42.おとうさんにごあいさつ
涼野夏蓮の父親は、プロレスカフェの経営者兼看板レスラーである。
現役時代は日本を二分する大手プロレス団体に所属し、サンダー涼野というリングネームで活躍をしていた。
しかし総合格闘技ブームに押されプロレス人気が下火になる中、娘の小学校入学を機に団体を脱退。現役時代の貯蓄を使い、カフェの経営に乗り出した。
カフェの中にリングを用意し、繰り広げられる試合を観覧しながら食事を楽しめる店は、当初の想定よりも人気が出た。
しかし経営が順調とは言い難い。
若手に経験を積ませるという形で団体から格安でレスラーを貸し出してもらっているが、試合を見せるのにも経費は掛かる。連日忙しく働いても大きな儲けになるほどではなかった。
経済事情は、貧乏ではないが裕福でもない、普通より若干下といったところだ。
そういう家庭に生まれた夏蓮は、幼い頃から将来は両親の手伝いをするのだろうな、と漠然と思っていた。
旧式改造人間たちに憧れはあっても、あくまでもそれは趣味の範疇。
父のことも母のことも大好きだし、店に出入りするレスラーさん達もいい人ばかり。
厨房のお手伝いとか、なんなら自分自身が女性レスラーになって、カフェに貢献しようと考えていた。
もっとも、検査で魔力が検知され、魔法少女の適正が出たためレスラーへの道は閉ざされてしまった。
それでも異災所で働いて、稼いだ給料で少しでも家計を支えるつもりでいる。
つまり夏蓮はいい子だった。その上可愛らしかった。
母を手伝うために特性カレーのレシピも覚え、家庭的な一面もある。※作れるのはカレーだけ。
荒くれ者のサンダー涼野にとってはなんなら天使だった。
そう、夏蓮のパパは、親バカだったのである。
◆
未成年のレスキュアーを雇うにあたっては、保護者との関係が難しい。
災害対処の戦闘スタッフ+タレント業だから、危険な水商売という考え方を持っている人は一定数いる。
なので本部職員にしろ支部長にしろ、異災機構の管理職は嫌われてこそ一人前、みたいな風潮があった。
感覚的には警察官・消防士さんを目指す子供の親との話し合い。
犯罪を防いだり火事の被害を抑えたり、やってることは尊く立派。だけど、なんでウチの子が他人のために体を張らにゃならん……ってのは今後も消えることのない命題だと思う。
例えば、涼野さんところのお父さんがそうだ。
娘のやりたいことならやらせてあげたいと認めているお母さんとは違い、お父さんは希望に沿いつつも「もしかしたら死ぬかもしれない仕事なんざ……」と消極的否定派である。
不満は重々承知、それでもうまくやっていきたい。
だから俺は日曜日、涼野さんが休みの日を見計らってプロレスカフェ『サンダーファイト』を訪ねた。涼野さんの戦闘+芸能活動報告及び三者面談だ。
「いらっしゃいませ、東さん! 今日はわざわざありがとうございます」
「いやいや、未成年を預かっている訳だから定期的な報告は義務だよ」
存在呑み戦の後しばらくあわわだった涼野さんも今はすっかり落ち着いた。
いつも通りの元気な笑顔で俺を迎えてくれる。結局意識を失った俺に何をしたのかは謎のままだ。甘原さんに聞いても「あらあら、うふふ」しか返ってこないという不具合が生じています。
お店にはサンダー涼野こと
「おお、おお、よく来たなぁ支部長さんよぉ」
「雷太さん。今日はよろしくお願いします」
カフェの店舗部分で雷太さんと向かい合う。
涼野さんは自然と俺の隣に座った。
熊みたいに大柄なパパさんなので、普通に座っているだけで威圧感が凄い。右目の上についた大きな傷がそれに拍車をかけている。
「さっそくですが、今回の夏蓮さんの活動記録です。出動スタッフとしてのLD討伐五体、共同でのMD討伐一体。レスキュアーチップスのトレーディングカード化、市のイベントでの同行員、コンビニコラボのクリアファイルなどなど、細かい仕事に関しては書類にまとめていますので確認お願いします」
「おう、毎度すまんな。頑張ってんじゃねえか、夏蓮」
「えへへ、けっこうね」
涼野さんが自慢げに胸を張る様を雷太さんは微笑ましそうに眺めていた。
強面だけど娘のことを大切にしているのがよく分かる。
「でよぉ、支部長さん。今回、こいつの月給が二百万を超えてたらしいんだが、計算間違えてねえか?」
「いえ。MD討伐は最弱の固体でも五百万以上の報酬があるので。貢献度で差をつけても特別賞与が大きくなった形です」
「そ、そぉか。すげえんだな……」
MDは社会を破滅させるレベルの個体も多い。
そんくらい払っても惜しくないくらいの難敵なのだ。
「コンビニの特典は俺も見たよ。こいつなんかのグッズ欲しさに客が物を買ってくのは、見ていて奇妙な気分になったな」
「ちょ、なんかってどういう意味!?」
うがーっと怒る涼野さん。
お父さんの前だとちょっと振る舞いが幼くなる。
普段とは違う面が見えて何となく面白い。
「炎の格闘少女マイティ・フレイム、人気ありますよ。街を守るために頑張る彼女に感謝する市民も多いです。私自身も、涼野さんには助けられています。明るくて、マジメで正義感が強い。同僚たちともうまく付き合えています。それに、子供にも優しくて、市のイベント担当がまた彼女に仕事をお願いしたいと言っていました」
「うわー、あの、東さん? お父さんの前だからってお世辞とかいいんですよ?」
「俺は嘘も誤魔化しもするけれど、レスキュアーたちには誠実でいたい。本気で、涼野さんがウチに来てくれすごく嬉しいって思ってるよ」
「あは、あはは……。わ、私も今のところで働けて、すっごく嬉しいです。これからも、もっと頑張りますね!」
「まあこのように、ちょっと肩の力が入りやすいので、もう少し余裕ができればいいのですが」
「そこは素直に褒めて終わりにしてくださいよ……」
頬を膨らませる彼女に思わず笑ってしまった。
俺達のやりとりを見ていた雷太さんは苦笑していた。
「まあ、夏蓮が楽しそうなようでなによりだ。しかしなぁ、ガキのうちから大金をってのは、古臭え人間からすると拒否感が強えよ」
「まず前提として。異災所としては契約上マイティ・フレイムさん個人に、成果に見合った報酬を支払わないといけません。ただ、異災機構には未成年も多いですからね。こちらもいくつか対応はとれますよ」
たとえば、成人するまでは機構側で報酬をプールしておく。
親御さんにも給与明細を提示できるよう事前に契約する。
給与の管理を親御さんに任せる代わりに、こちらで総額を計算して使い込み等が発覚した場合に法的手段に訴えられる形を整える。
または機構が提供している支出管理アプリを使ってもらうなど。
ただし、レスキュアーの収入をご両親の口座に振り込む、という形はできない。
子供に戦わせて報酬搾取しようとする毒親は一定数いるからね。
「ですが一番はご両親とよく話し合うことでしょう。夏蓮さんの収入を彼女自身に任せるのか、成人するまではご両親が預かるのか、ですね。金銭感覚は一度壊れると修正が利きづらいので、無駄遣いが出るようなら注意は必要です」
「……すらすらとよく出てくるもんだな?」
「未成年を預かる上で金銭問題は避けて通れませんから。また若いうちから大金を稼ぐと、周囲の大人を見下すようなところも出てきます。レスキュアーどうこう以前に、一攫千金したはいいけどその後思うように稼げず身を滅ぼした人も多いです」
そしてレスキュアーの場合、そうなった時に犯罪に走るだけの力がある。
できれば涼野さんにはそうなってほしくない。
「夏蓮さんはとてもいい子ですし超カワイイ。ですが、“だから今後も崩れない”とは言い切れません。人間、道を踏み外す時は一瞬です。口幅ったいことを申すようではありますが、私も上司として、身近な大人としてそうならないよう尽力したいです。夏蓮さんに嫌われても、諫めるところは諫めます。それが私の責任でしょう」
「ほう、責任、ね」
「若者のために体を張ってこそのおっさん、が俺の持論です」
「俺から見りゃあんたも若モンなんだが……言いたいことは分かった」
雷太さんの圧がちょっと緩んだ。
けど続く涼野さんの発言にまた別の緊張感が生まれる
「あはは、東さんを嫌うなんて絶対ないですってっ!」
めっちゃ無邪気な発言だけど、ピクッとパパさんが反応したのを俺は見逃さない。
「夏蓮、支部長サンとは上手くやっているようだな?」
「うんっ。なんだかんだお世話になってるし、私がピンチの時に駆けつけてくれたのも東さんなんだ。私たちレスキュアーのためにいつも頑張ってくれてるし、MD相手に命懸けで立ち向かうすっごい人なんだから」
存在呑み達との戦いは俺の個人的な事情が大きい。
あまり感謝されたり褒められたりすると居心地が悪くなる。
「そうか、そうか。……喉が渇いたな。おい、夏蓮。お茶淹れてこい」
「えー、なんで私が?」
「いいから。ほれ、支部長さんに振る舞うくらいはしろって」
「……しょうがないなぁ」
しぶしぶと言った感じで涼野さんが店の厨房に引っ込む。
すると雷太さんは表情を厳しく変え、俺をじっと見据えた。
「……なあ、支部長サンよ。親としてはな、レスキュアーになんてなってほしくはない。なんで夏蓮が、他人様のために命を落とす危険を冒さにゃならんのか」
「はい。それが、当然だと私も思います」
「だがまぁ。あの娘は、優しいんだ。誰かが傷付くよりは、てめえが……なんて真面目に言いやがる。レスキュアー自体も楽しんでるし、あいつが望む限りは、続ければいいとも思ってる。それにほれ、力に目覚めた子には、色々と問題も起こるだろ?」
雷太さんの言わんとするところは分かる。
特別な才能が、その人に利するとは限らない、という話だ。
学生のレスキュアーは、基本的に運動部に所属する人が少ない。
彼ら彼女らは異能に目覚めた時点で基礎身体能力が高まる。そのため、公式のスポーツ大会に参加できないのだ。
レスキュアーになれるような子達は、普段練習しなくても一瞬で世界記録を塗り替えてしまえる。そんなのは認められないという意見が世間ではほとんど。
涼野さんは中学三年の頃、魔法少女の力に目覚めたという。素晴らしい才能ではあるけれど、そのせいで息苦しい思いもしたはずだ。
「昔は、私もプロレスラーになってお父さんのお店で試合する、なんて言ってた。それも、もう無理なんだよなぁ。仕方ねえとは分かっていても、やり切れねえ」
「そうですね。だからこそ、私はタレント活動を積極的に進めます。たくさんの仕事に触れるうちに、夏蓮さんが今後を考える上での肥やしになればと」
「おう。……あんたみたいな上司の下につけたことは、あいつのとっちゃ幸運だったんだろうなぁ」
親御さんにそう言ってもらえるのは本当に嬉しい。
俺がちゃんと支部長としてやれている証拠だから。
「でよぉ、支部長さん。夏蓮が超かわいいってのはどういうこった?」
はい、シリアス終了します。
「かわいいぞ? そりゃあ超かわいいに決まってる。だがあれだな? 支部長さんの口からそういう言葉が出てくるってのはつまり、あいつを女として見てるって言うことか? おい」
「決してそんなことはありません。あの、さっきのは本音がつい」
「本音だぁ⁉」
「違います。いや、違いわないんですけど。確かに私は、夏蓮さんを超かわいいと思っています。しかしそれはあくまでも客観的な事実を提示しただけであり、下心は一切ありません。先程のアレは、感想。そう、感想。あの、芸術品を見て意識せず“きれい……”って口走っちゃうのに近い感覚でして」
大丈夫? これホントに言い訳になってる?
涼野さんが芸術品みたいって言ってるだけじゃねこれ?
「て言うかよ? そもそもなんか距離近くねぇか?」
「あのー、ですね。ウチの異災所は皆仲良しでして。なにより夏蓮さんの誰とでも分け隔てなく接する優しくおおらかな心ゆえにそう見えるだけであって。お父様が心配されるようなことは何一つ」
「誰がお義父様だオラァ!?」
「ベタなヤツやっちゃった!?」
「どうやら夏蓮に多少は信頼されてるようだがなぁ、娘に余計なちょっかいかけたらどうなるか分かってんだろぉなぁ!?」
「もちろん。重々承知しております!」
ちゃんと支部長として節度ある対応をとる気しかありません。
だけどサンダー涼野さんがもはやファイヤー涼野さんってレベルまで燃え盛っている。
「そもそもなぁ、あの娘にはまだ男なんざ早い! 学生のうちは勉強とかを優先してりゃいいんだ!」
「は? 遅いか早いかは夏蓮さんが決めることでしょう。学生のうちにしか出来ない恋だってあると29歳独身は愚考しますが?」
「て、てめえ。このタイミングで反論してきやがるとかマジか……!?」
「当然でしょうよ。俺自身は夏蓮さんになんかするつもりはない。でも、あの子を過度に縛るのは許容できません」
「親によく言ったなこの野郎がぁ……!」
「言いましたよ、俺にも責任があるって。夏蓮さんのこれからのために噛みつけないようなヤツぁ、上司を名乗る資格がねえんだよ……!」
あ、やばい。
俺もけっこうヒートアップしてる。
「よっしゃリング上がれやぁ! パパの力を見せてやらぁ!」
「やってやろうじゃねえかぁっ!」
勢いで応えたはいいけど俺も実験用改造人間なので一般人に力を振るったら犯罪になってしまいます。
これ、どうすればいいのだろうと今更ながらに頭を悩ませるのだった。
◆
<余談>
夏蓮がお茶を入れて戻った時に見たのは、東支部長が父親にコブラツイストをかけられている光景でした。
「どうやったら三者面談の途中でそういうことになるの!?」
彼女の叫びは誰にも届かず、しばらく東支部長は無抵抗で技を受け続けていました。
<さらに余談>
後日、プロレスカフェに出入りするレスラーさんの間で。
“夏蓮ちゃんのバイト先の上司が父親に挨拶に来て、超かわいいだの責任を取ると言って、二人の関係を認めさせるためにプロレス勝負を挑んだ”
という噂が流れていました。
もしも玲センパイの耳に入るとあやうく危険が危ないので早めに鎮火しようと思います。かれん。
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