18.お菓子についてるあのカード


【今日の勤務】

<アルバイト日勤>

 クラッシャーマン

<遅番>

 改造人間ガシンギ

<ポテチを食べに来た人>

 超星剛神アステレグルス



────────





 レスキュアーにとっては戦闘と同じくらいにグッズ商売が重要だ。

 改造人間ガシンギのアクションフィギュアは男の子に大人気だし、超星剛神アステレグルスくんの獅子星の太刀も玩具になっている。

 しかしグッズの定番中の定番と言えば、やはりトレーディングカードだろう。


「支部長、荷物なら俺が運ぶっス」

「いいよいいよ、休憩室に持ってくだけだから」


 異災所に届いた二つの段ボールを運んでいると、岩本くんがそう申し出てくれた。

 でも、中身は軽いから特に負担はないため遠慮しておく。


「つーか、それなんスか?」

「レスキュアーチップス。新弾が出たからね、レオンくんにメーカーさんが贈ってくれたんだ」

「マルティネス先輩に?」

「うん。今回、アステレグルスくんがシークレットだから。岩本くんも撮影したよね?」

「うっす。一応は」


 レスキュアーチップスは歴史の古い商品だ。

 ポテトチップスにレスキュアー達のトレーディングカードがおまけとして必ず付いてくるので、子供たちに根強い人気がある。

 カードは一弾に付き百種類以上。ウチだけでなく他支部のレスキュアーさんもカードになっており、新弾の度にメンバーが変わったり新しいバージョンになったりする。

 今回はシークレットがアステレグルスくんなのだが、撮影の時に「俺、ここのメーカーのスナック菓子好きなんですよ」と話したそうだ。それで気を良くしたのか、メーカーさんが段ボールいっぱいのレスキュアーチップスをくれたという寸法だ。


「レオンくん、今日取りに来るってさ」

「あれ? 先輩、夜勤明けじゃなかったスか?」

「仮眠してから戻ってくるみたい。若いってすごいなぁ」

 

 ぎりぎり二十代な俺にはもうそのバイタリティはございません。

 そうして午後二時頃、レオンくんがやってきた。


「どうも、支部長。お疲れ様です」

「や、レオンくんお帰り」

「チップス、どこにあります?」

「休憩室に運んであるよ」


 イギリス系クォーターなイケメンくんは、夜勤明けでも疲れを感じさせず爽やかだ。

 右手に2リットルのコーラを持っていなかったらだけど。


「おーっす、レオン」

「お疲れ様です。今日の遅番はミツさんでしたか」

「ああ。今日は出勤すぐの出撃だったよ」

「最近微妙にLDが増えていますね」


 正職員同士、気安く挨拶を交わしている。

 一番の古株だけど、本人の意向でだいたいの人はミツさん呼び。氷川さんだけ頑なに苗字呼びである。

 岩本くんとも少し話した後、休憩室に言ったレオンくんは二つの段ボールの封を開けた。


「おお、うすしお味にバーベキュー味。二種類とも入っている」

「マルティネス先輩の稼ぎなら、こんな菓子買い占められるんじゃないスか?」

「分かってないな、岩本さん。自分でも買えるけど普段買わないような物を貰えるのが一番嬉しいのです。同じ理論で、メインのおかずにはならないけど高価でご飯が進む明太子やいぶりがっこを贈られるのもまた嬉しい」

「イケメンもいぶりがっことか食うんスね……」


 その気持ちすっごい分かる。

 正直俺も最初の頃、レオンくんはカフェ飯とかで生きているとばかり思っていた。実際は俺と同じジャンク大好きっ子である。

 レオンくんは段ボールの中のチップスを一袋さっそく取り出す。


「やはりまずはうすしお。あ、支部長。カードいらないんで、どうぞ」

「おー、ありがとう。遠慮なくもらいます」


 なお彼はカードには興味がないらしく全部俺にくれました。

 まだ発売されてないカード、一気に二十四枚ゲット。

 そのやりとりに岩本くんが「いやいやいや」と思いっ切りツッコむ。


「先輩、たぶんなんスけど……今渡したカードの方が本体っスよ?」

「そうですか? どちらにしろ俺はジャンクな風味に舌鼓打ちたいだけなので」


 そう言って袋を破り、バリボリとポテチを貪り食い、持ち込んだコーラをがぶ飲みする。

 実にワイルド。


「美味い! このどう考えても身体に悪い油とやすりぎたしょっぱさ! それを洗い流す炭酸飲料の刺激! しょっぱ、しゅわっ、あまっ! まさに至福!」

「この人が新人レスキュアーに憧れられてるの納得いかねー」


 岩本くんがポテチを堪能するイケメンを半目で眺めている。

 超星剛神アステレグルス、強いしいい声だし戦闘中の立ち振る舞いもクールだから、彼を目指す新人さんは多い。マイティ・フレイムさんもその一人だし。


「だが、ちゃんと食うのはいいことだ。俺が若い頃なんざ、カード欲しさに大量に買って、菓子は捨てるガキも多かったからな」

「あー、確かに。問題なってたよね」


 ミツさんのぼやきに同意しつつ、俺はカードを開封する。

【魔導装甲メタル・フォックス】……他支部の装甲戦士系レスキュアーだ。

 白狐を思わせる全身装甲、なかなかカッコいい。


「てか、支部長。そういうカード好きなんスか?」

「けっこう。子供の頃は持ってたんだけどね、家の事情で失くしちゃってさ。だから大人になってから集め直してるんだよね」


 この商品はまだレスキュアー制度が成立する前、ヒーローが準公務員扱いだった頃から、“ヒーローチップス”という名称で販売されていた。

 メーカーさんの方から異災機構に依頼をかけて、粘り強い交渉の結果「詳細なデータを乗せず名前と写真だけなら」という条件で実現したらしい。

 当時はヒーローのグッズなんてほとんどなかったから、旧式改造人間に憧れた男の子がこぞってヒーローチップスを買い求めたものだ。


「ちなみにヒーローチップス第一弾の専用カードファイルもネットオークションで落札した」

「ガチ勢じゃないスか」


 ヒーローチップスは低確率で当たりカードが封入されており、それをメーカーさんに送ると専用のカードファイルが手に入るのだ。

 小さい頃は俺も持っていたんだが、存在呑みの襲撃のどさくさで失くしてしまった。

 なんて暗くなりそうな考えは頭の外に追い出して、二枚三枚とカードを開けていく。


「おっ、クラッシャーマン当たった」

「マジで? なんか、改めて見ると恥いっスね、これ」


 全身タイツ姿のヒーロー。

 普段見慣れてるはずなんだけど、こうしてカードになると特別感がある。

 そしてレオンくんは二袋目に手を付ける。今度はバーベキュー味をバリボリやってる。


「ついでに、俺のコレクション見る? 初期のヒーローチップスカード、ミツさんの若い頃とかあるよ」

「少し興味ありますね」


 ポテトチップス片手にレオンくんが前に乗り出してきた。

 コレクターとしては興味を持ってもらえるのが嬉しい。俺は事務所の机から、専用カードファイルを持ってきた。


「ヒーローチップス第一弾の発売が二十年くらい前、ちょうどミツさんが活躍し出した頃だね。ほらこのカード、最初期の改造人間ガシンギね」

「やべえ、懐かしいな。それに岩本の言う通り、妙に恥ずかしいわ」


 若かりし頃の、まだ新人ヒーローだった頃のガシンギだ。

 本人からすると未熟な自分というのは妙なくすぐったさがあるのだろう。


「今と装甲のディティールが違いますね」とレオンくんが呟く。

「再手術で強化されてるからな。俺ら昆虫系の生物型改造人間の装甲は生成された外骨格だから、とかく強化の影響を受けやすい」


 なあ? とミツさんが俺に振る。

 微妙に返答しにくいので止めてください。

 軽く流しつつ俺は岩本くんとページをめくる。


「こうして見ると、ヒーローチップス時代って女の子少ないっスね」

「ああ、昔は旧式改造人間が主流だったからね。女性で強化改造手術を受ける人って、極端に少なかったんだ。あと、チップスに封入されるカードは男性ヒーローの方が選ばれやすいって理由もある」

「なんでっスか?」

「単純に購買層が男子メインだから。かっこいい戦士が好まれるんだよ。逆に、今だと女の子向けには“レスキュアーチョコ”が出てる。聖光神姫リヴィエールさんは、そっちで登場してるよ」


 美少女で魔法少女でアイドルでもあるリヴィエールは、分かりやすく女の子たちに人気がある。将来ああなりたい、という意味で。

 だから女の子向け商品が氷川さんの活躍の場だ。


「つまり、男の子に人気があるヤツはチップス、女の子に人気があるのはチョコでカード化される、ってことっスか。あれ、じゃあ淫魔聖女リリィは」

「レスキュアーチップス」

「ああ……」


 俺の端的な返答に、その場にいる皆が微妙な顔をした。

 仕方ないんだよ。淫魔聖女リリィは男性人気が高すぎるんだ。いや、女子にも一定数ファンはいるけどね?

 と、そこで岩本くんはあるカードを見つけて目を丸くした。


「は? ヒーローチップス第一弾に魔法少女シズネのカードあるんスけど!?」

「そりゃあるよ。甘原さんは、ミツさんより先に活躍してた魔法少女だから」

「外見が全然変わってねぇ……」


 そう、二十年前、魔法少女シズネもカードになっている。

 当時はヒロインチョコみたいなやつは販売されていないため、シズネさんもヒーローチップスだ。

 甘原さんは変身すると10歳前後まで若返る。なのでいつカード化されても幼い魔法少女のままという不思議仕様になっていた。


「そういや、シズネショックなんて事件があったなぁ」


 俺がそう呟くと、ミツさんが「ああ、あったあった」と楽しそうに笑った。

 レオンくんも岩本くんも興味ありそうだったので一から説明する。


 “シズネショック”

 それは当時の小学生たちを巻き込んだ非常に大きな事件だ。

 ヒーローチップス第一弾のおまけカードはほとんどが男性ヒーローだった。その中で数少ない女性が魔法少女シズネである。

 彼女の外見は十歳前後で、フリフリで可愛らしく適度にセクシーな衣装をまとい、そもそも本人が美少女だ。

 もちろんグラビアなんかと比べれば過激さは抑えめ。

 しかしチップスの購買層は主に小学生男子。シズネさんの愛らしさとちょっとの刺激に男子諸君はものの見事に射抜かれた。

 結果、“俺はかっこいいヒーローのカードが欲しいだけだし……”みたいな顔してチップスを買い漁る小学生が続出した。

 そんで、あくまでシズネさんのえちちカードが目的だから、お菓子も他のカードも店先のごみ箱に捨てる。おかげで駄菓子屋のゴミ箱が大変なことになって、小学校に苦情が入るまでに至ったのだ。


「俺だって当時当たった魔法少女シズネのカワイさに思わずドキドキしてしまったものさ……。そこそこ肌色成分多いし、性癖捻じ曲げられた子供達もいると思う」

「なっはっはっ。あんた絶対それレイちゃんの前で言うなよ?」


 何故か岩本くんに強めの注意を受けました。

 そしてレオンくんが三袋目のポテチに手を伸ばしました。胃袋が若い。

 

「しかし、改めて見ると懐かしい顔が多いな。アミィに、宇宙騎士シャイガン。ガルキオーに、改造人間パラス三号。……現役で残ってる奴は少ねえけどよ」

「辞めた人はけっこういるし、異災機構のお偉いさんになってる人もちらほらいるから。というか、ミツさんにも声はかかっただろ?」

「管理側は性に合わねえよ。カード化されてないヤツもけっこういるのか」

「そりゃ商品だからね。売れ筋を選ぶのは当然だ」


 だから改造人間ガシンギもバージョンアップに合わせて何度もカード化されている。


「ちなみに、ウチの事務所だと売れ筋って誰なんスか?」

「ミツさんは基本だけど、やっぱりレオンくんになるね。獅子星の太刀での戦い方は、男の子のハートを鷲掴みしてる」


 アステレグルスくんもフォームごとにカードがある。今回のシークレットレアはアステレグルス・スーパーノヴァフォームだし。


「岩本もベースを武器に爆発を操ってみるか? 人気出るかもしれねえぞ」

「勘弁してくださいよ、ミツさん。音楽は武器じゃないっス」


 即答されてミツさんは嬉しそうだった。

 俺も岩本くんのそういうとこ好きです。と、ファイルをペラペラめくっていると、皆の視線が一点に集中される。

 前の弾に封入されていたシークレットレア、淫魔聖女リリィである。


「アヤノちゃん、シークレットなんスね……」

「正直、男性人気物凄いからね」


 自己顕示欲は強いけど、真っ当にアイドル的な人気を得たい白百合さんからしたら不本意だろうけど。

 そう、淫魔聖女リリィはかつてのシズネショックに勝るとも劣らない衝撃を与えた。

 メーカーさんも、彼女の容姿は可愛らしいが、これを男子小学生が手に入れるのマズくない? と思ったらしく、レアにすることで封入率を絞った。

 が、それでも当てる人はいる訳で。発売されると即日で電子掲示板に“淫魔聖女リリィのカードやば杉ワロタwww”スレが立った。

 反応した掲示板の民が彼女のカードを手に入れようと、大きなお友達の財力にものを言わせてレスキュアーチップスを買い叩く事態が発生。

 それを商機と見たのか、転売ヤーたちが参戦。一時期はポテチなのに一袋一万円の値段が付けられたこともある。

 さらには教育委員会が余計な介入をして「健全な青少年の育成にどうこう」とか言い出した。

 なので俺は自ら出向き「市民のために戦うリリィさんに恥じるところは一つもないし俺は尊敬してるし超カワイイ」という魂の熱弁によって黙らせ、高遠副支部長に白い目で睨まれたのである。


「なんつーか、二十年前から男なんざまったく成長してねえってことだな」

「というか、この手の現象は男性レスキュアーに対しても起こってるからね。アステレグルスは女性ファンも多いし」


 ミツさんが呆れたように溜息を吐くが、世の中には色々な方々もいる。

 センパイである改造人間ガシンギに指導されるアステレグルスのガシ×アスの同人誌とかが横行する時代です。

 断っておくが、当の子供達は素直な目でレスキュアーを見ている。淫魔聖女リリィだって速攻で敵を片付ける、頼りになる戦士なのだ。

 でも、特異なごく一部の方々こそ声がデカく、そういう人たちの主張は目立ってしまう。

 子供の趣味に大人が参入すると色々アレ、という話だ。 


「まだ、マイティ・フレイムはカード化されていませんね」


 レオンくんの言う通り、彼女は新人なんでまだカード化されていない。

 が、一応営業かけてるし次の弾ではいけるんじゃないかと思っている。


「カレンちゃんはチップスか、チョコか。どっちになるっスかね?」

「そこはメーカーさんに任せてる。たぶん本人はチップスの方が喜ぶだろうけど」


 ヒーローに憧れてた子だからね。

 今のところ変なファンも多くないし、彼女のカード化はスムーズにいくはずだ。


「騒ぎにならねえといいな」というミツさんに俺は笑みを落とす。

「ま、変なお客様はいつの時代だっている。それでも、カードは憧れなんだよね、子供にとっても正義の味方にとっても」

「そりゃ違いない」


 リリィさんでさえ、シークレットレアになったことを素直に喜んでいた。

 色々と商品展開されているけれど、トレーディングカードはやっぱり特別なのだ。


「え? ですが、おまけですよね?」


 ……まあ、お菓子の方をメインに考えるレオンくんのような子もいるけど。

 ていうかそれ四袋目? なんでその暴飲暴食具合でスレンダースタイル維持できるの?





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