34.将来の夢は支部長とその奥さんの家の居候です







 その夜、超星剛神アステレグルスは夜勤に入っていた。

 いつも通りゲームをして、夜食を食べる。

 なぜ深夜のインスタントラーメンはこれほど美味いのか。

 きっと、ある種の背徳感が働いているのだろう。本来の食事ではない時間、寝る前というカロリーを体の内に溜め込んでしまうタイミング。禁じられているからこそ、その味わいは格別となる。


 そう、それはまるで神の命に背いて禁断の果実を食べたアダムとイブのよう……。


 神話の時代から続く罪の味に対する欲求こそが、夜食ラーメンにかかった最高の調味料だ。

 レオンは基本的にどんなインスタント麺も好きなため、日によって味を変える。

 今日は味噌。それに切れてるバターを乗せ、味噌バターラーメンにランクアップさせていただく。最初から味噌バター味を買うのは違う。

 味噌バターの残りのスープはご飯にぶっかけて最後までいただく。

 炭水化物の締めに炭水化物……まさに罪。しかし健康のことも考えて野菜ジュースも忘れない。

 マジメな話、日中はちゃんとジムでトレーニングするし、野菜でカリウムを摂取し塩分を排出するようにしている。

 これが罰。つまり人生とは、ジャンクの罪とヘルシーの罰で回り続ける輪舞のようなものなのだ。


「美味かった……さて、と」


 仮眠をとる前に東支部長とメッセージのやりとりもした。


【レオン:俺この夜勤終わったら新しいゲームを買いに行くんです】

【あずま:なんか新しいの出たん?】

【レオン:はい。楽しみにしてた格ゲーが。今度一緒にやりましょう】


 東支部長はゲーム友達なので、休日に会うこともある。

 約束を楽しみにしつつ【また明日】と送ってから布団に潜り込む。

 しばらくは眠れたが、異災所に警報が鳴り響いた。LDが出現したらしい。

 ぼやけた頭を無理矢理に覚醒させ、レオンは緊急出動する。


獅子星ししぼし転身」


 彼は、超星剛神アステレグルスは獅子星ししぼしの心臓と呼ばれるエネルギーをその身に宿す戦士だ。

 赤と金で飾られた全身鎧をまとい、右手には獅子星ししぼしの太刀。雄々しい出で立ちのレスキュアーは、夜を切り裂く速度で現場に急行した。

 辿り着いたのは駅前。深夜でもまばらに若者たちがおり、ふよふよとした雲のようなLDを見て騒いだりスマホで撮影をしていた。

 相手が不定形でも問題はない。獅子星の太刀は霊的な干渉力を持つ。硬くとも定形をもたなくとも、果ては概念上の存在ですら切り裂く刃である。

 同じ十二の戦士ならともかく、たかだか災害程度に遅れは取らない。


「はっ」


 短い呼気。瞬きの間にLDを葬るが、警戒は解かない。

 

(見られている……?)


 どこかから、視線を向けられている。

 それに気付くとほぼ同時に、新しいLDが現れた。かと思えば逃げ出す……ようなそぶりを見せたので、一瞬で斬り伏せる。

 遅いし弱い。が、奇妙な感覚はまだ途切れていない。


『ほう……さすがに、やる』


 意外にも視線の主は簡単に姿を現した。

 三メートルはある、でっぷりとした腹の巨漢。醜悪な形相で、にたりと笑うそいつのことを、アステレグルスは話で聞いていた。


「MD。それに、その姿。お前は」

存在呑きみのみ』


 素直に名乗ったかと思えば、存在呑みは踏み込んできた。

 その巨体とは裏腹に、尋常ではない速度の突進だ。しかしアステレグルスはそれを避けず、逆に太刀で斬りかかる。

 両者の攻撃がぶつかり合い、互いの勢いが消えて制止する。

 存在呑みからすれば突進で潰せなかった

 アステレグルスからすれば刃が肉に食い込むも斬れなかった。

 獅子星の太刀でも断てないとは。相手は、思ったよりも能力値が高い。 


 その一合は様子見だったのか、存在呑みはすぐに退いた。

 しかし、せっかく悪辣な災害が現れてくれたのだ。逃がす訳にはいかない。

 東支部長には悪いがここで片付けておく。


 追いかけた先は、町はずれの廃工場だった。

 突進と比べて逃げる速度は遅かった、おびき出そうという魂胆なのだろうが、あえて乗ってやった。

 ヤツは、どこに。

 周囲を探るが、存在呑みはまたも自ら出てきた。


『精神食いとの戦い。私は、機を窺っていた。が、お前に警戒され、奇襲することはできなかった』


 恨み言、ではなさそうだ。

 どちらかと言えば楽しそうに声が弾んでいる。


『故に、判断した。まずお前をどうにかしなくては、ゆっくりと食事を味わえない。前菜、というやつだ』


 瞬間、夜の闇から複数の気配が感じられた。

 五体、十体。まだいる。意志を持たないはずのLDが、なぜか存在呑みに従っている。


『取りそろえたぞ』


 言葉通り、敵は多種多様。

 筋骨隆々としたパワータイプ。高速で飛び回る球体。霧状……毒をばらまくLDもいる。

 他にも自身の体の一部を飛ばし射撃を行うものまで。


「……もしかして、俺は舐められているのか?」


 しかしアステレグルスは動揺せずに敵どもを見据える。

 この程度で、倒せるとでも思われているのだろうか。だとすれば、ずいぶん過小評価されたものだ。

 突っ込んでくる球体を、そちらを見ずに一太刀で倒す。間を置かず踏み込み、力自慢のLDも両断する。

 まだ止まらない。彼は、静かに言葉を紡ぐ。


「フォームチェンジ:スコルピオス。死毒の鎖、ウェネーヌム・カテーナ」


 光に包まれたかと思えば、アステレグルスが紫を基調とした鋭角なフォルムへと姿を変える。

 詰め寄る群体を薙ぎ払ったのは、サソリの尾を思わせる鎖だ。その先端には肉を腐らせる、鋭い毒の刃がある。殺意の籠った一撃にLDが溶けて消えた。


「フォームチェンジ:サギッターリウス。星弓ルクバト」


 今度は白の鎧。遠く離れた敵を射手の矢が貫く。

 雑魚をいくら集めたところで意味はない。だというのに、星の戦士の実力を目の当たりにしながらも存在呑みがにたりと笑う。


『もちろん、舐めてなど、いない』


 いきなり、体が重くなった。

 弱体化系の魔法か、それに類する異能。

 違う、これは。


『災害には、怪人型と現象型がいる。お前を倒すために、ちゃぁんと準備をしてきた』


 現象型……その空間に、なんらかのルールを強いるタイプの異命災害。

 おそらく、能力の制限。現状のアステレグルスは最大値の十分の一までその実力を抑えられてしまっている。

 さらに死角から伸びる六つの触腕。まだLDが控えていた。

 複数の敵、物理的な拘束、能力低下。その上で、MDという圧倒的な強者がいる。


『いただきまぁす』


 絶対の窮地、逃げ場はない。

 存在呑みは、大口を開けてアステレグルスに襲い掛かった。




 ◆




「……といった具合の戦闘が昨夜ありました。詳しくは報告書に記載しているので、確認お願いします」

「すみません、東さん。無傷のマルティネス先輩をすっと飲み込めません。いやあの、もちろん怪我してほしいとは思ってませんけど、なにか色んなことが変です」


 土曜日の朝。

 俺は夜勤明けのレオンくんから報告を、タレント業の関係で早めに出勤していた涼野さんと一緒に聞いていた。

 しかし話が済むにつれて、だんだん彼女の顔色が悪くなっていく。


「苦戦はしたぞ? LD十七体と現象型MDは葬ったものの、存在呑みは逃してしまった。すみません、支部長」

「私と苦戦のレベルが違う……」


 俺に対してぺこりと頭を下げるレオンくん。

 謝罪されても俺としては「君の無事以上に喜ぶことはない」と伝えたら、さわやかな笑顔で「じゃあ朝かつ丼行きましょう」と返された。じゃあってなに?

 なおアステレグルスに憧れている涼野さんは、あまりの実力とそれに反したノリの軽さにドン引きです


「はっきり言うけどね、レオンくんを他の人と同じレベルで考えちゃダメだから。敵の術中にハマって、しっかり罠に引っかかって、その上で正面から全部踏み潰す。それができるからこその最強っていう称号です」

「同じリングに上がって初めて分かりました。格差がエグすぎます」


 実際、報告書を見ると立ち回りが尋常じゃない。

 フォームチェンジを駆使しながら複数のLDを相手しつつ、制限された状態で限界近いエネルギーを獅子星の太刀に注ぎ込み、体術で存在呑みを捌きつつ、能力を低下させる現象型MDの起点を見つけて一刀両断。……からの雑魚蹴散らし。

 雑魚って言ってもLDだ。マイティ・フレイムさんが初戦で苦戦したぐらいの奴ら相手に無双しちゃってることになる。

 しかも、奇策でも何でもない。

 現状できることを正確に合理的にこなして、平然と窮地を脱してみせた。


「強くて当然だ。俺は“クリア後”だからな」

「はい? くりあご?」


 レオンくんの言葉が理解できなかったのか、涼野さんは微妙な顔をしていた。

 

「ゲームはあんまりしないんだっけ? えーと、レオンくんはさ、十七歳でもう実戦を経験して、死線を潜り抜けて、自分よりも遥かに強大な敵を倒してる。言ってみれば、レスキュアーになった時点で、一つの物語を終えて十分にレベルが上がった状態だったんだよ」


 アステレグルスは獅子星の戦士。

 しかし、もともと星の戦士は十二人いたという。

 処女星のアエテルヌム・ヴィルゴや、蠍星のヴェスペルティリオなどなど。

 彼らは宇宙から飛来するLDとはまた別の敵と戦っていた。

 同時にこの十二人は、“星の女神の祝福”と呼ばれる神器を巡り、殺し合いを強いられた。

 その戦いの勝者こそがレオンくんだ。

 彼は、仕事いやなことを早く終わらせるために強さを求めた。

 結果、基本の獅子星の力だけでなく奪い取った十一の星の力を、その全てを同時に発現するスーパーノヴァモードまで使いこなせるようになったのだ。

 まあぶっちゃけ俺より強いよね。


「強いのは知ってましたけど、私の想像の遥か上でした。なのに、本部直属じゃなくて支部なんですね?」

「ああ、面倒臭いからな」

「えぇ……」


 一切悪びれずにレオンくんはそんなことを言う。

 

「いいか、想像してみるといい。本部勤めなんてしてみろ。夜食のレオンスペシャルとか絶対許してもらえない。仮眠も決められた時間だけ。今のくつろぎ夜勤をやったらすぐに怒られる。その上、ごりっごりのヒーロー派にやれ正義だやれ使命だと様々なもの押し付けられる。おそらく俺は戦闘部隊に入れられ、市民のために最前線で戦うことになるだろう」

「ごめんなさい、それがレスキュアーっていう仕事だと思います」

「それを厭えば今度はタレント派に目を付けられ、意味の分からない仕事を持ってこられる。やだよ、カラオケ以外で歌いたくないしインタビューとかやりたくない。仕事中にゲームができない職場なんてストレスが溜まり過ぎる。というかそもそも俺には東支部長以外にマトモな友人がいない。もしも本部所属になったら、いったい誰がカレー屋コラボのアクリルスタンドをコンプリートするための三食カレー生活に付き合ってくれるというんだ!」

「東さん、休みの日にそんなことしてたんですか?」


 涼野さんに半目で見られているのは置いておいて。

 正味の話、レオンくんの能力は飛び抜けている。しかし残念ながら彼は、性格的にとことんレスキュアーに向いていない。

 というか、根本的に社会人適性が微妙。本来ゲームが許される職場ってそんなにないんですよ。


「歓迎会の時いろいろ忠告してくれたから、マルティネス先輩って、もっとまじめな方だと思ってました」

「あれは支部長が言いたそうなことを代わりに言っただけだ。偉い人からの説教なんてしたら祭りが盛り下がるだろう」


 そういう気遣いはできる。でも常時はやらない。

 この子は居丈高な人が嫌いだから、たぶん本部のお偉いさんとか初日で衝突する。


「でも、ですね。みんなを守るために、とか。そういう正義感や、使命感みたいなものは」

「ああ、ないない。俺はいい具合のお賃金とゆるゆるなプライベートを維持したいだけだから」

「う、うーん。そういう考え方も、あるんですよね……」


 たぶん働き始めた頃の涼野さんなら怒ってたんだろうな。

 でも今はそれもまた一つのやり方だと受け入れるだけの余裕がある。いいことだけど、レオンくんの真似はしないでねとも思うアンビバレンツな感情です。


「使命なんて抱えてもいいことはないぞ。俺はそいつのせいで、大体のものを失った」

「は、はあ……?」


 涼野さんはよく分かっていないようだけど、これに関しては補足しない。

 それをすればレオンくんの過去に触れないといけなくなる。

 処女星の恋人も、射手星の幼馴染も、蠍星の親友も、天秤星の兄貴分も。

 与えられた星の加護や使命のせいで、自らの手で切り捨て、その力を奪い取ることになった。

 彼のやる気のなさは、頑張っても何も得られなかった経験が育んでしまったもの。

 そういう彼にとって、俺の適当さはすごくやりやすいそうだ。


 曰く『大切なものをぶち壊したくせにのうのうと生きている。そういう俺を認めて、いっしょにバカをやってくれる支部長の下でないと俺は働けない』とのこと。


 汚れた手でも繋いで、そのまま社交ダンスするような勢いの俺を、レオンくんは気に入ってくれた。

 俺も似たようなもんだし、通ずるところがあったのだろう。


「そんな俺でも、自分が気に入った誰かのためになら、まだ命を張れる。つまり、俺はここでしか実力を発揮できないんだ」

「……その気持ちは、ちょっと私も分かります。いい人がいっぱいですもんね」


 涼野さんの発言に、我が意を得たりとでも言うように彼は笑ってみせた。

 悔しいとも思えないくらいに爽やかな男前だった。


「と、さすがに話が逸れ過ぎました。存在呑みについてです」

「ああ。実際に戦った手応えはどんな感じ?」

「強いです。ただ、搦め手だったので底は見えていません」


 先程までの雰囲気は一瞬で消えて、レオンくんの気配が鋭くなる。 


「あれは、厄介ですよ。タイプ的にはクラッシャーマンが近い。九分九厘確定した勝利を、自身の生存や他の目的のために容易に捨てられる手合いです。今回も、追い詰める前に逃げの一手を打たれました」


 だから、倒す以上に逃がさない状況を作らないといけない。

 そしてそれ以上の懸念があるとレオンくんは語る。


「そういう手合いが、あえて姿を現して俺にちょっかいをかける。前菜だとも言っていました。あれの動きは、どう考えても支部長を狙っています。……なにか、執着される理由でも?」

「うーん……。家族が襲われたのも、助かったのも単なる偶然。わざわざ俺を狙う意味があるは思えないんだよな」


 十年以上経った今こちらに近付いてきたことも含めて、正直奴の考えが読めない。


「そう、ですか……。なんにせよ、俺が一時とはいえ退けてしまった。向こうはそれを織り込んだ攻め方をしてくるはず。支部長も、涼野さんも。十分に注意をしてください」


 神妙な面持ちで涼野さんが頷く。

 嫌な予感があった。

 おそらく、あれとの決着は近付いているのだろう。




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