8.Change・Dance・パートきんむ




【今日の勤務】

<アルバイト日勤(9:30~18:30)>

<アルバイト遅番(16:30~20:30)>

・巡回スタッフ

 淫魔聖女リリィ、クラッシャーマン



 その日の夕方、淫魔聖女リリィとクラッシャーマンは巡回スタッフとして街を歩いていた。

 もっとも変身はしていない。白百合綾乃と岩本恭二としてだ。

 恭二の方は服の下に全身タイツを着込み、マスクだけ被っていない状態である。

 巡回スタッフはT市に異常がないかを見て回り、事件があれば異災所に連絡。その後現場に急いで駆けつけ、迅速な対処を行う重要な役割だった。

 

「あむっ。たこ焼き、美味しー」

「アヤノちゃん、俺もちょーだい」

「えー、一個だけですよー?」

「分かってるって。むぐ、ウマー」


 なおT市支部では東支部長により、任務に支障がない限りは巡回中の買い食いが認められている。 

 大変な仕事だけに多少の役得はあってしかるべき、らしい。

 綾乃は清楚系の名前の響きをしているが、中身は元気なボクっ娘で、わりと自己顕示欲の強いタイプだ。

 そのためユルユルかつ戦い以外の仕事を積極的にとってくれる東支部長の方針は性に合っていた。

 正直ボクもう他のところじゃバイトできないよなー、と思うくらいには。

 もちろん根が善良なため、市民のために戦うことは厭わない。リラックスしつつも真面目に街を見て回る。

 しかし住宅街に入り、その近所にある子供たちが集まる公園に着いた辺りで綾乃たちは固まった。


「東、支部長?」


 公園に支部長の姿がある。中学生くらいの男子といっしょだ。

 今日、支部長は休みだったはず。いったいどうしたんだろう、もしかして新しいレスキュアーのスカウト?

 不思議に思い近づこうとするも、男子の怒鳴り声に足を止められた。

 

「ふざけんなよお前! 俺の、俺の母さんをなんだと思ってんだ⁉」


 憎しみで人が殺せたなら、とでも言わんばかりの勢いだ。

 男子は明確に東支部長に敵意を抱いている。

 止めようと走り出そうとしたが、クラッシャーマンに肩を掴まれた。

 彼は首を横に振る。気付かれたらマズい、ということだろう。頷きで返して、こっそり隠れて聞き耳を立てる。


「いや、まあ、君の気持ちもわかるけどね。そこはお母さんの気持ちも尊重してあげてほしいかな、と」

「この……! 母さんに、あんな露出度の高い格好をさせて! 恥ずかしいことを言わせて! 変態クソ野郎が!」

「でも、その分のお金は払っていると言いますか。……これ語弊があるな」


 ヤバい単語がちらほらと。

 綾乃はもう中学三年生、“そういう知識”だってある。

 所有するレディコミとかドラマとか友達の実体験とか色んなものの記憶を総動員して、少女は結論に辿り着く。


「あ、あずま、しぶちょうがっ。中学生男子の子供がいるお母さんに、お金を払って、えっちな格好させて恥ずかしいセリフを言わせてる……⁉」


 支部長淫行疑惑、不浄。じゃなかった浮上。

 思わず恭二の方を見ると、にやりと笑って頷いていた。


「あー、そっスねー。あの子のママさん、むっちむちっスからねー」

「むっ、むっちむち⁉」

「そりゃあもう。なんか歩く時の擬音が“てくてく”でも“スタスタ”でもなく“ムチッ♡ ムチッ♡”っスよ」

「と、というか岩本さん知ってるんですか?」

「まあ。支部長がママさんと一緒にいるところ何度も見てますから。確か、三十七歳だったかな? めっちゃスタイルいい美人ママさん。いやー、支部長より十歳近く上になるんスよねぇ」

「そ、そんな……」


 東支部長が年上既婚者のむちむちぼでーにドハマリしてるなんて。

 綾乃はわなわなと体を震わせる。

 しかし彼女も浅慮ではない。人聞きの情報だけで判断するなんて、と思っていたのに、決定的な場面まで目にしてしまう。


「こら、陽介! 東さんに何をしているの!」

「か、母さんッ⁉」


 渦中の、男子の母親が実際に出てきてしまったのだ。

 確かに恭二の言う通りむっちむちの上、ナチュラルメイクの美女だ。


「すみません、東さん。息子が迷惑をかけてしまって」

「いや、謝らなくても大丈夫だよ甘原さん。文句も、別に的外れではないしね」

「そんな。それこそ、私の方がお願いした立場なのに」


 的外れではない。つまり、事実だと確定した。

 しかも無理矢理ではなく、既婚者さんの方から誘惑していったのだという。


「ど、どうにかしないと。ぼ、ボクが、どうにかしないと……」


 支部長が不貞行為を。

 その事実に混乱しながらも、綾乃は考えを巡らせる。

 周囲に知られるより早く、事態を鎮静化しないといけない。


「あれっスか、異災機構の本部に報告とか?」

「そんなことしたら支部長クビになるかもでしょ!? 不倫で慰謝料で損害賠償で懲戒解雇! ボク、スカッとする系の動画とかで知ってるんだよ⁉」

「いや、実際あんな簡単にクビには……」


 恭二の発言には耳を傾けず、妙な決心をして少女は握りこぶしを作る。


「不倫は、いけないこと。分かってるよ、ボクだって。でも東支部長はいい人だし。たぶん、あれ。あの、人妻ふぇろもんとかで誘惑されて、一時の気の迷いとかのはず。真剣に話したら、ゼッタイ分かってくれる。バイトだから正社員だからで差別する人じゃないし」

「そっスねー」

「ボクが、支部長を正しい道に引き戻してみせるっ! ぶっちゃけ今さら東支部長がクビになって新しく来たトップが厳しい人だったら仕事続けられる自信ないからね!」


 燃える綾乃、いや淫魔聖女リリィ。

 しかし彼女は気付いていなかった。

 クラッシャーマンが「~っス」と喋るのは敬語が苦手だからで、基本年上相手にしか使わない。

 あえて年下にそういう口調をしているのは、完全に面白がっているだけであった。




 ◆




【今日の勤務】

・正職員は通常配置(日勤:改造人間ガシンギ、遅番:獣装甲アイゼンヴォルフ)

・待機アルバイトスタッフ

<アルバイト日勤(9:30~18:30)>

クラッシャーマン

<アルバイト遅番(16:30~20:30)>

淫魔聖女リリィ、聖光神姫リヴィエール



 支部長のお仕事はいくつもあるが、その隙間に俺はシフト表を日に三回は確認する。

 名前をチェック、勤務日と時間帯をチェック。うち、学生バイト多いからね。時期によっては定期テストとか行事も考慮しないといけない。 

 シフト表とにらめっこしていると、アルバイトの淫魔聖女リリィさんが俺のデスクに近寄ってきた。


「あ、あのぉ、東支部長?」

「ん、どうかしたの白百合さん?」

「ちょっと、お話を聞きたいなー的な? 感じなんですけどぉ」


 白百合さんは同僚には砕けた感じで接するが、上司には一応敬語で話す。

 ただどちらが相手でも元気のよく親しみのある感じなので、こうやって歯切れの悪い態度は珍しかった。

 俺は「いいよ」とシフト表を机に置き、片手間ではなくしっかり聞く体勢を作ってみせる。

 すると彼女は安堵の息を吐き、少し間を置いてから意を決して口を開いた。


「東支部長は、年上より若い女の子が好きですよねっ!」


 ……………はい?


「えーと、白百合さん?」

「だからですね。人妻より若い子の方が魅力的だとボク思うなー」


 なんかクネクネと体をよじらせて推定せくしぃポーズをとってみせる。

 パープルサキュバスのメダルに選ばれたはずなのに、イマイチグッと来ない。いや、15歳に色気を感じたらヤバいけどさ。


「いや、特に年齢は気にしたことがないなぁ」

「えっ⁉ じゃあ、あの年上。例えばですよっ⁉ 年齢が十歳くらい離れてたりしてお付き合いとか、変だなーとか思ったりは……」

「月並みだけど、愛があればいいんじゃない?」

「そんなっ、やっ、やっぱり……!?」


 やっぱり?

 今日の白百合さんはいつもより行動のファンキーさが増している。


「じゃ、じゃあ! 東支部長は、このスキャンダルどう思いますかっ⁉」


 見せられたスマホにはちょっと前にあった芸人のスキャンダル記事があった。

 芸人は既婚者で、地方営業があると妻に偽り不倫をしていたというものだ。

 しかも不倫相手も、子持ちの既婚女性。

 芸人が妻を馬鹿にしているような音声も公開され、離婚訴訟から親権もとられ、慰謝料養育費、相手の旦那さんからも慰謝料で仕事も干されるというフリーダムなフルバースト直撃案件である。


「どうって言われても、俺は別にその芸人さんのファンでもないしね。大変だなぁ、としか」

「そうじゃなくて! あの、不倫っていけないなーとか、そういうのが」

「まあ、それはいけないんでない?」

「ですよねっ⁉ よっ! さすが東支部長!」


 その程度で褒められるって俺はどんだけ倫理観がないと思われてるんだろうか。


「それで、ですね! こっちの動画見てください! キャラ作成ツールを使って作る、なんというかスカッとする系の動画なんですけどね! ほら、主人公の妻と不倫した上司が主人公を陥れようとしてなんやかんやで慰謝料とか請求されてクビになっちゃって! もぉ、やっぱり不倫って怖いですよね⁉」

「お、おう。こういうの好きなの?」

「好きなわけないじゃないですかなに言ってるんですか⁉」

 

 君こそ何を言ってるんですか?

 あと、事務所の隅っこでクラッシャーマンくんが「うぷぷ」って笑い堪えてるんですけど。


「マジメに考えてください東支部長! このままだと支部長には破滅が待ってるしボクやこの異災所のメンバーのピンチでもあるんですよ⁉」

「いや、なにが?」

「だからっ! と、とにかく既婚者とか年上とか子持ちとかに魅力を感じたらダメなんです!」


 そんな宣言をする淫魔聖女リリさんの肩にぽんと手が置かれる。

 彼女が振り返れば、無表情で凄む聖光神姫リヴィエールがいらっしゃった。


「翔さ……こほん。支部長に、そんなあからさまなアピールをするのはよくないよ淫魔」

「え、あの、アピールとかじゃなくてね? むしろこれは、玲ちゃん的にも見逃しちゃいけないというか」

「これ見よがしに最年少を前面に押し出して迫るとかダメだ淫魔」

「迫ってないし淫魔が語尾みたいになってる⁉」


 仲いいなぁ、ウチの子達。

 なんて考えていると、事務所にまた一人やってきた。


「東さん」


 俺に声をかけてきたのは三十代後半の、スタイルのよい女性だ。 

 化粧は薄いし、髪型も肩までの長さの髪を後ろでまとめただけ。なのに、どこか品のあるおっとりとした美人さんである。


「あれ、どうしたの? 今日は休みなのに」

「いえ、昨日息子が迷惑をかけたので、改めて謝罪に」


 申し訳なさそうに俯く姿も、何となく色っぽい。

 そっと差し出される菓子折り。マドレーヌとか焼き菓子の詰め合わせだ。

 俺の嗜好はばっちり把握されていた。悪いと思いつつも受け取ろうとするが、それより早く白百合さんの叫び声が響く。


「あ、東支部長の不倫相手が乗り込んできたぁぁぁぁぁ!?」

「はぁ⁉」


 なに言っちゃってんのこの子⁉


「白百合さん? 君は、なにをとんでもないことを」

「あれですか⁉ そろそろ勤務時間が終わりだから待ち合わせて夜デートってことですか⁉ 正気に戻ってください! 肉食系支部長なんて見たくない! いつもの甘いものが好きでユルユルな支部長でいてくださいよぉ⁉」

「どう考えても正気に戻るの君だよね⁉ ていうか、不倫相手って何⁉」

「異災所で逢引きとかダメです⁉ ほら、皆も支部長を止めて……よ?」


 なんか興奮していた淫魔聖女リリィさんが急に勢いをなくす。

 クラッシャーマンくんも聖光神姫リヴィエールさんも怪訝そうな目で見ていた。有り体に言うと「なに言ってんの白百合さん?」みたいな視線だった。


「え、あれ、なんで皆そんな態度なの? 部外者を事務所に入れての不貞だよ? ゼッタイダメなヤツだよ?」

「あー、そもそも。甘原さんは、部外者じゃない」

「はい。私も、昼のパート勤務で働いているレスキュアーです」


 甘原さんは既婚者で中学生の子供さんがいるから、パート勤務で平日の昼にだけ働いてくれている。

 なのでアルバイトの遅番である学生組とはほとんど接点がないのだ。


「嘘だ! だってボク、見たことないし! 所属レスキュアーは切り抜き動画があるから全員確認できるんだよ⁉」

「いやいや、動画にもちゃんと出てるぞ。だって、ウチだとリヴィエールさんに次ぐ固定ファンの持ち主だから」


 俺は自分のスマホで甘原さんがリビングディザスターと戦っている動画を再生する。




『ざぁこ♡ ざぁこ♡ 私みたいな子供に負けちゃうなんてぇ、恥ずかしくないのぉ?』

『ぷぷー、なっさけなぁい』

『じゃあね、LDさん♡』




 そこにはツインテールでフリフリ衣装の、セクシー系メスガキレスキュアー。

 魔法少女シズネが映し出されていた。


「…………え?」


 戸惑う白百合さんに、甘原さんが自己紹介をする。


「では、改めまして。私は特殊異命災害対策機構T市支部に所属するレスキュアー、甘原静音あまはら・しずねです。類型は【魔法少女】。年齢は三十七歳。昔は正職員だったのだけど、中学二年生の息子がいるから今はパート勤務にさせていただいているの。よろしくね」


 ほんわか微笑む甘原さん。

 こんな美人お母さんの息子になれるとか、前世でどんな徳を積んだんだろうか息子君。

 ……きっと俺は、前世で悪いことしたんだろうな。なんて考えは面に出さず、甘原さんの説明を補足する。


「彼女は魔法少女の中でも腕っこきでさ。変身している間限定だけど、全盛期の姿……いちばん魔力が活性化していた、十一歳前後まで若返ることができるんだ。しかも、ウチでも最上級の回復魔法の使い手だよ」

「恥ずかしい話だけど、カラダが若返ると中身も引っ張られて、当時の性格に戻ってしまうの」


 こんなおっとりさんが昔はメスガキだったとか、変われば変わるもんだね。

 白百合さんはまだ理解が及んでいないようで、おずおずと質問をしてきた。


「じゃあ、昨日息子さんが、言ってたのは」

「あれ、聞いてたの? そりゃあねえ、自分のお母さんが露出度高めのフリフリ魔法少女服着て恥ずかしいメスガキ煽りしてるとか受け入れ難いよなぁ」

「ですが、パート勤務は私から言い出したことですしねぇ。それに、ここほどお給金の高い働き口は中々なくて」


 ぷるぷる震え出す白百合さん。

 恥ずかしさからか、顔がちょっと赤くなっている。


「あの、もしかして、ボク以外の人って、静音さんのこと知ってました?」

「え? 正職員はだいたい。でも、涼野さんとか学生組は基本顔を合わせない。あと、地味に夜勤専従のレオン君はほとんど会ってないはずだよ」

「じゃあ、岩本さんは……?」

「ん? 岩本くんはフリーターで日勤だから、けっこうシフトが重なる日は多いかな」

「あっはっは、そうですか。つまり……」 


 そこまで聞いて得心したのか、白百合さんはぎらりとした目で岩本くんを睨みつける。

 

「嵌めやがりましたねクラッシャーマンぁぁぁぁぁぁ⁉」

「なっはっはっはっは、アヤノちゃんさいっこー! すっげー面白かったよ!」

「ふざけんなくださいなんだったんだよボクの悩みぃぃぃ⁉」


 なんか俺も甘原さんもソッチノケで喧嘩を始めました。

 えぇ、いったいなんなの?

 しかも聖光神姫リヴィエールさんは感慨深そうに息を吐く。


「あぁ、やっぱり……さすが、パープルサキュバスに選ばれた戦士」

「玲ちゃん、なにがやっぱり!? それってあれ!? ボクの頭の中が淫らとかそういうニュアンス!?」


 荒ぶる淫魔聖女。

 ついでにリヴィさんは俺の方に視線を向けて、サムズアップをしてきた。


「支部長。私も、愛に年齢差は関係ないと思う」


 訳の分からない激励? をいただきました。

 混乱する俺の隣で、甘原さんはのほほんと微笑んでいる。

 俺のスマホの映像は次の動画に飛んだらしく、【魔法少女シズネの『ざぁこ♡ ざぁこ♡』一時間耐久】が流れていた。


「相変わらず、楽しい職場ですねぇ」


 まあ、今一つ理解できてはいないが。

 所属レスキュアーさんがそう言ってくれるのは、嬉しいことなんだろうなぁと思いました。

 あずま。




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