30.狙われたアイドル魔法少女



 レスキュアーは社会的に認められた正義の味方兼タレントだ。

 その多くは人々を守ることで称賛され、タレント活動で人気者になればグッズやCMなどで莫大な収入を得ることができる。

 中にはアイドルとして持て囃される者もいる。

 しかし誰もが羨むような華やかな世界にこそ闇というのは生まれるモノ。

 例えば、アイドルの肢体を狙うゲスな権力者の毒牙が向けられることだってあるのだ。




 ◆




 氷川玲は高校では真面目な優等生で通っている。

 落ち着いた印象のメガネをかけた読書家で、成績もよく教師の受けがいい。

 生徒目線だと物静かな美少女といったところか。

 セミロングの艶やかな髪、アイドルもかくやという整った顔立ち、とても高校一年生とは思えないスタイル。

 本人の性格からあまり目立たないが、その優れた容姿は高校でも五指に入るのではと噂されていた。


「氷川さん、いいよな……」

「派手じゃない、顔の良さを鼻にかけない、控え目な美少女とか絶滅危惧種だろ」

「料理も得意で弁当手作りらしいぜ」

「どこが控え目だよ。見ろよあの胸」

「おいやめろ」 


 密かに思いを寄せる男子も多い。

 ただ彼女は、その控え目な性格からカースト上位の陽キャ勢とは縁遠かった。

 そのため友人も読書趣味で知り合った女子ばかりで、派手な遊びよりもこの本がよかった、あの小説家の人気作が映画になったといった話題で盛り上がる。

 

 やはりというか特定の恋人どころか異性の友人すらほとんどいない。

 しかも放課後はバイトがあり、すぐ下校してしまうので、クラスの男子の誘いも袖にしていた。

 つまりクラスでの氷川玲の印象は「物静かで控え目な美少女。読書好きで異性に慣れていない今時珍しい純粋な子」だった。

 そこがまた人気に拍車をかけるのだが……誰が知ろう。そんな彼女が、


「婚約者(予定)がいる身で親しくするのは、翔さんはもちろんクラスの男子に対しても失礼だから……」


 なんて考えているちょっとアレな子だなんて




 ◆




 そんな彼女のバイトというのはレスキュアー。一部の才能を持つ者だけがなれる、華々しい職業だ。

 聖光神姫リヴィエールと言えば、N県T市だけでなく全国的にも有名な魔法少女だった。


「清らかなる水の導き手・聖光神姫リヴィエール……参上しました」

 ※かわいいポーズ指導・東翔太朗及び魔法少女シズネ


 リビング・ディザスターの襲来に騒然とする町。

 飛行魔法で駆け付けたリヴィエールがいつも通りのクールな態度で敵を一瞥する。


「ごめんなさい、早々に終わらせます」


 蜂の群体を模したLDが相手でも怯まず、間髪入れずに水の魔法を行使する。 

 数多の水が針状になってLDに突き刺さった。蜂は、次々に落とされていく。

 リヴィエールは水を操る魔法少女の中でも上位に位置する使い手であり、こと中距離から遠距離における射撃戦では、所属する異災所でもトップの実力を有している。

 速度に威力に優れ、正確すぎる水の針が瞬く間にLDを倒してしまった。

 圧倒的な強さ。しかし、市民がそれを恐れることはない。


「……よかった、皆さん無事ですか?」


 普段はクールな聖光神姫リヴィエールも、市民の無事を確認すると蕩けるくらい優しい笑みを見せる。

 勝利よりも、人々の無事を喜ぶ。そういう少女だと皆も知っているのだ。




 一度戦場を離れれば、リヴィエールには別の顔がある。

 彼女は非常に優秀なレスキュアーというだけでなく、トップクラスのアイドル歌手でもあった。

 むしろ魔法少女よりもアイドルとしての評価の方が高いまである。

 美しい容姿だけでなく抜群の歌唱力で多くのファンを魅了する彼女は、地方の支部で活動しているにもかかわらず、異災機構本部のレスキュアーよりも知名度が高い。

 歌手としての彼女は音楽ランキング上位の常連なのだから当然だろう。

 

『淫魔聖女リリィの、お昼間ナイトタイム。今日のゲストはボクのお友達二人、聖光神姫リヴィエールちゃんとマイティ・フレイムちゃんでーす』

『皆さんこんにちは、リヴィエールです。今日はリリィの番組に呼んでもらえて、すごく嬉しいです。差し入れのマドレーヌ、スタッフの皆さんとどうぞ』

『よっ、よろしくお願いしますっ。あっ、マイティ・フレイムですっ』


 最近はラジオ番組で仲良し三人組をしているので、また別のファン層を獲得している。

 写真集やグラビアはやらないが、それも清楚な印象を高めているようだ。

 なお本人はあんまり清楚な思考回路はしていない模様。わりと餓狼のような恋愛観で獲物(東支部長)を狙っている最中です。


 しかし、そんな彼女に粘ついた視線を送る影があった。

 レスキュアーとしての実力、アイドルとしての人気。

 美しい容姿に年齢に反して豊かな肢体。

 それに目を付けた中年男性がいた。

 

 その男は異災機構本部と繋がりを持ち、芸能界に幅を利かせるスポンサー企業の長の一人だった。

 金に飽かせて若い女を買うのが趣味のようなクズだ。

 そんな男にとって、世間が憧れる魔法少女というのは、非常に美味しそうな獲物に見えたのだろう。


 そして、そういう権力者が。

 本部のタレント派のミスにより、偶然にも聖光神姫リヴィエールの正体を知ってしまった。

 男はにたりと、醜悪な笑みを浮かべていた。




 ◆




 氷川玲は配信用のショート動画の撮影の後、帰宅途中で待ち伏せを受けた。

 その男は、本人が言うには「異災機構と縁が深い権力者」らしい。ただ、お世辞にも真っ当は言えない人物だった。今も無遠慮に、玲の身体を舐めまわすように眺めている。


「なにか、御用ですか?」

「いやいや、道端でするような話ではないなぁ。どうだろう、近くに私が懇意にしている店がある。そこで、じっくりねっとりと話し合おうじゃぁないかぁ」

「いえ、そういうわけにも」

「そんな態度でいいのかね? 言っただろう、私は異災機構と縁が深いと。君の正体を知っているのだよ、水の導き手ちゃん」


 玲はぴくりと眉を吊り上げた。

 同時に小さく指先を振る。


「こんなところで話して、周囲にバレる訳にもいかんだろう?」

「大丈夫です。既に人払いと遮音の結界を張りました」

「は?」


 どうやらリヴィエールの正体を知って、脅しにきたらしい。

 なら遠慮なく魔法を行使できる。


「ですから、どうぞこの場で」

「お、おお。いや、リヴィエールならば当然か。おっと、私に危害を加えようなどと思うなよ? 一般人に対する異能の行使は犯罪だ。家族や……所属する異災所にも迷惑が掛かる」


 その古馬に玲はピクリと反応してしまった。

 それがよくなかった。男が弱みを見つけたとでもいうように勝ち誇る。


「本部の一部で囁かれた眉唾物の噂だったが。どうやらリヴィエールが東支部長殿をよく慕っているというのは本当らしいな」

「それが、なにか?」

「なに。タレント派の急先鋒が、自分を慕う少女を贔屓して売り出すなど、面白いスキャンダルだとは思わないか? 然るべきところに垂れ込めば、東支部長は大変なことになるなぁ」

「脅す、つもりですか?」


 愉悦に満ちた視線を向けられても表情は変えない。

 だが男の方はどんどん調子に乗ってくる。


「なぁに。君が一晩付き合ってくれるのなら、黙っていようじゃないか」


 にたりと、情欲にまみれた表情を見せつけてくる。

 その発言に、玲は深く考え込んだ。



────────────


【氷川さんの脳内】


・翔さんの悪評が立つ。

 ↓

・翔さんが職を失う。

 ↓

・レスキュアーを大事にしている翔さんは傷つく。

 ↓

・私が優しく慰める。

 ↓

・存在呑みとの戦いに色々問題が起こってくるから全力でサポートもする。

 ↓

・職を失ったら生活が大変。

 ↓

・でも私にはかなりの貯金と不労所得がある。

 レスキュアー辞めても問題なく養える。

 ↓

・翔さん「仕事も家も失って、俺はどうしたらいいのか……」

 わたし「大丈夫、私の家に住めばいい」

 翔さん「いいのか?」

 わたし「もちろん。いつか差し伸べてくれた手を、今度は私が返すね」

 ↓

・始まる同棲生活。

 ↓

・いっしょにごはん、いっしょにおふろ、いっしょにベッド。

 ↓

・\(^o^)/


※なお翔さんがやりたいことも応援したいから、異災機構に復帰できるようお手伝いするものとする。


────────────


 玲はきっぱりと言った。


「言いたければ、お好きにどうぞ」

「なに……?」

「私たちに後ろ暗いところは一切なく、なにを言われようと問題はありません。それはそれで、めくるめく日々の始まりとなりそうだから」


 あまりにも堂々とした態度に、男がうろたえている。

 しかしすぐに反論してきた。


「そ、そうか。慕っていると言っても、すぐに捨てられる程度の相手だった、ということか」

「は? は? ……は?」

「だが! お前の正体をバラしてやろうか!? そうすれば日常生活などマトモに送れなくなるぞ!?」


 その発言に、またも玲は深く考え込んだ。




────────────


【氷川さんの脳内】


・私の正体がバレる。

 ↓

・レスキュアーとしてもアイドルとしても活動ができなくなる。

 ↓

・学校でも孤立する私。

 ↓

・そんな私を翔さんが放っておくわけがない。

 ↓

・世間から責められる私を翔さんが守ってくれる。

 ↓

・わたし「翔さん…私、辛いよ……」

 翔さん「玲ちゃん。君のことをこれから支えさせてくれないか……」

 わたし「好き、ちゅきぃ……」

 ↓

・\(^o^)/


※なお歌は楽しいので動画サイトで活動を続けるものとする。


────────────



「私は、卑怯な脅しには屈しない。好きにすればいい。むしろばっちこい」

「なんだこいつさっきから返しが予想外なんだが!?」


 中年男は自分の思い通りにいかず地団太を踏んでいる。

 だが、そもそも論として脅しには意味がない。

 どうなっても東翔太朗は氷川玲を見捨てない。それを理解している以上、なにが起こっても環境が変わるだけで特に問題はなかった。

 貯金たっぷりあるし。

 

「では、私はこれで」

「ま、待て! 待たんか!?」


 なんだかよく分からない権力者気取りを無視して玲は帰宅する。

 今日はあらかじめビーフシチューを作ってあるので、母と遅めの夕食にしよう。

 男は最後までわめいていたが、どうでもよかった。




 ◆




 蛇足である。

 男は権力者として多くに傅かれるのが当たり前だった。

 それを小娘風情が調子に乗って、こちらを雑に扱った。許せるはずもなく、男の目は怒りと憎しみに濁っていた。


「許さんぞ、小娘が。どんな手段を使ってでも手に入れて、私好みの女に躾けてやる……」


 苛立ちを情欲で発散しようと、企業の執務室でぶつぶつと男は呟く。

 あそこの支部長は腰抜けと呼ばれる、戦う力を持たない内勤専門だ。ならこちらの権力を行使すればどうとでもなる。

 男は本気でそう思っていた。

 しかしその妄想が実現することは決してない。


「後ろ、振り向いちゃ駄目だぜ?」


 背後からドスの効いた低い声が聞こえた。

 

「な、なん、おま。どこ」


 まともに反応ができない。

 まるで冷たいナイフを首に添えられているかのようだ。背後にいる正体不明の人物は、そのくらい鋭い殺気を放っている。


「なにか不愉快なことをしているらしいな。だから、忠告をしておこう」


 そいつは、ひと際どぎつい脅しを突き付けた。


「今後、レスキュアーに余計な干渉をしてみろ。俺がてめえを肉塊に変えてやる」


 迫力に吞まれ、男は限界を迎えた。

 その場で崩れ落ち、小便まで漏らしてしまう。

 しかし最後の抵抗とでも言わんばかりに反論をぶつける。


「き、きさまも、レスキュアーか。いの、異能で人を殺せば、は、犯罪に」

「何を言っている。俺はレスキュアーでもヒーローでもない。なのに力を持つ……言ってみれば怪人だ。怪人の暴虐を、人の法でどう裁く? ……俺は、お前を見ているぞ。命が惜しければ、せいぜい慎ましく生きろ」


 正体不明の怪人は、執務室の壁にただの一撃で大穴を開け、夜の闇に消えていった。

 あんな一撃、人が受けたら本気で肉塊だ。

 脅しではなく本当に殺される。

 それを男は理解してしまった。




 ◆




 そうして後日。

 今日も今日とて俺は異災所でお仕事中。

 アルバイト遅番は氷川さんで、俺の机近くにわざわざ椅子を持ってきて小説を読んでいる。

 

「氷川さん、休憩室で休まなくていいの?」

「ここが一番くつろげますから」

 

 本人がそう言うなら別に構わないけどさ。

 その状態で書類を片付けていると、高遠副支部長が思い出したように口を開いた。


「そういえば東支部長、機構本部と懇意にしていたテレビ局のスポンサー企業が、機構に多額の寄付金を払ってから撤退したそうですよ」

「はい? なんだそれ?」

「私もよく分からないので、そういう話があるとしか。テレビ局に出入りする若手の女性レスキュアーに干渉してくるなんて噂もありましたから、こちらとしてはありがたいですが」

「ふーん」


 ともかく、スポンサー企業が一つ降りた模様。

 不思議なこともあるもんだなぁ。


「あと、もう一つ。なんでも、夜のオフィス街で黒い怪人が見られたとか」

「そりゃまた懐かしい。なに、緊急で出動しろって話?」

「いえ、三岳常務の戦闘レスキュアー部隊が調査したところ、そんな痕跡は見られなかったそうです。ただの勘違いだろう、と結論付けられました」

「おお、さすが常務だね」


 色んな意味で。

 ともかく、今回の件はスポンサーが減って、都市伝説が一個増えた、ということだ。

 悪いことをしていると、こわーい怪人が来ますよ、ってな具合に。


「しかし、まあ。ほんと、俺はヒーローに向かないよ」

「どうかしましたか?」

「いや、なんでも」


 不思議そうな高遠副支部長に俺は肩をすくめる。

 得た異能で一般人を脅し付ける。まさしく怪人の所業だ。

 結局はその程度が似合いの男ってことだろう。


「そんなことないよ。翔さんは、いつだって私のヒーローだから」


 なのに、まるで俺の心を読んだかのように。

 玲ちゃんは、いつか見た無邪気な笑顔でそう言ってくれた。

 恥ずかしさから上手く返答ができなかった。そんな俺のことを彼女はしばらくの間優しく見つめていた。


「ところで支部長、ちょっと眠くなってきたので抱き枕になってください」

「玲ちゃんはオチをつけないと気が済まないの?」

「大丈夫、なにもしません。本当になにもしませんから。枕、ただの抱き枕です」

「その発言が出る時点でね」


 でも玲ちゃんは玲ちゃんでした。

 というか抱き枕の時点でアウトだよ。


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