第15話 北へ


 魔王軍がさった後、俺はミクスに手を引かれ森の奥にある廃教会へ。

 生き残った数人のイストリアの住人たちと再会する。


「————リヴァン!」

「シャン!?」


 その中には、シャンとフローズもいた。

 シャンはボロ切れのような毛布を脚にかけ、壁にもたれかかっている。

 フローズは魔力の使いすぎのようで、やつれているのが見てわかる。

 とりあえずは二人が生きていたことにホッとして、そこでやっと緊張が解けたのか、力が抜けて俺は腰から地面に座り込んだ。

 けれど————


「よかった……リーンは?」

「……っ」


 シャンは首を横に振る。


「見つかっていない。爆炎に巻き込まれた人を助けに出て……それっきり————」


 リーンの生死は不明だった。

 魔王軍が町を燃やす直前、何とか逃げきれた人だけがこの廃教会で生き延びたそうだ。

 雨風をしのげて、魔王軍から身を隠せるのはフローズが勝手に住み着いていたこの廃教会のみ。

 フローズが結界で魔族や魔物が入ってこられないように守っているが、大魔法使いとはいえ、人間だ。

 その魔力にも体力にも限界がある。


「突然、大きな音がして町の中心に火の玉が落ちたんだ。みんな焼かれて死んでいった……リヴァン、援軍は、援軍はどうなった? 皇帝陛下には会えたのか? 書状は渡せたか?」

「……書状は渡せた。でも、遅かった。あいつは————あいつらは……初めから……————」


 イストリアを助ける気なんて、なかったんだ。

 戦争が始まって、何度も援軍を要請する伝書魔法で書状を送ったが返ってくるのは来たのはすぐに送るという短い文章のみ。

 俺が使者として直談判をしに何日もかけて、やっと辿り着いたのに一日中待たされた上、その間にイストリアがあんなことになっていた。

 もっと早く援軍を送ってくれれば、俺がもっと早くテントリアについていれば……悔やんでも無駄なこと。

 あいつらは最初から、イストリアへの援助などするつもりもなかったのだから……


「そんな……なんて、ひどい……」


 姉上とルルベル家、そして、この地に住んでいる多くの人々が守って来た大切な故郷イストリアは、魔族に完全に奪われてしまった。


「予想はしていたが……やはり、そういうことか……リヴァン、それからミクス。二人ともよく聞きな」


 話を聞いていたフローズの声は枯れている。

 その口で、多くの呪文を唱え、魔力も体力もギリギリのところだったのだろう————


「このまま、私の魔力が尽きたら時期にここも見つかってしまうだろう。みんなを連れて、できるだけ遠くへ逃げるんだ。テントリアに近い方が安心だが……難民を受け入れてくれるかどうかはわからない。とりあえず、北へ————ノストリアへ向かいなさい。ノストリアの領主シルバーナ家なら受け入れてくれるはずだ」

「そんな……! 師匠は……?」

「ミクス、私はここで終わりだ」

「そんなはずない! 私が、私がみんなを守るから!! だから、師匠も一緒に————」

「私の事はいいから、行きなさい。……どうせ私はもう、長くない。最後までこの地を守って死ぬさ。こんな老ぼれより、他のみんなを守りなさい。イストリアの未来は……あとは、お前たちに任せる」

「師匠!!」

「いいから、いうことを聞きなさい、ミクス!!」


 ミクスは泣いてすがったが、フローズは決して譲らなかった。

 そして、シャンも……


「リヴァン、俺もここに残るよ。何とかここまで連れて来てもらったけれど、脚に怪我をしている俺は、一緒に行くには足手まといだ」

「シャン……!! そんな、脚なんて回復魔法で————」


 俺はシャンの脚を覆っていた毛布をめくる。

 わずかだが残っている魔力を使えば、脚の怪我くらい直せると……そう思っていたのに、その脚がなかった。


「どうしたんだよ……右脚————なんで?」

「この廃教会に入る直前で、魔物に襲われたんだ。フローズさんが助けてくれたが、遅かった。リヴァン、これを君に託す」


 シャンはルルベル家の家紋が刻まれた指輪を俺に渡す。


「ルルベル家の当主である証だ。皇帝であるはずの君にこんなことを頼むべきではないかもしれないけど……いつか、もし、いつかまたイストリアを魔族から取り戻すことができたら、その時は、イストリアの当主は君だよ、リヴァン」

「シャン……」

「前世なんて関係ない。リヴァン、君は俺にとって……パパとママにとっては大切なルルベル家の一人息子だ。だから……————君は生きて、生きて、すべてをあるべきところに戻したら、ここへ帰ってきてくれ。俺は死んでも待ってる。ここで……俺たちが生まれ育った、このイストリアで……イストリアは、捨てられた地なんかじゃない」


 シャンはそう言って、父親らしく笑った。

 姉上にも俺にも全然似てないけれど、シャン・ルルベルは、俺の甥で、父親で————最後まで、ルルベル家の当主としてこの地で生きた。

 その意志を、優しさを、俺は絶対に忘れない。


 ああ、涙で視界が歪む。

 最後にその笑顔を、焼き付けておきたいのに————


「行きなさい。さぁ、早く!」


 腕で涙を拭って、俺はミクスの手を引き、残った人々を連れて北へ向かった。

 振り返っては行けない。

 わかってる。

 それでも……


「師匠が……師匠が……」

「止まるな、ミクス。俺たちは、生きるんだ」


 必ず戻る。

 魔王も、偽物の皇帝も、俺たちからすべて奪っていったあいつらを、絶対に許さない————





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