第12話 星の砂


 花輪を作り終えた後、昼食の時間になると子供たちは中庭から城内へ移動。

 長いテーブルの上には一応喪中ということもあって、豪華というわけではないが子供が好む柔らかいパンとポタージュ、兎の炙り焼き、チェーリーパイなどが食事が並んでいた。

 今この場で、一番身分の高い存在である第四皇女は、当然のように上座に座り、俺はその隣に座らされる。


「どうして、ここなんですか?」

「だって、あなたは私の親戚なんでしょう? それに、イストリアには行ったことがないから、どんなところか興味がありますの」


 イグはまた、クロとそっくりな表情をしてニコニコと笑い、俺にイストリアについて話をするように言ってくる。

 他の子供たちも皇女の機嫌を損ねないように、俺に話すように促した。


「そうですね……イストリアは、2000年の魔族との戦争のせいで町のほとんどが消滅して、今は復興の為多くの建物が————」


 俺は子供達にもわかりやすいように、イストリアには20年経った今でも住む家がなく、路頭に迷っている人がたくさんいる話をした。

 満足に飯を食べることもできず、餓死した人たち。

 そんな人たちを救うために、ルルベル家は私財のほとんどを費やしたが、国は何もしてくれなかったことも……


 イグは俺の話に時折涙を浮かべ、まるで戦争のせいで不幸になった人たちに同情しているかのような、そんな素ぶりを見せる。

 心優しい第四皇女様。

 その場にいた者は、イグに対してそう思っただろう。

 弱者に寄り添う、慈しみの心を持つ皇女様は立派だと……


 もしかしたら、イグは本当に心の底からそう思っていたのかも知れない。

 だが、俺の目には皇女である立派な自分に酔いしれている子供のようにしか見えなかった。


「私が後でお父様に伝えておきますわ。イストリアの人たちのために、支援をしていただくように。ねぇ、ばあや……」

「はい、イグ様。それはこの国の皇女として、素晴らしい行いでございます」

「私はこの国の皇女として、できる限りのことをするわ」



 ————ああ、気持ち悪い。その表情、吐きそうだ。






 *




「————それで、スルスルギの実は?」

「だから、売ってなかったって言ってるだろう。その代わり、これをやるよ」


 イストリアに戻れたのは、予定より二日も遅れた夕方のことだった。

 ミクスは俺の顔を見るなり、土産の新しい魔道書とアコギ草とスルスルギの実を要求して来たが、透明ポーションを買うのに金を使ってしまった俺は、スルスルギの実の代わりに城を出るときにイグから渡された星の砂を渡した。

 なぜか帰り際に押し付けるように渡されて、途中で捨てようかとも思ったがシャンの話だと星の砂はかなり希少価値のあるものらしい。

 よく見れば、入っている瓶も小さいものではあるが装飾に赤い宝石が使われている。

 ミクスの瞳の色によく似ていると思ったし、趣味で独自のポーションを作っているミクスと違って、俺は素材に興味はなかった。


「ちょ、ちょっとこれ!! 星の砂じゃない!! どこでこんな高価なものを!?」

「……そんなに、価値があるものなのか?」

「あるに決まってるでしょう!? 色んなポーションの材料になるのよ!? 暗視、俊敏、滋養強壮、媚薬にも使えるし……持ってるだけで幸福が訪れるとも言われているわ!」


 いつもどこか冷めているというか、どちらかというと慳貪けんどんで無愛想で、子供らしくないミクスが星の砂を見てやけに興奮している。

 そんなに価値があるものを、どうしてイグに渡されたのかよくわからなかった。


「……あ、それと、一つ頼みがあるんだが」

「え? 何よ?」

「透明ポーションって、作れるか? 持続時間はできるだけ長いほうがいい」

「透明ポーション? 素材さえあれば作れるけど……————って、え? 何? 透明になって何する気?」


 ミクスは顔を少し赤らめて手を自分の胸の前で交差しながら後ずさる。

 まったく、どうして、透明ポーションの使い道をそういう下品な方に考えるのだろうか。


「変な誤解するな。お前の裸になんて興味ない」

「失礼ね! じゃぁ、誰の裸なら興味あるの!?」

「だから……使い道はそこじゃないんだって————」


 ミクスには、俺の前世の話はしていない。

 前世の記憶が残っていることは話したが、クロとのことも、殺されたことも……

 ただ、前世の子供が行方不明になっているから、いつか探し出して、会ってみたいと思っていることだけを話していた。

 皇帝に復讐するために魔法を学んでいることを、純粋に魔法が好きなミクスに言えるはずがない。


「じゃぁ、何に使うのよ?」

「いいだろう、使い道は別に……上手く作れば、また帝都に行った時に星の砂を買って来てやるよ」

「言ったわね? 絶対、約束よ?」


 ミクスは笑った。

 イグの気持ち悪いあのクロに似た笑顔とは違って、ミザリに少し似ているこの笑顔が俺は好きだった。


 それから、俺はまたいつものように士官学校に通い、放課後はただひたすらに体を鍛え、魔法を学んだ。

 ミクスは何度か透明ポーションを作って持って来たが、持続時間があまりに短くて作るのになかなか苦戦しているようで……

 それでも、新しい方法をいろいろと試したりして、長時間使える透明ポーションの開発に成功。


 ちょうどその頃だった。

 宰相ガイルが死んで、その地位が息子に引き継がれたのと同じように魔族の間でも変化が起きたのは……


 皇暦2032年の末、マドマⅢ世が新しい魔族の王となる。

 それからたった数ヶ月後の2033年の夏にはそれまでギリギリのところで安定していた魔族との関係が悪化。

 ミクスが生まれ育ち、前世の俺の死体が眠る廃宮殿のあるグリブ村が魔族の軍に占拠された————



【第1章 偽りの皇族 了】



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

この作品は「第9回カクヨムWeb小説コンテスト」異世界ファンタジー部門応募作品です。

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