4.バイトのお金の話



「そういや夏蓮、バイト始めたんだってー」

「うん、一応ね」

「どんなん? ウェイトレスとか?」

「え? えーっと……」


 涼野夏蓮すずの・かれんは高校に入ったばかりの15歳。

 もともと明るい性格だけにクラスに馴染むのも早かった。

 が、レスキュアー『マイティ・フレイム』として異災所で働いているのは当然ながら内緒だ。正体バレなんて可能な限り避けるに限る。


「…………ど、ドモ○ルンリンクルが抽出されるのを、一滴一滴眺める仕事?」


 誤魔化そうと考えて出てきた答えがそれ。

 クラスメイトは「は?」みたいな顔をしているけど、実際似たようなものだから仕方ない。

 緊急出撃がない時は、本気で四時間なにもしない。ホントにこれお金貰っていいの? と悩むレベルだ。


「えーと、上司とか先輩は厳しい感じ?」

「ぜんぜん。むしろユルすぎて困るんだよね……」


 まず東翔太朗支部長がゆるゆる。

 怒ったところなんて見たことないし、率先してお茶の時間を作ろうとする。

 厳しいのは副支部長の高遠良子くらいだが、わりとカノジョも東支部長にお願いされると溜息吐きつつ「仕方ない」とか言ってしまう。


「違うよ、これ私がイメージしてた仕事と違う……」

「なんか大変なんだねー」


 夏蓮の父親はプロレスカフェの経営者兼看板レスラーで、幼い頃から多くのレスラーを見て育った。

 そんな彼女が女子プロレスラーではなくレスキュアーを目指した理由は、幼い頃に見たヒーローたちの姿にある。

 十年前、名称は権利擁護運動によりレスキュアーに変わったが、ヒーローたちはそれ以前から活動をしていた。

 当時はリビングディザスターなどの災害だけでなく、悪の組織や怪人などの脅威もあった。

 しかしヒーロー、特に旧式改造人間たちが主力となり、平和と正義のために日夜戦う。 

 まだ小学校にも通っていなかった夏蓮はその姿にこそ憧れた。

 つまり彼女の目に焼き付いていたのはレスキュアーではなく、古臭いタイプのヒーローだった。

 なのに想像と現実に温度差があり過ぎて風邪をひきそう。


「でも、今日もバイトなんでしょ?」

「うん、一応」

「そっか、頑張ってねー」

「頑張りたいんだけどね、私も……」


 ちょっと落ち込みつつも、まだまだ研修期間みたいなものだからと自分に活を入れる。

 ここで腐らず励んで立派なレスキュアーになるのだと、今日も異災所へと向かった。






【本日の勤務】


<日勤(9:30~18:30)>

 クラッシャーマン 


<遅番B(16:30~20:30)>

 聖光神姫リヴィエール、マイティ・フレイム



 夕方のテレビ番組で、ウチに所属するレスキュアーの活躍が取り上げられていた。

 今回は、昼のパートさんである魔法少女シズネがメインだ。

 シズネさんの容姿はツインテールの小っちゃい女の子。フリフリの衣装を着て魔法のステッキを振るい、キラキラ光るファンシーなマジカルで戦う純正魔法少女である。

 ただし衣装はフリルが付いてるだけで某美少女麻雀漫画の国○一ちゃんと同レベルの露出度です。


『ざぁこ♡ ざぁこ♡ 私みたいな子供に負けちゃうなんてぇ、恥ずかしくないのぉ?』


 しかもメスガキです。

 なのでちゃんとLDに対処できる凄腕なのに妙なファンばかり増えて困ると、シズネさんが以前本気で悩んでいました。


「シズネちゃん、全力っスねぇ」


 今日の日勤、クラッシャーマンくん(26)がテレビを見ながらゲラゲラ笑っている。

 彼はフリーター。うちではバイトとして働いてくれている。

 類型は【異能者】。掌に収まる程度の爆発物を生成するという特殊能力を持った男だ。

 ただし、異能者の基本として身体能力は高めだが、変身しての爆発的な増加はできない。改造人間ガシンギや超星剛神アステレグルスくんとは違い、異能を効率よく運用して戦う。全身タイツのヒーロースーツもお手製である。


「いやぁ、ぶっちゃけテレビに出ちゃいけないっスよシズネちゃん。あんなんガキの性癖歪めるって」

「否定しきれないところが辛いなぁ」


 シズネさんは普通にえちちだからね。

 俺もその艶姿にちょっとクラっとしたことがあるとかないとか。


『じゃあね、LDさん♡』


 投げキッスと共にトドメの必殺魔法を叩き込むシーンも放映された。

 それを待機中の涼野さんがじーっと凝視している。


「すごいなぁ、いつか私も……」

「え? 涼野さんも雑魚嘲笑やりたいの? それとも投げキッス?」

「誰がそんなこと言いましたか⁉」


 思い切りツッコまれてしまった。

 テレビでは「ぷぷー、なっさけなーい♡」ってシズネさんが笑ってた。妙なリンクをしないでください。


「違いますよ。私もシズネちゃんみたいに、いつかは一人でLDを倒せるくらい強くなるんだ、って決意を新たにしてたんです」

 

 外見から勘違いされやすいけど、シズネさん普通に強いんだよね

 それにカメラを意識した立ち回りが上手い。

 魔法も派手めなヤツを適切なタイミングで使うから、戦闘も見応えがある。

 決めポーズとか口上とかもメスガキ風味だけど好評だ。


「あれ、憧れの先は旧式改造人間だと思ってたけど」

「きっかけは昔の改造人間さん達ですけど、レスキュアーのことは皆さん尊敬してますよ」

「あー、そういう気持ちは大事だね。でも焦って無茶をしないでいてくれると嬉しいかな」

 

 支部長としては、敵を百体倒して殉職する英雄よりも無傷で一体倒す慎重派の方がありがたいんだよね実際。


「そこは、はい。気をつけます。ところで東さん、今月の給料なんですけど……これ、高過ぎません?」

「計算はあってると思うよ、何度も確認したから」

「でも、この一か月何もしてないのにこんなにたくさん。大丈夫なんですか、経営とかそういうの」


 涼野さんはすごく申し訳なさそうな顔をしていた。

 うちのアルバイトの時給は2500円+討伐報酬。そこにキャラグッズの歩合とか印税が追加される形だ。命を懸ける仕事にしてはむしろ安い値段だと思う。

 しかしまだ単騎討伐をやっていないマイティ・フレイム的には給料泥棒している気分なのかもしれない。


「ああ、経営に関しては大丈夫だから気にしないでよ。ウチは国からのお金が流れ込んでるし、根本がお笑い系の芸能事務所に近いから」

「えー、と? それはどういう」

「企業を回してるのは一部の売れっ子の稼ぎで、その余りで下っ端を食わせてるの。新人の成績に関係なく利益は出てるし、クビを切る必要自体もそれほどないのよ」

「それはそれで気にします……」


 元気っ子かつマジメっ子な涼野さんは余計に肩を落としてしまった。

 あと事務所の端で無表情のままポーズ決めてる氷川玲さん。聖光神姫リヴィエールが一部の売れっ子なのは間違いないけど、そこまで自己アピールしなくてけっこうです。美少女だけに決めポーズがハマってるのがまた悔しい。


「まあ、偉そうになれとは言わないけど、堂々としてればいいよ」


 レスキュアーを確保しておきたい、ってのが異災機構の思惑でもあるんだろうしなぁ。

 ……とは続けなかった。

 レスキュアーになれるのは社会から逸脱したレベルの戦力を有した方々だ。それを野放しにするよりは、待遇よくして首輪をつけておきたいってのが企業と国の本音だろう。

 だけど新人さんに話すようなことじゃない。 


「でも、仕事せずにこんなお金もらってると、将来働けなくなりそうです……」

「なんのなんの。カレンちゃんがそんなこと言ってたら、レイちゃんなんてどうすんのよ?」


 テレビを見ていたクラッシャーマンくんが、にししと笑いながら余計なことを言う。

 視線を向けると氷川さんはわりと簡単に自らの懐事情を明らかにした。


「上位動画配信者程度には収入がある」

「え」


 涼野さんがびっくりしてるけどマジです。

 歌出してるし、グッズも人気だし聖光神姫リヴィエールの利益はかなりデカい。


「はぁー、すごいんですね。トップのレスキュアーって。あれ、じゃあシズネちゃんとかも?」

「うん。ぶっちゃけるとあの子も俺よりもらってるぞ。というか、人気のレスキュアーはだいたい支部長より高給取りだから。はー、かなし」

「あ、はは。でもそんなにお金稼いでると、適当なところで引退しようって人もいそうですよね」


 お、いいところに目を付けた。

 なのでついでに、イヤな話もしておこう。


「いるぞ。一発大金稼いで退職して、でも生活のレベル下げられなくて貯蓄を溶かして。レスキュアーの能力を活かして犯罪に手を染めよう、って人も一定数いる」

「それは……」

「そういう異能犯罪者を捕まえるのも、レスキュアーの役目だから」

「レスキュアー登録者は、異能による犯罪においては逮捕権を有する、ですね」

「お、えらい。ちゃんと勉強してるね」


 ちなみにこういった取り決めに関して、氷川さんはあんまり勉強してません。

 この子はレスキュアーに憧れてわけではなく、お金を稼ぐために異災所の玄関を叩いたクチだから。いや、別にあからさまに目を背けなくていいんですよ氷川さん?


「あ、ちなみにオレは基本分はしっかり貰ってるけど、追加の儲けは少ないっス。実力あっても人気ないから。レスキュアーの収入って、基本給より討伐報酬より、グッズとか印税とかの方が大きいんだよなぁ」

「せ、世知辛いですね……」


 そう、クラッシャーマンくんは弱くないし、爆発能力でけっこう戦い方は派手。

 だけど見た目の外連味が足りてないせいか、フィギュアがあんまり売れずグッズ人気も今一つだ。

 そうなると途端に収入は伸び悩んでしまう。

 いや、それでも時給二千五百円+討伐報酬は、同年代のフリーターのバイトとしては破格も破格なんだけどね。


「そうそう、世知辛いの。だからカレンちゃんも、しっかりウケる必殺技とか考えねーとダメだぜ。わりと必殺技のカッコ良さってダイレクトに収入に反映されるから。後は立ち振る舞いとか、決めポーズも」

「いえ、私はそこまで収入に拘ってる訳では……」


 単なるヒーローファン精神だろうからね。

 ぎこちなく愛想笑いをする涼野さんだけど、途中で何かに気付いたのか「はっ」となった。


「東さん、もしかしてシズネちゃんの投げキッスとか、あの煽りとかも自分のキャラクターを考えて、収入を増やすための演出なんですか?」

「いや、あれは素」

「えぇ……」


 ナチュラルにメスガキなだけです。

 なんか涼野さんの中のレスキュアー像がどんどん崩れていってるらしく、彼女は終始微妙な表情をしていた。

 でも、収入面を考えたらマイティ・フレイムもそういう強い個性を出した方がいいと思います。

 ヒール系レスラー・レスキュアーとかも面白そうだなぁ。




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