6.持ってるキミと持たないオレ
リビングディザスターの形状は多種多様。
ただ、生物そのものとは言い難いが、それに似通った存在であることには変わりないようで倒せるし殺せる。
つまりは怪人と同じ、特殊な能力を持った敵に過ぎない。
ならば旧式改造人間ガシンギにとっては慣れた相手だ。
「た、助けてくれぇ!」
LDの発生は未だに予見できていない。どうしても対処は後手に回ってしまう。
その日も、突如として町中に現れた怪物が無軌道に暴れ回る。
かろうじて獣の形を為しているが、色々と余分な部分がある。耳元まで裂けた二つの口と鋭い牙を持つ、五つん這いの獣。なのに体毛も皮膚もなく筋肉がむき出しになっていた。
だらだらと唾液が滴り落ちればアスファルトが溶ける。
溶解液。おそらく人に触れたなら肉どころか骨まで溶かすだろう。
獣のLDは人間を狩ろうと、しなやかに躍動する。
だが改造人間ガシンギがここにいる。
「速い、強い、特殊な能力がある。こちとら全部見飽きてんだよ」
ガシンギは市民を守るように立つ。
単純な速度では獣のLDが上回る。しかし飛び掛かってきた獣に対して拳を叩き込み、体勢が崩れた瞬間に左腕で捉えた。
旧式改造人間は生物の特性を移植されている。
ガシンギのそれはキバハリアリ。
左腕の牙で相手を捕まえ、右腕の毒液を体内にぶち込む。対生物戦における彼の殺傷力は非常に高い。LDも生物の範疇にいる以上、大量の毒液が浸透すれば皮膚は爛れまともな生命活動もできなくなる。
トドメに蹴りで頭を潰す。
あれだけ凶暴なLDを、ガシンギは真っ向勝負で撃破してみせた。
強化改造した肉体だけではない。
修羅場をくぐり磨いた体術と、豊富な戦闘経験によって得られた知識と観察眼ありきの動きだ。
改造人間ガシンギは、リビングディザスターが台頭する以前から活動している。いわゆる悪の組織の怪人を相手に戦い続けてきた戦士である。
その本質は能力値の高さではない。
ごくごく単純な、「戦い慣れている」という事実こそが彼の強さを支えている。
「うぉぉぉぉぉぉぉ! ガシンギぃぃぃぃぃぃ!」
そんな彼のファン層は、主に三十代後半の男性である。
二十年ほど前、若かりし改造人間ガシンギを昔から追っている方々が相当数いるのだ。
まったくもってありがたい話ではある。
ただ……。
「声援が、野太え……」
毎度毎度戦いの現場までやってきて、暑苦しい声援を送るのは多少遠慮してほしいと思わないでもなかった。
◆
【今日の勤務】
<日勤(10:00~19:00)>
改造人間ガシンギ
<アルバイト日勤(9:30~18:30)>
クラッシャーマン
─────
才能とやりたいことが一致するとは限らない、という話である。
「今日も大活躍でしたね、さすがミツさんっス!」
「ま、無駄に歳食ってるし相応に活躍せしねえとな」
「声援も凄いっスよ、マジリスペクト!」
「黄色い声全然ねえけどな……」
戦闘帰りのミツさんを待機中のクラッシャーマンくんが笑顔で迎える。
いぶし銀的な改造人間ガシンギは男にモテるのだ。
旧式改造人間はリビングディザスターが今ほど活発になる前、悪の組織が隆盛を誇っていた時代の、強化改造手術によって生み出される。
そもそもは怪人を作るため技術であり、動植物や昆虫などの特性を付与した『生物型』と、人体の50%以上を機械に変更する『半機械型』に区別される。わざわざ50%と指定があるのは、生物型にも機械パーツが埋め込まれているからだ。
半機械型は内臓も変更されている場合が多く、食事をとれない。しかし生物型なら生理機能が残る。
なので食事や睡眠も普通に必要。
つまりお昼を何にするか、という悩みも出てくる。
「おつかれー。ところでミツさん、岩本くん、昼飯どうする?」
平日の昼間は学生バイトがいない。
正職員に加えてパート勤務の魔法少女シズネさん、フリーターのクラッシャーマンくんという形が多くなる。
今日はミツさんに岩本くん、俺の男三人での昼食となった。
岩本恭二くん二十六歳。彼がクラッシャーマンの正体だ。爆発使いの【異能者】で、平日の昼間にも入ってくれるので助かってくれる。
「いつもの中華屋でいいんじゃね? 野菜たっぷりタンメン大盛りで」
「支部長、なら俺チャーハンと酢豚お願いするっス」
「あいよー」
スマホで注文を手早く終わらせる。
女性陣がいるともっとバリエーションが豊かになるが、男だけだと近所の中華屋をよく使う。
安くて量が多くておいしくて近いから届くのが早く店長がハ○ク・ホーガンに似ているという褒めるところしかないお店です。
「お待たせしまー爆斧軒でーす」
「俺が出るっスよ!」
「あ、恭二さん今日もお仕事お疲れ様ー」
「いやぁ、やっぱ俺ってば頼りにされているもんで! どうしても出勤の日数が増えちゃんスよねぇ」
岩本くんが率先して動くのは、出前の娘さんが可愛い系の女子大生だからです。
一応表向きここは小規模の貿易会社ということになっている。岩本くんはフリーターながらここでの重要な戦力なのだといつも語っていた。気になるあの子にいいとこ見せたいオトコノコ心なんだろうね。
ちらりと出前娘さんがこちらを見たので、俺は軽く笑って答えておく。
「まあ、あれだね。実際岩本くんは貴重な戦力で、俺もずいぶん助けられてるよ」
「ね? ね? 支部長もそう言ってるでしょ? 頼りになる系なんスよこれでも!」
ここぞとばかりに胸を張る
あ、ちなみに対外的にも社長ではなく支部長で通している。もともと俺のオヤジが大きな会社をやっていて、その支部としてこの貿易会社がスタートしたのでその名残、という設定だ。
ま、俺の父親はガキの頃に化物に捕まって四肢を砕かれ頭蓋骨に穴を開けられ脳を全て吸い尽くされて死んでるけど。
ごめんね、パピー。言い訳に使って。
でもレスキュアーの子達の平穏を守るためだから勘弁してください。
ってことで、岩本くんの甘酸っぱいアレコレの後にはお待ちかねの昼食タイムだ。
「ああ、うめぇ」
ミツさんはいつもの野菜たっぷりタンメン大盛りを勢いよく啜る。ラーメンが食べたい、奥さんに野菜を取れと申し付けられている。間を取ってタンメンだそうだ。
岩本くんはチャーハンに直接酢豚をぶっかけてもしゃもしゃしている。
「ここホント味いいっスよね。あ、カレンちゃんの歓迎会まだやってないし、爆斧軒で飲みとかどうスか?」
「それもいいなぁ。あ、でも本人の好きなもの聞いてからの方が良くない?」
「いやいや、中華が嫌いな子いないっスよ」
「岩本くんは看板娘さんに会いたいだけでしょうよ」
「な、なんのことっスかねぇ……」
目を逸らされてしまった。
俺は仕事中にも関わらずニンニクたっぷり濃い味餃子弁当特盛だ。
追加で唐揚げと春巻きとエビチリも入れてもらっている。餃子のたれとラー油は1:2がジャスティスです。
「ところでさ、岩本くん。支部長としてマジメな提案。ウチの正職員として働く気ない? さっきのはお世辞じゃないよ」
「あー、そう言ってもらえるのは嬉しいっスけどねぇ……」
岩本くんも二十六歳。周りの友人たちはすでに就職して数年経っている。
けれど彼は【異能者】としての才覚に恵まれながら、未だにフリーターとして正義の味方をやっていた。
「いんや。お誘いはどうもっス。でもやっぱ俺、今のバンドのメンバーで頑張りたいんスよ」
でも何度目かの勧誘はやはり彼に断られてしまった。
というのも岩本くんはJポップ系のバンドグループ『ローグラッド』のベーシストで、高校の同級生たちとデビューを目指しているのだ。
区切りはローグ・ラッド。ならず者と若者を合わせたネーミングなんだと。
「変な言い方だけど、ウチだとリヴィエールさんとか、歌手デビューはしてるだろ? 岩本くんの頼みだから止めてるけど、上手くやればクラッシャーマンも歌を出せると思うよ」
全身タイツのせいで容姿に外連味が足りなく派手さには欠けるが、爆発能力でLDを吹き飛ばすクラッシャーマンを見て「爽快!」と喜んでいるファンは一定数いる。
岩本くんがメディアに積極的に出れば稼ぎはもっと増えるし、音楽趣味を前面に押しだせば業界からお声がかかる可能性だってある。
「違うんスよ、そうじゃないんっス。たとえそれでデビューして売れたって、俺の望んだものには届かない」
岩本くんは頑なだ。
普段の軽い態度とは違い、真剣な目で俺をまっすぐに見る。
「だってそれは“ローグラッドの岩本恭二”に対する評価じゃない。“クラッシャーマンという有名人が音楽をやってみた”を喜んでるに過ぎないんス。俺が欲しいのは、気のいいツレたちと長い間積み上げてきた、バカのまんまでガキ丸出しな俺の音に対する評価なんスよ」
バンドメンバーは高校からの親友たち。
そんな彼らとずっといっしょに、仲良くケンカして手を取り合ってぶつかりあってこれまでやってきた。
そういう、青い春の音楽をこそ、皆に聞いてほしいのだと彼は語る。
「ま、いい年してフリーターやってる男の夢なんざ、東支部長からしたらアレかもしんないけど、そこは見逃してほしいッス」
「そっかぁ……。うん、ごめん。余計なこと言った。でもさ、俺が君を誘ったのは夢を馬鹿にしたんじゃなく、本心で岩本くんに助けられてると思ったから。そこだけは疑わないでいてくれると嬉しい」
「なっはっはっ、支部長にそう言ってもらえるとは、なかなかどうして俺も捨てたもんじゃないっスね」
機嫌を損ねた様子もなく、岩本くんは笑顔で酢豚チャーハンをかき込む。
俺も、彼の夢を素晴らしいと思う。その気持ちに嘘はない。
同時に勿体ないとも考えてしまう。
「ま、俺も岩本がウチに所属してくれりゃあいいとは思うが。無理強いは出来んわなぁ」
「おぉ、改造人間ガシンギにまで。俺って実はすごいヤツなんスかね?」
「そうだよ。その才能に固執しないところも含めてな」
呟きには少しの哀愁が滲んでいた。
強化改造を受けた【改造人間】や全身装甲をまとう【装甲戦士】は、言ってみれば外付けの能力だ。
【異能者】でも獅子星の心臓を得た超星剛神アステレグルスくんや、幻想のメダルに選ばれた淫魔聖女リリィさんも、外的要因の力で変身する。
しかし【魔法少女】やクラッシャーマンくんみたいなタイプは、純然たる才能で戦う。
その上で、才能を十全に振るえば億万長者にだってなれるだろうに、昔からの繋がりを大事にして今も夢を追いかけている。
その在り方はなんの力も持たず、悪の組織に抵抗するため自ら強化改造手術を受けたミツさんからすると羨ましく眩しいのだろう。
「うまくいかないもんだよなぁ」
つまりは、才能とやりたいことが一致するとは限らない、という話だ。
やりたいことをやるだけの力がなく外法に手を染めた男と、力を持ちながらもやりたいことのために簡単に捨てられる若者。
どちらが正しいというわけではないが、儘ならないものだ。
「あー、やっぱここのメシ美味いっスね!」
元気よく叫ぶ岩本くん。
別に彼に思うところはない。むしろ俺は、その精神の強さを尊敬すらしていた。
「だなぁ。うん、俺は、岩本くんのこと応援するよ。その上で、落ち着いたら俺の誘いも思い出してな」
「ウッス。てか、支部長のおかげで俺レスキュアーで稼ぎつつバンドやれてますからね。感謝してますし、もし芽が出ずに三十五歳になったら雇ってください」
「うん、こっちこそお願いしたい。代わりに大成したら、“あいつは俺が育てたんですよぉ”って自慢させてな」
「モチロンっすよ! なんならテレビに呼ぶっス、俺の恩人だーって! なっはっは!」
お調子者なところはあるけど、俺は結構岩本くんのことが好きだったりする。
ミツさんも、意外にこの若者のことを気に入ってる。
時代は変わるし在り方も人それぞれだけど、やりたいことのために努力する人間を嫌う奴はそうそういない、と思う。
「俺らにゃ眩しいけどなぁ、支部長?」
「だね、ミツさん」
ただ、夢破れた男からすると、ちょっと自分が情けなくなるというだけ。
それでもいつかクラッシャーマンではなく、ローグラッドの恭二の矜持がテレビで快音を響かせる日が来ればいいなぁ、なんて考えながら俺は餃子を頬張った。
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