36.きみのおわり


【今日の勤務】

・待機スタッフ

 改造人間ガシンギ、魔法少女シズネ、マイティ・フレイム


・巡回スタッフ

 新式改造人間クララ、メタルファイター・グラディス、聖■神姫リ■ィ■■ル 



 ─────





 異災所の俺のロッカーには、細々としたプレゼント用の小物が置いてある。

 これはミツさん用、これは良子ちゃん用みたいな感じでそれぞれの分を、だ。

 支部長として、所属するレスキュアーをお祝いする機会ができたら、まず備蓄のプレゼントを渡し、その後改めてパーティーやら贈り物をする。

東支部長のお祝いは隙を生じぬ二段構えなのです。


「……いや、準備とはいえ実費でよくやるわ」


 俺の備蓄プレゼントを知っているミツさんは、感心したような呆れたような曖昧な表情だった。


「当然だろ? まだ贈っていない各々のプレゼント。お祝いは何度やったっていいんだよ」

「へいへい」


 苦笑するミツさん。このことに関しては他の子にはないしょだ。バレたらきっと嫌われちゃうからね。

 閑話休題。

 とある日曜日の昼間のこと。

 待機スタッフはミツさんと、身体啜りを機にパートの時間を伸ばしてくれた甘原さんに涼野さん。

 巡回スタッフとして、今はクララさんとグラディスくん、それに■■さん……? が出ている。

 休憩室に控えている子たちが雑談するのはいつものこと。

 今日の話題は改造人間ガシンギと魔法少女シズネの過去の戦い。

 ヒーローに憧れを持つ涼野さんが歴戦の戦士お二人のお話をせがんだのだ。


「まあ、自慢することじゃねえが、俺たちも色んな敵と戦ったよ。世界征服を目論む悪の組織。人間を進化させて新人類を生み出そうなんて言う宗教染みた集団。甘原にゃ、世話になったわな」

「私の方が先輩ですもの。ね、南城さん……いえ、“南城くん”」

「うおぉ、懐かしい呼び名だ。むず痒いなこれ」


 年齢はミツさんが上だけど、正義の味方活動は甘原さんの方が早かった。

 なので初期の頃の現場では『なにやってるの、ガシンギくん! もう、私にちゃんとついてきてよぉ』『わ、分かってるっての!』みたいなやりとりもあったとか。

 

「やっぱり、ガシンギでも苦戦した敵っているんですかっ?」


 前のめりになった涼野さんがどんどん質問をぶつけてくる。

 曖昧に笑いつつも相手をしてあげるミツさんは、なんというかお父さんの顔をしていた。


「そりゃいるさ。そもそも俺ら旧式改造人間は、技術的には怪人と変わらん。そのせいで向こうが強化すればこっちも強化してのいたちごっこになりやすい。印象深いのは、ウスバカゲロウの幼虫の怪人……つまりアリジゴクの特性を持った、暴食怪人ガグキラーだな。俺と同じく毒の一撃を持つ怪人だが、地形を生かした罠を仕掛け、さらにはアリジゴクみたく体液を吸って捕食しちまうんだ」

「た、体液を吸う……」


 身体啜りを思い出したのか、涼野さんの顔色は悪い。

 だが、ミツさんの話しぶりにまたのめり込んでいく。


「肉を切らせて骨を断つ。あえて罠にハマり、ガグキラーが俺に口器を突きさそうとした瞬間を狙って、猛毒の一撃をぶちかます。もしもタイミングを読み違えていたら、俺はここにいなかったろうよ」

「す、すごい……やっぱり、そういうギリギリの勝利ってカッコいいですよね!」


 同意を求められたが、俺の立場としてはなかなか難しい。


「かっこいいし、ロマンがあるのは認めるけどね。涼野さんに憧れられると困るなぁ。できれば危なげなく対処してくれた方が嬉しいよ」

「身体啜りの時に懲りたから、ちゃんと分かってますって」

 

 過保護なことを言ってしまったかと思ったが、涼野さんがくすぐったそうに頬を緩める。

 あくまでもサッカーのハイライトを見て興奮するような気持ちであって、自分もそういう戦いがしてみたいというわけではないらしい。

 それなら少しは安心できる。


「今の私はヒーローに憧れてるだけじゃないです。戦いも他のお仕事も、欲張りなくらい頑張って、いつかは東さんも自慢できるくらいのレスキュアーにっ。……あ、いえ、マルティネス先輩ほどの強さは、すぐには無理ですけど」

「ほんと、彼を基準に考えると色々おかしくなるから止めといた方がいいよ。でも、ありがとね」

「はいっ」


 元気のよい返事だった。 

 なんだかんだでウチに毒されて、もとい馴染んできたようだ。


「過保護なのは東さんのいいところで悪いところですね。もう少し、人に任せることを覚えた方がいいと思ますよ」

「はい、すみません……」


 ゆったりとした口調で甘原さんが窘めてくれる。

 初恋という弱みがある分、彼女には逆らいづらいのだ。にたにた笑わないでくださいミツさん。


「実は、ここで一番強いのって、静音さんだったりします?」

「違うぞ。ウチの支部長は自称怪人だから、絆や心の光、あとは善意とかに弱いんだよ」


 ミツさんと涼野さんがこそこそ盛り上がっている。

 事実だからなんも言えねぇ。純粋に心配してくれる人を払いのけられる輩にはなれませんて。

 雑談はさらに続き、今度は魔法少女シズネさんに話題が移り変わる。


「静音さんは、悪の組織よりも前に戦ってたんですよね。種の怪物……でしたっけ?」

「ええ、名称が違うだけで、LDと変わらないけれど」

「でも前に、コミカルなのが多かったって言ってませんでした?」

「うぅん、そうねぇ」


 甘原さんは自身の艶やかな唇にそっと人差し指に触れる。

 その仕種が色っぽいとか考えちゃダメです、支部長的に。


「手足が羽根みたいになっていて、腋や首や背中を延々くすぐり続けてくる……とか?」

「へ?」

「コンビニに置いてある防犯用カラーボールみたいな、ぶつかると色つきの液体塗れになってしまったり」

「お、おぉ」

「後はたくさんの猫さんが、じゃれついてきたりペロペロ舐めて来たもしたわねぇ」

「なんというか、敵……敵?」


 涼野さんが反応に困っているけど、これは冗談でなく本当のことだ。

 初期のLD……発見から一年くらいの頃は、今のように破壊を主とする災害もいたが、嫌がらせレベルで収まってしまうものも多かった。

 数少ないMDも現象型で、「この空間にいるとドジしやすくなる」とかだったらしい。

 それがいつの頃からか存在呑みのように危険な個体が現れ、異命災害は年々凶悪化の一途を辿っている。

 それはそれとして生意気魔法少女(肉体年齢11歳)のくすぐり責めとか世に出しちゃいけない映像すぎる。


「うーん、やっぱりLDも進化するんですかね?」

「それは、どうだろう」


 腕を組んで悩む涼野さんに、俺はつい否定を口にしてしまう。

 そのせいで怪訝そうな目を向けられた。失敗を反省しつつも、俺は意見を述べる。


「前にも言ったけど、LDは人間には感知できない世界に満ちた情報を有するエネルギーが、なにかのきっかけで生命としての形を持って顕現したものだと考えられている。MDでもそこは同じ。なら生物学的な進化っていうのは、どうも違和感がある」


 情報の湖に投げ込んだ小石が作る波紋。

 それがLDならば、きっと奴らに起こったのは進化ではない。


「それでも、現実として異命災害は変化している。だったら、変わったのは情報の質か波紋を起こす小石の方……なんじゃないかなぁ。あくまでも俺の私見だけどね」

「う、うーん?」


 今一つピンとこないのか涼野さんは小首を傾げている。

 もっと端的な言い回しだってあるのにわざとぼかしているから仕方ないけど。

 

「悪い、変なこと言ったね。さて、俺は書類仕事に戻ろうかね」


 適当なところで話を切り上げて机に戻る。

 決して逃げたわけではない。実際仕事は残っている。

 まず俺は、いつもの通りにシフト表を確認する。


「あれ、ヤバい。ズレてる」


 作ったばかりのシフト表は、余計なところに空白ができていた。

 ちょうどそのタイミングで異災所に連絡が入った。発信元は巡回スタッフ、メタルファイター・グラディスくんだ。今日、彼は玖麗くららさんと二人・・で動いてくれている。

 報告の内容は「MDの襲撃を受け、手傷を負った。どうにか相手を退かせたもののこちらも動けない」というものだった。




 ◆

 



 それは戦いと呼べるものではなかった。

 突如現れた肥えた巨漢のMDが街を襲う。単騎ではあるが強大な災害、それを食い止めるのは三人のレスキュアーだ。

 聖光神姫リヴィエール、メタルファイター・グラディス。新式改造人間クララ。

 皆それぞれ高い戦闘力を有しているが、それでも彼ら彼女らはMD……存在呑みを止められなかった。

 なぜなら、最初から真面目に戦うつもりがなかったから。


『一度、球遊びをやってみたかった』 


 そう言って醜悪な笑みを見せつける巨漢は、レスキュアーを無視して市民に狙いを定めた。

 ちょうどいただけの会社員をその大きな手で掴むと、こきゃりと首を折り、そのまま引き千切った。


「なに、を……」


 リヴィエールは驚愕に声を漏らす。

 しかし存在呑みは止まらない。異常なほどの速度で市民を襲う。

 

「のやろー!」


 当然それを看過はしない。

 クララが、グラディスが近接戦を挑み足止め。その隙にリヴィエールが水魔法を叩き込む。

 だが三メートルもある巨漢だ、単純なパワーの高さで押しつぶし、放った刃のように鋭い水もその腕で薙ぎ払う。

 しかし反撃はせず、またも周囲にいる人間を襲いだす。それを止めようとしているのに、止められない。妨害すらできず広がる被害。レスキュアーの献身を愚弄するようなやり口だった。


「この、クソMDっ。ふざけんなっての!」


 クララが飛び掛かり、渾身の蹴りを放つ。

 けれどそれも片手で止められた。存在呑みはそんなもの興味もないとばかりに、集めた市民の首を引き千切る。


「あぎゃっ」

「ひょっ」


 意味の分からない断末魔を上げて生首が増えていく。

 リヴィエールは普段の冷静さをかなぐり捨てて魔法を行使する。


「やめ、てっ!」


 強い嫌悪感を洗い流すような、速度を重視した高圧水流の一撃だ。

 だがそれも通じない。

 存在呑みが一気に視界から消えるほどの速度でそれを避け、さらには反撃を繰り出した。


『キャッチボール、だ』


 場違いなほど楽しそうに敵は投擲を行う。

 ボールはさきほど引き千切ったばかりの市民の生首った。

 それを、防げた。

 防げたが、あまりの勢いに頭蓋が割れ、血が脳が目の前で飛び散る。

 リヴィエールは目の前が赤く白く点滅するような感覚に囚われた。


「わ、たし、が……」


 彼女は、血と脳に塗れていた。

 それに怒りを覚えたグラディスが深く踏み込み拳を打つ。


「女の子になんばしよっとかー!?」


 クララもそれに続くが、近寄ることもできない。


『今度はチャンバラだな』


 首無しの死体を一つずつ両手に持ち、それを乱雑に振るう。

 二刀流の剣士を気取る存在呑みの攻撃に二人のレスキュアーは吹き飛ばされた。死体で殴られるなんて初めての経験だった。


『死体は舌に合わないんだが』


 などと言いながら、武器だった死体を今度は食糧として飲み込んでしまう。

 すると、忘れるのだ。

 どうして吹き飛ばされたのかを。リヴィエールも、何故自分が血まみれになっているのか理解できなかった。

 当然だ。存在しないもので攻撃された記憶なんて、初めからあるはずがなかった。


「え……」

「あれ……?」


 レスキュアーたちはその度に混乱し後手に回る。

 だからこれは戦いではない。虫かごの虫を弄ぶ遊びにすぎない。

 存在呑みはまた新たなボールを求めて、市民に手を伸ばす。


「させないっ」


 それに反応できたのはリヴィエールだけだった。

 記憶の混乱の中でも動けたのは、能力の高さではなく彼女が善良だったから。

 頭が付いていかない状況だからこそ自然と一歩目を踏み出せた。何も考えていない彼女が選んだのは、他の誰かを守るという行為だった。


『おお、なかなか動ける』


 楽しそうな響きが癪に障る。

 化け物に相対するのは、やはり化物。リヴィエールが咄嗟に使用した魔法は“かつての自分”だった。

 いつか母を殺そうとした、魔力を核とした水の傀儡。そいつで存在呑みの足止めをして、デカい魔法を一発ぶちこむ。

 けれど彼女の善良さが、今度は窮地を生んだ。


『そら』


 存在呑みがまた生首を投擲する。

 それが向かう先はリヴィエールでも、仲間のレスキュアーでもない。

 逃げ遅れた、子供だった。


「……っ」


 判断は早かった。

 リヴィエールが選んだのは追撃ではなく子供を守ること。その優しさが裏目に出た。

 どうにか生首を防ぐも、その間に“かつての自分”は破られた。

 子供を守ることに全力を注いだ彼女には、反撃に移る暇もなかった。


『いただきまぁす』


 たくさん遊んだらお腹が減る。

 だからおやつを食べましょう。

 どうせなら一番甘くて美味しそうなのを。


 そうして聖光神姫リヴィエールは、存在呑みの腹に収まった。







 聖光神姫リヴィエールは暗く生臭い場所で目を覚ました。

 周囲には肉壁と、まだ消化され切っていない市民の死骸。胃の天井から、なにか液体が滴り落ちる。

 彼女は咄嗟に全身を守る防御壁を張った。光の属性を持っていたことが幸いだった。

 しかし。


『それが、いつまで持つのか』


 全方向から声が響く。

 嘲るような存在呑みの言葉に心を締め付けられる。


『私の腹に入った時点で、誰もかれもがお前を忘れる。ごく短い延命にしかならないだろう』


 永遠に防御壁を持続できるわけではない。

 魔力が尽きた時点で彼女の命は終わる。

 けれど、ここで諦めたりはしない。

 リヴィエールは自分を応援し「頑張ったらご褒美をあげるよ」と言ってくれるイマジネーション翔さんを妄想の中で創り出し、せいいっぱい気力を振り絞った。




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