3.夜勤者




 支部長である俺の勤務時間は、基本9:00~18:00。副支部長の高遠さんも同じ感じだ。

 ただし月末とか監査前になるとクッソほど残業かつ残業&残業のブラック全開である。

 

 正職員のミツさんはどのシフトにも入る。

 氷川さんや新人の涼野さんは学生バイトなので、放課後の16:30~20:30の四時間勤務。

 こういシフト制だとタイミングで一切顔を合わせないスタッフができてしまう。


「そう言えば、今日の夜勤ってアステレグルスさんなんですよね?」

「うん、そうだよ。涼野さんは、もう会ったっけ?」

「一応、すれ違いざまに挨拶はした、くらいです。本当は、色々お話したいんですが」


 その中でも涼野さんが気になっているのは、超星剛神アステレグルスくんらしい。

 夜勤専従の彼は20:45~翌8:45なので、微妙に被らないのだ。

 あ、うちの時間は「既定の時間から仕事開始」ではなく「わざと遅延行為をしない限りは更衣や準備も勤務時間に含む」という形式を採用している。


「おや、涼野さん。彼に興味がありますか?」


 にやっ、と副支部長の高遠さんが好奇の視線を向ける。


「そりゃあ、ありますよ! 同時に十体のリビングディザスターを相手にして、無傷ですべて撃破したT市最強のレスキュアー! 私にとっては一つの目標であり、いずれ乗り越えるべき壁なんです!」

「あ、そういう話ですか」


 高遠さん、あからさまに「つまんねー」みたいな顔しないであげてください。

 確かに、真面目にレスキュアーをやろうとしてる涼野さんからしたら憧れの対象にもなるか。

 ウチの事務所で一番の古株は改造人間ガシンギ、一番の稼ぎ頭と言えば聖光神姫リヴィエールだ。

 しかし一番強いレスキュアーは誰かと問えば、超星剛神アステレグルスだと答える。


「東さん東さん、アステレグルスさんってどんな人なんです? テレビで見た感じだとすごいクールな声と冷静な立ち振る舞いですけど」

「あ、あー。なんだろうな、確かにウチで一番強いし、判断力にも優れてるね彼は」

「やっぱり、支部長でも認める強者なんですね!」


 うおー、燃えるーみたいなテンションの涼野さん。

 ぴょこぴょこ揺れるポニーテールが可愛いけど、そこを褒めるとセクハラになるので止めておきます。

  

 超星剛神アステレグルスの正体は、レオン・マルティネスというイギリス系のクォーターだ。

 年齢は二十三歳で、夜勤専従の正職員になる。


 彼の類型は【異能者】。改造手術でも強化装甲でも魔力に目覚めたのでもなく、別の要因で変身能力を得た。

 それが『獅子星の心臓』。

 レオンくんは、はるか遠き宇宙から降り注ぐ『獅子星の心臓』と呼ばれるエネルギーをその身に宿した存在なのだ。

 ぶっちゃけると流星マークの光の巨人さんと同じく、宇宙パゥワーで進化したお人です。サイズは普通だけど。

 外見はメタルヒーローに近く、赤と金で飾られた鎧のような姿をしている。

 格闘能力に優れ、獅子星の太刀を振るい、数多の光線技を操る。遠近に隙がなく、フォームチェンジも可能な、もうアイツ一人でいいんじゃね系ヒーローです。


 夜勤専従を選んだことにも理由がある。

 超星剛神アステレグルスは夜空に瞬く獅子星の加護を受けている。

 昼間でも強いが、星の加護という性質上その本領は夜にこそ発揮される。

 ……そう、夜は彼の時間なのだ。




 ◆




【本日の勤務】

<夜勤(20:45~翌8:45)>

・待機スタッフ 

 超星剛神アステレグルス


───────




 異災所の夜勤は複数人が基本だが、T市支部では一人か二人でやる場合が多い。

 体制上というよりは単純に規模の問題で、正職員が少なく昼も学生バイトやパート勤務で賄っているため、夜に人員を割けないせいだ。

 なので夜勤専従の超星剛神アステレグルスは一人夜勤を週四日やっている。単騎で複数のLDを相手取れる彼だからこその勤務体系である。


事務所スペースに置かれた端末には、疑似人格を持つ電子霊体が搭載されている。

 市内にはいくつも監視カメラが用意されており、異常があれば電子霊体から報告が入る仕組みだ。そのため四六時中事務所にいる必要はない。

 なので今夜も待機場所でどっしりと腰を下ろす。


「よし、やるか……夜は、俺の時間だ」


 金髪の、端正な顔立ちの青年は無駄に気合の入ったキメ顔で腕まくりをする。

 夜勤は十二時間勤務。途中の二時間は休憩になっているけど、ぶっちゃけ副支部長の高遠の目がないので自由に過ごせる。東支部長の方は「仕事さえすれば適当でいいよー」と言ってくれるので初めから問題ない。

 そう、夜勤で大変なのは仕事ではない。

 いかにこの長い時間を快適に過ごせるかこそが肝要。

 

 

〈21:00〉

 取り出したるは携帯ゲーム機。

 夜勤にはセーブが必要なRPGやアクションは向かない。ストーリー性のない、インディーゲームのパズルがいい。

 日勤帯からの情報伝達を確認した後は、市内の監視を電子霊体に任せパズルに没頭する。

 ブランケットと猫さんクッションは超星剛神アステレグルスの持ち込みである。

 

<23:00>

 ゲームもひと段落。

 いい感じにお腹も減ってきたので、そろそろ夜食にしようとキッチンに向かう。

 本日の材料はこちら。


・インスタントラーメン×1個(極上しょうゆ)

・パックご飯150g×2パック

・味付け半熟卵二個入り×一袋

・コンビニチキン

・薬味ネギ

・揚げ玉

・いりごま

・マヨネーズ

・ウナギのたれ

・野菜ジュース


 まずレンジで温めたパックご飯二つをどんぶりに入れる。

 そこにいりごまとウナギのたれを投入。米粒がまばらに茶色く染まるまでよく混ぜる。

 その上からスーパーで買った揚げ玉をこれでもかとぶち込む。揚げ玉にはフライのパン粉が混じってたりするけどそれも味が合って良き。

 さらに上から薬味ネギ。包丁で刻むのは面倒だから最初から切ってあるヤツがイイ。

 半熟卵をまるまま一個置き、トドメにウナギのたれとマヨネーズを格子状にかけて揚げ玉丼の完成。


 同時進行でお湯を沸かし、インスタントラーメンを作る。

 乗せる具はコンビニチキンと残った半熟卵と薬味ネギ。

 出来上がったラーメンにチキンとかを乗っけるだけの、超簡単で豪華な一品だ。

 もちろんチキンにマヨネーズをちょっと乗せ、チキン南蛮風にするのも忘れない。


「はぐっ、うっま! インスタントスープでぶよぶよになったコンビニチキンの衣うっま!」


 夜勤中の夜食はジャンクなほど美味しい。

 どれだけ脂っこくても野菜ジュースさえ飲んでおけば許される気がする。

 と言いつつ、これでもレスキュアー。キャラグッズで商売している以上、体型は維持できるよう努力もしている。ゲームで運動できるヤツで。



<0:00>

 ラーメンとどんぶりで舌もお腹も満足。


「ふぁあ……」 


 日付が変わる頃には眠くなってくるので二時間ほど仮眠をとる。

 その前に歯磨き。口の臭いヒーローなんて許されないのだ。 

 仮眠用のベッドは東支部長がいいやつを用意してくれている。食事の後は胃に血が行くから眠くなるため、野菜ジュースで摂取カロリーをゼロにしてからベッドに横たわれば、すぐに眠りに落ちた。

 


<1:30>

 警報が鳴った。

 どうやら夜間にLDが出現したらしい。

 音を聞けばすぐに目覚めるよう訓練してある。超星剛神アステレグルスはベッドを抜け出し、「獅子星転身」のキーワードのもと鎧姿に変化する。

 情報を確認した後は十秒立たずに事務所を飛び出した。


 闇夜に舞うカラスを思わせるリビングディザスター。

 羽ばたきと共に異音が響く。

 おそらく、羽ばたきに合わせた真空の刃が奴の異能だ。

 しかしその程度で怯むはずもない。

 超星剛神アステレグルスは獅子星の太刀を一閃、戦いとも呼べない瞬きの間にLDは消滅していた。

 その圧倒的な強さに市民からも歓声が上がる。

 それをクールに受け流し、彼はその場を後にした。



<1:45>

 移動の時間を合わせても討伐に十五分もかかっちゃいねえ。

 時間がかかるのは報告書を書く方だ。どこにLDが出現したか、どのような姿・能力をしていたか、その対処法、街にどの程度被害が出たかなどを詳細に記入していく。

 報告書に関して、実は簡単に終わらせる方法がある。

 それは街に被害を一切出さず、一太刀で終わらせれば書く量を大幅に減らせるのだ。

 誰が知ろう、最強のレスキュアーと名高い星の戦士が、報告書が面倒だからその技を磨いたのだと。



<2:00>

 報告書が書きあがったらもう一度仮眠。

 休憩は二時間。高遠副支部長が見てなかったら以下略。

 いい感じに運動もできたのでやっぱり寝付くまでは早かった。



<6:00>

 よく寝た。

 のそのそと起き上がってシャワーを浴びる。異災所はシャワー完備なのが嬉しい。

サンドイッチとプリンとエクレアと朝専用缶コーヒーで簡単に朝食を済ませると、早番が来る前に事務所を開ける。

 出たゴミを片付け、事務所スペースと待機場所の掃除も行う。

 好き勝手やっていた後始末を早番に回すのは二流の夜勤者。仕事は完璧にこなし、早番に漏れのない情報伝達ができるよう夜間の出来事をまとめておく必要がある。



<7:00>

 地味に一番きついのは早番が出勤してからの一時間四十五分だ。

 ゲームできないし寝れないし、適当に雑談するくらいしか仕事がない。



<8:45>

 苦痛の退屈に耐えてようやく退勤時間。

 うん、今日も一日よく働いた。




 ◆




 勤務時間は九時からだが、俺は支部長として一応三十分前に事務所入りする。

 夜勤さんから直接情報を聞いておきたいしね。


「レオンくん、お疲れ」

「東支部長、お疲れ様です。昨夜1:30ごろにリビングディザスターが出現しました。詳しい内容は報告書にまとめてありますので確認お願いします」

「ありがと。おっ、さすがだね。レオンくんの報告書は読みやすい」

「誰が見ても情報が読み取れる書き方を心掛けています(聞き返されるとかちょー面倒だし)」


 朝からイケメンスマイルを見せてくれるレオンくん。

 まー、爽やかだわ。夜勤明けなのにしっかり睡眠をとったようなお顔。ていうか確実に睡眠とってる。


「ところでさ、最近オススメのインディーゲーってある?」

「俺、“クッキング・ピースイズ”にハマってます。食材のピースを揃えると料理になるって感じのゲームでして。一回のプレイ時間が短いから仕事中にもイケます」

「ほんと、さすがレオンくん。俺もダウンロードしとこ」

「じゃあ今度対戦しましょう支部長、カツカレーを賭けて」

「いいねいいね」


 なお俺達は『高遠副支部長の冷たい視線を潜り抜け適度にゆるいお仕事生活を送ろう同盟』を組んでいるので、夜勤中にやってることは大体知っています。

 クォーターのイケメンだけど、中身大分ダメっ子なんですよね彼。そういうレオンくんが大好きです。


「それじゃ、お疲れ様です。対戦楽しみにしています」

「おーっす」


 見惚れるくらいに眩しい笑顔を見せて颯爽と去っていく。

 ウチの最強戦力で、夜勤を一人でやれるくらい有能で、なおかつ人柄もよく俺とも気が合う。

 レオン君は得難い素晴らしい人材だ。

 

「でも……たぶん涼野さんの憧れるタイプのレスキュアーじゃないんだよなぁ」


 仕事を早く終わらせたいから強くなっただけで、あんまり奉仕精神は持ち合わせていないタイプだからね、彼。

 でもまあ、わざわざ夢を崩すこともない。

 顔を合わせる機会も少ないことだし、しばらくは憧れのクールな青年のままでいてもらうことにしようと思いました。








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