第2章 旅立ち

第13話 援軍要請


 皇暦2033年の夏、後に歴史上最強の魔王と謳われたマドマIII世は、グリブ村占拠を皮切りにイストリアに進軍。

 先代の魔王との取り決めにより停戦し、復興の途中であったイストリアの町は再び戦火に見舞われることになった。


 同時期に南側のサストリアにも魔族の軍が迫っていた事もあり、帝都テントリアからの援軍は到着が遅れ、常駐の国境警備隊と士官学校の教師、イストリアに滞在していた魔法使い達が応戦するも、半数以上の戦死者が出る。

 イストリアの住人達の多くが避難し、ルルベル家が————姉上たちが生涯をかけて元に戻そうとした町は、たった数日間で死体と瓦礫の山になってしまった。



「それじゃぁ、頼んだわよ、リヴァン」

「わかった。無理はしないでくれよ、二人とも」


 2033年の秋。

 俺は援軍を再度要請の為、帝都テントリアへルルベル家当主であるシャンが脚を負傷し、代わりに向かうことになった。

 女騎士として復帰したリーンと残っているわずかな軍勢でなんとか持ち堪えていたが、援軍無くしてこの状況を変えられるとは到底思えない。

 イストリアに残った一般市民も武器を持って必死に戦った。

 師匠であるフローズも軍に加わって、イストリアを守ろうとしていたが、師匠ももう全盛期のころとは違い魔力が弱くなって来ている……

 とにかく早く援軍を送るよう、直談判するしかない。



 俺は一番速い馬を走らせ、ただひたすらに書状を持って西へ進んだ。

 偽物の皇帝に助けを求めるなんて、屈辱でしかないが、イストリアを守るためにはそれしか方法がない。

 道中出会った旅の商人の話では、サストリアの方は先週の初め頃には戦況が落ち着いているとの話だった。

 ならば、手遅れになる前に援軍をイストリアに送って欲しい。

 兵士の数も、兵糧の数も全く足りていないのだ。


 しかし、ほとんど寝ずに、やっとの思いで帝都テントリアに到着すると、そこは目を疑うような状況だった。


「————なんだ、これは」



 イストリアで皆が生死の狭間にいるというのに、テントリアは町中に色とりどりの旗や花が飾られている。

 商店街は戦争をしている国とは思えないくらい何事もないかのように賑わい、上機嫌に歌い、踊る人々。


「さぁ! 今年も舞踏会がはじまるよー!!」

「そこのおねぇさん! 新しいドレスが入荷したんだ! 試してみないかい?」

「お兄さん、おにぃさん! いい酒が入ってるぜ!! 寄っていかないかい?」


 別世界にでも来たようだった。

 舞踏会?

 何人も人が死んで、今も、みんな必死に戦っているのに舞踏会?


 酒を飲み、笑い合い、歌い、踊り、貴族の無駄に豪華な馬車が何台も城に向かっている。

 行者まで着飾って……

 城門の前まで行くと、次々と近衛兵達の軍服にも羽根がつけられている。

 本当に……

 この状況で、舞踏会が行われるのか?

 それも、帝国中軸のテントリア城で……?


「————止まれ。招待状を持っていない奴は中に入れないぞ」

「……は?」


 門番の男が槍で行手を阻み、俺に向かってそう言った。

 信じられない。

 招待状?

 そんなもの持っているはずがない。

 何を言っているんだ、このバカは……


「俺はイストリアから来た使者だ。領主シャン・ルルベルの代理で、援軍を求めて来た」

「イストリア……? どこだ?」

「は……?」


 何を言っているんだ、こいつ————


「は? じゃ、ない。そんな場所、俺は知らんし、今日は舞踏会の日だぞ? こんな汚いガキを入れてやるわけないだろう。風呂入って出直してこい」

「ふざけるな!! 門番の分際で、この俺を————誰だと思ってる!?」


 ルルベル家は貴族だ。

 それも、皇族と姻戚関係にある。

 戦前より勢力は衰えてはいるが、ただの門番なんかより、ずっと身分が高い。


 俺は身分証を見せたが、門番の男は本物か疑っているようで、その態度にイラついた俺はつい門番の男をボコボコに殴ってしまった。

 すぐに悪いのは門番の方だと証明され、俺は騒ぎを聞いてめんどくさそうに現れた宰相にシャンから預かった書状を渡す。

 新しい宰相は、ガイルの若い頃に顔つきは似ているもののどこか頼りない男で、ぼてっと出っ張った腹がベルトの上に乗っていた。


「なるほど、援軍の要請か……どうしようかなぁ……うーん、まぁ、とりあえず長旅だっただろう? まだ子供なのに頑張ったねぇ……でもねぇ、ちょっと臭いよねぇ」


 こっちは必死だったのに、宰相は自分の鼻をつまみ「そんな汚い姿じゃ皇帝には謁見させられない」と浴場に連れて行かれ、服を着替えさせられ、案内された部屋で「順番が来たら迎えにくる」と何時間も待たされる。

 俺がテントリアに着いたのは、まだ太陽が高い位置にあったのに、すっかり日が暮れてしまって、舞踏会の音楽が遠くの方で聞こえていた。

 深夜になっても、翌日の朝になっても、迎えは来なくて……


「リヴァン・ルルベル様。お待たせいたしました。ご案内いたします」


 結局丸一日待たされ、皇帝の執事が俺を呼びに来て、やっと皇帝と対面できたその瞬間————


「報告します!!」


 急に飛び込んできた兵士が大声で言った。



「イストリアが、陥落しました」






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