第7話 ルルベル家
「————リヴァン? どうしたんだ、こんな時間に……帰ってくるのは明日じゃなかったか?」
本来なら、明日の昼に帰宅する予定だった俺を、父が出迎える。
「まさか、やっぱりパパとママに会いたくて戻って来たのか?」
この親バカな父親は、勝手に想像して嬉しそうに涙を浮かべ、俺を抱きしめた。
色々とめんどくさいが、真実を知るために俺は演じきった。
8歳の子供らしく……この父親が、俺の甥であるかどうか、それが重要だった。
「お父さんの名前って……シャン・ルルベルだよね?」
「そうだぞ? どうしたんだ? 急に?」
「……じゃぁ、お祖父ちゃんの名前は?」
俺が生まれた頃には、すでに祖父母は死んでいる。
確か、魔族との戦争被害にあったこの地域の復興に尽力していたが、祖母が肺を患い病死し、その後を追うようにルルベル家の当主であった祖父も病死したと聞いている。
だが、このシャン・ルルベルの口から祖父も祖母の名前を聞いたことがなかった。
お祖父ちゃん、お祖母ちゃんと呼んでいたからだ。
俺も、確かめたことがなかった。
「お祖父ちゃん? バリソだけど————? お祖父ちゃんがどうかしたのか?」
————やっぱり!
「それなら、お祖母ちゃんの名前はリアラ?」
「——……どうしたんだ? 急に? なんで、母さんの名前を……」
やっぱり、この男は俺の甥だ。
姉上の子供。
全く姉上に似ていない、黒髪の甥。
それが、父親……俺は、甥の息子として生まれ変わっていたのか……!!
「教えてくれ、シャン。一体、この20年の間に、何があったんだ?」
「……え?」
「ルルベル家は、第一皇女リアラが嫁いだ————この帝国で一番の豪族だった。それが、どうしてここまで落ちぶれた!? 姉上がいたのに、どうして、この地が魔族と戦争になったんだ!?」
急に息子に名前を呼び捨てにされて、驚かない父親なんていない。
しかも、そこに息子には教えていないはずの祖母の血筋まで言及された。
何か起きていると察するのには、十分だったのだろう。
シャンは俺の目をまっすぐに見て、尋ねた。
「リヴァン……君は、何者なんだ?」
「————俺は、ミラルク。ミラルク・デュ=エイデンだ」
シャンは、俺の本当の名前を聞いて、崩れるようにその場にしゃがみこんだ。
「……やっぱり、母さんの言っていたことは、本当だったんだ」
*
シャンの話によると、ルルベル家は第一皇女リアラを嫁にもらい、皇族と姻戚になった後、その恩恵を十分すぎるほど受けていた。
当時の皇帝は、一人娘であるリアラを溺愛していたからだ。
しかし、1999年の秋に皇帝が崩御。
第一皇子ミラルクが後を継いで新皇帝となるが、翌年2000年に魔王軍がルルベル家の領地であるこのイストリアに進軍。
イストリアは戦地となり、大変な被害にあった。
ところが、新皇帝ミラルクはイストリアへの支援を最低限しか行わなかったそうだ。
「母はよく言っていた。いくら皇帝になったとはいえ、私の弟は、家族を見捨てるようなことをするはずがない……って。何度か謁見を申し込んだけれど、会わせてもらえなかったと……」
生前、姉上は言っていた。
「もしかしたら、皇帝は別人なのではないか————と……そんなハズがないと思ってはいたけど、鎮魂のためイストリアに来ていた聖女に占ってもらったって……」
その結果が、すでにミラルク・デュ=エイデンは死んでいるというものだったらしい。
何度も姉上はその話を息子であるシャンにしていたそうだ。
あの皇帝は、偽物だって。
でも、そんなことを占いの結果だけで訴えても無駄だ。
不敬罪で首をはねられるかもしれないからと、夫であるバリソが口外しないように諌める姿をシャンは見てきた。
「リヴァンが生まれた時、パパとママはすごく嬉しかった。でも、君は僕とママの子供にしては、天才すぎると思っていたんだ。僕はまぁ、一応、皇族の血を引いて入るけれど、幼い頃は戦時中だったからあまり勉強ができる方でもないし……ママだって、女騎士ではあったけど、頭脳派じゃないしね」
シャンは棚から古い本を取り出すと、それを開いて俺の膝の上に乗せる。
懐かしい文字が並んでいた。
「姉上の文字だ……」
涙がこみ上げてくる。
姉上の書く文字は、読みやすくて、綺麗で、少し右上がり。
「————母さんの日記だ。1999年より前のものは、戦火で燃えてしまったけど……息を引き取る前日まで、毎日書いていたんだよ」
姉上の日記は、俺の空白の20年を埋めるのにとても役立った。
魔族との戦争、帝都から弟のダイが援軍を引き連れて来る途中で、山賊に襲われ帰らぬ人となったこと。
二人目を妊娠中だったミザリが流産し、不審な死に方をしたこと。
宰相の死後、新たにガイルがその地位に就いたこと。
ルルベル家が孤立無援の状態の中、賢明に魔族と戦った記録。
イストリアの復興のために、手を尽くした苦しい日々の記録。
偽物の皇帝に対する、恨み。
そして————
「ジェーンが、行方不明……?」
俺の娘・ジェーンの行方が分からなくなったこと。
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