない。

 自らを鍛えるためヤツ以外のMDと戦うのも厭わなかった。

 上層部からすれば多少の理不尽では辞めず、地位も名誉も求めない戦力として役に立つアホ。 

 たぶん俺は、事情を知っている幹部役員にとって、非常に使い易い駒だったのだろう。


 けれど本懐を遂げたことで、「後は貯めたお金で喫茶店経営でも……」みたいに、いつでも辞められるようになってしまった。

 そいつは俺にピンポイントリリーフとしての期待を寄せていた方々にとっては嬉しくない。

 表に出ちゃダメな俺が上げた功績を、これまでけっこう本部に献上しているからね。

 加えて予測できない動きをする戦力が野放しになるのも困る。

 だから彼らとしては、俺が異災機構を辞めないという明確な証拠がほしいわけだ。

 そのために地位と権力をプレゼントしまっせ、と。


「俺、普通にこの仕事好きだから辞める気ないんですけどね」

「甘い汁を吸うことに慣れた人間には、そういう発想が出てこないものだ」

「正義の味方の企業なのに内実ドロドロしてんの止めてもらえませんかね……」

「なに、違法の改造人間であることを盾に脅さないだけマシだろうよ。それだけでも企業人としての品性がある」

「うへえ」


 そこは幹部連中も往年の戦士だからかな。

 その結果が幹部推薦とかありがたいんだかそうでないんだか。


「地位の他には金。子飼いのレスキュアーに枕営業をさせる、なんて意見まで出ているぞ。よかったな、学生から人妻までより取り見取りだ」

「品性どこぉ? ったく、本気でやめてくれません? 俺はそういうの嫌いだし、ウチには未成年の女の子がけっこういるんですよ」


 嫌われたらどうするんだ。

 やだよ、白百合さんや涼野さんに「不潔……」とか言われるの。

 あと氷川さんが「枕しに来ました」とか言ってきたらどうしよう。


「そう言うと思って止めている。私としてもお前が辞めない理由があると安心できるんだがな」

「ならお賃金に色でも付けておいてくださいな」

「そうしよう。だが、やはり……光茂の案が一番か」


 三岳常務は何事かを呟き、まっすぐに俺の目を見た。


「東。見合いをする気はないか?」


 正直このお人から出てくるような言葉じゃないよね。


「……なにがどうしてそうなるんでしょうかね、常務」

「首輪の話は置いておくにして、もうお前も三十になる。そろそろ腰を落ち着けるのも悪くないだろう」

「いや、しばらくはレスキュアーたちのために頑張りたいというか」

「仕事だけを生き甲斐すると老後が大変だぞ? やはり家族がいてこそ意欲が出るものだ」

「発想が昭和ぁ」


 悪いとは言わんけどさ、今はそんな時代じゃないんですよ常務。

 独身主義の人も多いし。


「私の弟の娘が異災機構本部に勤めていてな。多少調子に乗りやすい性格だが、明朗な美人だ。スタイルもいいし、案外尽くすタイプだぞ、あれは」

「それ、傍目には三岳・東ラインがより強固になっただけじゃないですかね?」


 お見合い成立したら俺と常務が家族になっちゃう。 

 置いといてと言っておきながら、がっちりな首輪じゃねーか。

 いかん、これは阻止せねば。 


「でも俺は、支部長ですから。所属の子達を優先しがちなので、とても結婚なんて」

「同じ機構の人間だ、理解はある」

「普段の生活けっこうだらしないですよ?」

「余計に嫁が必要だな」

「他にも問題がありまして。腰抜けって噂されてますし、実験用改造人間だし。そもそもお見合いとかマッチングアプリとか、初対面の方とそういう話を進めるのは、どうも性に合わないもので」

「ああ、軒並み問題ない」


 こんだけ否定しているのに、三岳常務はにぃと口の端を吊り上げた。


「お前の噂も正体も知っており、初対面でもなく、ついでに言えば味覚も合う美人だ。なかなかいないお相手だぞ」

「いやいや、そんな女性いるんですかね?」

「ああ。というよりも、既に会っているだろう。三岳玖麗みたけ・くららだよ」


 …………はい?

 俺は呆気に取られてしまった。


「あれは、私の姪っ子だと言っている」


 まさかのところが繋がっておりました。

 やったね翔くん、超出世コースだ! カンベンしろよチクショウめ!




 ◆




【クララちゃん側の事情】



 新式改造人間・玖麗ちゃんは超美人である。

 褐色の肌に大きな瞳、キレイなのに愛嬌たっぷりな美フェイス。金に染めた髪、前髪には少しピンクのメッシュが入っている。

 化粧はばっちり、ネイルも手入れが行き届いている。

 スタイルだって相当。鍛えているからしなやかで健康的な色気を醸し出している。

 一部のサイズ的には微妙にリヴィちゃんに負けてるのが最近の女子高生やべーってなるけど。

 ギャル風の容姿で魅力たっぷり。それだけでも男が放っておかないっていうのに、二十一歳という若さで異災機構本部直属の戦闘レスキュアー部隊のエース格。

 美女×コーデ×能力という最強系愛され女子なのだ。


「そんなアタシとバディを組める幸福をもっと噛み締めれ?」

「黙ってろ」


 にも拘らず、素っ気ない対応をとる遠野宇宙とおの・そらという男は、おそらく学生時代モテない陰キャで女の子に話かけられたことがないうえ、就職してからも鍛錬ばっかりで女性に縁がなく対応の仕方が分からないかわいそうなヤツなのだと思う。

 なので非モテに優しい玖麗くららちゃんは寛大な御心で彼の童貞ムーブを受け入れてあげるつもりだった。

 別に恋愛的なアレコレは二人の間にはありません。普通に宇宙には彼女いるし。


「まったく、宇宙は……」

「その“やれやれ、仕方ない”みたいな表情が本気でイラつくんだが」


 異災機構本部のジムで訓練をしながら軽く雑談を交わす。

 MDをこの目で確認してから、実力不足を思い知り二人は鍛え直していた。 

 異災所T市支部に出入りし、改造人間ガシンギにも稽古をつけてもらっている。おかげで実力は以前よりも上がった実感があった。


「まだまだだ。この程度じゃ、上位には敵わない」

「比較対象がヤバすぎー……なんて、言ってられないもんねー」


 宇宙だけでなく、玖麗も危機感を持って訓練を続けている。

 身体啜り、存在呑み、東支部長、改造人間ガシンギ、超星剛神アステレグルス。

 趣は違えどそれぞれが立派な化物だ。そして戦闘レスキュアー部隊というのは、そういう隔絶した実力を持つ相手に勝利をおさめなくてはいけない。


「ああ。悔しいが、以前東支部長が言った通り。いずれは俺達がMD討伐の最前線に立つ」

「その時に、助けてーなんて、なっさけないもんねぇ。んん? わりと東支部長さんはアタシらを助けに来てくれそうな気が……」

「……俺もそう思う。が、そうさせないように俺達は強くならないといけない」

「だね。いつまでも、おんぶにだっこはアタシだってゴメン」


 戦闘部隊がタレント派に助けられるなんて、という意味だけではない。

 玖麗だけでなく、宇宙もそれなりにT市支部を気に入っているのだ。だからこそみっともない真似はしたくなかった。

 そうして鍛錬に励む中、三岳常務から呼び出しを食らった。


「ありゃ? なんだろな……」


 一応オジさんになるのだが、あの人とはそれほど親しい訳でもない。

 顔は知っていても姪っ子と遊んであげるようなタイプの親戚ではなく、まともな会話は機構に就職してからだ。

 常務直属の部下にとはいえ、当初はそこまで気に入られてもいなかった。どうもイキった若手はあんまり好きではないらしい。

 ただ身体啜りと東支部長のバトルに鼻っ柱を叩き折られて、マジメに鍛錬をするようになってからは重用されている。

 今では護衛任務の際は必ず声がかかる程だった。


「来たか」

「しゃーす、常務。今回はいったいどんな任務でっすかー?」

「親族とはいえ、もう少し大度はどうにかならんものか」

「あっ、はい。すみません」


 残念ながら常務はノリが悪い。

 かわいいクララちゃんポーズはお好みでなかった様子。


「まあ、いい。任務と言えばそうだな。親族としての贔屓目ありだが、お前くらい実力があり、なおかつ容姿が優れていないと成り立たない」

「お、おお? じょ、常務がそんな褒め方してくるなんて。いやー、正直アタシも戦闘レスキュアー部隊トップ美女じゃないかなーって自覚はあったんですけどー」

「そんなお前に、見合い話があってな」


 意外と言えば意外。

 しかしクララちゃんレベルともなれば、見初められるのも不思議ではない。


「年は多少上だが、顔はいい。仕事もできる、地位も収入もある。性格も悪くないし、一途……と言えなくもないな。これと決めたら揺らがない男だ」

「おぉ、なかなかの優良物件。でもなー、まだ結婚とか考えてないし」

「そうかもしれんが。お前ほど有能な美女だ、これからも似たような話は舞い込む。ここらで一度経験しておくのも悪くないだろう」

「もー、ちょっと褒め過ぎじゃない? 常務ってば」

「単なる事実だ。気に入ればよし。もしお眼鏡に敵わくとも、一度会ってくれさえすれば断ってもいい。後々の問題にならないよう私が責任をもとう。……お相手も、お前のような美女と見合い出来たという事実だけで嬉しいだろうしな」


 いつになく褒められて彼女は調子に乗った。

 大きな胸を張って、自信満々の笑みを見せつける。


「しょーがないなー! おっけーです! このナンバーワン美レス・クララちゃんにどうぞお任せあれ!」


 そうして常務は無常に言い放つ。


「それはありがたい。ああ、相手は東支部長だ。よろしく頼んだぞ」


 早くも失敗した感があります。











【三岳常務の本音】


(東に首輪をつけたいのは事実、これからが心配なのも事実。私が見合いを持ってきたという事実さえあれば、私に睨まれたくない輩からのちょっかいも減る。うまく話が転がって家族になるのも悪くない)


 わりとあのアホと親戚づきあい楽しそうとか考えています。




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