精神喰いまで

16.尊厳破壊シチュ




【本日の勤務】

<パート日勤>

 魔法少女シズネ

<アルバイト日勤>

 マイティ・フレイム、聖光神姫リヴィエール。


───────



 さて、久々に安穏とした午後のお仕事。

 シフト表を確認した後、ちょっと休憩室の方を覗いてみた。

 今日は珍しく土曜日なのに魔法少女シズネこと甘原静音あまはら・しずねさんじゅうなな歳が出勤している。

 彼女は既婚者で、中学生の息子さんがいる。だから通常なら土日休みにしているが、今回は涼野さんが心配だからとシフトを合わせた形だ。

 魔法少女シズネはせくしー系メスガキだけど、無属性の魔力弾攻撃及び治癒魔法を得意としている。

 身体啜りにやられたマイティ・フレイムを完治させたのも彼女である。

 で、その後の経過が気になった、という感じらしい。

 なので俺も様子見に、休憩室の扉をノックする。甘原さんのんびりとした「はぁい」という返事があったので、遠慮なく入る。


「ざぁこ♡ ざぁこ♡ 女の子に力負けしちゃうなんてぇ恥ずかしくないのぉ?」


 そしたら絶賛メスガキしていた。

 涼野夏蓮さん高校一年生が。


「はぁい、夏蓮ちゃんいいですよぉ。もっとかわいらしく煽って。イライラさせるのはいいですが、怒らせちゃダメです。では、先ほど教えた通りに」

「えーと、キモ♡ わざわざ私の方にツッコんでくるなんて、ガッつきすぎぃ♡ カッコ悪ーい♡ あ、もしかしてぇ♡ 童て……い……なん、です、かぁ?」


 なお俺くんとばっちり目が合っている模様。

 なので涼野さんは俺にキモとか童貞とか言っている形になっちゃった。

 

「あ……あああ……」


 顔を青くしたかと思えばすぐに頬を真っ赤に染めつつぷるぷると全身を振るわせていらっしゃる。

 そうして彼女はわりと絶望に近い叫びをあげた。


「ああああああああああああああああああああ!?」


 そりゃ恥ずかしいよね。

 うん、これは俺が悪いなので素直に謝る。


「ごめんな、お楽しみのところ邪魔して。俺は戻るから思う存分メスガキムーブを楽しんでください」

「ちがっ、違う! 東さん、違うんです!」


 とにかく弁明しようと慌てる涼野さん。でも“違うの!”はあんまりよくない言い訳です。

 完全パニックなカノジョを余所に、同じく待機していた氷川さんが俺の元まで来た。


「大丈夫ですか、支部長? 気にしないでください、涼野さんのキモいはあくまで個人の感想。私はそう思いませんから。むしろカッコいいと」

「玲センパイっ⁉ ガチ慰めされたら私が本心で言ったみたいになるじゃないですか⁉ というか思った以上に姑息ぅ!?」


 今日も涼野さんが元気で俺は嬉しい。

 氷川さんが落ち着いた表情のままぺろりと舌を出した。

 どうやらターゲットは俺でなく涼野さんの方のようだ。玲ちゃんが同年代の友達をからかう姿を見られるなんて感慨深い。

 いや、定期的に淫魔聖女リリィさんのこともからかってたわ。


「ほんと、ほんと違います。聞いてくだしゃい東さん。これ、訓練。そう特訓なんです」

「メスガキ訓練とか斬新やね」

「だからそうじゃなくてぇ……」


 やべえ、ちょっと泣きそうになっている。

 甘原さんに目配せすると、柔らかく微笑んで補足の説明をしてくれた。


「そうですよ、東さん。これは、夏蓮ちゃんのための訓練なんです」

「あー、甘原さんが面倒見ててくれたんだ。ありがとね」

「いえいえ。無駄に経験ばかりありますから、若い子にはいろいろ教えてあげないと」


 とっても真面目に言ってくれているのに、擬音が“ムチっ♡”な甘原さんが言うとそこはかとなく色気がある。

 息子さんがいきり立ち、心配して騒ぐのも分かるというものだ。


「夏蓮ちゃん、センスありますよ~。将来が楽しみです」

「あんまり褒められてる気がしません……」


 微妙に不満そうだけど、甘原さんに褒められるのだから素質はあるのだろう。

 魔法少女シズネさんは、レスキュアー制度が始まる前から活動していた正義の魔法少女だ。

 ミツさんが今三十九歳で、二十年くらいの改造人間歴。

 だがシズネさんは十歳頃が活躍の全盛期で今三十七歳だから、実の歴二十五年以上のベテラン魔法少女だった。

 といっても、結婚を機に一度引退。人妻魔法少女となったシズネさんは専業主婦として一家を支え、しばらく後に男の子を出産。一児のママ法少女となった。

 しかし息子さんが中学生になってからは、将来の教育費を稼ぐためにパート魔法少女として復帰した。

 ブランクはあるが、戦力としてはそこまで低下していない。

 変身すればメスガキ魔法少女に戻れるシズネさんは、若い肢体と豊富な経験と卓越したマジカルなテクニックが同居した、トライアド魔法少女なのだ。

 もうゲシュタルト魔法少女崩壊しそう。あと肢体より肉体にすべきだった。

 ともかく、マイティ・フレイムはそういう歴戦の魔法少女に認められたのだから、そこは誇るべきだろう。


「ちなみに訓練の成果はどんなもん?」

「そうですねぇ。では、夏蓮ちゃん。東さんに、見せてあげましょう」


 そう言うと甘原さんはピンポン玉を取り出して、涼野さん目がけて投げつけた。


「よっ、と」


 変身していなくてもこれくらいならと簡単に避ける。

 そのタイミングで、甘原さんが手をパンっと叩く。


「はい、東さんに向けてポーズ!」


 すると避けて若干体勢が崩れていたのに、すぐに立て直して腕を振り上げ、ウインクと共に可愛らしく両手でガッツポーズをとってみせた。

 本当に俺の視線を意識して。


「どうですか? 今の夏蓮ちゃんは、戦闘中でも周囲を意識して可愛らしいポーズをとれますよ。やっぱりレスキュアーとして、市民にアピールは必要ですからね」

「まじめにやりましたけどこれホントに必要ですかっ!?」


 あー、見てないけど分かるわー。

 たぶん自分の弱さを実感した涼野さんが甘原さんに教えを乞うたんだけど、いい具合に掌の上で転がされて、かわいいポーズやメスガキ煽りを教え込まれたのだろう。


「うう……これに何の意味が……」

「意味というか、いずれ必要になる技能よ? ね、玲ちゃん」


 視線で促されて、氷川さんが眼鏡をはずして立ち上がる。

 すると甘原さんが今度はピンポン玉なしでパンと手を叩いた。


「はい」


 それに合わせて氷川さんはポーズをとる。

 さすがにタレント活動が長いだけに堂に入っている。

 甘原さんがリズミカルに手を叩けば、その度にポーズを変える。

 格好良かったり、扇情的だったり、ちょっと照れてぺろりと舌を出しつつ可愛らしいポーズなんかも。

 状況に合わせて笑ったりクールに決めたりと表情も豊かに、見事な美少女っぷりを披露していた。

 

「お、おー……す、すごいです、玲センパイ」

「私は聖光神姫リヴィエール名義でのメディア露出がそこそこあるから。支部長が写真集やグラビアは止めてくれているけど、歌を出す度にジャケット写真や特典のカードの撮影もあるし」

「そっかぁ、歌手としても人気ですもんね」


 氷川さんは戦闘も訓練もタレント仕事も手を抜かない。

 ぜひ本部直属に、という打診が以前あったくらい優秀なのに、彼女はそれを蹴ってここでアルバイトしてくれている。

 本当に、この子には昔っから助けられっぱなしだ。


「タレント活動をしなくても、LDを討伐したらニュースで流れることもある。だから表情くらいは、ぱっと作れるようにしておいた方がいい」

「わ、分かりましたっ」


 センパイらしく指導する氷川さんが何となく微笑ましい。

 実際、メディアに対して笑顔でアピール、状況によっては悲しい顔を作る、みたいなのはわりと重要なスキルである。

 

「氷川さんの言う通りだね。ちなみにポーズなら、ミツさんも意識的にやってるよ」

「えっ!? 改造人間ガシンギがですか!?」

「うん、ミツさんの場合は登場ポーズと勝利ポーズ。ガシンギが来たぞっ、ってアピールだね。そんで敵に勝った後は、もう戦いは終わったよって示す。そうするとみんな安心するんだ。あと、単純に子供たちや大きなお友達が喜ぶから」


 別に甘原さんも意味のないことをしている訳ではない。

 今後レスキュアーを続けていくうえで、他人の目を意識するというのは、早めに身に着けておいた方がいい感覚だ。


「そうよ。私も……」


 そこで甘原さんは魔力を操り、その姿を変える。

 魔法少女シズネ。

 可愛らしくも生意気そうな女の子が、腕を組んで蔑むような笑みを浮かべている。


「私もぉ、こういう表情をいつでも作れるようにしてるよ♡ どんなに苦しくても生意気な笑顔を崩さないのが魔法少女シズネ……だぁかぁら、みんな安心して見てられるの」

「ちなみに、私もシズネさんから薫陶を受けてる」

「リヴィエールちゃんはぁ、私と同じ純粋な魔法タイプだもんねー? それにぃ、衣装的にスカートの中が見えないように動くのもテクニック♡ 安売りはダーメ。マイティ・フレイムは衣装的に大丈夫だけど、魔法少女なら立ち振る舞いには気をつけなきゃね♡」


 ビジネスメスガキ・シズネさんです。

 この人、本気でどんなピンチでも「ざぁこ♡ ざぁこ♡」と敵を煽って、その上で何度も乗り越えてきた。

 傷を負っても平気なふりして、絶望の時こそ不敵に笑う。

 変身前はおっとりで変身後が生意気系なので誤解されやすいが、甘原さんは本質的には「涙は誰にも見せず戦う」古いタイプの正義の味方なのだ。


「そう、ですよね。苦しい顔とか、泣き顔とか。見せちゃダメですよね!」


 そして、そういう気質は旧式改造人間に憧れた涼野さんには上手いこと噛み合ったようだ。

 目をキラキラさせて、十歳くらいの女の子に尊敬の視線を向けている。


「じゃあ、あの煽りも、必要になる時が来るってことなんですね!」

「ううん、あれは面白いから♡」

「えぇ……」


 でもね、シズネさんはけっこう悪戯好き。

 たぶんこれからもいい具合にからかわれるから新人さんは頑張ってほしいものである。

 




 ◆




 後日、マイティ・フレイムの活躍がニュースで流れていた。

 ちょうど甘原さんが出勤の日だったから、いっしょになってそれを見る。 

 まだぎこちないものの、彼女はLDを討伐した後は市民を安心させるようにアピールしている。

 魔法少女シズネの教えはちゃんと身になっているようだ。


「というか、強くなってるね?」


 加えて、戦闘中の動きも良くなっている。

 なんというか、立ち回りが上手くなったというか。

 俺の疑問に、甘原さんが微笑んで応える。


「ピンポン玉を投げて、それを避けながらも自然にキレイなポーズをとれるように練習したんです。バランスを崩した状態からでもポーズを決められるのはつまり、体幹を意識した動きができる、ということですから」


 ああ、あれはバランス感覚を養うための訓練でもあったのか。

 本当、面倒見がいい人だよ。



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