第41話 ドラゴンの名前
「————大丈夫よぉ。こっちにおいで」
村長の家に戻ると、鼻息の荒い夫人がミクスを追い回していた。
「なんなのこのおばさん!! この子は私のドラゴンよ!?」
「悪いようにはしないからぁ……さぁ、こちらに」
ドラゴンを大抱え、ミクスは屋敷中を逃げ回る。
「待ちなさいってばぁ……どうして逃げるのよぉ……ハァハァ」
「いやよ!! 村長!! ちょっとこの人どうにかしてください!!」
「ごめん、ミクス嬢。すっかり忘れていた。姉さんが今日来ること……」
「姉さん!? 村長のお姉さんって、引きこもりなんじゃ……!?」
「それは二番目の姉さんの方で……」
「はぁ!?」
「とにかく、一旦、落ち着いて。バーレ姉さんは逃げれば逃げるほど追いかけて来る習性があるから」
「何その野生動物みたいな習性!?」
廊下でくる広げられている鬼ごっこ。
逃げることに必死で、ミクスは俺たちが戻ってきたことに気がついていない。
「もう、うるさいわよ、姉さん……!! 研究の邪魔をしないで!!」
そこへおそらく、例の引きこもりの方の姉がとても不機嫌そうな表情で現れて叫んだ。
それに加担するように、彼女のピンクに近い紫色の長い髪の間から、大きな蛇が三匹顔を出して、シャーっと威嚇する。
「だって、見てよ、トニコ!! 単眼のドラゴンよ!?」
「それが何よ! ドラゴンなら、姉さんの嫁ぎ先に山ほどいるでしょう……!! ん……ていうか、誰? お客さん?」
「え……?」
トニコが俺たちの存在に気づき、そこでやっと、屋敷内が静かになった。
*
「ほら、シオヒキガエルよ」
バーレはドラゴンの口元に、生きたシオヒキガエルを持っていくと、ドラゴンはそれを丸呑みに。
「キュウウウン」
「まぁ、なんて可愛いのかしら。やっぱりドラゴンは単眼が一番可愛いわぁ。いい? お嬢さん。赤ちゃんのドラゴンには新鮮なシオヒキガエルが一番いいの。死んでいるのはダメよ。どうしてもシオヒキガエルが手に入らなかったら、シオカラネズミ。あとは、デザートにコナフクロウの羽をあげるといいわ」
「そうなんですね。勉強になります」
さっきまでの鬼ごっこはなんだったのか、ミクスは真剣にバーレからドラゴンの飼育についてレクチャーを受けていた。
バーレはトニコよりも青に近い紫の長い髪をかき分けたあと、メガネをくいっと上にあげる。
「すごい……綺麗なお姉さんだなぁ。黙っていれば」
レモントが賞賛した通り、確かにバーレは美人と言える。
それも、レモントの理想通りで乳がでかい。
胸元の大きく開いたドレスから、今にも溢れ出しそうなくらいだった。
「そうだな。でも、変な気は起こすなよ? 人妻だからな」
「チッ!」
メガネをかけているということもあってか、顔は黙っていれば知的な美人という印象だ。
しかし、このままではドラゴンが食われてしまうのではないかと思うくらい、情熱的にドラゴンに何度も頬ずりし、口づけを繰り返している。
「うちのマリーが小さかった頃はこんな感じだったのかしら? 一つ目のドラゴン自体珍しいのに、舌の色も鮮やかで綺麗。たまらないわぁ」
いや、もはや、吸っている。
「マリー?」
「マリーはね、うちで飼っていた単眼のドラゴンよ。今年の春にいなくなってしまって————ドラゴンは自分の死期を感じ取ると姿を消すでしょう? それにメスだったから、どこかで卵を産んでから死んでいるはずなの。お屋敷中のあらゆる場所を探させたけど、見つからなくて……もしかしたら、この子はマリーの子供かも……」
バーレによれば、メスのドラゴンは死ぬ前に卵を産むらしい。
それも天敵のいない、静かな場所を好んで産む。
ドラゴン収集家のヴィジョン公爵邸には、ドラゴン専用の卵室まであるらしいのだが、マリーというドラゴンはどこか別の場所で卵を産んだようだ。
「マリーは主人が子供の頃、テントリアで売られていたのを見つけたそうなの。イストリアから来た商人から買ったそうよ。だから、私はてっきり生まれ故郷のイストリアまで行ってしまったのかと思ったけど……————この子を見つけたのはテントリアの近くの廃鉱だったのよね?」
「そうです。廃鉱にあった小屋の中に……」
「それじゃぁ、マリーか工房のムートくんの子供の可能性が高いわね。単眼のドラゴンなんて珍しいし————死期を悟ったドラゴン同士は、
「そのムートとマルコの子供ってことはないんですか?」
「それはないと思うわ。そうなると卵があった位置がおかしいもの。どちらもウェストリアで長く生きたドラゴンで、大体同じくらいの時期にいなくなっているでしょう? それなら、卵はウェストリアのどこかにあるはずよ? わざわざテントリアまで離れた場所に卵を産む必要はないかと……」
バーレはまじまじとドラゴンを見つめ、右の翼を見つめる。
そして、折りたたまれたままの翼の隙間にくっついていた卵の殻をとった。
「あ、卵の殻が残ってる! これなら、この子の親がどのドラゴンか調べられるわ」
「そんなことができるんですか?」
「高級なドラゴンには血統書付きのものもいるの。血筋が重要なのよ。鑑定魔法で調べられるわ」
バーレは自分の胸の谷間に手を突っ込んで、収納してあった魔法の杖を引き抜く。
大きな杖を持ち運ぶのに、邪魔にならないように小さくしてしまっていたようだ。
「うぉぉぉ!!」
レモントが思わず興奮して変な声を上げたが、気にせずバーレは続ける。
「モストラミー・イノーミディ・トイ・ジュニトリー」
呪文を唱えると、殻から黙々と煙が上がる。
それが小さな雲となり、そこに名前が記された。
「あら……! やっぱり、マリーだわ!」
母親の方はやはりマリーだったが、父親の方はなんと読むのかわからない記号のような文字の羅列だった。
読むことができないのは、そのドラゴンに人間が名前をつけていないということらしい。
つまり、野生のドラゴン。
「マリー……か」
マリーは、二人目の子供が皇女だった時につけようと思っていた名前だ。
皇子ならルース。
ミザリとジェーンが大好きだった童話『ルースとマリー』からとった。
「こんな偶然があるのねぇ……ねぇ、この子、マリーの子なら私が引き取ってもいいかしら?」
「え……?」
「だって、見たところ、あなたたちドラゴンの育て方を知らないでしょう? この子はまだ子供だし……ああ、そうだ、名前は?」
「名前……?」
ミクスは少し考える。
「えーと……この子はオスですか? メスですか?」
「オスよ」
「オスか……それなら————」
どんな名前をつけるのか、みんなが注目していると、ミクスはそれが少し恥ずかしかったのか一度咳払いをしてから、言った。
「————ルース」
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