33.(微リョナ)いつか消えた誰か
※せっかく書いた没ネタ拾い上げ回
注意・夢オチですがヒロインに対する軽度のリョナ描写あり。
初期の予定では二部で死ぬはずだったリリィさんが生き残ったため、入れられなかった存在呑みによる捕食シーンを夢という形で提示しています。
苦手な方は「超怖い夢を見たリリィさんが支部長に泣き付いて、なんやかんやでリヴィさんに嫉妬されつつ皆でお泊り会開催」という流れだけ踏まえて読み飛ばしてください。
本当は消化液よりえっちな媚薬粘液の方が好み。
────────
ゆらゆらと、意識がどこかで揺れている。
耐えがたい腐臭に吐き気を催し、淫魔聖女リリィは目を覚ました。
周囲は暗く、生温い空気が充満している。
地面が柔らかくい。立ち上がろうにも上手くバランスが取れなかった。
変身後の衣装はほとんど布地がないため、生肉のようなものが素肌に密着し、ひどく不快な感触がダイレクトに伝わってくる。
なぜ自分はこんなところに横たわっているのだろう
疑問に思ったが、遅れて彼女は現状を把握した。
「あ……こ、ここはっ!?」
MD討伐の任を負い、訪れたA県R市。
魅了の力の維持に専心していた彼女はいっさいの抵抗もできず、丸呑みされてしまった。
つまりここは存在呑みの腹の中だ。
早く、逃げないと。
今もまだ東支部長が、アステレグルスが精神食いを相手に戦っているはず。
ここを脱出して、自分も戦うのだ。
決意を新たにしたリリィ、魔力の爪を創り出し、周囲の肉壁に突き立てる。
しかし多くのLDを葬ってきた一撃でさえ、切り裂くどころか傷一つつかなかった。
「効いてない!? な、なんでっ⁉」
『心地良い』
まるで映画館のようだと思った。
腹の中だからか、声が反響して全方位から聞こえる。
「お、お前は……!」
『存在を呑む。故に、
今回の作戦を前に聞いた、東翔太朗の仇敵。
リリィは動けないまま、せいいっぱい睨み付ける。
「お前が、東さんのパパとママを!」
『私は人間からよく学んだ。そのうちに、踊り食いというものを知った。魚介類を活きたまま食べる。飽くなき美食への探求だ。人間の勤勉さは、見習わなくてはならない』
怒りをぶつけるが存在呑みは揺らがない。
それどころか愉しそうに語り続ける。
『そういう堅苦しさを横に置いても、単純に食べ物は新鮮な方が美味しい。実際の踊り食いでは、食道を通る間に魚が気絶するそうだ。しかし私は、本当に生きたまま腹に詰めることができる。“胃の中でぐるぐると暴れる感覚”を、真実味わえるのだ』
リリィは強い恐怖を覚えた。
この化物にとって、彼女は敵ですらない。単なる食べ物としてしか見られていなかった。
そして、食われた時点でもう終わりだということに、気付いてしまった。
「う、わあああああ!」
それでも足掻き、脱出しようと魔力の爪を一点に集中し連続して放つ。
なのに胃壁が破れない。傷もつかない。
むしろ刺激のせいで肉壁が蠢き、胃の天井から粘度の高い液体が滴り落ちる。
「熱っ!?」
胃液だ。
触れた瞬間にリリィの肌が焼けて爛れる。
けれど本当に恐ろしいのはそこからだった。
「熱い、やめ、やめろっ、痛っ、あっ……ああ……え?」
皮膚が焼け、肉が爛れ、骨が溶ける。
しかし熱さ痛みを通り越すと、もう感覚がなくなっている。
傷どころか、最初から存在していなかったように足首から先がぽっかりと消失していた。
「ぼ、ボクの、足が消えた……?」
『違う、初めから存在していなかったのだ』
存在呑みの声と共に、さらに大量の胃液がリリィの身体に降り注ぐ。
じゅぅ、と四肢が溶けていく。
「あぁああぁ!? あづ、熱いぃぃぃぃい!?」
痛みはすぐに遠くなる。
胃液に溶かされた体は消失し、何も感じられなくなっていた。
しかし、脱出ようと肉壁を攻撃すればその分胃液に塗れてしまう。
今のリリィに出来るのは耐えるだけ。
東支部長にしろアステレグルスにしろ、戦闘においては自分よりも遥かに強い。
おそらく外から救出しようと動いてくれているはずだ。
「耐え、ないと……耐えれば、あずま、支部長たちと、合流でき……」
『耐えて、どうする? この腹に入った食べ物は、生きていても誰からも認識されなくなる。外の二人にとって、お前という存在は、初めから存在していなかったことになっている』
「……………え?」
愉悦に満ちた声で、絶望的な事実が告げられる。
『ああ、さすがに二人とも戦い慣れているな。劣勢を悟り、逃げる算段を立てたようだ。この場は退き、改めて私達を倒すために準備を整えるようだ。……その頃には、お前は、溶けて消えているだろうが』
歯がかみ合わず、がちがちと鳴っている。
逃げられない。助けてももらえない。
自分は、ただここで溶けて消える。
『安心しろ。お前が死んでも誰も悲しむことはない。お前は、最初からいなかったのだから』
『父母も、友も、仲間も……恋人でもいたか? いずれにせよ、誰も彼も、気にせず日常を送る。お前が成した全ても無に帰す。かつてこんな女がいたと、思い返されることもない』
『お前は何者にも傷跡を残せないまま、ここで消えていく』
レスキュアー活動のために引っ越しまでしてくれた父母。
幼馴染の幹也と過ごした幼い日々。
中学で仲良くなったクラスメイト。
仕事を取ってきてくれた支部長や、異災所の仲間たち。
こんな自分を好きになってくれたファンたちも。
誰もがリリィのことを、白百合綾乃のことを忘れてしまう。
楽しかったラジオ番組も、歌うはずだったオープニングテーマも初めからなかったことになる。
『その最期を味わった私でさえ、ほどなくして忘れるだろう』
繋がりはすべて絶たれた。
いや、白百合綾乃は生まれてこなかった。
弱った心を苛むように、また胃液が身体を溶かす。
「あぐぅぅう!?」
また、消えた。身体がなくなった。
存在呑みの言葉は事実。もうリリィのからだは、三分の一以上存在しなくなっている。
このままでは本当に。
思い至った時、ぷつりと、なにかが切れた。
「────あ。たす、けて……助けてぇぇぇぇぇぇ!?」
レスキュアーとして、もっと気高く強く在れると思っていた。
けれど一皮むければ、そこにいるのは普通の少女だった。
「あ、あずま、支部長っ! ここです! ボクここにいます! 助けて、マルティネスさん、助けてくださいぃぃ!?」
『安心しろ、お前が消えても誰も悲しまない』
繰り返される言葉に、心がくじかれる。
「そんなのやだっ! 支部長! おねがい気付いて! れ、玲ちゃん、ミツさん助けて! マルティネスさん! 岩本さん甘原さん、夏蓮ちゃん!? ああ、溶ける!? ボクが溶けてく!? やだ、やだやだやだ、消えたくない! パパママ、み、幹也!? ……っ! おねがい、おねがいします! 誰かぁぁぁぁぁぁ!?」
どれだけ叫んでも無意味。それどころか逆効果だ。
リリィの声に反応してさらに胃液の量が増えた。
肌にかかっても痛みは小さい。そもそも、痛みを感じる肉体の大部分が消失している。
胃液のせいで腐臭が強くなり、呼吸さえもまともにできなかった。
「あっ、あぅ……ああああ…………」
酸素が足りないせいで、意識が混濁してきた。
ほとんど思考できない頭は、それでも誰かに助けを求める。
「“幹也くん”……たす、けて……」
産まれてこの方一度も使ったことのない呼び名が口を突いて出る。
「あや、の、ちゃん……“綾乃ちゃん”、綾乃ちゃん、綾乃ちゃん……! ああ、ああ、あああああああああああああ!!!」
訳の分からない感情に突き動かされ、狂ったように自分の名を呼ぶ。
「消えるなんてヤダぁ!? なんで、なんで誰も助けてくれないんだよ!? 幹也くん! 綾乃ちゃん! いやだあああ───────
けれど、声を出す喉も溶けて消えた。
光を感じる目も、音を聞く耳も。なにかを考えるアタマも……魂も、存在すら失われる。
『ごちそうさまでした』
なのに、不快な存在呑みの声だけが、最期には届いた。
※ ※ ※
そうして、綾乃は普段通り、自室のベッドで目を覚ました。
起きてみれば分かる。あれは、夢だった。
たぶん、自分以外の。すでに消えてしまった誰かが見た悪夢を、彼女は夢に見たのだ。
けれどそれも耐え難い喪失感だけを残して次第に消えていった。
◆
【本日の勤務】
<アルバイト日勤>
クラッシャーマン
<アルバイト遅番>
聖光神姫リヴィエール
<学校をサボった子>
淫魔聖女リリィ
───────
『こんにちは。異災機構・端末事務所T市支部所属レスキュアー。淫魔聖女リリィの“ラジオ・お昼間ナイトタイム”、始まります。穏やかな昼下がり、皆さんはいかがお過ごしですか?』
こんにちは、東翔太朗です。
リリィさんのラジオの振り返り放送を聞きながら、今日も事務所で、マジメに書類仕事をしています。
ですが、どうも普段とは状況が違うようです。
「うう……東さぁん……」
床にへたり込んだ白百合さんが、何故か俺の足にしがみついている。ぎゅーって力いっぱい。
ちなみに今日は平日。どうやら学校はサボったようだ。
「えーとだね、白百合さん。ちょっとお仕事しにくいんで離れていただけると」
「嫌です無理です許してくださいボクを見捨てないでくださいっ⁉」
「外聞悪い!?」
抱きしめる力がさらに強くなった。しかも足に頬ずりされている。
構図が完全に女の子を弄んで捨てる悪い男の図です。
なお当然ながら高遠副支部長も事務所におられます。
「違います。違うんですよう、副支部長」
「私は何も言っていませんが。東支部長が慕われているようでなによりです」
そう言いながらくすりと笑う。
中学生にくっつかれているのに怒られはしなかった。むしろ微笑ましそうに見られている。でも居心地悪いことこの上ないです。
「あーと、だな。よし、白百合さん。ちょっとお話ししよう」
服が汚れてしまうし、とりあえず彼女を抱えて膝の上に座らせた。
さんざん泣きはらしたのだろう。目が真っ赤だし、周りが張れぼったくなっている。
「まずね、俺はバイト先の上司とはいえ、親御さんから君を預かった身だ。学校をサボったことは、怒らないといけない」
「……はい」
「ってことで。こら、ダメだぞ」
ぺちん、と頬を両手で挟む。
体罰はよろしくないと思うけど今は分かりやすさを重視。一応、目を吊り上げて真剣な顔も作ってみせる。
けれど白百合さんは頬に添えられた俺の手に自身の掌を重ね、なぜかひどく安心したような笑みを見せた。
「東さんの、手があります……」
「そりゃあるよ。で、だ。俺は、君がなんの理由もなくそんなことをする子じゃないと知ってる。だから、なにがあったか、聞かせてもらっていい?」
一瞬、彼女はびくりと肩を震わせた。
しばらく俯いていたが、それでも意を決したように顔を上げ、潤んだ瞳で俺を見る。
「あ、あずま、さん。前に言ってた、両親の仇って……」
「存在呑みのこと?」
その名前を聞いて、彼女は顔を真っ青にした。
そしていきなり、突拍子もないことを言い出した。
「す、スローライフとか、しませんか? 流行りらしいですし。ボク、今までのお給料貯めてるんです。ち、地方の土地とか、十万円代で買える田んぼとかあるそうですよ。か、敵討ちとかやめて、田舎で農業とか! い、今ならボクもお手伝いについてきますよ⁉」
「ちょ、ちょっと落ち着いて」
焦燥というか混乱というか、今の彼女は平静を欠いている。
抱きしめられたが拒否せず、しばらくはやりたいようにしてもらい、「大丈夫、大丈夫」と何度も声をかけてなだめる。
ようやく落ち着いてきたのか、白百合さんはぽつりとぽつりと話し始めてくれた。
「こ、怖い夢を、見たんです……」
夢? なんて聞き返したりしない。
これほど怯えるのだから、きっと彼女にとって耐えがたいものだったはずだ。
「もう、ほとんど覚えてないけど。怖かったことだけは頭に残っていて。色んなものが消えていくのに、消えてくれなくて……」
要領を得ない説明をしながら、白百合さんは必死に俺にしがみ付いている。
瞬きもせず涙がこぼれる。咄嗟に俺はそれを指で拭っていた。
「覚えてないのに、怖いの?」
こくこくと何度も頷く。
その仕種は普段よりも幾分か幼く感じられる。
「で、でも、こうやって、誰かとくっついている時は安心できるので……」
だから学校をサボって、まっすぐ異災所に来た。
色々なことに考えが回らない程追い詰められていたんだろう。
しゃーない。俺は良子ちゃんを横目で見た。
「高遠副支部長」
「はい。ご家族に連絡して、学校は病欠という形にしてもらいましょう。緊急出動もなし。今日は東支部長に面倒を見てもらうとして、どうしても離れる時は私が代わりに傍にいるよう心掛けます」
「さっすが、良子ちゃん。もう大好き」
「はいはい、私もですよ」
先回りするように諸々の手続きをしてくれる。
補佐役様の心配りに感謝しつつ、俺は仕事に戻る。足にはまた白百合さんがくっついていた。
「ごめんなさい……」
「気にしないでいいよ。ほら、フィナンシェお食べ」
「我儘言えないけど、子供扱いが過ぎません?」
書類を片付けながらも時々お喋りをして、おやつにフィナンシェをいっしょに食べる。
ゆるいのは今さら。偶にはこんな仕事風景も悪くないだろう。
◆
夕方、氷川さんが出勤する頃にはかなり元気になったようで、独りでお花摘みに行けるくらいにはなった。
でも戻ってくるとやっぱり俺の傍にきてひっつく。
「……なにごと?」
氷川さんがとっても訝しんでいらっしゃる。
「何をどうすればそんな羨ましい状況に」
「あ、いや、これはね玲ちゃん」
その様子に、今までとは違う感じで怯えている。
上手く説明ができなさそうだったから、俺が代わりに今日の出来事をかいつまんで説明すると、氷川さんが無言で距離を詰めてきた。
白百合さんはビクッと体を震わせたけど、お構いなし。氷川さんはそのままぎゅっと彼女を抱きしめる。
「え……?」
「羨ましいなんて言って、ごめん。これで、ちょっとは安心する?」
「う、うん」
「別に怒ってはないから。綾乃だって、大事な人。今日は、夏蓮も呼んで泊り会しよ。場所は……綾乃の家でいい? そうしたら、なにをするにも誰かが傍にいられるし」
「玲ちゃん……あり、ありがとう……」
その提案が嬉しかったのか、白百合さんも抱きしめ返す。
彼女の瞳を、また違う意味合いの涙が揺らしていた。
本当、ウチのレスキュアーたちは皆いい子だ。不覚にも感動している俺に、氷川さんは語り掛ける。
「じゃあ支部長もいっしょにということで」
「なんで!?」
「なんでって、現状で綾乃を慰める以上に優先すべきことはないと思う」
それはそうだけどなにこの嵌められた感。
しかも白百合さんも「わぁ……!」って眩しい笑顔を浮かべておられる。
「いや、でもね。年頃の娘さんの家に泊まるなんて、そんな真似は」
「高遠副支部長もいっしょにどうですか?」
「ありがとうございます。白百合さんのご両親に確認しましたが、東支部長が泊まるのも問題ないそうですよ?」
良子ちゃんの有能さが今はとっても厄介です。
俺が関与しないうちに根回しが済んでいました。
「東支部長、ダメですか……?」
あっ、やっべーわ。これ断れねーやつだ。
結局俺は白百合さんの上目遣いに負けて、連れていかれる羽目になりましたとさ。
◆
「完っ全、回復! 皆さんご迷惑をかけました! ボクはもう大丈夫、改めて頑張っていきますよ!」
翌日、もうっすっかり元気になった白百合さんがガッツポーズを決めていた。
俺の方は白百合パパさんが別室を用意してくれたので事なきを得た。「今回は綾乃に譲ったから、次は私の番」という氷川さんの不穏な呟きを聞いたけど、今は気にしないことにした。
「特に東支部長にはお世話になりまして……」
「いやいや、俺はなにもしてないよ」
「いやいや」
「いやいやいや」
お互いに謙遜し合う意味の分からないやりとり。それがおかしくて顔を見合わせて二人して小さく笑った。
しかし白百合さんは不意に真剣な表情になった。
「昨日の話の続き、いいですか? 例えば、ボクが何でもしますって頼んだら、止めてくれます?」
敵討ちなんて止めてスローライフ。
いきなりの提案だったけど、彼女としては案外本気だったらしい。
「昨日は、本当に怖かったんです。嫌ですよ。東さんが、消えるの」
白百合さんは怖い夢を見たという。
けれど本当に怯えていたのは、自分ではなく、無謀にも存在呑みを追って、近しい人間がどうにかなってしまうことだったのかもしれない。
あんな状態でも誰かの心配をしてしまうくらい、この子は優しいのだ。
「あー、ごめん。心配してくれるのは、嬉しいんだけど、さ。できそうもない。あれを殺すために俺は違法の手術まで受けたんだし」
「そう、ですよね。ごめんなさい、変なこと言いました……」
申し訳なさそうに縮こまってしまう。
でもすぐに明るい笑顔を作って、彼女はぐっと力こぶを見せつける。
「だったら、ボクも力になれるよう頑張ります。ちょーっと、情けない所見せちゃったけど。いつでも頼ってくださいね!」
泣いて笑って忙しいことこの上ない。
でもまあ、そういう彼女の方がいいと思う。
………それに、収獲もあった。
ユニコーンのメダルを持つ彼女が見た悪夢。
存在呑み、消える恐怖。
ヤツの持つ異能への推測は、ほぼ確信になっていた。
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