5.女三人寄ればとかいうと検閲が入る時代



 聖光神姫リヴィエールは、水と光の魔法を操る凄腕のレスキュアーである。

 大出力魔法での一撃必殺、広範囲の殲滅戦。治癒、結界に防壁。雑魚から強敵、救助活動など幅広い魔法による高い応用力こそがリヴィエールの持ち味だ。

 彼女は異災所T支部のレスキュアーの中でもトップクラスの人気を誇る。戦闘能力もさることながら、飛び抜けて優れた容姿のせいだろう。

 柔らかくウェーブしたセミロングの髪、整った顔立ちに理知的で切れ長の瞳。すらりとした細身に反して、高校一年生とは思えない豊かさも持ち合わせている。

 変身後の魔法少女衣装は品のよいドレスを思わせ、本人の容姿も相まってファンタジーのお姫様のようだ。

 ただ、十分すぎる実力の持ち主なのに、スタイルのよい美少女という部分だけが強調され過ぎるきらいもある。

 歌手として楽曲を発表しており、メディア露出がトップクラスの稼ぎ頭である反面、戦力という観点では市民に軽視されがちだった。


 もっとも本人はあまり気にしていない。

 というのも、彼女はレスキュアーであることに対する拘りが薄く、働いている理由も単純に給料がいいからに過ぎなかった。 

 両親が幼い頃に離婚し、母と二人暮らし。

 貧しい生活を強いられているところに小学五年生の時の検診で魔力が感知され、金を稼ぐ手段として異災機構に身を寄せた。

 それでも市民の犠牲を容認できるほど冷血ではなく、泣いている誰かに手を伸ばす善良さも持ち合わせている。

 なので印税などで収入が確保されても、レスキュアー業を続けている。

 もっとも、彼女にとって一番大きな理由は、恩返しなのだろうが。


「おはよう、氷川さん。今から登校?」

「うん、おはよう。途中まで一緒に行く?」

「おー」


 ちなみに彼女が住む場所は、理知的なイケメン異災所T市支部長、東翔太朗(29)さんの借りているマンションの一室の隣。

 聖光神姫リヴィエールは俺のお隣さんなのだ。







「しかし、今を時めく女の子と並んで歩くなんて、週刊誌にすっぱ抜かれるような状況だなぁ」

「別に私は顔出ししてないから大丈夫だと思うけど」


 ここで言う顔出しは『変身前の姿がバレていない』を指す。

 名称が変わっても正義の味方は正体を隠すのが基本。レスキュアーが穏やかな日常生活を送るためには必要なことだ。

 なので異災所も、ぱっと見では分からないようになっている。

 ウチの事務所は個人でやっている小規模の貿易会社みたいな外観だ。ここら辺ある程度支部長の要望で変更できて、俺の同期には女性レスキュアーだけを集めてメイド喫茶風にしている不届き者もいたりする。

 

「あ、翔さん。ネクタイ曲がってる」

「いや、自分でやるって」

「駄目」


 なすがままにネクタイを直される。

 落ち着いた物静かな女の子に見えるけど氷川さんは意外と押しが強い。

 実は彼女、仕事場では支部長だけどプライベートでは翔さん呼びだ。もともとレスキュアーになる前からの知り合いだしね。というより、俺が氷川さんを直接スカウトしたのだ。

 しかも「お母さんを楽させてあげたいなら、仕事を紹介できるよ」なんて殺し文句付き。我ながら悪の組織の人みたいですよ。


「なあ、氷川さん」

「なに?」

「別にレスキュアー、いつ辞めてもいいんだぞ?」

「うん、分かってる」


 頷くけど辞めるとは言わない。

 お金目的で始めた仕事だが、今の彼女は富豪さん。不労所得がある以上、わざわざ危険なお仕事をする必要もないだろう。


「今の職場、居心地いいし。卒業までは今のままかな」

「そっか。まあ、楽しんでるならいいんだけどさ」

 

 言いながら乱雑に頭をかく。

 嫌々でないのならこれ以上は何も言えないが、誘ったのが俺だけに申し訳なさもある。


「あまり気にしないで。堂々としていてよ、私のヒーロー」


 けれど氷川さんは普段の無表情とはかけ離れた、見惚れるくらいに鮮やかな笑みを浮かべる。

 自分は、あなたに強制されたから戦っている訳ではない。きっかけがどうあれ現状は己の意志だと、静かな瞳が雄弁に語っていた。

 あと手には細長いチョコレートのお菓子、パッキーがあった。


「翔さん、食べる?」

「食べる」


 彼女の手ずから差し出されたパッキーをポリポリ。

 本来なら食べるべきでないシチュエーションで食べるお菓子ってすっごい美味しいよね。

 でも餌付けされてる感があるのはなんでだろう。


「ごちそうさま。じゃ、俺はそろそろ事務所行くわ」

「うん。また放課後」


 小さく手をフリフリ、氷川さんは軽やかに通学路をかけていく。

 若いっていいなぁ。そんなおっさん臭いことを考えながら、俺は彼女の背中をそっと見送った。




 ◆



【今日の勤務】

<アルバイト遅番(16:30~20:30)>

 聖光神姫リヴィエール、淫魔聖女リリィ、マイティ・フレイム


 ──────




 夕方。

 今日は珍しくアルバイト遅番の女子学生三人が全員出勤している。

 というか高遠さんが休みの上に遅番が熱を出して早退してしまったため、事務所には俺と彼女達しかいない。

 ただ彼女達は20:30まで。申し訳ないけど夜勤の超星剛神アステレグルスことレオンくんにも三十分勤務時間をずらしてもらった。

 そうしたら「支部長、今度俺の好きなゲームのコラボカフェがあるんで付き合ってください」と返ってきた。なんでも八種類+シークレット一種のアクリルスタンドが欲しいけど、さすがにそんなには食えないということで俺にお誘いが来たようだ。

 レオンくん、職場の飲み会とか出なさそうな印象だけど、わりと人付き合いはいいのです。


「んじゃ、後はお願いね」

「ん。分かりました、支部長」


 この中では一番勤務歴が長い氷川さんに後をお願いして、俺も先に退勤する。

 管理職の残業もしないように、が異災機構の方針なのです。


「支部長っ、お疲れ様さまです!」


 ビシリと敬礼を決める彼女こそ、この異災所でもひときわ異彩を放つレスキュアー。

 淫魔聖女リリィこと白百合綾乃さん(15)だ。

 編み込みハーフアップで、少し垂れた大きな瞳のカワイイ系。だけど実はボクっ娘さん。

 年齢は涼野さんと一緒でも、綾乃さんはまだ中学生だ。

 ウチの最年少にして、変身後の布地面積も最小という恐るべき逸材。なんと魔法少女シズネさんをも上回るという、普通の立ち姿の時点で色んな条例に引っかかりそうなお方である。

 本人が気にしてるから絶対言わないし、そういう外見をネタにしようとする取材や仕事の依頼は全部断ってる。

 レスキュアーファースト。正職員でもバイトでも関係ない、現場の人たちに煩わしい奴らを近づけないのが俺の基本方針である。


「うん、よろしく白百合さん」

「任せてくださいっ。というか、前から言ってるけどボクのことは綾乃でいいのにー」

「はは、勘弁してくださいアンス」

「語尾が独特……」

 

 なお最後のツッコミは氷川さんのもの。

 でも怖いからね、コンプライアンス的なあれこれ。

 今のご時世、下の名前を呼んだだけでセクハラとか言われるんだよ。


「涼野さんも、無理しないでね」

「あはは、無理しようにもあんまり仕事がないです」


 苦笑いなマイティ・フレイム。

 古くは女三人寄ればなんちゃらと言うが、ウチの子は皆いい子なので心配はない。

 俺は後のことを皆に任せ、安心して帰宅した。







 どうも、マイティ・フレイムこと涼野夏蓮です。

 東さんを送り出しましたが、控えめに言って事務所内の空気が最悪です。


「いつになったら、ボクにCDデビューのお話来るんだろ……」


 淫魔聖女リリィこと綾乃センパイが、動画配信サイトで公開されている聖光神姫リヴィエールの新曲PVを見ながら既に十回を超える溜息を吐いている。

 同じ場所に玲センパイいるのに。


「わぁー、かわいいなー。きらきら光ってるなー。眩しすぎてボクの目がつぶれそう……」

「いや、でも、綾乃センパイ」

「ボクの方が年下だから綾乃ちゃんで」

「え、えと。綾乃ちゃんセンパイもファンたくさんいるじゃないですか!」


 夏蓮はせいいっぱいフォローをするが、反撃とばかりにスマホの画面を見せつけられる。



───────

【朗報】淫魔聖女リリィちゃんマジ淫魔聖女


356.名無しの戦闘員

 えちちっ! えちちちちちちちちっ!


357.名無しの戦闘員

 もうね 紫のぴっちり衣装と肌色のコントラストがね

 というか肌色部分の方が多い


358.名無しの戦闘員

 ンゴぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!

 リリィちゃんの小さなお胸でお眠したいンゴぉぉぉぉぉぉ!


359.名無しの戦闘員

 確かに可愛いよねリリィちゃん

 まあワイはロングヘアの清楚系が推しなんやけど


360.名無しの戦闘員

 黙れぴゅあj民


───────



「……ファン?」


 なんも言えねぇ。

 過度な露出の淫魔聖女リリィには、たいそう濃い男性連中からの熱いエールがある模様だ。


「ボクだって、皆のために平和を守るために戦う気持ちはあるっ。だけどっ、それはそれとしてチヤホヤされたい……! かわいい歌を歌って、オタクさんたちにボクの歌声に合わせてオタ芸をしてもらいたい! ゲームの声優とかもしてみたいっ! なのに、くる仕事はIVとか写真集とかばっかり……!」


 血の涙を流しそうな勢いで歯ぎしりをしている。

 そこで玲センパイが不思議そうに小首を傾げた


「過度に性的な依頼は、支部長が弾いてるはずだけど?」

「それは、そう。でもこの前、東支部長が高遠副支部長に、ボクあてにそういう依頼が来てるって話してた……。ボクが気に病まないように知られないうちに弾いてくれてるし、ボク好みの仕事を取ってこようと営業かけてくれてるけど」


 支部長、意外とちゃんと仕事をしていたようだ。


「前持ってきてくれた、ラジオのゲストは楽しかったなぁ。若き新鋭レスキュアーってやつ。たぶんボクに気遣ってくれたんだろうなぁ。嬉しいし申し訳ないし現状が情けなくてもう情緒がぐっちゃぐちゃ……」


 リリィさんがなんかヤバいです。


「ボクと聖光神姫リヴィエールと何が違うんだよぉ……」

「露出度」

「玲センパイ⁉ それ絶対言っちゃダメなヤツ⁉」


 確かに綾乃センパイはテレビのゴールデンタイムに出したらイケナイ感じだけど!

 そして夏蓮は気付く。

 女子プロレスラースタイルのレオタードもあんまり人のことは言えないのでは?


「別にボクだってこんな衣装着たい訳じゃない!? でも仕方ないじゃん、選ばれちゃったんだから!」


 そう、淫魔聖女リリィは、魔法少女っぽいが類型は【異能者】。

 かつて幼馴染三人で博物館に立ち寄った時のことだ。彼女達は、展示されていた遺跡から発掘されたという古代のメダルに選ばれて変身能力を得た。

 獅子星の加護を受けた、超星剛神アステレグルスに近いレスキュアーだった。

 だから他の幼馴染達も同じく変身能力を得て、レスキュアーになった。

 その事実もまたリリィを追い詰める。


「他の二人はいいよ! あいつはレッドドラゴンのメダルで、龍の力を宿す戦士になった! もう一人もホワイトユニコーンに選ばれた! でもボクだけパープルサキュバスなの! なんでサキュバスなんだよそこはグリフォンとかセイレーンでいいじゃん⁉」


 荒ぶる淫魔聖女、迫真の訴え。

 彼女達が手にしたのは幻想のメダルといい、刻まれたファンタジックな動物と同じ特性をえられるというもの。しかし思春期の少女にサキュバスはきつい。

 でも氷川さんはフィナンシェを食べながら聞き流している。

 あれ? そのフィナンシェ、東支部長が隠してるオヤツでは?

 じっと見ていると「大丈夫、食べた分は補充してるから」と言っているが、そういう問題なのだろうか。


「必殺技だって幼馴染たちが“ユニコーンバスター・ファイナルクラッシュ”とか“皇龍裂破刃”とかなのに、ボクだけ“サキュバス♡てんぷて~しょん”! なんだ効果が『甘い汗の香りで男を惑わし意のままに操る』って!? 偽の愛情を植え付けて男を惚れさせる超強力な魅了とか絶対ダメなヤツ! だいたいそんなもんでどうやってLDを倒すのっていうか汗の香りってなんなの!?」


 叫び倒した挙句うずくまってしまう。

 一応玲センパイがポンと肩を叩き「正直、サキュバス♡てんぷて~しょんは私も欲しい」とフォローしていた。

 絶対フォローじゃなかった。


「あの、綾乃ちゃんセンパイ。それでも、レスキュアーを辞めたりはしないんですね?」

「……力があるのに使わないとかダメだし。ボクが働いた分街が安全になるならそれはいいことだし。あと稼ぎはすごいし」

「あっ、そこはマジメなんですね。いや、マジメなんですかね?」


 この淫魔聖女、お金のことを除くと意外とちゃんとしていた。


「フリフリ着たいよぉ、ちゃんとした衣装で普通に人気者になりたいよぉ」

「あのぉ、玲センパイ? この状況どうすれば?」

「大丈夫、発作は定期的にあるから」

「定期的にあるんですか⁉」


 ボクっ娘なのにこの年下の先輩自己顕示欲がえっぐい。

 うずくまったまま淫魔聖女リリィと、その傍らでフィナンシェ食べながら小説を読む聖光神姫リヴィエールと、おろおろするだけのマイティ・フレイム。

 市民には絶対見せられない光景だった。

 なおその後すぐに緊急出動がかかった。






「はっ」


 淫魔聖女リリィは前口上も決めポーズもなく、現場に到着すると同時に魔力の爪でリビングディザスターを切り裂く。

 わずか数秒で決着はついていた。


「いい、マイティ・フレイム! 戦いは可能な限り静かに早く! 騒ぎが大きくなれば皆が動揺するし、長引けばそれだけ被害は広がる! 卑怯だろうが何だろうか奇襲で相手に気付かれないまま一撃で終わらせるのがベストだからね!」

「はっ、はい! リリィセンパイ!」


 ……この人が人気のない理由、そもそも現場で一切アピールをしてないからじゃないかなー、と思わないでもないマイティ・フレイムだった。






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