第16話 君も勇者にならないか
皇暦2035年。
魔族との関係はさらに悪化し、東側から魔王軍は侵攻を続け、ついに南側諸国サストリアも魔王の手に落ちた頃、帝都にいる貴族たちがようやく事態の重大さに気づいた。
だが既に領土の約三分の一を奪われ、次はついに王都テントリアへ攻め込まれるのではないかと噂が広がる。
残念なことに魔王であるマドマⅢ世の力は史上最強。
長い間戦争とは無縁だった帝都テントリアでのうのうと暮らしていた帝国軍の大将以上は老人ばかり。
若い軍人たちは半数以上が魔王軍との戦いに恐怖して離脱。
帝国軍の魔法使いたちも、利権争いで制度事態が腐敗していたため、本当に優秀な魔法使いはテントリアから離れた地に分散されていた。
これは国の存続に関わる大問題だと、皇帝の名の下に各地に『勇者』を募る知らせが張り出される。
帝国から勇者と認められ、魔族や魔物たちの討伐をすれば賞金も出る。
しかも、魔王を倒せば賞金の他に、帝国一と呼ばれている第四皇女・イグとの婚姻付き。
つまり、魔王さえ倒せば、どんなに身分が低かろうと皇族の一員になれるという特典付きだった。
その知らせは、当時俺が住んでいたノストリアまで届いたのは、東のイストリアとは気候が違い、一年中ほぼ雪に囲まれているこの地で、やっと雪が溶け始めた頃。
「なによこれ、『君も勇者にならないか』? 皇帝陛下ってやつは、よっぽど暇なのね。それか、バカ」
「おい、ミクス……口が悪いのは治せと領主様に言われたばかりだろう」
「うるさいわね。今は領主様もいないんだからいいじゃない」
「そういう問題じゃない。もう少し淑女らしくしろって話だ。そんなんだから、15歳にもなって小さいままなんだぞ」
「どこ見て言ってんのよ、変態!」
ミクスは自分の胸の前で手を組んで後ずさった。
「そこじゃねぇ、身長の話だ。まったく、なんだってお前はいつもそういう反応なんだよ」
「だって、師匠が言ってたもん。男は声変わりが始まったらケダモノになるから気をつけなさいって」
「あのなぁ……」
————まぁ、否定はできないが……
イストリアが陥落して二年が過ぎ、その間に俺は身長がぐんと伸びて、声変わりも終わった。
髪の色もいつの間にかこの体の母親であるリーンの赤色に近づいて、すっかり大人になったような気がする。
ミクスはあまり変わっていないが、それは半分魔族の血が混ざっているせいだと領主様————今俺たちが世話になっているこのノストリアの領主カイ・シルバーナ公爵が言っていた。
魔族は人間より長生きする分、体の成長、老化の早さも人間とは違うらしい。
シルバーナ公爵は、フローズの古い友人らしく、イストリアの生き残りである俺たちを保護し、住処と仕事まで与えてくれた恩人だ。
礼を言うたびに、「フローズにはたくさん世話になったから、気にしなくていい」と言われている。
二人の間にどんなことがあったのかは、聞いても絶対に話してはくれないけれど……おそらく、男女の関係ではないかと俺は思っている。
フローズの話を話題に出す度に、いつもは心穏やかで優しい夫人の目つきが変わるのだ。
間違いない。
「それに、第四皇女との婚姻って……どれだけ美人なのか知らないけど、まるで娘を商品のように扱ってるみたいで————感じ悪いわ。私、皇帝陛下大っ嫌い」
ミクスは口を尖らせて、不機嫌そうな顔をしている。
この癖も、公爵に止めるように注意されたばかりだ。
「だから、やめろって」
ミクスは公爵夫妻の夫婦の養子になった。
俺も一緒にという話だったが、シャンが死んだ今、俺はルルベル家の当主。
そんなことはできないと断ったのだが、妙に気に入られていて、結局のところ一緒の屋敷で暮らしている。
「わざわざ人相書きまでつけてるし……!! きっと、実際にあったら大したことないわよ」
「わかった、わかった。第四皇女なんて大したことないよ。お前が一番美人だ。この国で一番美人なのはお前だ。それでいいだろう?」
「なにそのまったく心のこもっていない言い方……逆にムカつくんだけど」
「あのなぁ、お前ちょっと最近イライラしすぎじゃないか? 第四皇女が美人かどうかなんて、どうでもいいだろ。大事なのは、これだよ」
俺は、婚姻と書かれている部分を指差す。
「婚姻!? は!?」
「……皇女と婚姻ともなれば、簡単に皇帝に近づけるよな? ずっと考えてたんだ。あいつをどうやって殺すか」
「……ああ、そういうことね。昔からあんたが皇帝を殺したがってるのは知ってるけど————」
「ただ殺すだけじゃ、つまらない」
俺は魔王を殺した後、クロを殺す。
想像しただけで、口元が緩んでしまう。
「魔王を討伐した勇者が、皇帝を殺すなんて、誰も思わないだろ?」
今の俺なら、どちらにも勝てる。
「————笑顔でそんな話するあんたの方がよっぽど酷いわよ?」
そんな自信に満ち溢れていた。
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