正義の味方のシフト表

西基央

身体啜りまで

1.正義の味方の今現在




 リビングディザスター。

 通称LDはその名の通り“生きている災害”である。

 地震のように台風のように、突如発生して意思もなく意図もなく現代社会に甚大な被害をもたらす。

 獣の姿や人型、醜悪な化物や球形など外観は多種多様。規模も1メートル級から30メートルを超えるものまで。

 共通するのは自我がなく、なんらかの特殊能力を持ち、破壊行動をとるという点だけだ。

 市民は、警察や自衛隊でも抵抗できない強力なこの化物どもの脅威に晒されていた。

 しかし抗う者もまた存在する。


 とある閑静な住宅街。

 穏やかな午後に市民の悲鳴が響く。

 現れたのは正二十面体の、青色のLDだ。

 そいつは高速回転して暴れ回り、突撃で人も建物も壊していく。

 それを止めるために一人の男が立ちふさがった。


「LDは、この俺が止めるっ!」


 全身に赤と黒のプロテクターを纏った戦士。

 名は、改造人間ガシンギという。

 彼は自ら進んで改造手術を受けた昆虫人間である。

 平和と正義を守るため、ガシンギは社会を崩壊させようとするリビングディザスターと戦うのだ。

 これは、己が矜持を貫くため改造人間となったヒーローの悲哀と戦いの物語……では、ない。




 ◆




 俺、東翔太朗あずま・しょうたろうには常々思っていることがある。


「俺さ、冷やしぜんざいは白玉を基本にしてバニラアイスを添えるべきだと思うんだよ。ソフトクリームは解釈違い。あれだと溶けるの早いから。でも、バニラビーンズの粒が見えるような本格的なのはまた違う。あんこに合わせるにはラクトアイスの方が向いていると思うんだ」

「はいはい、そーですね東支部長」

「冷たくないですか、高遠副支部長」

「冷たくもなりましょうて」

「アイスの話題だけに?」

「黙りません?」

「いえす、まむ」


 勤務時間中にする発言ではなかったようだ。

 アイス以上に冷酷な視線を向けられて、俺くんはお仕事に戻ります。

 副支部長の高遠良子さん(24)は俺の補佐の筈なのに一切の遠慮がありません。一応俺の方が五つくらい年上ですけど、立場は十段階くらい低い気がします。


「これだから塩辛好きは……」

「は? なにか言いましたか東支部長? 塩辛はごはんによしお酒によしデザートによしお酒によしの上にお酒によしの万能食ですが? なんなら宇宙食塩辛を開発するべきでわ?」

「吸ったらにゅるっと塩辛が出てくるチューブ食とか嫌だよ……」


 なんて雑談しつつもちゃんと書類仕事は進めていく。

 ちなみに俺はラムレーズンのラムで限界を迎えるくらいお酒がダメです。チョコレートボンボンは攻撃兵器の一種だと思っています。


「では、私は離れますね。ちゃんと仕事……は、言わなくてもするので構いませんが。息抜きだからと机に隠したパティスリー・ララのフィナンシェ、食べ過ぎたら駄目ですよ」

「なんで俺のオヤツ把握されてるんだろ」

「補佐役ですから」


 くすりと笑って高遠さんは颯爽と事務所を後にした。

 望んで就いた職業なので、書類を面倒と思う時はあってもそれほど苦にはならない。

 フィナンシェをつまみつつ、鼻歌混じりで机に向かっていると、改造人間ガシンギが帰ってきた。


「支部長、仕事終わったぞー」

「おー、ミツさんお疲れ。怪我はないか?」

「今さらあの程度のLDに手傷を負うかよ」


 豪快に笑う四十歳手前の大男。

 彼こそが改造人間ガシンギの正体、南城光茂なんじょう・みつしげ。通称ミツさんだ。

 青色のLDを手早く倒した後は所属する事務所に戻って、ソファーに体を預けて休息をとる。未だに一線級の活躍をしているとはいえ、あまり無理が利く年齢でもないのだろう。


「あー、しんど」

「歳だねぇ」

「うっせ。しっかし、俺らヒーローの拠点といえば喫茶店とかだったんだが。こういう事務所での待機ってのは慣れねえなぁ」

「いやいや、もうこの形式になってもう十年経つだろーて。あと、ヒーローじゃなくてレスキュアーね」

「カッコわりいよ、その呼び名も」


 ミツさんは大きく溜息を吐く。

 まあ、正直俺も気持ちは分かるけどね。


 さて、LDが災害として認知された以上、当然ながら対処役というものも設けられた。

 “特殊異命災害対策機構”と呼ばれる組織がそれにあたる。

 これはリビングディザスターによる被害に即応するためのもので、かつては完全な国営だったが、今では半民半官の企業となった。

 多くの変身ヒーロー・ヒロインが所属し、各地に事務所を置いて日夜平和を守るために活動していた。


 そして俺、東翔太朗あずま・しょうたろうはN県T市R町四丁目に置かれた異災所の支部で、支部長を務めている。

 つまるところ、俺はこの地区で戦うヒーローたちを管理するお偉いさん。

 司令官とかおやっさんとか呼ばれる立ち位置だった。年齢的には二十九歳なので、俺より年上のヒーローもいるけど。

 おっと、今はヒーローじゃなくレスキュアー(救助者)と名称が改められたんだった。


「支部長、コーヒー飲むか?」

「飲む飲む。砂糖とミルクマシマシで」

「はいよ。相変わらず甘いの好きなのな」

「頭使ってると糖分が欲しくなるんだよ」


 昆虫……キバハリアリの改造人間であるミツさんは、緊急事態に対応するための待機スタッフだ。

 もしLDが出現したらすぐに出動するが、何もなければ今のように事務所で休息か軽作業をやってもらう。

 といっても担当は固定ではなくシフト制、日によって業務は変わる。今と昔じゃ正義の味方も働き方が違うのだ。

 俺はミツさんの淹れたコーヒーを飲みつつ、書類仕事を続ける。

 しばらくすると事務所に小柄な女の子がやってきた。

 アルバイトなのにある意味ウチの看板レスキュアー、聖光神姫リヴィエールの出勤である。


「支部長。お疲れ様……」

「おー、お疲れさん。そうだ氷川さん、給与明細出てるよ。振り込みは土日を跨ぐけど」

「分かりました」 


 線の細い、セミロングの眼鏡っ娘。

 どちらかというと大人しい、物静かな女の子だが彼女も異災所に所属する変身ヒロイン。いわゆる、魔法少女というヤツである。

 本名は氷川玲。

 ミツさんは正職員だが、まだ高校生の氷川さんはアルバイトの形でウチに協力してくれている。

 ロッカールームに荷物を置いてきた彼女は、いつも通り表情を変えず俺に話しかける。


「すみません、支部長。今、お時間よろしいですか」

「うん、どうした?」

「次のシフト、定期テストに備えてある程度の休みをいただきたいのですが」


 学生さんだけに正義の味方ばかりやっているわけにもいかない。

 そこら辺の事情はこちらも把握している。


「おっけおっけ、休みが欲しい日をメモにでも書いて後で提出しといて。シフトは調整するから」

「はい」


 氷川さんは丁寧にお辞儀をする。

 すると今度はミツさんが手を上げた。


「あ、支部長。俺も、来週の金曜日に息子の家庭訪問があってよ」

「あー、そら外せんわ。どうする、一日休み?」

「いや、その日だけ早番付けといてくれたらいいわ」

「そら助かる」


 急な一日休みは大きくシフトを弄らないといけないから結構手間なのだ。

 もっとも、手間をかけてでも現場のレスキュアーが働きやすい環境を整えるのが管理職の役目ではあるのだが。

 なのですぐ電話をかける。


「あ、もしもし? メタルファイター・グラディスくん? 悪いんだけど、来週の金曜日なんだけど、早番から日勤に変わってもらうのって出来る? あ、いけそう? ありがと、じゃあお願いしますね」


 よし、代わりの日勤の目途も付いた。

 さっそくシフト表を確認する


【基本勤務】

 早番  7:00 ~ 16:00 

 日勤 10:00 ~ 19:00

 遅番 12:00 ~ 21:00

 夜勤 20:45 ~ 翌8:45


【パート勤務・アルバイト】

 13:00 ~ 16:00(魔法少女シズネ)

 16:30 ~ 20:30(聖光神姫リヴィエール、淫魔聖女リリィ)

  9:30 ~ 18:30(クラッシャーマン)


 ミツさんは正職員なんでどの時間帯にも入る。

 氷川さんはアルバイト扱いだから四時間勤務だけど、土日に日勤に入ってくれることもあるので助かっている。

 二人が休みとなると、しばらく日中は少ない人数で対応してもらうことになるかな。


「あー、夜勤は専従の超星剛神アステレグルスくんがいるから安定してるんだけど、昼はどうしてもなぁ。クラッシャーマンくんはフリーターでも不定期だから、微妙に調整が難しいし。魔法少女シズネさんがもうちょっと長く働けるといいんだけど」


 俺は頭を悩ませつつもシフト表を作っていく。

 

「おー、氷川の嬢ちゃん」

「どうも、南城さん」


 向こうではミツさん達が軽く挨拶を交わしてくる。

 何か起こるまで待機場所で過ごすのもレスキュアーの大事なお仕事。自然と暇潰しに雑談をする機会も増える。

 そのおかげか一部を除きウチの事務所の人達は仲良しです。


「そういや、差し入れにマカロン置いてあんぞ。買ってきたの支部長だけど」

「いただきます。紅茶、いれますか?」

「あー、まだコーヒー飲んでるからいいわ」


 ミツさん達が事務所で益体のない話をしていると、再度副支部長の高遠さんがやってきた。


「東支部長、面接の子来ましたよ」

「おっけ、準備するわ」


 そうだ、今日は新しい魔法少女マイティ・フレイムさんの面接があるんだった。

 学生バイトでも人員が増えるのはありがたい。

 俺はネクタイを締め直して相談室に向かった。



 正義の味方のお約束。

 事件が起こればすぐに駆け付け悪と戦わないといけない。

 正体がバレれば周囲に迷惑が掛かってしまう。

 必死になって頑張っても犠牲が出れば「お前のせいだ」と市民に責められる。

 ブラック企業もなんのその。どれだけのものを守ろうと、誰も彼らを守っちゃくれない。


 そんなこんなで十年前、“1.1ヒーロー・ヒロイン権利擁護運動”と呼ばれるムーブメントが起こった。


 平和のためという名目の下、日常生活ができないくらい追い詰められる正義の味方。

 でも自分達にも穏やかな生活を送る権利があるはずだと多くの人が立ち上がった。

 結果として、正義の味方にも権利擁護の波がやってきた。

 イマドキ身を削ってなんて時代遅れ。いきなり現れた脅威に対応するため毎度呼び出されるなんてまっぴらごめん。

 だからシフト制で一日のうち決まった時間だけ正義の味方をやる。

 待機中は緊急出動してもらうけれど、退勤すれば後は自由。

 休憩アリの残業ナシ、有給申請は「私用」でおっけー。事前報告があればダブルワークも大丈夫。

 ヒーローはジェンダー問題に引っかかるので、呼称もレスキュアーに変更された。

 勤務時間はきっちり正義して、プライベートも充実させてこそ平和を守れるってもんだ。




 これは、ヒーローたちの悲哀と戦いの物語ではない。

 現場を回すために仕事をこなす支部長たる東翔太朗と、待機場所でぐだぐだ駄弁るレスキュアーの記録である。

 

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