40.縁は異なもの味なもの
餓死モードでの負傷は魔法少女シズネさんが粗方治してくれた。
魔力不足のせいで機能不全からの死亡の可能性は普通にあったけど、そっちもどうにかしてくれたみたい。
だけど決め技のクアドパンチ・グリーディのせいで金属骨格に歪みが出ている。これは重蔵博士にちゃんとしたメンテナンスをしてもらわないといけないだろう。
でも、今はそれより先にしないといけないことがある。
「俺は支部長としてあるまじきことをした。本当に、すまなかった」
異災所に戻ってすぐ、俺は所属するレスキュアーに謝罪をした。
存在呑みの出現を知るための一つの目安として彼ら彼女らを利用してしまった。
申し訳なさと自己嫌悪でぐちゃぐちゃになったまま頭を下げる。
「えーと?」
困ったように小首を傾げるのは白百合さんだ。
他の人達も似たようなもので、どうもピンと来ていない様子である。
俺としてはもっと責められると思っていたので反応に困ってしまう。
微妙な空気で顔を見合わせる俺達を見て、高遠副支部長が溜息を吐く。
「東支部長。たぶん謝られても困るだけでしょう」
「いや、でも」
「よくよく考えてみてください。ロッカーに君達用のプレゼントを隠していました、ごめんなさい。君達用の防犯ブザーの義務化を社内規定として通しました、ごめんなさい。毎日毎日シフト表をチェックしていました、ごめんなさい。……存在呑みに気付くためのポイントを増やす一環であっても、特に弊害はないわけですから」
「問題はやったことじゃなくて、その根底に善意がなかったことだろ? 騙して、気のいい支部長を気取っていた。言ってみれば、カラダ目当てに女の子に優しくするクズ野郎と一緒だ」
自らの行いの醜さに吐き捨てる。
しかし、氷川さんがずいと一歩前に出た。
「いいことしかないです。むしろばっちこい(優しくしてもらえた上に、カラダの関係にもなれる……!)」
「はーい、マジメな話だからレイちゃんは大人しくしてましょーねー?」
なおすぐに岩本くんによって引っ込まされました。
一連の流れを白百合さんがじとーっとした目で見ている。
「岩本さんはボク相手だとけっこうからかってくるのに……」
「なっはっはっ。俺はデカい問題にならない時しかイジらないし、マジモンの修羅場は求めてないんだよ」
「性格が致命的にロックバンドに向てませんよね?」
あっちはあっちで仲良しみたい。
ちょっと緩みかけた空気を、ミツさんが柏手を打って引き締める。
「俺はまあ気にしてない。他のヤツらも大したことじゃねえと思ってるだろうよ。……が、それじゃあ翔太朗は納得できないって話だろ?」
ミツさんの言葉は、支部長に対してではなく我慢の利かない翔太朗という馬鹿に対するものだ。
「なら、罪はこれからでそそげ。今までの行いに二心があったってんなら、ここからはお前の掲げる支部長の矜持とやらに専心しろ。俺ら古い時代のヒーローは、そうやって犯した罪に向き合ってきたもんだ」
甘原さんもそれに同意しているようで、穏やかに頷いていた。
皆の輪から少し外れたところで、クールに壁にもたれかかっているレオンくんもキリッとした表情で言う。
「カニカマのかに玉も美味しいから大丈夫です」
たぶん俺の行いは偽物だったかもしれないけど、それはそれで価値があるものだった……的なことが言いたいんだと思う。
レオンくん、端折り過ぎて他の皆もちょっと混乱しているよ。
ともかく、結局皆優しい子達なのだ。バカな俺を、それでも許そうとしてくれている。それが申し訳なくも嬉しい。
そして俺は、ここまでなにも発言していない涼野さんの方をちらと見た。
「あわわわわ…………」
元気なポニテっ娘が、顔を真っ赤にして視線をあちらこちらにさまよわせてカラダをぷるぷる震わせておりました。
「涼野さんも、ごめんな」
「いっ、いえ! わたくしこそとんでもないことを! しでかしてしまい! 本当にごめんなさいです!?」
「どうしたの!?」
今にも泣きそうな涼野さん。
なにがあったのか聞き出そうにも「ひぁぇっ!」とか「はひっ!」とかよく分からない声が返ってくるだけ。
こういう時は! と助けを求めて岩本くんに視線を向けたら普通に顔を背けられてしまった。
「いやー、いい天気っスねー」
「岩本くん? なんで目を合わせてくれないの? レオンくんは何か知って、まさかのレオンくんにまで顔を背けられた……!?」
嘘だろ、あんだけ仲良くしてくれている彼に拒否されるとか普通にダメージデカいんだけど?
今度は縋るように、にこにこしている甘原さんに。
「えっと、甘原さん?」
「あらあら、うふふ」
「うふふ、でなく。なんで涼野さんこういう状態なんでしょうかね?」
「心配しなくても大丈夫ですよ。夏蓮ちゃんは魔力不足で機能不全になっていた東さんに魔力を補給しただけですから。ちょっと手間取ってしまったのが恥ずかしいのだと思います」
「あ、ああ。なんだ……」
氷川さんにもやってもらったことだ。
彼女は魔力操作に関しては優れているから、外骨格の上からでもできた。
しかし本来は肌と肌で直接触れて、疑似霊結晶と同調して蓄積器に魔力を流す。俺だと胸の中心近くに内蔵されているから、そこに掌で接触するのがベタなやり方だ。
ただこれ、緻密な魔力操作を求められるのでけっこう難しい。一応は成功したけど、新人の涼野さんではなかなか上手くいかなかった、ということなんだろう。
「そっか、ありがとう。俺は涼野さんのおかげで命拾いした」
「ひっ、ひえっ!? こ、こちらこそごめんなさい!? 意識のないところにあんなことを!?」
「いや反応おかしくない!?」
ただ魔力補給しただけだよね? 彼女の反応は過剰すぎる。
氷川さんも俺達をじーっと強い目で見つめ続けていた。
「あの時、私に魔力が残っていたなら……」
「氷川さん? 俺が生き残れたのは、君からも魔力を注いでもらえたからで」
「そうじゃないんです、翔さん……」
落ち込んでいる、というか後悔しているというか。その表情はひどく暗い。
口には出さないけど綾乃ちゃんまでなんか不満そうだった。
「待って、ほんとになにされたの? ね、ねえ涼野さん?」
「やめろぉ翔太朗!? 嬢ちゃんにそんなこと言わせるなんて酷な真似をしてやるな!」
「口に出すだけでアウトなことさせたの俺!?」
ミツさんがクッソ真剣な顔で叱責してきた。
ぷるぷる真っ赤な涼野さんとにこにこほんわか甘原さん。
どうやら俺は知らないうちにとんでもない罪人になっていた模様です。
◆
「東支部長、
「……古い時代に合った密教のことでしょうか、高遠副支部長?」
「ええ、その通りです。歴史的に見ると、決して妙な宗教ではありません。しかしデマや風評が混じり合って、後代には“えっちなことをすると霊的な力が高まる”という教義がある、なんて話になってしまったそうです。デマって怖いですね」
「そうですね、なんで今そんな話をしてきたのか俺には全く理解ができません」
仇敵との決着と締まらない幕引きを迎えて数日後、俺はまた異災所での業務に戻った。
午前中は外回りに行ってきたけど、午後は高遠副支部長といっしょに書類仕事。今更だけどウチにも事務員とか送迎スタッフはいる。ただ俺自身が顔を見せることに意味のある案件は、率先して動いているというだけだ。
ここ最近、連続してMDを討伐したウチの異災所。しかし精神食いの時はともかく、今回はそこまで大きな評価を受けていない。
それが微妙に納得いかないのか。ミツさんがお茶をすすりながらぼやいている。
「しっかし、あんな化物をぶっ倒したんだ。T市支部の評価も、もうちっと上がってもよさそうなもんだが」
「しゃーない。存在呑みによる被害なんて出ていないからね」
「はは、そんじゃ東支部長の腰抜けの称号も、返上は遠そうだな」
存在呑みに食われた人間は誰にも認識されず、最初からいなかったように消失する。
機構のお偉いさんが大好きな数字に計上されない。当然評価もそれなりって流れになってしまう。
「MDの討伐自体は偉業に変わらない。だから今回の件は、最弱クラスとはいえMD討伐やるじゃん、おめっとさん。成果報酬はちゃんと支払いまっせ、くらいかな。みんなにボーナスは出せそうだよ」
「ウチは岩本を筆頭に、まっとうな正義感はあるくせに功名心の薄い奴らばっかだし、そっちのほうがいいか」
仰る通り。
レオンくんに至っては「下手に功績上げて本部への移籍の話が出たら困るので全てはそら&クララの成果ということにするのはどうでしょう」とマジメに提案してきた。
当然、遠野くんに思い切り拒否されたけど。
新式改造人間の二人は今回の戦いに参加しなかった。
でも思うところがあったのか、彼らは「今後もこの支部に出入りさせてほしい」と自分から頼んできた。
別にそら&クララが弱い訳ではない。単純な戦闘力ならマイティ・フレイムさんよりも上なわけだし。
ただ比較対象がガシンギやアステレグルスくんであり、敵が存在呑みたちなのがよくなかった。どうも過度に実力不足を感じてしまっているらしい。
ウチと本部を行き来して鍛え直し、大手を振って戦闘部隊に戻るつもりのようだ。
「ま、とりあえず大きな仕事は片付いたって感じでいいかな?」
俺がそう言ってぐるりと肩を回せば、高遠副支部長が柔らかく微笑んだ。
「お疲れ様、翔お兄ちゃん」
「うん、色々迷惑かけたね良子ちゃん」
「そこは、これからも迷惑かけるよって言ってくれた方が嬉しいです」
「マジメに、よろしくお願いします。さしあたっては今回のMD戦に関係する処理をば」
「分かりました。……正義の味方も仕事にすると、書類ばかりで嫌になりますね」
「まったくだね」
存在呑みを討ったからといって終わりじゃない。
毎日お仕事が沢山あって、嫌でもお偉いさんに頭を下げて、月末には書類の山。
眠くても朝早く起きなきゃだし、頑張って働けばお腹が空くし、望む望まざるに拘わらず人間関係はずっと続いていく。
因縁の戦いなんかより、当たり前の日常の方がよっぽど困難だ。
「おーおー、あのガキどもがよくもまあここまで大きくなったもんだ」
「年寄り臭いですよ、光茂おじさん」
「あの頃に比べりゃ、十分年寄りだよ」
高遠家のお世話になっていた頃は、無邪気に懐いてくれる良子ちゃんにどう接すればいいのか分からず戸惑ってばかりだった。
その頃を知っているミツさんからすれば、和やかにじゃれ合う俺達は微笑ましく映るのだろう。
「存在呑みは、俺にとっても
絶体絶命のピンチから助けてくれた改造人間ガシンギ。
俺にとっては尊敬するヒーローだが、彼もずっと負い目を抱いていたのかもしれない。
「だってのに、あの時助けた小僧が俺の無念を打ち倒す。巡り合わせってのは何とも面白いもんだ」
「それを言うなら、俺だって存在呑みに襲われなきゃミツさんとは知り合えなかった。当然、良子ちゃんとも」
「縁を消すはずの化け物に繋がれた縁、ですか。奇妙ではありますが、私は今の職場が好きですよ」
三者三様、感慨深さに息を吐く。
でも紆余曲折あって同じ職場で働くようになった。
そこに玲ちゃんやレオンくんが、他の皆がやってきてくれた。
失ってばかりだと感じていたけど、人生ってのはうまい具合に帳尻が合うようにできているのかもしれない。
「じゃ、俺らの縁の起点である重蔵博士も交えて、久々に酒の席でも開くとするか」
「いいですね」
ミツさんの提案にいの一番に乗るのはうわばみの良子ちゃんだ。
「俺は飲めないけど、ウーロン茶でいいなら参加させてもらうよ」
「もちろん大丈夫です。お酒が飲まない人がいると、運転を任せられます」
「運転手扱い……? 良子ちゃん、知ってた? 俺って支部長で、けっこう偉いんだけど」
「知っていますよ。でも肩書なんて関係なく、私にとっては翔お兄ちゃんですから」
「そういうセリフは別のタイミングで聞きたかったなぁ……」
俺達のやりとりを見て、ミツさんが豪快に笑う。
とりあえず終業後の予定は決まった。
なら、今日もお仕事を頑張りましょう。
「おっと、テレビの時間だ」
事務所のテレビをつけると、お昼のワイドショーがやっていた。
今日は聖光神姫リヴィエールさんの特集で、お茶の間に彼女のPVも流れる。
やっぱりバトルなんかよりもこういう姿を見る方が楽しい。
玲ちゃんの心地良い歌声をBGMに、俺は改めて書類にとりかかった。
・第三部 おしまい
終わりっぽいけどここからベタなラブコメネタとかをちょっとやって締めとなります。
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