9.頑張るマイティ・フレイム




 特殊異命災害対策機構グループは、防衛庁の下に置かれた同名の機関を前身として、そこが民営化した企業だ。

 もともと世界各地でリビング・ディザスターによる被害は出ていたし、かつては悪の組織や怪人といった脅威もあった。

 もっと言えば、人を食うことに特化した化物のような、LDの上位固体も存在している。

 それらの対処をする改造人間や装甲戦士たちは、言い方は悪いが野良。あくまでも個人の活動として正義の味方をやっていた。

 しかし脅威が増すにつれて、国としての対策が求められた。

 そこで生まれたのが前身である国の機関としての異災機構である。


 当時、所属する戦力はそのもの“変身ヒーロー・変身ヒロイン”といった名称で呼ばれていた。扱いとしては公務員の臨時職員が一番近い。

 同時にヒーローを登録制とし、免許のない者が異能を行使することを規制して、事実上正義の味方の野良活動を禁じた。

 これが功を奏したのか、機構には早い段階で多くの人員が集まり活躍した。

 が、このシステムには問題があった。


 ごくごく単純な話、正義の味方は対処役に過ぎない。

 何かが起こった後に解決するのがお仕事。悪の組織や怪人を倒したところでお金が発生するわけではないのだ。

 となると財源は税金になり、規模が大きくなるほど市民の負担もまた大きくなる。

 かといって増加する被害を無視もできない。

 では運営する上でどこを削ればいいかと言えば、ヒーローたちの賃金だった。


【魔法少女】や【異能者】は、特別な機材を必要とせず武装の維持費もいらない。

【改造人間】の手術は一度行えばそれで終わり。

 実は大多数のヒーローは、ほとんど経費が掛からない。嫌な言い方だが、安く使える人材だった。


 一応擁護すると、国も決して理不尽ではない。

 扱いとしては公務員の臨時職員だから、生活できないほどの薄給にはならかった。

 とはいえ命を張って守った平和に見合う代価とは言い難い。ヒーローにならず一般企業に勤めた方が豊かな暮らしを送れるのは間違いなかった。

 これらに関しては世論の方が厳しい。

 市民からすると、“危機への対処には感謝するが準公務員でしかない彼らに過度な給金を払い優遇するのはおかしい”のだという。

 The・クズ市民。

 ……その背景には、国の経済が思わしくなく貧困層が増えたという事情もあるので、こちらもまた責め辛いのだが。


 皮肉にも世間の風潮と政府の思惑は一致する。

 実際、財源がないのは事実。こうなると、やりがい搾取の典型だ。

 もともと正義感のない人間には務まらない仕事である。多少待遇が悪くても彼ら彼女らは世のため人のため懸命に働く。

 冷遇がまかり通ったのは、警察よりも強く自衛隊よりフットワークの軽いヒーローたちを疎む人たちが政府内にもいたせいだろう。

 そういう状況が長く続けばヒーローになろうとする人材は少なくなる。

 人員不足に陥り、現場はブラックRX企業ばりの働き方を強いられた。


 で、溜まりに溜まった不満が爆発した。

 それが十年前の1.1ヒーロー・ヒロイン権利擁護運動。

 厳密に言うと、企業としての異災機構の成立およびレスキュアー登録制度への転換が十年前で、水面下ではずっと抵抗活動が行われていたという。

 国は正義の味方に噛みつかれる事態を想定していなかったらしい。

 組織化された正義の味方は、戦力としては軍隊を超えるというのに、いざ反抗されたら慌てふためくとか馬鹿すぎて笑えもしない。


 こうしてわりとデカい騒動を経て民営化した異災機構だが、国にとっての利点もあった。

 それはレスキュアーのタレント化だ。

 異災機構の運営費が芸能活動やグッズなどの売り上げで賄われ、そこに予算を計上する必要がなくなった。

 半民半官の企業であるため、少なからず影響力も持っている。

 市民からしても公務員よりはタレントとしてメディア露出してくれる方が“推しやすい”。

 正義を守るのではなく、目立ちたいとか金銭目的とはいえ、レスキュアーの数も確保できる。

 なにもかもが順調とまでは言わないが、各々の妥協が絡み合うことで、とりあえず界隈は落ち着いたのだ。





 ◆




 そして現在。

 レスキュアーのタレント化によって、新人の登場は一つのイベントのようになっている。

 旧世代の改造人間たちの戦いにより、ほとんどの悪の組織が壊滅。敵が災害であるリビングディザスターに絞られたのも拍車をかけた。

 ただし、正義の味方が健全に働ける社会が構築された反面、脅威に対する意識は薄れてしまった。

 その良し悪しは分からないが、とりあえずレスキュアーがちゃんと受け入れられていることだけは確かだった。


「っ、はぁ!」


 その日、新たなレスキュアーが市民の注目を集めた。

 赤と白のコントラストが眩しいレオタード姿の、ポニーテールの少女。

 炎の力を宿しプロレス技で戦う近接系魔法少女、マイティ・フレイムが単独でリビング・ディザスターに戦いを挑んだのだ。

 ただ、LDは人型とは限らない。その意味でプロレスの技術が通じない場合もある。

 今回の相手はその意味では、やりやすいかもしれない。

 腕が六本ある筋肉質な巨漢とはいえ、大別すれば人型ではあるのだから。


『オォ……』


 LDには自我も意思もない。ただ破壊に対する本能があるのだという。

 相手が見目麗しい少女であっても関係なく、外敵としてただ壊すために動く。

 振り下ろされるいくつもの腕。対人の技術だけでは六つの拳は防ぎ切れない。

 炎の魔法とガードを併用してさばくも、手数が足りず一撃喰らってしまった。


「ぐぅっ!」


 重い。

 それにマイティ・フレイムの操る炎に対して一切の怯えも躊躇いもない。やはり生命ではあっても通常の生物とは異なる存在なのだろう。

 少女は身をかがめて、お返しとばかりにタックルを決める。

 そのままの勢いで転倒させられるかと思ったが、体が揺れた程度で耐え切られた。


「ならっ!」


 すぐに三歩分だけ距離を離し、お辞儀するような形からスピン・ア・トップキックに変化。

 背丈の問題で当たった場所はLDの腹辺り。炎で強化した蹴りはそれなりに効いたらしく、巨漢がくの字に曲がった。

 だが、相手もされるがままではない。

 無防備になった少女の足を、三つの手が掴む。


「っ!」


 痛みが走った。

 関節技ではない。ただ掴んだだけで身体強化したフレイムに痛みを与えるほどの握力がある。

 このままだと、骨ごと潰される。

 そう判断した少女は即座にもう片方の足を炎で強化し、相手の手首を連続で蹴りつける。手の力が緩んだ瞬間を狙って、どうにか逃れた。

 しかしまだ終わらない。更なるLDの追撃が来る。

 タックルというよりも単なる体当たり。それでも巨大な塊がぶつかる衝撃に踏ん張り切れずマイティ・フレイムは吹き飛ばされた。


「あっ、んあぁぁ……!」


 肺の空気が抜けて、情けない喘ぎになってしまう。

 窮地に陥るが、あの敵が飛び抜けて強い訳ではなかった。


 たとえば旧式改造人間ガシンギなら、右腕の毒液による一撃で傷も負わず仕留める。

 聖光神姫リヴィエールは水と光の魔法で距離をとったまま終わらせる。

 超星剛神アステレグルスの獅子星の太刀は、あんな敵など一太刀で両断する。


 しかし新人のマイティ・フレイムには華麗にアレを倒せるほどの地力がなかった。

 いや、出力という点では決して低くない。むしろ炎の魔法の威力は並みのLDなど歯牙にもかけないほどだ。

 単純に、経験値が足りていない。

 東支部長に言いつけられて、異災機構のトレーニングジムで鍛えた。それでも実戦で力量を十全に発揮できるほど戦い慣れてはいなかった。


「だけど、新人だからって甘えてはいられないっ……!」


 彼女は古い時代の改造人間に憧れてレスキュアーを目指した。 

 正義の味方は逃げない。敵わない相手にでも立ち向かい、勝利をもぎ取るのがヒーローというものだ。

 痛みを押して立ち上がったマイティ・フレイムは、巨漢のLDを鋭く見据える。

 そして相手の動きに合わせて、自身も前に出た。

 手数も筋力も向こうが上。しかしスピードと、“一撃のパワー”は別だ。

 LDを中心として円を描くように動き、小刻みなパンチとヒット&アウェイを繰り返し翻弄する。

 捕まらないこと、直撃を受けないこと。それだけを念頭に置けばいい。

 あとは、かき回せ。こちらの速度に反応し切れなくなって、決定的な隙を晒した時が決め時。

 焦る心をムリヤリ抑えて何度も同じことを繰り返す。

 するとLDの体勢が一瞬崩れた。

 そのタイミングを待っていた。


「いっ、けぇぇぇっ!」


 動けない状態を狙いすました、炎の魔力を両足に集中させてのドロップキック。

 深く突き刺さったそれが致命打になった。

 すべてを燃やし尽くす勢いで火柱が立ち昇る。消えない炎に包まれて、LDは黒焦げて灰になってこの世から姿を消した。


「…………やっ、たぁぁぁぁぁぁ!」


 華麗とは言い難い、泥臭い勝利。

 それでもマイティ・フレイムは、市民を守りレスキュアーとしての一歩を踏み出したのだった。







「……ので、歓迎会兼マイティ・フレイムさん勝利のお祝いを突発的に開催しますっ」


 ひゃっほー、とばかりに騒ぐ俺に高遠副支部長が冷たい視線を送っていた。

 しかし我が異災所にはクラッシャーマンくんと超星剛神アステレグルスくんがいる。

 ノリのいい彼らは俺と一緒に「ひゃっほー!」してくれていた。

 アステのレオンくんに至っては夜勤専従なのにわざわざ昼の時間に来てくれているからね。タダ飯を食いに来たとも言う。


「あ、はは。なんか恥ずかしいけど、ありがとうございますっ」

 

 休みの日に呼び出すのはかわいそうだから開催日は土曜。

 マイティ・フレイムさんの昼シフトに合わせて、出前をたくさん注文した。

 ピザとかチキンとかお寿司とか中華とか、結果として取り留めない感じになってしまったけど豪華ではある。経費最高。

 さらに俺は自腹を切って、パティスリー・ララで特別なスイーツを注文してきた。

 

「さあ、涼野さん。これはララ限定の、“あまおう苺のクリームタルト”。君の勝利と前途を祝して1ホール用意したんだ」

「あの、東さん? ちょ、ちょっと全力すぎません?」

「なにを。戦って、生き残った。これを祝わずして何を祝うってなもんよ」


 喜ばしいのは勝ったことではなく、彼女が生きていること。

 なんだかんだレスキュアーは命を張るお仕事、危険は付き物だ。

 だけど彼ら彼女らを止められない。リビング・ディザスターによる被害は増えている。戦うレスキュアーがいなくなれば、市民が犠牲になるだけだ。

 なにより、自ら戦う道を選んだ人たちに、どの面下げて「君達は戦うな!」だなんて言えるのか。

 だったら、異災所の支部長である俺に出来るのは、最大限環境を整えることくらいだろう。

 

「おめでとう」

「夏蓮ちゃん、やったね!」


 聖光神姫リヴィエールは言葉少なく、淫魔聖女リリィは元気いっぱいに祝っている。

 涼野さんは戸惑い照れつつも笑顔だ。


「東さん、すみません」


 お祝いの最中、涼野さんはぺこりと頭を下げた。


「どうしたんだ?」

「ええと、なんと言うか。支部長は私が一人で戦う前に、センパイたちに付かせたり、機構のジムで訓練をしっかりさせようとしたり、色々手はずを整えてくれたじゃないですか。ああいうのがなかったら、きっと勝てなかったです」

「そっか」


 涼野さんが、初の勝利に増長するような性格でなくてよかった。

 戦う者にとって自己肯定感は大切だ。自分を信じられないヤツは、ギリギリの時に立ち上がることができない。

 だからと言って、変に自信をつけて猪突猛進になるのも困る。どんなお仕事だってバランスが肝要だ。

 さて、ここはひとつ忠告を……なんて考えていると、超星剛神アステレグルスことレオンくんが俺の言葉を奪った。

 右手に寿司を、左手にチキンを持ったまま。


「にしては、けっこう苦戦していたね。訓練をして、その上でのぎりぎりの勝利だ。不屈の闘志と言えば聞こえはいいが、何度も転がされている。そのままトドメを刺されてもおかしくはなかった」

「うっ……」


 事実だから何も言えないのか、涼野さんは口を噤んだ。

 けれどレオンくんは手を休めない。すでにチキンは消費され、ピザを確保していた。


「そもそも不屈の闘志は、今この時に勝つためでなく、次は絶対に負けないために使われるべきだと俺は思う。屈辱に塗れて泥水をすする覚悟がないうちは、まだまだレスキュアーとしては二流だよ。あ、岩本さん。俺の分のエビチリは残しといてくださいね」

「ウッス」


 

 うん、レオンくん。

 忠告はありがたいんだけど、その間くらいは食欲を抑えてもいいのでは?

 ちなみにこの二人、お互いに中途半端な敬語で話す。

 岩本くんは年上だけど後輩だから、レオンくんは先輩だけど年下だから、らしい。


「正義のための使命感なんて、大き過ぎたら背負えなくなるだけ。強くなること、市民を守ることは大切。だけど休むこと、遊ぶことだって重要。そしてうまく勝つ以上に、うまく負けることを覚えないといけない。レスキュアーは職業であり正義の味方でもある。身体を壊してハイ退職じゃすまないんだから。脱力は、戦う者の最大の奥義だと心得るんだ」

「は、はいっ!」

「そしてクリームタルト、俺にもひと切れちょうだい」

「わ、分かりました!」


 そう言ったレオンくんは、俺にウィンクをしてみせる。

 祝勝会で支部長が説教なんてしたら盛り下がるから、あえて面倒臭い先輩さんを演じてくれたのだ。

 

「大丈夫、最終的な責任はだいたい支部長がとってくれるから。全力で迷惑かけるつもりでいこう」

「おいおい、レオンくん。その通りなんだけど、もう少し言葉選んでね」

「はい?」

「自分がイケメンだと自覚した上での首こてん止めてもらえる?」


 まあ涼野さん的にも先達である超星剛神アステレグルスくんの言葉の方が響くだろう。

 ちょっと変な感じになったけど、歓迎祝勝会は大いに盛り上がった。


「でも、私はやっぱり思うんです。勝てない相手でも立ち向かう勇気を持つ。それが、正義の味方なんだって」


 その中で、涼野さんの決意めいた瞳に、どうしても不安を抱いてしまった。




 ◆



 若い子達の輪から外れてちょっと一休み。

 するとミツさんに、魔法少女シズネこと甘原静音さんが近くにやってきた。


「おう、支部長。食ってるか?」

「それはもうしっかりと。ミツさんは?」

「おっさんの腹にゃそこまではいらねえよ」


 ミツさんはがははと豪快に笑う。

 俺も三十代まであと一年なんで、そんなにおっさん連呼しないでほしい。


「お茶をどうぞ、東さん」

「ありがと」

「いいえ。お兄さんは大変ですね」


 ほんわかと微笑む甘原さん。

 三十七歳ってマジかよ、って思うくらいに麗しい。

 ただちょっと勘が鋭すぎて困ることもある。ミツさんの方も、俺の態度を気にしてくれていたようだ。


「岩本の時も口酸っぱく言ってたっけか」

「こういうのは初めのうちが肝心だからね。あれで岩本くんは素直だし、過度な正義感がない分よかったけど。涼野さんの場合、理想的な正義の味方像があるから、どこまで理解してくれているものか」

 

 実は、俺の中ではレスキュアーとしての岩本くんは評価が高い。

 彼は強いのではなく抜け目がない。

 爆発の能力を目くらましに使い、襲われてる人を助けたら速攻で逃げるような選択を平気でとれる。

 無理をせず優先順位を間違えないという点で、彼はものすごく優秀だ。正職員に勧誘したのも本気の本気である。


「わりと俺の理想はミツさんと岩本くんなんだよね。敵わないと知ったら助けられる人だけ連れて速攻で逃げる」

「昔のことを言ってるんなら、あらぁ単なる力不足だ。褒められると居た堪れねえなぁ」


 ミツさんはがしがしと乱雑に頭を搔く。

 俺の両親を救えず、仇も取れなかったことが未だに引っかかっているらしい。

 

「それに、ちょっと、本部から嫌な報告があってね。いつもより過敏になってるかも」


 言いながら、スマホをプラプラと見せつける。

 

「他市で、喋るリビングディザスターが発見されたってさ」


 その言葉にミツさんも甘原さんも静かに息を呑んだ。






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