38.時間制限は正義の味方の基本




 廃工場に、ぞわりと影が湧く。

 LD……にしては、妙に人型が多い? 真っ黒な兵隊たちは、それぞれ牙のようなものや剣を銃を持つもの。動物や昆虫を思わせるシルエットもちらほらと。

 その姿は、LDというよりもまるで、俺達……。

 余計な考えを吹き飛ばすように、ミツさんが鼻で笑った。

 

「戦闘員との戦いか。懐かしい真似をしてくれるじゃねえか」


 そうだ、ヤツがさんざん操ってきたLDの正体なんてどうでもいい。

 それに原材料があったとして、今さらどうなるモノでもないのだ。

 

「リヴィさんは、休んでて」

「……はい、支部長」


 そこで「私も……」と無理をしないのはありがたい。

 疲労した玲ちゃんでは雑兵相手でも厳しいだろう。


「魔法少女シズネさんは後方で待機。護衛は」

「わ、私がっ!」


 存在呑みへの攻撃には参加しなかったが、ちゃんとマイティ・フレイムさんも来てくれている。

 ただしMDの相手をさせるつもりはない。彼女はあくまでも玲ちゃんに近付くLDの対処がメインだ。


「頼んだよ、マイフレさん」

「了解です。支部長も、頑張ってください」

「おっけー」


 軽い調子で答えても、隠しきれない激情に心臓が跳ねる。

 逸る心を無理矢理抑えつけ、俺は仇敵を睨み付けた。

 こいつは三体のMDのリーダー格。当然その能力は最上級と判断するべき。

 憎いだけで倒せるほど与しやすい相手ではないはずだ。


「フォームチェンジ:ドミヌラ。純潔の乙女の切なる守り、守護結界セーパラートゥス」


 まず初めにレオンくんが動いた。

 かつて彼の学生時代の恋人が有していた処女星の力をここに顕現させる。

 本来この技は、敵の侵入や攻撃だけではなく精神干渉、邪気邪念や瘴気など、使用者とその仲間を害するありとあらゆるものを遮断する結界らしい。

 同時に結界内を浄化し、清浄な領域を創り出すのだという。

 しかし今回は本来の目的とは逆。

 レオンくんは外敵の一切を退ける守りの結界を応用し、内部からの脱出を絶対に許さない牢獄を構築した。

 この状態では戦闘への参加は難しいがそれでいい。

 

 抜け目のない存在呑みは、不利を悟れば逃げの一手をとる。

 そしてここで逃がせば、もうこんな好機は得られないだろう。

 だからこちらの最強を封じる代わりに、存在呑みを絶対に逃がさない。

 必ず、ここでケリをつける。


「雑魚散らしは俺にお任せを!」

「ちらしか……祝勝会はちらし寿司もいいな」

「レグルス先輩はもうちっと真面目になってくれないスかね?」


 クラッシャーマンくんとアステレグルスくんが雑魚の大半を請け負ってくれるようだ。

 ただし、結界の維持に大半の力を取られるため、レオンくんに普段の戦闘力は期待できない。

 俺もLDを倒しながら、存在呑みの相手をしないといけない。


「だっしゃおらぁ!」


 前衛は雄叫びを上げるミツさんと俺が務める。

 存在呑みを挟み込む形で、一気に踏み込み拳を振るう。

 ともに昆虫の特性を有したパワータイプの改造人間。たとえMDが相手でも力負けしない自信があった。

 しかしヤツは、俺達の連携にしっかりと対応し、それぞれの拳を掌で受け止めた。


『ぬ』


 多少は驚いてもらえたらしい。

 しかし防ぐと同時に軽く跳躍した存在呑みが、反撃に両の足で俺達に蹴りを放つ。ガードしてなお体が宙に浮く威力だ。

 僅かにはなれた距離を踏み潰し、俺の頭蓋を砕こうと巨漢が腕を伸ばす。


「させねーっスよ」


 存在呑みが前に出ようとした瞬間、ヤツの鼻先で爆発が起こり追撃が中断された。

 さすが岩本くん、雑魚を倒しながらも見事なタイミングだ。彼は爆発の異能を使っての援護が主。俺には被害が出ないよう、向こうの動きだけをうまく止めてくれた。 


 怯んでいるうちに左のストレート、一歩進んで右のフック。勢いを殺さないまま体を回し、肘打ちからの上段回し蹴りに繋げる。

 四連撃がキレイに入って、上体を逸らしたところをミツさんが攻める。

 左腕の蟻の顎で固定し、右の毒の牙で貫く。改造人間ガシンギ必殺、猛毒の一撃だ。


『あーん』


 それを防ぐのではなく、大口を開けて迎え撃つ。

 腕を食う気だ。もう軌道修正は利かない。が、またも岩本くんが爆発を起こす。

 今度は顎下から上に向けて、強制的に口を閉じさせられた存在呑み。その頭部に蟻の毒が突き刺さる。


 そう思ったのに、ヤツの方が上手だった。

 軟体動物のような、ぐにゃりとした奇妙な動きでガシンギの毒牙をやり過ごし、膝蹴りを叩き込む。明らかに人間には出来ない、関節を無視した動きだった。


「……がっ⁉」


 ミツさんのカラダが、くの字に曲がる。

 さらに、背中に目掛けて振り下ろすような拳の一撃が。

 俺は咄嗟に存在呑みの腕を掴んだ。なのに俺ごと拳が振るわれる。

 それでもわずかに速度が鈍り、その隙にミツさんが半身をひねった。

 クリーンヒットは避けられたようだが、かすってさえガシンギの外骨格を抉るほどの威力が込められていた。


「ガシンギ、合わせろ!」

「おう!」


 崩れた態勢から連携。ミツさんが左、俺が右。

 両脇から迫るLDを拳一発で打ち倒し、流れるように存在呑みに正対、そのでっぷり肥えた腹を貫く勢いで蹴りを放つ。

 不意を打ったつもりが、存在呑みは跳躍してそれをやり過ごす。

 次いで姿が霞むほどの速度で一回転したかと思えば、俺の頭部にかかと落し。

 読めていた……のに、避けるのが間に合わない。

 俺は何とか右腕を割り込ませて防ぐが、ぐしゃりと嫌な音がした。重い、地面にめり込みそうだ。


『虫を叩き潰す人間は、こんな気持ちなのだろうか』


 場違いなくらい呑気な呟きに怒りは湧かなかった。

 そんな余裕がないくらい存在呑み一撃は強烈だった。

 動きの止まった俺の横をアステレグルスくんが通り過ぎ、そのままヤツに右ストレートをぶち込んだ。


「退いて治療を」


 遅れて後ろに跳躍すると、控えていた魔法少女シズネさんがすぐに治癒魔法をかけてくれる。傷だけでなく、折れた骨まで完治させるレベルの治癒だ。


「だ、大丈夫ですか、支部長!?」

「うん。平気平気」


 マイティ・フレイムさんが俺をかばうように立つ。

 以前の敗戦のおかげか、立ち回りが慎重になった。前に出過ぎず、玲ちゃんやシズネさんの位置を確認しながら、近付くLDを打ち倒していく。

 クラッシャーマンくんは、俺らの援護をしながら彼女のサポートもしてくれていたらしい。

 視野が広いというか、マイフレさんが不意打ちされないよう、爆発で敵を倒しつつ残りもうまく誘導している。

 おかげでLDはかなり数を減らした。

 そろそろ、存在呑みに専心できそうだった。


 しかしアステレグルスくんとガシンギが二人で攻めても、存在呑みの防御を崩せない。

 処女星の力を発揮するドミヌラフォームは、守りの力に優れる反面攻撃力が低く武器もない。さすがに無手では決定打に欠けていた。

 

「……こいつは、ちょっと厄介かな」


 俺は奥歯を噛み締める。

 存在呑みの強さは体術や異能ではなく、ひどく単純なもの。

 あれは、普段と変わらない日常動作で俺達の戦闘を上回っている。

 速いから速い、硬いから硬い。特別な理屈はなく、もともと強いからとんでもなく強いだけ。

 つまり俺達を隔てるのは生物としての絶対的な格差だった。


「東さん? 私もぉ、戦う?」

「いえ、シズネさんは治癒を。貴女が俺達の生命線だ」


 もし下手に攻撃を仕掛けて彼女がやられたら、一気に全滅の可能性もある。

 戦闘に特化したフォームのアステレグルスくんなら、倒せるか?

 いや、ここで結界を解いたら間違いなくヤツは逃げる。逃げて、俺の周囲の人達を食う。

 今回は光属性の防御魔法を使える玲ちゃんだから助けられた。

 だけどもし狙われたのが玲ちゃんやレオンくん、甘原さん以外だった場合、抵抗できずに存在を消されて終わりだ。


「はい、終わったよ♡」

「ども」


 短く礼を言って、アステレグルスと交代し戦闘に戻る。

 彼には結界を維持してもらわないと困るのだ。


「ぬおおぉ……!」

『蟻は、調味料に使われると聞く。お前も、美味いのか?』

「食えねえヤツだと言われたことはあるが、なっ!」


 スペックでは負けているはずのガシンギが、培った技術と勘で存在呑みと渡り合っている。

 が、時折ヤツは大口を開けて喰らおうとしてくる。

 そうなれば回避を余儀なくされ、上手く戦闘の流れを掴めないでいるようだ。


「ぐっ⁉」


 存在呑みの大きな掌がミツさんの首を掴んだ。そのまま吊り上げ、乱雑に地面に叩きつける。


「ぬ、ぐおおお……」


 やばい、あれはダメージがデカい。

 ミツさんを救出するため、俺は背後から近づきヤツの後頭部を膝蹴りで狙う。卑怯だろうと関係ない。そのぐらいの気持ちだったのに、余裕で防がれてしまった。 


『やはり、あちらの方が甘くて美味しそうだな』


 そう言った存在呑みが横目で見たのは、シズネさんや玲ちゃん、マイフレさん。

 ウチの女性陣は化物からしても見目麗しいらしい。わざとらしく涎を啜る音が聞こえた。


「てめぇ……!」


 一歩目が早かった。

 存在呑みは俺達を置き去りに、玲ちゃん達を捕食しようとする。

 けれど二歩目。踏み出した足が地に触れた瞬間、その地面が爆発した。

 

 ……嘘やん? これに関しては俺も驚いた。

 クラッシャーマンくん、存在呑みが踏み込む場所を予測して、ドンピシャのタイミングで地面を爆発させおった。

 あの化け物、爆発につまずいて転びそうになったのだ。

 どんだけピンポイントに異能を制御できるんだよ。


「や、やあああ!」

 

 そこにマイティ・フレイムさんが火球を放つ。

 近接ではなく火魔法による遠距離攻撃を選んだのは正しい。おかげで、俺は追いつけた。


「本当に、てめえは舐めた真似しかしてくれねえなぁ!」


 狙うは首の第三脊椎辺り。背後から、砕く勢いで殴り抜ける。

 相手は人間でないため急所ではないが、それなりにダメージは与えられたのか、ヤツはぐらついていた。

 

「ガシンギくん、いけるよ!」

「あんがとよ、シズネさん!」


 その間に、シズネさんがガシンギの治癒を終わらせてくれた。

 この好機は逃せない。

 俺は背後から腰の中心に全力の拳を叩き込む。ヤツの上体が大きく逸れ、無防備を晒している。


「おっしゃぁ、支部長いくぞ!」

「あいよぉ!」


 今度はミツさんと同時に蟻の怪力を発揮し、アッパー気味の拳で存在呑みをかち上げる。

 威力に押され、肥え太った体が宙を舞った。

 あとは、勝利の女神さまにお願いだ。

 物陰に隠れていた少女が姿を現す。

 一角獣を思わせるツノ、小悪魔の小さな翼、条例に許してもらえない過激な露出度。

 超絶カワイイ綾乃ちゃんが、空中で動けない存在呑みを見据えている。

 その目には以前の怯えはない。

 彼女は冷静なまま、小さな胸にある怒りを形にする。


「怖くない……ここで、お前を乗り越える。いっけ、えええええ!」


 このために白百合さんを戦闘に参加させなかった。

 わざわざ隠れてもらっていたのは、絶好の状況を狙いすましてもらうため。

 幻想のメダルによる二重変身。

 幻想淫魔聖女ユニコーン・リリィが放つ、らせん状の極大魔力砲だ。


『ぬ、お……!?』


 遅い。このタイミングならもう避けられない。

 精神食いすらも葬った一撃が、存在食いを飲み込んだ。

 威力という観点ならユニコーン・リリィの螺旋魔力砲はウチの異災所でもトップクラス。直撃したならただでは済まない。

 仇敵相手でも憎しみに囚われないよう心掛け、打てる手は打った。





『……き、さま、ら』


 だというのに、倒し切れなかった。

 無傷ではないが、致命傷には遠い。あの一瞬、存在呑みは配下の黒いLDたちをどこかから呼び出し、盾として使いやがった。

 しかも、かき消されるたびに新しい個体を前面に置き、リリィさんの魔力砲を軽減した。

 それでも体の三分の一を吹き飛ばすあたり、本当にとんでもない威力だ。

 存在呑みは左半身をごっそりと失っていた。


『があっ!』


 が、傷口の肉が盛り上がり、すぐに再生してしまう。

 息が荒れているところを見るに、消耗はしたままのようだ。だとしても無傷に戻ったのはこちらの策を無にされたようで精神的な負担が大きい。

 存在呑みは、固まったままの俺とガシンギを強襲。対処しようと俺は腰を落とすが、ぎしりと体に痛みが走った。


(嘘、だろ……!? いつもより、早い!?)


 俺はミルメコレオの実験用改造人間。

 瞬発的な戦闘力が高い反面、燃費がクソほど悪い。

 ここまで躊躇なく動き過ぎた。普段よりも早く稼働限界が近付いていた。


 硬直した俺の胴に、肥えた巨漢の太すぎる足が叩き込まれ、為す術なく吹き飛ばされた。

 内臓と、骨をいくらかやられた。

 すぐにシズネさんが治療してくれるも、もう伏せていた札は切ってしまった後。

 皆疲労はかなりのもの。なにより、前衛のミツさんの消耗が激しすぎる。

 いやになるくらいの劣勢だ。

 追い詰めている自覚があるためか、存在呑みがにたりと醜悪な笑みを向けた。


『いいな。お前は、よく熟成してくれた。強くなり、絆を育み、希望を持って戦いに挑み……その全てを、お前の存在ごと呑む。どんな美酒も敵わない、最高の味わいとなるだろう』


 舌なめずりする化物は、既に戦いを終えたつもりでいる。

 もともとヤツにとってこの戦闘は、最高に美味い酒を飲むために汗を流す程度の認識だったのかもしれない。


「支部長、俺が行きましょうか? 逃げられる可能性はありますが、なぶり殺しよりはよほどいい」


 レオンくんが前に出ようとするのを、俺は手で制する。


「気持ちは嬉しいけど大丈夫。俺にもアステレグルスくんほどじゃないけど、切り札があるんだよ。逃がす気はない……こっからは、俺に任せて」


 その言葉を強がりとでも思ったのか、存在呑みの表情がさらに歪んだ。

 だが単なるハッタリじゃない。

 こちらはひどく消耗しているが、あいつだって同じだ。

 なら無茶をするだけの意味はある。


「翔さん」


 玲ちゃんが、そっと俺の身体に触れた。

 

「もう、魔力蓄積器の残量もだいぶ減ってると思う。私のを、注ぐね」


 魔法少女は旧式改造人間のママみたいなもの……というクララさんの発言を肯定するわけではないが。

 俺達の身体には疑似霊水晶と、魔力蓄積器が搭載されている。両者ともに力の根源は同じなのだ。

 だから同調さえすれば理論上は戦闘中でも魔力の受け渡しは可能。

それを実際にできてしまうのは、幼い頃から無意識のうちに水の魔法を行使し続け熟練した玲ちゃんだからだろう。

 おかげで勝ちの目が増えた。


「ありがとね」

「どういたしまして。でも全てが終わったら、お返しがほしいな」


 玲ちゃんは、俺の勝利を疑っていない。

 ならそれに応えないと。


「任せて。んじゃ、存在呑み。いくぞ」






 古い時代、蟻は草食だと考えられていた。

 だからミルメコレオは蟻の特性のために肉を食えず、ライオンの特性のために草を食えない。

 産まれた時点で餓死することが決定づけられているのだという。

 

 寓話において、肉食と草食の両方という矛盾した食性を持つミルメコレオは滅びるべき存在とされ、二心を抱く愚か者の運命を象徴的に示す例ともされた。

 また何を食べても消化できず栄養を取れず、飢えて凶暴に食べ物を貪る存在として、「欲望に動かされて身を滅ぼす悪魔」とも語られる。

 ……復讐心に突き動かされてこんなところまで来てしまった身なので、否定できないのが辛い。


 ともかく、ミルメコレオと食性は切っても切れない関係にある。

 だからだろうか、それになぞらえた機能がこの身体には組み込まれている。

 そいつが俺の切り札。

 本当は“システム:スタベーション”という名前があるのだが、ライトなガシ勢みたいな俺は、憧れのヒーローにあやかってこう呼んでいる。


「“餓死がしモード”」


 内蔵された魔力蓄積器を全開放、全身一斉強化。

 同時に機械部分のリミッター解除。魔力によるバフで稼働限界を迎えても痛みを感じず動き続けることが可能。

 つまりエネルギーが尽きて餓死するまで、命を燃やして全力全開で戦えるというお得なモードなのだ。

 時間制限付きなんて、正義の味方っぽくて嬉しくなるね。




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