第11話 第四皇女


 もうすぐ、ポーションが切れる。

 イグが来たせいで、寝室前の近衛兵の数も増えてしまった。

 ここで刺し殺すことができても、逃げる俺の姿を見られてしまったら、下で寝ているシャンもリーンも、罪に問われてしまう。

 子供がした事は、その親にも責任がある。


 ダメだ。

 ダメだ。

 何をしてるんだ、俺は……——!!


 殺すなら、完璧でなければならない。

 姉上の息子を……唯一、血の繋がっている甥を、皇帝殺しの父親にはできない。


 皇帝殺しは重罪だ。

 一族全員、処刑される。


 また失ってしまうのは…………ダメだ。

 今は、まだ、だめだ。

 殺すなら、誰にも知られずに、暗殺するべきだ。

 もっと、完璧な方法を考えなければ————


 きっと、機会はまた訪れる。

 そう自分に言い聞かせ、俺は急いで寝室を出た。


 部屋に戻ると、すっかり俺は元に戻っていて……

 物音に気付いたシャンが、ドアを背に立っていたこと気づき、上体を起こす。



「————リヴァン? どうした? なんで、泣いてるんだ……?」


 シャンに声をかけられるまで、俺は自分が泣いていたことに気づかなかった。


「…………まさか、皇帝を……?」

「————ああ、でも、できなかった」


 手にしていたナイフは、床に落ちて転がる。


「大丈夫。機会はきっとくるよ。リヴァン。いつか、必ず。焦ることはない」


 シャンは俺を抱きしめて、そう言った。


「なんだよ……急に父親みたいなこと言いやがって————甥のくせに」

「実際に父親だろう? それに、君が俺の叔父だった時間より、俺が君の父親だった時間の方が、ずっと長い」


 なんてややこしい関係だろう。

 皇族とは無縁の、ただの家の息子に生まれ変わっていたら……なんのためらいもなく、殺せたかもしれない。

 生まれた時から、無償の愛をくれる今の家族を失いたくないなんて思いながら、それでも、復讐を諦める気にはなれなかった。



 *



 帝都テントリアに着いて2日目の朝。

 今日の儀式に参加するのは大人のみ。

 その間、子供達は大人たちが大聖堂に行っている間、全員城の南にある庭に集められる。


「なんでこんなこと……つまらない! メイドにやらせろよ」

「仕方がないだろう、こういう風習なんだから」


 テントリアの国葬では、子供達が作る花輪を死体と一緒に埋葬する。

 いつからこの風習があるのか、意味がどうだとかはあまり知られていないが、俺が昔聞いた話では未来を担う子供達がたくさんいるから、安心して安らかに眠るように————とか、そんな意味合いがあるとかないとか。


 不器用な子供は上手く作れずに文句を言ったり、年長者が作業を手伝ったりしていた。

 メイドや召使いは作るのを禁じられている。

 皇族、貴族、高貴な血筋の者が作ってこそ、意味のあるものだという。


 花輪を作っている子供達の中には、第四皇女イグの姿もあった。


「そうじゃないわ! もっとこうして!!」


 昨夜、泣きながら両親の寝室で一緒に寝た幼さはどこへ行ったのか……

 イグは皇女としての振る舞いが完璧だった。

 自信に満ち溢れた表情。

 まだ子供だというのに、大人びた口調。

 他の子供達に次々と的確に指示を出し、そこにいる誰より、皇女だった。


「心を込めて作るのよ。ガイル宰相の功績に見合ったものを作らなくちゃ」


 ————気味が悪い。


 あいつとそっくりな青い瞳。

 偽物の皇帝の娘。

 偽物の皇女。


 自分の持っているもの……その全てが偽物だなんて、夢にも思っていないのだろう。

 気高く振る舞い、そして、そんな自分に酔いしれている。

 絶対の自信。

 なんて、愚かな子供だろうと思った。


 何も知らないクソガキが、権威を振りかざしている。

 まるで、全て自分が正しいというような顔をして……


「————手が止まってるじゃない。どうしましたの?」

「あ……いや……」


 恨めしく見ていると、突然イグと目が合って、しかもこちらに向かって歩いてくる。

 どうすべきか考えている暇もなく、イグは俺に近づいて、そして、作っている途中だった花輪と俺の顔を交互に見た。


「うまくできてると思いますが……困っていることがあるなら、遠慮せずに言ってくださいね」

「困ってない……です」


 イグの後ろにいたメイドの視線が鋭くて、思わず敬語になる。

 このクソ生意気な皇女の教育係だろうか……

 女のくせに、眼光が鋭い。


「そう? ————ところで、あなたどこのご子息? お会いしたことないですわよね?」

「え? あぁ、俺は……イストリアの領主、ルルベル家の長男・リヴァンです」

「ルルベル家……? 初めて聞く名前ね」


 イグが首を傾げていると、そこへメイドが捕捉した。


「ルルベル家は、陛下の亡きお姉様・リアラ様が嫁いだ東の貴族です。イストリアは魔族との国境にある地でございます。イグ皇女殿下が知らなくて当然です」

「お父様のお姉様の子供ということ? じゃぁ、いとこ?」

「いえ、リアラ様のお子さんは一人。とうの昔に成人されていると聞いています。その、ご子息でしょう」

「そうなの?」

「そう、です」

「でも、私とは親戚ってことよね?」


 イグは、まだ親友だった頃のクロと同じように笑った。

 青い瞳以外、どこも似ていないはずなのに、その表情があまりにクロそのもので————気味が悪い。



「私はイグ・デュ=エイデン————第四皇女ですわ。よろしくお願いいたしますね」



 ————違う。


 お前とは、一切血なんて繋がっていない。

 お前の父親は、デュ=エイデン家の人間じゃない。

 貴族でもなく、親に捨てられ、戸籍もない、孤児だ。


 偽物だ。

 お前は偽物の、皇帝の、偽物の子供だ。




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