32.レスキュアーの光と影




 何事にも光と影というものがある。




 ◆





 定型を持たないリビング・ディザスターには、改造人間よりも魔法少女の一撃の方がよく効く。

 ウチだとやっぱり聖光神姫リヴィエールさんと、魔法少女シズネさんだ。


 その日、出現した緑色の霧状のLDが市民を襲った。

 どうやら体そのものが毒らしく、吸い込めば人は苦しみながら倒れ込む。

 けれど出動したのが魔法少女シズネでよかった。

 彼女は結界で市民に毒が行くのを防ぎ、LDに魔法のステッキを向ける。

 

「はぁい♡ よわよわLDはこれでおしまいでーす♡」


 さらに結界でLDを覆い、その範囲を徐々に狭めることで広がる気体をひとまとめにして、光の魔法で一気に浄化してしまう。

 最後にもう一度ステッキを一振り。煌めく光が雨のように降り注ぐ。


「みんなに届け、『グレイス』」


 広範囲の状態異常回復と治癒魔法。

 シズネは倒れていた人々を造作もなくまとめて治してみせた。可愛らしいポーズ付きで。


「やった、シズネちゃんがLDを倒したぞ!

「苦しくない……シズネちゃん、ありがとー!」

「かわいいぞロリババアー! 俺だー! 結婚してくれー!」 


 騒ぐ民衆に合いそうよく笑顔を振りまく魔法少女シズネ。


「みんな、無事ぃ? もう大丈夫だからねー♡ 毒は治したけど今日は一日安静に♡ ひどいこと言うおバカな童貞さんは黙っててくださーい♡」


 最後にウィンクと投げキッスを残して、魔法少女は去っていく。

 態度はともかく敵を倒すのと結界で市民を守り広範囲の治療まで一人で同時にやれるのは、ウチの異災所でも彼女だけである。

 ところでシズネさんの中では童貞呼ばわりはひどいことに含まれてないんですかね?


「さすが、シズネさんだなぁ……」


 俺はスマホでニュース映像を眺めながら呟く。

 動画では魔法少女シズネの大活躍がクローズアップされている。飛行魔法で縦横無尽に飛び回っているのに、計ったようにっていうか謀ったようにカメラ目線の可愛いポーズ、真剣な表情の決めポーズ、生意気幼女の煽りフェイスと撮れ高が確保されている。

 なのに一度もスカートの中が見えないという、完璧すぎるムーブだった。


 魔法少女シズネこと甘原静音さんは現在三十七歳だが、変身すると十一歳前後にまで若返る。

 無属性の魔力の矢や高出力砲撃、光属性の浄化・浄霊、高位の治癒魔法、都市すらも覆える結界術、防御壁に各種強化。必殺の魔力砲『アマビリス・ルークス』などなど。攻防回復補助に隙が無い。

 さらには美幼女で挑発的な笑みと煽りがよく似合い、可愛らしいフリルと適度な肌色で世の少年たちの性癖を歪める、色んな意味ですごい魔法少女である。

 もっとも、一度変身を解けば近所でも評判の美人妻であり母親。

 夫婦は仲睦まじく、中学生の息子との関係も良好。人の羨む幸せな家庭だとか。


 そんな甘原さんに近付く黒い影があるという。

 そう、俺こと東翔太朗だ。……そんなつもり一切ありませんけどね?

 なぜか中学生の息子くんにはそう邪推され、かなり恨まれている俺です。


「なんで俺はあんたとお茶してるんだろ……」

「いや、君が俺と話したいと呼び止めたんでしょうよ」


 そんな息子くんと俺は喫茶店で向かい合っていた。

 ウェイターさんが「おまたせしました」と注文の品をテーブルに置く。

 俺の前にはコーヒー、息子くんの前にはあまあま生クリームたっぷりのゴージャスキャラメルマキアート。

 逆です。ウェイターさんがいなくなったことを確認してから飲み物を交換する。


「注文の品はちゃんと頼んだ人の方に置いてほしいよね」

「大人がそんなもの頼むとは思わないからだろ」

「なにを。疲れた大人にこそ甘いものは必要なのだよ」


 俺は疲れてない時も飲むけど。

 さて、なんでこんなことになっているかと言うと、なんと言いましょう。とにかくいろいろな流れがあるのです。

 俺はキャラメルマキアートを飲みながら、ここに至るまでの経緯を思い返していた。

 






 その日、俺は甘原さんと涼野さんの三人でドライブをしていた。

 プライベートではなく仕事です。市役所に足を運んだその帰りだった。

 N県には自然豊かな別荘地がある。

 夏休みにはそこで、市が主催する子供向けのアウトドア体験イベントが毎年行われており、安全上の理由からレスキュアーに同行の依頼がきたのだ。


 ぶっちゃけて言うと、この依頼はあまり報酬が高くない。

 あくまでアウトドアがメインなのでレスキュアーが目立たないし、決しておいしい仕事ではなかった。

 しかし本人の希望もあり、去年に引き続き今年も甘原さんに担当してもらっている。


「安い値段で使っちゃって申し訳ない」

「いえいえ、これはむしろ私の我侭ですから。自然と触れ合う体験は、子供たちの大切な思い出になります。それを見るのが毎年の楽しみの一つなんです」


 魔法少女シズネさんは戦闘力も高いが、それ以上に「生きてさえいれば後遺症なく完治させる」とまで謳われるレベルの治癒魔法こそが本領だ。

 自分がいれば子供達を安全に遊ばせてあげられるから、という理由で甘原さんはこの仕事を毎年受け続けてくれていた。


「確かに、子供の頃のこういう経験は大事だよね」

「東さんも経験がありますか?」

「小学校の頃、家族三人でキャンプしたよ。やっぱり楽しかったなぁ」


 俺は甘原さんにも敬語を使わない。

 最初の頃は丁寧に接していたけど、ミツさんと親しい感じなので「私だけそんな態度だと困ってしまいます」なんて言われてしまった。今じゃけっこう親しく喋れていると思う。


「涼野さんも当日はお願いね」

「はいっ。私は治癒魔法が使えないけど、そのぶん子供が危険なところに行かないようしっかり見守りします!」

「そうだね。飯盒炊飯の時、どーしても火がつかない時はマイティ・フレイムの魔法で小さな火種をつくってあげるのもアリかも。子供たちは目の前の魔法にゼッタイ喜んでくれるよ」


 今回は参加する子供の数が多かったそうで、同行の人員が二人必要らしい。

 適正で考えれば対応力の高い聖光神姫リヴィエールさんなんだけど、俺はマイティ・フレイムさんを選んだ。

 こういう子供と接するお仕事は、一度はレスキュアーに経験してもらいたい。

 自分が守るものの価値を再確認できるし、幼い頃に接した憧れのヒーロー・ヒロインって大人になっても特別なままだからね。その手法で濃いファンを獲得しているのが改造人間ガシンギである。


「じゃ、次の仕事はコンビニとのコラボ特典の撮影。今回はA4のクリアファイルだ」


 ウチの異災所は定期的にN県の地域密着型コンビニ『あんずマート』とコラボをしている。

 一番くじや『超星剛神アステレグルス一押し・がっつりチキン南蛮丼』や『改造人間ガシンギ推奨プロテインバー』なども販売したことがある。

 今回は所属レスキュアー全員分のクリアファイル。1200円以上お買い上げのお客様にプレゼントという形式だ。


「おー、私が特典に……。な、なんかむず痒いですね。う、嬉しいけど恥ずかしい、すごく複雑な心境です」


 涼野さんは身体啜りの一件以来、タレント業も頑張ってくれている。

 ただ、撮影にはまだ微妙に慣れないようだ。


「レスキュアーチップスの撮影は乗り気じゃなかったっけ?」

「それは、私も憧れのカードの仲間入りだー、的なテンションだったというか」


 次弾、チップスにマイティ・フレイムさんのカードが封入されます。

 でもそれは旧式改造人間ファンの心理が働いたから平気なだけだったらしい。

 そもそも、アイドル的な聖光神姫リヴィエールさんよりも歴戦の戦士である改造人間ガシンギみたいになりたいってタイプだしね。


「それにチップスはもともとレスキュアーが好きな人しか買わないじゃないですか。コンビニの特典だと、私のだけ残ったらどうしようとか色々考えますよ、やっぱり」

「最近は炎の格闘少女マイティ・フレイムも人気だから大丈夫だと思うよ。むしろ数が足りなくなってフリマサイトで転売されることを心配した方がいいかな」


 その意味だとクラッシャーマンくんの方が毎度悲しい思いをしています。

 俺からすると無謀な攻めより逃げを選べるいいレスキュアーなんだけど、動きのない写真だと彼の魅力は中々伝わらないんだよなぁ。


「夏蓮ちゃん、大丈夫だからね。緊張しないで」

「そ、そうかなぁ」

「こんなに可愛くて頑張ってる夏蓮ちゃんが嫌われるなんて、絶対ないから」

「はっ、はいっ」


 ゆったりと抱きしめながら励ましてくれる甘原さんに、照れながらも涼野さんはこくこく頷いている。

 でも男の俺はその光景を見ちゃいけないんです。なんとなく。


「……この魅力に、世のファンはやられてるんですね」

「だね。ちっちゃな女の子状態になっても隠しきれない、ふとした瞬間みせる母性がたまらないっていう層は実際いるよ」


 シズネさんはリヴィエールさんと双璧を為す、ウチの魔法少女の二枚看板だ。

 リヴィさんは水と光の二属性を操る、サポーターもこなし、単体から集団まですべてに対応できる万能アタッカー。写真集やグラビアなどはやらず、歌唱力で勝負する純正アイドル魔法少女である。

 対してシズネさんは無と光の二属性を操る、大出力砲撃が可能なアタッカーであると同時に、高レベルの強化と回復を使いこなすサポーター兼ヒーラー。ロリなのにセクシーなジュニアアイドル的な容姿で人気を誇り、写真集を出せばその月の売り上げ一位は確定と言われるほど固定のファンが多い。

 二人とも歌や写真集でランキング上位の常連だし、どちらも本部所属ではないけど知名度が高い。

 そしてシズネさんには、彼女ならではの目玉商品がある。


「あと、生意気そうなのに高レベルな家事能力もシズネさんの売りの一つ。魔法少女シズネ監修の料理レシピ本、すっごい売れて重版に次ぐ重版だぞ」

「それ、私も本屋で平積みされてるの見ました。ちっちゃいのにすごいな、って思ってましたけど……中身は静音さんなんですもんね」

「主婦歴が長いだけに料理の腕は並大抵じゃないからね」


 メスガキ系せくしー魔法少女なのに、記載されているのは食べる人を労わった優しい料理。また作る人の負担も軽くする時短レシピに、年頃の男の子のハートも胃袋もがっちり掴む美味しくボリュームのあるメニューなどなど。

 主婦目線で書かれた本だけに、お弁当の一品に困る親御さん層を中心によく売れている。


「褒めすぎですよ、東さん。私の夫は家事にも育児にも参加する人ですから、子育てと言ってもそこまで負担はありませんでした。レシピの中には、夫から学んだものも多いですから」


 俺の発言に甘原さんは頬を染め、ふんわり笑顔で謙遜した。


「でも、息子さんはお母さんが大好きすぎるけど、まっすぐな子だぞ。そういう子供を育てるってのは、きっとMD討伐なんかより、ずっとすごいことだと思うけどなぁ」


 だって、化物なんか俺でも葬れる。

 長い年月をかけて命と向き合い大切なことを教えていく。暴力が育児よりも賞賛されるなんて、そんな馬鹿な話があるかよってもんです。


「ってことで、マイティ・フレイムさんにも何か売りが欲しいな」

「このタイミングで私の方に話が来るんですか⁉」

「そりゃね。タレント的な人気には、何か分かりやすいとっかかりがあった方がいい。思いつくのある?」


 涼野さんは俺の無茶振りに困りながら、それでも何とかこたえようと頑張ってくれている。


「えーっと、趣味。趣味……あ、レスキュアーカード集めとか? あとは、お父さんがレスラーだからプロレス系の話題はそこそこできると思います」

「お、それはいいね」

「他には……好きな食べ物がピザ、とかはダメですよね……」

「そんなことないよ。レスキュアー活動をこのまま続ければ、涼野さんの好きな具材ばっかり乗せた、“マイティ・フレイムのよくばりピザ”とかコンビニコラボでたぶん出せるんじゃないかな」

「あ、そっか。ちなみに静音さんは、どんなグッズ出してるんですか?」


 甘原さんはちょっと上の方を見ながら指折り数える。


「ええと。私は、ヒーローチップスの頃からカード化されてるわ。あと、ステッキのオモチャ、魔法少女シズネ変身セット……コスプレ用衣装ね。写真集にブロマイド、アクリルスタンド。後はレシピ本が時短メニュー・お弁当・簡単お菓子作りなんかも。シズネのお部屋お片付け術、なんて本も出したかな……。あと、歌も一応」

「リヴィエールさんとは系統の違う、シズネさんがかわいいダンスを踊りながら歌うポップスだね。一時期踊ってみた系で動画投稿サイトを賑わせたなぁ」

「少し恥ずかしかったですけどねぇ。あと、ASMR……でしたか? も、最近やりましたよ」


 ASMRとは、聴覚や視覚への刺激によって起こる心地良さなどを指す。

 ここでは主に聴覚から得られる快感に近い体験。もっと言ったら、甘原さんの甘い囁き音声の販売である。


「い、色々やってるんですね……」

「一応言っとくけど、全年齢向けのやつね。お疲れのあなたに、魔法少女シズネが耳元でささやきます。メスガキverとママみver、どちらも人気だぞ。あと、シズネさん監修のジュニア向けコラボ服もあるよ」

「静音さんってNGないんですか?」

「一応あるにはあるね」


 俺がそう言うと、甘原さんは照れたようにはにかんだ。


「息子の教育費のためだし、私自身も楽しんでいるからそれほど拒否はしないわ。でも夫のある身だから。男性と過度な接触が起こるような事態は、事前に排除してもらっているの」

「お、おお……」


 涼野さんが感心している。

 たとえPVでも男性との接触は、ほぼほぼナシを事前に伝えている。

 ホント、愛されているパートナーが羨ましい限りで。


「夏蓮ちゃんもやりたいこと、やりたくないことははっきり伝えておいてね。東さんがそれに沿って仕事を割り振ってくれるの」

「いや、そこら辺どうしても現状の人気で、選べる仕事選べない仕事が出てくるから過度な期待をされると困るかな。たとえば、今すぐ武道館ライブやりたいですって言われても無理」


 結局、戦闘における実力も華々しい舞台も、地道な努力を重ねてこそ得られるもの。

 人気レスキュアーは一日にしてならずだ。

 

「涼野さんがやりたいことは最大限サポートしたいと思うよ。でも、今は下積み。まずはコンビニコラボを成功させよう」

「わっかりました! 撮影も、アウトドアの同行も頑張ります! ……そしたらいずれ、ガシンギもやった遊園地のヒーローショーとかやってみたいなーって」

「おっけー、おっけー」


 涼野さんがビシッと敬礼したので、俺もそれに笑顔で返す。

 今回は魔法少女シズネさんといっしょだけど、他の子達の仕事の時に連れてくるのもいいかもしれない。

 まだまだ新人の彼女からすれば、得られるものは多いだろう。


 


 ◆



 こうやって、レスキュアーたちは楽しくお仕事をしている。

 その成果を素直に喜んだりもする。

 頑張る彼女達の姿が光ならば、それを見る者達の心こそが影だろう。


 ……さて、長々と語ったが。

 本題は「なぜ俺と息子くんと喫茶店でお茶をする羽目になったか?」である。

 その原因はコンビニコラボにこそある。

 もともと、あんずマートとは何度もコラボをやっている関係もありノウハウが確立されているので、撮影からグッズが出るのはとても早かった。

 実際にコンビニに特典が並び、俺がどんな様子かなぁと覗きに行けば、まさに多くのお客様が特典のクリアファイルを求めているところだった。

 好評なようでなにより。満足してコンビニを後にすると、外に男子中学生の集団を見つける。

 彼らもクリアファイルを手に入れたようで、友達同士でわいわいと騒いでる。


「やっべえ。リヴィエールの胸、すっごくね?」


 ……うん、まあ、影だね。

 まさしく男子中学生である。

 彼らはちょうど女子への興味がエクスプロージョンする時期なのです。

 うちの女性レスキュアーはみな見目麗しいので、こういう手合いが出るのは仕方ないことだった。


「清楚系なのにでっかくてさぁ。やっぱT市支部のナンバーワンはリヴィちゃんだろ」

「綺麗だよなぁ、リヴィちゃん。なんていうか、神秘的?」

「そうそう。ラブソングは多いけど、純粋そうっていうか。そういう、恋愛とかまだまだ、みたいな感じ。透明感があるってーか」

「あんなカノジョほしい……」

「きっとさ、男と手が触れ合っただけで真っ赤になるんだぜ」

「慣れてなさそうな感じするもんな」


 ……うん、まあ内容は置いておいて。

 やはりリヴィエールさんの人気は高いようだ。

 彼らの話はどんどん盛り上がっていく


「恋人なら新人のマイティ・フレイムもよくない? なんていうか、アスリートみたいなキレイさがあるじゃん」

「あー、分かる。でもやっぱレオタード姿に目がいく」

「戦ってる時とかヤバい。胸もリヴィちゃんほどじゃないけどおっきいし」

「健康的な色気ってやつ?」

「なんかその表現おっさんくせーぞ」

「マイフレにヘッドロックかけてもらいたい……押し付けてほしい……」


 元気系レスラー魔法少女マイティ・フレイムも好評。

 思春期の少年にはあのレオタードは刺激が強いよね。


「どう考えても一番は淫魔聖女リリィに決まってんじゃん。めっちゃ可愛いし、たぶん俺らと同年代だろ?」

「エロ衣装だもんな」

「貧乳なのにやばいくらいのエロ衣装だもんな」

「ちげーよ!? に、二段変身とか、男心をくすぐるというか!?」

「言い訳乙」

「だから、ちがうって!?」

「正直、リリィにえっちな誘惑されたい」


 うん、しゃーない。

 淫魔聖女はもうね、肌色面積の方が多いからね。

 あんなもん中学時代に見せられてたら、そりゃあ色々ヤバイですよ


「魔法少女シズネも良くない?」

「地味にリリィに次ぐ露出度なんだよな」

「生意気そうだけど、実はめっちゃいい子だよな。LDと戦うときとか、周りに被害いかないようにうまく動いてるし。なにより超かわいい。あんな妹欲しい」

「お前分かってんじゃん。T支部で一番かわいいの、俺実はシズネだと思ってるんだよね。それにさ、料理もうまくてレシピ本も出してるし、隠しきれ……ない……優しさ、とか、包容力……が……」


 はい、そろそろお分かりですね。

 この中学生集団の一人こそが、甘原さんとこの息子さんです。

 しかも会話の途中で俺と目が合ってしまいました。

 奇しくも彼が熱く魔法少女シズネの魅力を語っている最中でした。




 そして冒頭に戻る。

 俺は息子くんにほとんどムリヤリ喫茶店に連れてこられた。


「で、話ってのは」

「……母さんには黙っててください」


 ですよねー。

 友達と一緒に自分のお母さんの魔法少女姿の魅力を熱く語ってたとか絶対知られたくねーわ。


「もしかして、さ。シズネさんのグッズ……」

「高いのは無理だけど、けっこう買って。写真集、持ってます」


 わお、それはなかなかになかなかだ。

 正直、成人向けの本が見つかるより気まずい。


「こんな知られたら。どうか。母さんには」

「大丈夫、そこは絶対言わないから」

「ほ、ほんとか?」

「俺だって男子中学生だった頃がある。君の気持ちもわかるからさ」


 あれ? そうか?

 俺が中学の頃は、存在呑みたちを殺したい憎い許せないばっかりだったような気もする。

 まあいっか。慰めるため嘘も方便ということにしておく。


「つか、しゃーない。魔法少女シズネさんは魅力的だから。君が生まれる前にもシズネショックって言って、彼女のかわいらしさから小学生がやらかす事件があったんだよ」

「そ、そうなのか……」

「だから、気にするな……とは言えないけどさ。男の子って、そういう時期を乗り越えて成長していくんだと思うよ」


 俺の寛容な態度に、少しは心を許してくれたのかもしれない。

 息子くんは目を逸らしたままだけど、小さく「ありがとう」と言ってくれた。


「いえいえ。ちなみに、息子くんは特典クリアファイル、誰のを選んだの? やっぱりシズネさん?」


 俺の問いに、言いにくそうにしながらも彼は答えた。


「魔法少女シズネと、マイティ・フレイム……。母さんはもちろんだけど、マイフレも可愛くて頑張り屋さんだし……」


 やったね、マイティ・フレイム!

 固定ファン一人ゲットだ!




 ◆

 



 後日、異災所で甘原さんから相談を受けました。


「最近、息子が私に隠し事してるみたいで……」

「甘原さん。男の子って、お母さんに言えないことを積み重ねて大きくなっていく

んだよ」


 息子くん、俺はちゃんと約束を守っているからね。






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