第40話 血筋


 結論から言えば、この女はジェーンではなかった。

 ミザリの従兄弟の娘で、銀細工職人のマーナ。

 ピンクゴールドの珍しい髪色がジェーンと似ているのは、マーナの母方に同じ髪色の親戚がいるらしく、それが引き継がれたのだろうマーナは言っていた。


「父からジェーン様の話は聞いたことはあるわ。私より二つ年上で、子供の頃に行方不明になっていると……————でも、どうして、あなたがそのことを?」

「俺の父が、そのジェーン様の従兄弟なんです。祖母にとって、ジェーン様は姪に当たりますし、祖母はジェーンの行方を心配していました」

「え? まさか、あなたイストリアの————ルルベル家の子? あれ? でも、あの家に生まれたのは確か、男の子じゃなかった? どうして、女の子……?」

「こ、これには色々と事情がありまして……————」


 ————くそ、村長の魔法のせいでいちいち説明しなければならなくなったじゃないか!!


 とても面倒だったが、今のこの状況を説明すると、マーナは「なるほど」とあっさり納得した。

 それほど、あの村長の姉の奇行はこの村では有名らしい。


「あなたも大変ね。ウチもそうだけど……皇室に振り回されて————」

「ウチも……? そういえば、皇室からの依頼も途絶えてるって、さっきの男が言っていましたね」

「そうよ。今の皇帝陛下の時代に変わってから、すぐにミザリ妃も亡くなって、ジェーン様も行方不明になってしまって……その上、王室からの仕事も途絶えてしまったの。そのせいで、工房長だった祖父は心労で倒れてしまって————私の父が工房を引き継いだ。製品の質は一切落としていないのだけどね……何度作っても違うと注文したものと違うって突っぱねられて、四年に一度の品評会では予選すら受け付けてもらえなかったわ。既存の商品のメンテナンスに城に行った父も何もしていないのに追い出されてね————一体、何が悪かったのか、皇帝陛下のご機嫌を損ねたのかわからないままよ」


 この工房も、イストリアやルルベル家と同じく皇室から見放されたのだろう。

 俺とクロが入れ替わっている事実を隠すため、そのことに気がつく可能性が高い親族や関係者を徹底的にテントリアには近づけないようにしている。

 おそらく、そうしたのはガイルだ。

 クロが俺の親戚や関係者を全員把握しているわけがない。

 俺の教育係だったガイルなら……

 あいつなら全てを把握している。


「その……お父様は今どちらに?」

「亡くなったわ。今年の春に……ムートも行方不明になってしまったし……」

「ムート?」

「工房で使っていたドラゴンよ。銀の加工に使う炎は、ムートが操っていたの。でも、父が死んでから行方が分からなくなってね……ドラゴンは、死に際を人に見せない習性があるの。だからきっと、どこか遠くの地で————……」


 思い出して悲しくなったのか、マーナは瞳に涙を浮かべていた。

 マーナにとって、ムートも大切な家族だったそうだ。


「ムートがメスだったら、きっと今頃卵から新しいドラゴンが生まれていた頃でしょうけど……ああ、そういえば、ムートとの兄弟がジェーン様のお誕生日に贈られたって聞いたわ。そちらはどうなったのかしら?」

「そのドラゴンも、行方はわかっていません。祖母の日記にも、記述は残っていなくて……」

「そうなのね————無事に生まれていたら、きっと今頃どこかの貴族の家にいるかもしれないわね」

「貴族の家……? なぜです?」

「ムートの親は、品種改良の末生まれた珍しい一つ目のドラゴンだったの。ムートもそうだったし、きっとその子も同じよ。珍しいドラゴンは、貴族の間で集めるのが流行った時期があったから……」


 誰かが、ジェーンのドラゴンを奪った可能性がある————っということか……

 でも、それならあのドラゴンは……?


「特に村長のお姉さんはドラゴンに目がない人でね、よくうちのムートを見ては物欲しそうにしていたわ」

「村長のお姉さん……? え? 村長のお姉さんは、ずっと家に引きこもっているんじゃ……?」


 ————外に出ることもあるのか……?


「ああ、それは二番目のお姉さんのトニコさんよ。私が言っているのは、一番上のお姉さんのバーレさん。ドラゴンの収集家で…………同じくドラゴンの収集家で有名なウェストリア領主ヴィジョン公爵家の次男と結婚して、この村を出たけど……たまにこの村にやってきていたわ。ムートがいなくなったって知って、とても残念そうにしていてね————一緒に泣いてくれたわ」


 それまで話を黙って聞いていたレモントは、俺が思ったことをそのままストレートに言った。


「なんだかとても癖の強いお姉様たちなんですね……」

「ええ、だから弟のニュートくんが村長になったのよ。少ししているところはあるけど、一番だからね」

「————ねぇ、ママ」


 そこへ、マーナの息子が突然割って入る。

 ずっと本から視線は離さなかったが、俺たちの話を聞いていて、何か思い出したようで————


「バーレさんなら、ついさっきこの店に来て銀のカップを買っていったよ? 今日はトニコさんの誕生日だから、お祝いにプレゼントするんだって……」

「え? バーレさん、今日来てるの? 変ね。昨日ニュートくんと話した時は、そんなこと一言も言っていなかったけど……またいつものかしら?」



 ————……嫌な予感しかしない。


 あの一つ目のドラゴンは、ミクスと一緒に村長の家にいる。

 俺たちは急いで、村長の家に戻った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る