39.決着
餓死モードでいられる時間はごく短い。
俺は古い世代の人間だから、変身ヒーローもカップラーメンも三分が限度。本気で死ぬつもりなら別だが、存在呑みと心中なんて御免だ。
潰すし、生き残る。そのためにも可能な限り早くあの化け物をぶちのめす。
踏み込みの速度は先程とは比べ物にならない。
一瞬で距離をゼロにして、まずは一発。ダメージを与えるどころか、直撃した部分の肉が強化された拳と魔力の圧で抉れて消え去っていた。
『な……!?』
「どうした、熟成の結果だぞ。しっかり味わえよ」
驚愕を無視して連続して攻撃を放つ。
ここに来て存在呑みが完全に受けに回った。しかしガードしても腕が潰れるだけだ。
「だらぁ!」
なんの変哲もない右ストレートが存在呑みの肉を穿つ。
ヤツの強さはシンプルな身体能力。早くて硬くて力があるから強い。生物としての格が違うという、覆しようのない絶対の真理である。
けれどウチの子達と攻めに攻めて、イカサマまがいのリミッター解除を使い、体も命も張ってようやく追いついた。
俺は今、存在呑みに肉薄している。
『ぬ、がぁ……!?』
魔力をまとった拳が肥えた身体を削りとる。
向こうもやられっぱなしではいてくれない。もうLDは使い切ったようだが、肉弾戦で反撃してきた。
殴り殴られ蹴り蹴られ。お互い出力にまかせた乱打戦、生半可な相手なら一発で命を奪うだろう拳の応酬だ。
俺の攻撃は確実にヤツを捉えているが、こちらの傷も少しずつ増えていく。
しかし逃げるどころか避けないし防ぐ気もない。
頭にあるのは仇敵を殺すということだけだった。
『短時間の超強化、代償はあるだろう。……死ぬつもりか?』
「ぜんぜんまったく。これが終わったら祝勝会でたらふくちらし寿司食う予定だから、早めに死ねよ」
存在呑みの放った一撃に合わせ、カウンター気味に顎を殴り砕く。
互角の戦いには少しずつだが差が現れ始めた。
もとから強かっただけに、ヤツは自らを鍛えてはこなかった。
餓死モードで性能が追い付いた今、弱いからこそ積み上げた経験が、錬磨した技術が強いだけの化け物を紙一重で上回る。
どれだけ攻撃を受けても怯まず打ち返し、肥えた巨漢の体積がさらに減った。
『むき出しの殺意。お前の方こそ怪人のようだ。なにを、そこまで憎む?』
「玲ちゃんに手を出した。綾乃ちゃんを苦しめた。その時点で未来永劫てめえは許されねえ。憎まれて当然殺されて当然のゴミクズがほざいてんなや」
口調こそ静かだが、明確な殺意を拳に乗せる。
時々漏れる苦悶の声さえ不愉快だ。
『お前は、強い。……なあ、なぜお前はそこまで強くなれた?』
死に向かって疾走しながら立ち向かう俺を、たぶん存在呑みは理解できていない。
劣勢に追い込まれても表情に滲むのは恐怖や焦りではなく、明らかな困惑だった。
「分かり切ったことを。俺は、お前を殺すために……」
『違う、始まりの話だ。私は、憎まれるほどのことをしていないはずだ。なのにどうしてそこまで殺意を維持できる?』
その物言いに、俺の思考が一瞬止まった。
『よくよく思い出してみろ。私は、お前からなにかを奪ったか?』
父は身体啜りに、母は精神食いに食われた。
だとしても存在呑みはリーダー格だっただけで、俺から何かを奪ったわけではない。
なのにどうして命懸けで殺そうなんて選択ができたのか。
ヤツは、本気でそう問うている。
それが必死になって抑えていた感情の蓋をこじ開けた。
「……奪った、だろうがぁ⁉」
俺は、今まで以上に乱雑な拳で返す。
苛立たしい。
ヤツの言葉に逆なでされるのは、ある意味間違っていないからだ。
「ああ、ああ、そうだろうよ! 俺はお前には何もされてない! 何度思い返しても、家族を殺したのは他のヤツらだ!」
三人家族だった。
最初から犠牲になった誰かなんていなかった。
俺の認識だけでなく事実として、そういうことになっている。
『ならば』
「でも、誰かが足りないんだよたぶん! 家族三人でキャンプに行った! 母さんの作ったお菓子を喜んで食べた! そこに、もう一人いたはずなんだ! なのにここまで来て、ここまで追い詰めても! 何一つ思い出せやしねえ!」
いなかった人がいなかったとして、悲しみも憎しみも沸いてくるはずがない。
俺は確かに大切だったはずの喪失を悼むことすらできない。
玲ちゃんも、そうなるかもしれなかった。
「返せよ……! 頼む、お前俺に何かしたんだろ!? 大切な誰かを消したんだろ⁉ なら、まっとうに憎む権利くらい返してくれよ、なぁ!」
なにを奪われたというなら、俺はお前に憎しみを奪われた。
支離滅裂なことを言っているのは分かっている。
もはや戦いとは呼べない暴力、単なる八つ当たり。自分でも理解できない激情に任せて、俺はひたすらにヤツを殴り続ける。
顔面にデカいのがぶち当てる。頭部の半分が消し飛びながらも、存在呑みは逃げようと大きく後ろに退こうとする。
どくん、と心臓が鳴った。
マズい。
全力で動ける時間はもういくらも残っていない。
時間稼ぎに専念されたらこちらの負け。エネルギーが枯渇して餓死してしまう
『がっ⁉』
けれど懸念で終わった。
逃げようとしたタイミングを狙ったかのように、ヤツの背後で小さな爆発が起こった。そのせいで退けず棒立ちになってしまっている。
……ああ、もう。こんなみっともない支部長のために、よくやってくれるよ。
俺の邪魔をしない、俺に本懐を遂げさせるための、ほんのわずかな助力。
おかげで、間合いが整った。
「これまではかつてのガキの癇癪。ここからは、支部長としての矜持だ」
所属する子達を囮にするようなダメ支部長だけど。
それでも、皆が和やかに働けるようにしたいって思ったのは嘘じゃない。
こんなゴミはここで潰して、また明日からはゆるゆるで働いていきましょう。
やっぱり職場は楽しい方がいいよね。
だから、ここで死ね、存在呑み。
俺は左腕に力を籠める。
餓死モードでの魔力式パイルバンカー、“クアドパンチ”。
からくり自体は変わらない。ただ通常時とはくらべものにならない出力で、限界を超えた強化が加わり、インパクトの瞬間に膨大な魔力を炸裂させるだけ。
喜べ、ごちそうだ。
さんざん望んだ餌が目の前にあるぞ。
「食らえ」
クアドパンチ・グリーディ。
複数の意味を持たせた短い呟きとともに、全霊の拳を叩き込む。
その規模は打撃のレベルじゃない。ゼロ距離で炸裂する魔力の暴走で、対象を根本から消し飛ばす一撃だ。
逃げることはできなかった。
存在呑みは断末魔すら残せず、跡形もなく消滅した。
こうして長きに渡る俺の悪夢はようやく終わりを告げたのだ。
◆
……岩本恭二ことクラッシャーマンはその決着を見つめていた。
東支部長は自らの行いをクズだと断じていた。
しかし恭二からすれば些細なことだ。囮と言っても積極的に切り捨てようとした訳でもなく、あそこまで自己嫌悪を抱く必要はないと思う。
だいたい、レスキュアーとしての仕事よりバンド活動を優先する自分を受け入れてくれた人だ。
感謝こそすれ恨むなんてあり得ない。
そんな彼が仇敵を討てた。それを恭二は心から喜んでいた。
「聞きました? 聞きましたよねクラッシャーマンさん? 今、玲ちゃんに手を出したら未来永劫許されないって言いましたよね? ふぅ……翔さんは、愛が重いなぁ。大丈夫だよ、私はまだ経験ないし。それどころか翔さん以外の男性とは手を繋いだこともないから。私に手を出したら憎まれて当然殺されて当然なんて、ふふ。浮気なんてするつもりは一切ないけど、これじゃあ男性から声をかけられただけで嫉妬されてしまいそう。ちょっと、困る、かな」
それはそれとして隣にやべーのいるけど、どうしてくれんスかね支部ちょぉぉぉぉぉ!?
なにが困るんだよ。
にっこにこじゃねーか。
あと浮気もなにもそもそも付き合ってねーよ⁉
「魔力を注いだお返しも約束してるし……ふふ」
存在呑みに食われ、誰からも認識されなくなった。
にも拘らず、支部長が助け出してくれた。
その上で“未来永劫てめえは許されねえ”発言。
結果、性交新規リヴィエールさんのテンションがマックス。
支部長あんた失言多いんだよ、と恭二は心の中で文句を言う。
「あ、綾乃ちゃんって……もう、あ、東支部長は本当にゆるあまですよね。過保護なのは知っていましたけど、ボクを苦しめたら許せないとか、さすがに照れるというか……」
嘘だろこっちも!?
そう言えば前の出張が終わってから妙に親しくなったとは思っていたけど、アヤノちゃんもけっこうキテたの?
ラジオでも言ってたけど“あーん”をするくらいだし。
こっちはこっちでやべーよ。
「……………ふぅ」
餓死モードを終わらせ、変身も解除した支部長が振り返る。
仇敵を倒したのにその表情は晴れない。
「ちょっと、期待してたんだけどな。あいつを倒せば、戻るものがあると。だけど、やっぱり悲しくも憎くもないままだ」
存在呑みに食われ消化された者はそこでおしまい。
元凶を倒したとしても、その存在は復活しない。
当たり前のことに支部長は打ちのめされている。
奪われた、家族であろう誰かのことを、彼はもう二度と思い出すことができないのだ。
その時、ふらりと支部長の身体が揺れた。
最初に反応したのは改造人間ガシンギ、いや南城光茂だ。
支部長と光茂は異災所に入る前からの知人だという。事情にも詳しいからこそ、誰よりも支部長のことを心配していたのだろう。
続いてリヴィエールやマイティ・フレイム、リリィにシズネも。もちろん恭二自身も支部長に駆け寄る。
餓死モードが極端に消耗の激しい形態であるのは見ているだけで理解できた。おそらく、もう立っていられないのだ。
「ボクのせいで、翔さん……!」
綾乃は泣きそうになっていた。
支部長も、ユニコーン・リリィの一撃で決着が付けることができたのなら、餓死モードを使うつもりはなかったはずだ。
私のせいで、という罪悪感がきっと彼女にはある。
言うまでもないがリヴィエールはものっそい全力で走っている。
「あぁ……大丈夫、死にはしないよ。ちょっと、無理をし過ぎただけ」
辿り着いた時、支部長は疲労困憊といった様子だった。
本当にぎりぎりだったようだ。風が吹くだけで倒れてしまいそうだ。
「やったな、翔太朗」
「喜んでいいのかは分からないけど、けじめはつけられたと思う」
二人は小さく笑い合う。
そこが限界だった。顔を青くした支部長の身体が揺れ、そのまま前に倒れ込んでしまいそうになる。
だから、それを抱き留めるような形になった。
……恭二が、支部長を、抱きしめて支えてしまいました。
(いや、おっかしいいいいだろうがぁぁぁぁぁ⁉)
ここはどう考えてもリヴィエールかリリィ、女の子達と抱きしめ合って感動のシーンに突入だろ!?
支部長とクラッシャーマンが抱き合う場面なんて誰も求めちゃいねえよ⁉
なのになんでこっちに向かって倒れてくるんだよ! いや、心配で咄嗟に抱き留めちゃったけども!
「………………」
「………………」
ほれみろ女の子二人がすっごい冷めた目でこっち見てる。
恭二は冷や汗をだらだらと流す。居心地悪いことこの上なしである。
「失ってしまったものはきっと多い。でも支部長として、キョウジだけは守れた。それが今は嬉しい……」
「あんたなに言ってんスか⁉」
満足そうに呟く支部長。
焦り過ぎて叫ぶ恭二。
まさか!? みたいな顔をする少女たち。
「違うぞ、レイちゃん。アヤノちゃん。キョウジはきっと矜持であって恭二じゃないから。別に俺を守るためにとかそんな意味合いはイッサイガッサイまったくもってないから。ね、支部長?」
問いかけるも、クラッシャーマンと抱きしめ合ったまま意識を失ってしまったらしい。
寝息が聞こえたので命に別状はないだろう。一安心だがピンチは継続です。
「このタイミングでの気絶止めてくれないスかね!? 支部長、起きて支部長! そして説明を!?」
軽いパニック状態の恭二に、玲が冷たい視線を向ける。
「岩本さん。翔さんが倒れないよう支えてくれてありがとうございますでも起こさないで上げてくださいどうして私に代わってくれなかったんですか」
欲望に忠実すぎる。
あ、ダメだ。綾乃の方もわりと不満そう。
そして肝心の支部長、けっこう顔色が悪い。
「あ、東さん、大丈夫なんですか?」
マイティ・フレイムが心配そうにオロオロとしている。
その間にも治癒魔法の使い手であるシズネが支部長の状態を確認してくれた。
「死んじゃうようなのじゃないから安心してね。でも、自分の動きに耐えられなくて筋肉がぼろぼろ。あと、内蔵された魔力蓄積器が空っぽ。そのせいで機械部分が機能不全を起こしている、って感じかな。傷は私がどうにか出来るけどぉ、応急処置的に魔力を補充してあげれば、だいぶ楽になるよ♡ 旧式改造人間のママな魔法少女の役目だね♡」
命に別状はないと確認できて、皆一様に安堵する。
しかしシズネは意味ありげに含み笑いをしている。
「なら、私が」
「ダメダメ、リヴィちゃんはもう魔力残ってないでしょ?」
確かに餓死モードを使う前、玲は残っていた魔力を全て支部長に渡していた。
じゃあ他の人に……とそこまで考えて、恭二は顔をしかめた。
魔力の補充と言ったって、旧式改造人間であるガシンギには無理。
異能者のクラッシャーマンや、星の戦士であるアステレグルスにも。
魔力を扱ってはいるが淫魔聖女リリィは幻想のメダルで変身する異能者。霊結晶を持たないため、旧式改造人間との同調は難しい。
つまり、今支部長に魔力を補充してやれるのは、魔法少女シズネかマイティ・フレイムのみ。
「あ、ちなみに私はダメだよー? 夫のある身ですから♡」
なし崩しでマイティ・フレイムに決定しました。
「……………」
「……………」
ひどい。
なにがひどいって、おそらくヒロインポジであるリヴィ&リリィが悉く劇的な場面からハブられている。
それでも文句の一つも言わないのは、変に騒いで支部長に負担をかけないため。
いい子なのに二人して不憫。
「あの、ですね。私は、玲センパイほど魔力の扱いが上手くなくて、そんな簡単に魔力の補充と言われましても」
「大丈夫だよ♡ 戦闘中じゃなければ、簡単に魔力を補充する方法があるから♡」
シズネはくふふと笑いつつ、マイティ・フレイムに耳打ちをする。
それを聞き終えると「はいっ⁉ そそそ、そんなことを!?」なんて言いながら顔を真っ赤にしてあたふたする少女。いったい何を言われたのだろうか。
「さあ、クラッシャーマンくん、翔くんを仰向けに寝かせてもらえる?」
「う、うス」
言われるがままに支部長をゆっくりと地面に寝かせる。
それを見てさらに夏蓮が慌て出すし、これから行われる行為を察しているのか玲は本気で悔しそうにぐぬぬしている。
もはや恭二に出来るのは巻き込まれないよう少し距離を置くくらいだった。
「これまた余計な火種にならねえだろうな?」
「まあ支部長が無事ならなんでもいいのでは? むしろ
「マルティネス先輩は相変わらずスね……」
結界の維持に努めていたレオンは傷こそないが、かなり疲れて見える。
しかし雰囲気は柔らかい。彼もまた無事を喜んでいるようだった。
「あの結界、もしかしてすげー消耗するんスか?」
「守りを檻に。本来とは逆の使い方ですから、それなりに負担はありますよ」
「うへえ。なのに、ずーっと維持してたと」
「支部長の頼みですから」
平然とそう言ってのけた。
逃げられる可能性を潰したかった、というのは分かる。だが戦力的な意味ではやはりレオンが戦うべきだったと思う。
「本当は、先輩が戦った方が早かったんでしょうね」
「別に俺が斬ってもよかった。だけど支部長が自分の手での決着を願った。それを無下にはできません」
「ちなみに、それで支部長が存在呑みに殺されたら」
「俺が消滅させる」
最後の一言、完全に表情が消えていた。
自分の方が強いと理解している。でも支部長が仇敵を倒したいと願うなら譲る。
その上で存在呑みを逃がさないよう自分の負担度外視で助力し、もし支部長が殺されたら報復する。
あれれ、おっかしいぞー?
この人も若干ヤンデレの気質ない?
「……実は、先輩も支部長のこと結構好きっスよね?」
「そうでなければここにはいません」
食い気味の返答に恭二は考えることを止めた。
うちの支部長はよく慕われてるね、素晴らしいことだね、うん。
「はぁ、なんかもうめちゃくちゃだよ……」
「いいじゃねえか。そんくらいの方が、ウチの異災所らしいだろ?」
最年長の光茂がからからと笑っている。
そういう言い方をされると、恭二自身もゆるゆるな職場を気に入って働いているだけに反論はしにくい。
「それも、そうっスね」
犠牲を出さず、恐るべき化物を打倒した。
仇敵にその手でさばきを与えた。
だから、きっと喜ぶべきなのだろう。
恭二は視界の端で苦悩に身悶えるアイドル魔法少女を意識から除外し、この結末をひとまず受け入れることにした。
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