2.土曜日・日勤帯
1.1ヒーロー・ヒロイン権利擁護運動。
十年前に起こった、正義の味方も一月一日は家族とゆっくり休めるようにするべきだ、という変身ヒーロー・ヒロインたちの権利を拡大するためのムーブメントを指す。
これのおかげで個人が二十四時間コール対応するような働き方から、複数のヒーローを雇用してシフトを組むことで決められた時間だけ正義を為せばいいという形に変遷した。
今では街の様子を見る巡回スタッフと、事務所で事件に備える待機スタッフに別れる形が一般的になった。
同時にこの頃から、ヒーローではなくレスキュアーという名称が使われ出した。
こちらは「特撮ヒーローという呼び方が定着されているように、正義の味方は男が主体になっている。これはおかしい」と女性団体が問題にしたからだ。
ジェンダーという旗印のもと、悪の組織にも怪人にも負けなかったヒーローは姿を消した。
「どんな悪でも打ち砕く最強無敵なヒーローたちも、ついぞ時代の流れには勝てませんでした、とさ」
書類仕事を片付けながら俺、東翔太朗はため息交じりに呟いた。
俺はLDによる破壊に対抗する異災所T市支部の支部長さんなもので、意外と書類仕事が多い。
シフト表作りばかりでなく、巡回ルートを本社に挙げないといけないし、戦闘行動があった場合は報告書のまとめが必要。建築物が壊れたら保険関係の処理も入ってくるし、どんな職種でも管理職っていうのは面倒なものなのだ。
だからといってそれを顔に出すのは良くない。
特に今日は新人さんの初出勤だから余計に。
「改めまして。俺は特殊異命災害対策機構・端末事務所T市支部、支部長の東翔太朗だ」
俺は事務所にやってきた少女にしっかりと挨拶をする。
初めの頃の印象は後々に響く。ぴしっとスーツを着こなして、なるべく真面目そうな顔を作ってみせた。
「は、はいっ! 私は涼野夏蓮、高校一年生です! えーと、レスキュアー登録の分類は【魔法少女】で、変身名マイティ・フレイムになります!」
ポニーテールの活発そうな子だ。
これが初バイトらしく、かなり緊張しているご様子。
「うん、ありがとう。目覚めたのは中学の頃だっけ?」
「はいっ、中学の定期健診で魔力が感知されて、一年間は異災機構の訓練所に通って、晴れてこの春にレスキュアー登録が叶いました! レスキュアーとして粉骨者維新の気持ちで頑張りたいと思います!」
「たぶん、粉骨砕身のことだとして、そう緊張しなくてもいいからね」
異災所に所属してLDと戦うには国への登録と、一年間の訓練が必須である。
そこで彼らと公的に戦えることと、力を振るうに足る人格だと証明しないとレスキュアーにはなれない。なんせレスキュアー免許持ちは、色々と優遇されてしまうからだ。
ちなみに登録の分類は【改造人間】【装甲戦士】【魔法少女】【異能者】などなど色々ある。
【改造人間】はベタな、強化改造手術を受けた戦士を指す。
旧式と新式に別れ、旧式の場合は昆虫や動物などの遺伝子を埋め込まれたタイプ
、または体半分を機械化されたタイプだ。
ミツさんはキバハリアリの改造人間。変身すれば蟻の怪力を発揮し、撃ち込んだ拳から毒液を放つ、ウチの異災所きってのパワーファイターだ。
【装甲戦士】はいわゆるメタルヒーロー。
全身装甲をまとうタイプはこれに当たるのだが、実はこれに該当する人物は少ない。というのも全身装甲は異災所から支給されるわけではなく、自前の開発機関を持たないとなれない。
また現行の全身装甲は輝晶と呼ばれるエネルギー体を原動力兼コアとしており、これに適合する人材も限られているので、金があってもすぐに人員を用意できるわけではなかったりする。
【魔法少女】は架空臓器である“霊結晶”を有し、魔法という特別な才能に目覚めた人間のこと。
実はこの類型の人口が一番多い。
というのも改造手術は心理的な、装甲戦士は金銭的なハードルが高い。
反面才能に目覚めれば衣装も認識阻害も戦闘能力も自前で用意できる魔法少女は一番手軽だ。
なので力に目覚めた学生がアルバイトで異災所に入るというケースはままある。
うちでも氷川さんや、この涼野さんもこれに該当する。
【異能者】は分類しにくい方々をひとまとめにしてるので、ちょっと説明が難しい。
うちだと超星剛神アステレグルスくんやクラッシャーマンくんだね。
「涼野さん。レスキュアーは待機時間も長いから、適度に肩の力を抜くのも仕事のうちだ。初日から気合入れてたら続かないよー」
「い、いえ! 私は、正義と平和のために! リビング・ディザスターに立ち向かおうと……」
いかん、ウチにはあんまりいないメンタリティの子だ。
どっちかというとレスキュアーよりも古い時代のヒーロータイプ。俺は好きだけどね、そういうの。でもどんなお仕事でも意気込み過ぎれば体は強張る。
「リラックスリラックス。やる気は買うけど、無理無茶はやめとこうね。んじゃ、施設の方を案内するよー」
そうして異災所の内部を案内する。
ここは簡単に言うとちょっと大きな派出所みたいなものだ。俺や副支部長の高遠さんが書類仕事をしたりするけど、基本的には現場スタッフの待機場所である。
なので、居住スペースが充実している。
まず俺たちが仕事をする事務所、男女のロッカールームにトイレ、小さいけど浴槽とシャワーもあり、キッチンと仮眠室と休憩場所も男女で二つといった感じだ。
「なんか、意外と過ごしやすそうな場所なんですね……」
「そら夜勤さんもいるからね。ウチだと、夜勤専従の超星剛神アステレグルスくんもキッチンでよく夜食を作ってるよ」
「あ、アステレグルス! 星の力をその身に宿す戦士!」
目をキラキラさせていらっしゃる。
あー、どうやら大分レスキュアーに憧れ持ってそうだわ。
どうしよう、うちの子みんな緩いんだけど。
◆
【本日の勤務】
<日勤(10:00~19:00)>
待機スタッフ
旧式改造人間ガシンギ、聖光神姫リヴィエール、マイティ・フレイム
──────
とまあ、魔法少女マイティ・フレイムこと涼野さんがウチに入って早一週間。
何度か出撃はあったけど実践はまだ。聖光神姫リヴィエールさんに基本付いてもらう形をとっている。
今日は土曜日で学校がないので二人とも日勤だ。
そしてみんな事務所にいる。別に休憩所で寝ててくれてもいいんだけどね。
「おーっし、これで書類もひと段落っ、と」
「お疲れさん、支部長。ほい、コーヒー」
「お、あんがとミツさん」
どうにか粗方片付きグッと背中の筋肉を伸ばしていると、そのタイミングでお茶が出された。
ウチの異災所で一番の古株、改造人間ガシンギことミツさんだ。
付き合いも長いので気を遣わないで済む相手である。
「それじゃあ、マイティ・フレイムは格闘術で戦うの?」
「はいっ! というか、プロレス技です。お父さんがレスラーなので。あと、前にも言いましたが夏蓮で大丈夫ですよ?」
「……じゃあ私も、玲で」
「分かりました、玲先輩っ」
向こうでは女の子同士仲良くやっている。
そう、マイティ・フレイムはインファイター。炎の魔法を操りながらドロップキックをかまし、コブラツイストを決めるタイプの魔法少女らしい。
ぶっちゃけ衣装もほぼ女子レスラーな感じ。
対して聖光神姫リヴィエールは光と水、両属性の遠距離魔法を得意とする。
こっちはふっりふりの純正魔法少女だ。
一応先に入った氷川さんがパイセンだけど二人とも高校一年生だし、イイ感じに話せているようで少し安心した。
「そういやミツさん、そろそろ健康診断があるから希望の日程出しといて」
「げ、またかよ」
「そう言うなって。奥さんや息子さんのためにも体は労わってな」
「それを言われると弱えな」
頬をポリポリと掻きながら、仕方なしとミツさんが頷く。
それを見ていた涼野さんがこてんと首を傾げた。
「ミツさん、カラダ悪いんですか?」
「違う違う、義務付けられてんだよ」
涼野さん、まだ一週間だけど結構馴染んできた。
特に先輩としてはミツさんを上位に置いている。古いタイプのヒーローが好きっぽい彼女は、改造人間ガシンギを働き始める前から尊敬していたようだ。
「……支部長。実際、南城さんの健康診断多くないですか?」
氷川さんも気になっていたのか、淡々とした口調で俺に問う。
「あー、ミツさん旧式改造人間だから。レスキュアーの健康診断は基本年一回、夜勤をする場合は二回、旧式改造人間に限っては三回が義務付けられてるんだ」
「そうそう。俺らみたいな昔懐かしい変身ヒーローはよ、基本的に改造手術を受けて、昆虫とか動物の遺伝子を植え付けられてんだ。だから何か変なことになってないのか定期的に検診を受ける訳だ」
説明を受けると涼野さんが「おー……」と感心したようにお口を開けている。
「大変なんだぁ。でも旧式改造人間、かっこいいですよねぇ……」
「ありがとよ。世間的にはウケは今一つなんだがな」
「そうなんですか?」
「そりゃそうだろって、そうか。十年前でも、嬢ちゃんらはまだ五歳六歳か。初期の頃だと生まれてもねえ。そら知らねえわなぁ」
がははと豪快に笑うミツさん。
明るいけど、このお人も色々経験してきたお人だ。
あんまり突っ込まれると嫌な話が掘り起こされる。
「ところで、パティスリー・ララのタルト・オ・フロマージュ買ってきたんだけど食べる? 高級クリームチーズをふんだん使用した、蕩ける舌触りのチーズタルトですぜお嬢さん方」
「いただきます、さすが支部長」
しゅたりと一番に手を上げたのは氷川さんだ。
無口クール系に見せかけて、普通に欲望に忠実な子です。
「え、イイんですか? ララって、一個八百円はするようなお店じゃ」
遠慮がちな涼野さんも視線はしっかりチーズタルトに向かっている。
「いいのいいの。甘いものは心の栄養でございます。氷川さん、紅茶淹れてもらっていい?」
「お任せあれ」
読んでいた小説を置いてトテトテとキッチンに向かう聖光神姫リヴィエール。
もうね、正義の味方と言ったって待機中はこんなもんだ。
「あ、俺はいらねえから嬢ちゃんらに分けてやんな」
「ミツさん甘いの嫌いだもんなぁ」
「芋けんぴならギリイケるぞ」
「一応イカの塩辛ならあるけど」
「それ副支部長の私物だろーが」
適当にオチを付けたところでお茶会開始。
氷川さんの淹れてくれた紅茶で口の中を湿らせつつ、チーズタルトを頬張る。
「ふぉ。クリームチーズの豊かな香りと、このなめらかさ。タルトもさっくりと香ばしい。やはり、ララ。ララはすべてを凌駕する……」
「支部長の舌はすごいです、本当に美味しい」
「分かってくれるかい、氷川さん」
こくこく頷いてくれる。
地味に甘党仲間な彼女は普段の無表情と違う、蕩けるような笑顔でタルトを楽しんでいる。こうまで喜んでくれると差し入れする甲斐があるってものだ。
「おいしいっ。……けど、いいんでしょうか。今日はなんにもしてないんですけど」
涼野さんは何もしない待機時間が微妙に居た堪れないようだ。
でもこの仕事、本当にこういうの多いから早めに慣れてもらわないと困る。
「大丈夫だって、というか出動以外にも仕事はあるし。今後マイティ・フレイムにも頼むからよろしくねー」
「あ、任せてください!」
仕事があると知るや否や元気になる。
若くてやる気がある。羨ましいね、まったく。
「じゃ、お願いね。キャラグッズ」
「はいっ⁉」
「いやいや、そんな驚かれても。ウチは半民判官の企業だからね。LDを倒すことで国からお金をもらってるけど、企業としても稼がなあかんの。で、ウチのメイン事業はキャラクター商売なわけよ」
俺はちらりとミツさんの方に視線を送る。
「俺は遊園地のヒーローショーとかやってんぞ。あと男の子向けの変身グッズとか、俺のフィギュアとかわりと人気あるぜ」
「そ、そういえば。改造人間ガシンギのアクションフィギュア私も買ってる……あれ、異災機構が絡んでたんだ」
今さらながら納得したのか、涼野さんは頬を引きつらせていた。
実際売れるんだよね、ガシンギのオモチャ。
よく小学生向けの雑誌のおまけにもなったりする。
「ちなみに、ウチの事務所の稼ぎ頭は聖光神姫リヴィエールだよ。氷川さんはアルバイトだけど、はっきり言ってもうすんごいから」
「CDデビューしてるし、フィギュアにもなってる。私の魔法のステッキもオモチャ化されていて、スマホゲーではUR。アクリルスタンドにちびキャラ、コスプレ衣装の販売もある。写真集は流石に恥ずかしいから断ってるけど」
無表情でVサイン
ほんとにね、氷川さんには足を向けて寝られません。
今後は涼野さんにも頑張ってもらいたいもんだ。
「えぇ……。ま、待ってください東さん。じゃあ、私も?」
「うん。まあLDとの戦いで周囲に認知されてからだね。格闘系だからアクションフィギュアは欠かせないけど、他はどうするか。リヴィ&マイティで歌出してみる?」
「違う。これ違います。私の憧れたレスキュアーじゃないですよ……」
そう言われましても、今や正義の味方だけやってりゃいい時代じゃないもんで。
できればいい感じにキャラグッズを売っていきたいので、今度ともマイティ・フレイムには頑張ってもらわんとね。
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