第14話 捨てられた地


 帝国軍本部には、各地方の様子を映し出す魔法の鏡がある。

 それは、5つに分裂していたこの帝国を統一した初代皇帝の頭脳ブレイン大魔法使いミラージュが作り出したとされる四つ鏡の一つ————現世鏡げんせきょう


 昨夜、イストリアは魔王軍から放たれた特大の火炎魔法によって炎上。

 戦地にいた人々はその炎上に巻き込まれ、命を落とした。


「今更援軍など送っても、何の意味もないですね。まぁ、イストリアはもともと捨て置くつもりでしたから……」

「でも、イストリアには四つ鏡の一つがあるんだろう? 国宝だぞ? どうするんだ?」

「くれてやったんでしょうよ。四つ鏡といっても、イストリアにあるのは死者を映し出す冥界鏡めいかいきょう。持っていたところで、別に何の役にも立たない」


 イストリアが魔王軍の手に落ちたというのに、人がたくさん死んだというのに、テントリアの衛兵たちは人より国宝の心配をしていた。

 俺だって、冥界鏡の存在は知っている。

 イストリア地方のどこかに隠されているという伝説の鏡だ。

 何年か前にルルベル家に残っていた文献を見つけて、一度探したことはあるが、見つからなかった。

 本当にあるかどうかもわからない、そんなものが人の命より大切だとでもいうのか?


 いつからこの国は、こんな国になった?

 俺が生きていた頃は……

 父上が存命だった頃は……


 皇帝に謁見しても何の意味もないと知った俺は、イストリアに戻る道中でそんなことばかり考えていた。

 シャンやリーンはどうなった?

 ミクスと師匠は?

 士官学校の教師たちは?

 イストリアを守るために、武器を手に戦ってくれた人たちはどうなった?


「やっぱり、イストリアは捨てられたな」

「そりゃそうだろう。先の戦争の時も、ガイル宰相が魔族にイストリアを売ったって噂になっていただろう」

「そうそう……だから、援軍も復興支援も皇帝陛下はほとんど何もしていなかったんだろう?」


 すれ違った老人たちの会話。


「今回も皇帝陛下は援軍を送るつもりなんてなかったんだろうさ。そう考えると、娘夫婦をサストリアに移住させたのは正解だったなぁ」

「ああ、あそこは皇后様の出身地だ。守って当然。ほとんどの軍勢をそちらに費やしたらしいぞ」

「イストリアは捨てられた地だ。まぁ、たかが東の国境地域が落ちたくらいで、我が帝国には何の打撃にもならないさ」


 耳を疑うような話が、次々でてきた。

 ずっとイストリアで復興に尽力してきた姉上の日記には書かれていなかった当時の世界情勢。


 ————捨てられた地。


 それが、この国においてのイストリアの別名であることを、俺はこの時初めて知った。

 やはり、クロとガイルはイストリアを捨てたんだ。

 弟のダイと妻のミザリが死に、娘のジェーンが行方不明になっているなら、皇帝が偽物だと気付ける人間は、姉上しかいなかった。

 許せない。

 嘘を隠すために、土地を、人を捨てただなんて……

 それも、敵国である魔族の国に————


「……こんなの————嘘だ」


 移動魔法と馬を駆使し、何とかたどり着いたイストリア。

 ほとんど魔力も余力も残っていない中で、町を一望できる丘の上から見た光景は、絶望でしかなかった。


 そこに人々が暮らしていたのが嘘よように、家も学校も教会も、復興の象徴になっていた噴水も、何もかも吹き飛んで……イストリアの町は丸ごと消滅。

 魔王軍の軍勢は、積み重なった瓦礫の上に立って笑っている。


「愚かな人間め……われに逆らうからだ…………はははははははははっ!!」


 その中心にいたのは、銀髪の長髪に山羊のような太く大きな角が二本生えた大男。

 瞳は赤く、色素の薄い白い肌にはべったりと赤い血がついていた。


 ————あれが、魔王……?


 すでに動けない、瀕死の人間を見つけては次々と息の根を止めていく。


「ぎゃあああっ」

「はははははっ」

「いぎゃあああああ」

「ははははははっ」


 断末魔と非情な笑い声がイストリアの地にこだまする。

 魔王は戦う意思のない————息絶え絶えな人々を惨殺し、遺体は魔物たちの餌にされていた。

 殺戮を楽しんでいる魔王。

 俺はこの状況に耐えきれず、攻撃魔法を放とうと腰に差していた魔法の杖を手にし、先を魔王に向ける。


 あいつはこちらの存在には気づいていない。

 今なら、れる。

 らなくてはダメだ。

 これ以上、悲鳴も、この気味の悪い笑い声も聞きたくない。


 わずかに残っていた魔力を杖の先に集め、一気に放とうとしたその時、魔王は一瞬こちらを向いた。

 気づかれたと思った瞬間、俺の体は地面に倒れる。


「ダメよ!! 今は、まだ!」

「み……ミクス……?」


 茂みの中から出てきたミクスが、俺を押し倒したからだ。

 魔法の杖は手から離れ、集めた魔力は分散して消えてしまう。


「お前……生きていたのか」

「静かに……! 動かないで」


 ミクスは透明ポーションを俺に無理やり飲ませた後、自分も同じものを飲んだ。


「どうして…………こんなことをしなくても、俺の魔法で————」

「お願い。お願いだから、静かにして」


 もうミクスの顔は見えない。

 けれど、彼女が必死に俺を押さえつけている体温と、涙が落ちた感触だけは確かに感じていた。


「————なんだ? 今、ここに何かいたような気がしたが……」


 一瞬で丘の上に登って来た魔王は、俺たちがいる辺りを見回して首を傾げている。

 俺たちは息を潜め、魔王が早くいなくなるのを必死に待った。


 魔王を間近で見て、初めて気がついた。


 ————勝てない。


 魔王が纏っている強大な魔力。

 明らかなその差に震えが止まらなかった。

 いつかその赤い瞳と目が合うかもしれないという恐怖で支配される。


 ————誰でもいい。助けてくれ



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