第6話 空白の20年


「そんなことも知らないの? ……っていうか、あんた名前————そういえば聞いてなかったわね」

「だから、俺は、ミラルク・デュ=エイデンで……」

「だーかーら! それは皇帝陛下の名前だってば。あんたバカなの?」

「だから、俺が……————」


 ————どういうことだ?


 俺が死んだ時、ガイルがそばにいた。

 ガイルは教育係だったが、かつては父上の親衛隊にいた男だ。

 文武両道で、有能な男だった。

 クロに負けるはずがない。

 皇族を殺した大罪人を、あの男が放っておくはずはない。

 誰か、別の人間を俺の代わりに皇帝にしたのか?

 いや、そんな必要はないだろう。

 俺が死んでも、弟のダイがいる。

 あの後、父上が崩御されたのであれば……


 それが、ミクスの話では今の皇帝の名前はミラルク。

 まさか……

 まさか、ガイルもクロに————いや、あり得ない。

 クロの存在を知っているのは、ガイルと父上、ミザリと離宮にいた数に人のメイドだけだ。

 姉上も、ダイもクロの存在は知らない。


 ミザリは、ジェーンはどうなった……?

 いや、待て。

 その前に……


「リヴァン・————?」


 姉上が嫁いだのは、ルルベル家ではなかったか……?

 そうだ、イストニアの領主バリソ・ルルベル。

 甥っ子は姉上には全く似ていない、黒髪で————


「まさか……————」

「……ちょっと、あんた大丈夫?」


 だめだ。

 確かめなければ……

 考えているだけでは、何も解決しない。


「……上に行くには、さっきの階段を登ればいいんだよな?」

「そうだけど……ねぇ、何? どうしたの急に?」

「なら、行こう。すぐに……俺は、家に帰らないと————」



 棺の中から指輪だけを抜き取って、蓋を閉めた。

 来た道を戻り、階段を駆け上がる。

 その先にあった扉を開けると、ちょうど士官学校の生徒たちが寝床にしていた部屋の中だった。


「————リヴァンくん! ずっと探していたんだよ!! 一体どこへ行っていたんだ!?」

「先生……あの、俺……家に帰りたいのですが」

「何を言っているんだ! こんな状況で返せるわけがないだろう。外に出るのは危険だ」


 教師に言われて気がついた。

 窓の外を見ると、あたりはすっかり暗くなっている。

 外は大雨で、雷も鳴っている。


「現れたんだよ、魔物が!! 嵐も起きている。この部屋は安全だが……他は————……いや、待て、その子は誰だ?」

「え……?」


 俺の後ろに立っていたミクスを見て、教師は目の色を変える。

 銀髪は魔族の証。

 今は冷戦状態とはいえ、士官学校の教師は魔族と最前線で戦って来た。

 魔族に対して、強い嫌悪感を抱いている。


「その髪……魔族!?」

「違います! この子は……魔法使いで————……魔族では……!」


 俺はとっさにミクスをかばった。

 しかし、教師は剣を構える。


「何を言ってるんだ、リヴァンくん! 騙されてはいけない。銀髪は魔族の証。そこを退きなさい!」

「だから……違うって————!!」


 ミクスが魔族ではないって、どうやって証明したらいいのかわからない。

 ……いや、待て。

 確かに、ミクスは自分が魔族ではないと言ってはいたが、本当にそうか?

 魔族には心がない。

 人を簡単に騙す。

 狡猾な生き物だ。

 本当に、ミクスが魔族ではないと証明されたわけではない……


「————その子は私の弟子です。魔族ではありません。まぁ、半分は魔族の血が混ざっていますが……ね」


 そこに、急に現れた水色の髪の女が割って入る。

 女にしては長身で、青いローブと大きな魔法の杖を持っている女だった。


「師匠!」

「ミクス、まったく、勝手にここに来てはいけないと言ったのに……」

「ごめんなさい……でも……」

「ああ、わかっている。あの東屋を見ていたんだろう? また、夢に見たのかい?」

「はい……」


 ミクスの師匠・大魔法使いフローズは、ミクスの頭を撫でた後、俺に視線を向ける。


「リヴァンくんと言ったかな?」

「は、はい」

「家に帰りたいのはわかるよ。君はまだ小さいし、寂しくてご両親に会いたくなったんだろう? 可愛いね」

「いえ、寂しいわけでは……」


 ————早く、確認したいだけだ。

 俺の……この体の————リヴァンの父親が、姉上の息子かもしれない……その事実を。


「しかし、今はこの部屋から出ない方がいい。私の結界で防いではいるが、どう猛な魔物が何匹も現れたんだ。君たち士官学校の生徒たちでは、太刀打ちできるものじゃないよ」

「……それなら、あなたならどうにかできるんですか?」

「できるよ。当たり前だろう? 私を誰だと思ってる? 大魔法使いだぞ?」

「じゃぁ、すぐにどうにかしてくださいよ。何をしていたんですか」

「……————まったく、君とミクスのせいでできなかったんだが……」

「え?」

「私の魔法は強大でねぇ、結果外にいる全ての動物を殺してしまう」

「なるほど……俺の居場所がわからなかったから、使えずにいたんですね?」

「その通り。それじゃぁ、これで全員揃ったことだし……そろそろ、おっぱじめようかねぇ」


 フローズはそういうと、今度は俺の頭をぐしゃぐしゃに撫でて、部屋を出て行った。

 すぐに青い光が放たれて、外にいた魔物たちは気色の悪い断末魔をあげ、全滅。

 空を覆っていた雨雲も消えて、空は夕日色に染まった。


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