第8話 復讐の機会
今の皇帝が、ミラルク————つまりは、俺と入れ替わったクロである可能性があまりにも高すぎた。
クロの存在を知っているミザリは死に、ジェーンは行方不明。
俺が殺されたあの場にいたガイルが宰相になっているということは、やはり、あの日二人は結託している。
いつからそうなっていたのか分からないが、クロは姉上とは決して直接会わないようにし、ダイが山賊に襲われたというのも、ミザリの死も何もかもあの二人が仕組んだことに違いない。
姉上の日記によれば、このイストリアに魔族の軍が攻め込んできた時、最初に攻撃された建物内に姉上はいるはずだった。
ところが、シャンが体調を崩したことによって予定が急遽変わったとある。
おそらく、一番最初に命を狙われたのは姉上だ。
運良く命は助かったが、ルルベル家に対して————イストリアの民に対してクロはまったく対応をしていない。
停戦状態にはなったものの、復興支援には協力的ではなかった。
それまで何度も来ていたあの離宮にも、皇帝自ら訪れることはなかったらしい。
「……どうしたの? お義母様の日記なんて広げて」
赤い髪の現在の母・リーンは、夕食ができたことを伝えに部屋に入って来たが、俺とシャンが真面目な顔で何か話している状況に首をかしげる。
「リーン、大変なことがわかったんだ」
「大変なこと?」
「リヴァンは、僕たちの息子は……————皇帝だ」
「……はい? どうしたの、あなた、ついに貧乏で頭がおかしくなった?」
我が子が、実は本物の皇帝の生まれ変わりであることなんて、すぐに信じろという方が無理がある。
ところが、この単純な母は、シャンから話を聞いて泣き出し、そして、部屋の壁に飾ってあった剣を握りしめた。
「なんてこと……許せない!! 私、ちょっとその偽物ぶっ殺して来るわ!!」
「ま、待ってリーン!! 流石にそれは————」
「止めないで!! こんな理不尽なことがあってたまるものですか!!」
リーンは本気だった。
しかし、単身乗り込んで殺しに行くなんて、無謀すぎる。
俺だって、本当は今すぐにでも、あいつを殺しに行きたいが……体はまだ8歳だ。
子供一人の力では当然無理だし、いくらリーンが元女騎士であっても皇帝の寝首をかく前に簡単に殺されてしまう。
「……落ち着け。無策に行動しても、上手くいくはずがない」
前世の記憶を持ったまま、生まれ変わった。
これにはきっと、何か必ず意味があるに違いない。
「————とにかく、俺が本物のミラルクであることは、誰にも言わないでくれ。誰にも知られてはいけない」
機会はいずれやって来る。
俺は、その時に備えることにする。
いつも通り士官学校に通い、体を鍛え、知識を蓄え、そして、あの大魔法使いフローズに魔法を習うことにした。
ミクスは弟子が増えることを不満そうにしていたが、フローズは俺の持っている魔力が異質だと言って、研究がてら弟子になることを許可される。
そして、4年の月日が過ぎた皇暦2032年の夏————
「————宰相ガイルが、死んだ?」
ガイル死亡の知らせが、イストリアまで届いた。
国葬には、世界中から多くの貴族たちが集まる。
ルルベル家も国葬のために帝都テントリアに向かうことになった。
「帝都に行くんでしょう? お土産はそうね、最新の魔導書がいいわ」
「ミクス、遊びに行くわけじゃないんだ。葬式だぞ?」
本当はこの手であの世に送ってやりたかったが、心臓病だったらしい。
帝都テントリアに行くのは、この体に生まれ変わってから初めてのことだった。
あれから、もう30年以上経っている。
帝都はかなり様変わりしているだろう。
「でも、行くんでしょう? 私も行きたいけど、師匠がまだ行っちゃダメだっていうのよ。もっと魔法使いとして成長してから……って」
「今でも十分強いと思うけど……師匠は厳しいな」
「まぁ、私のこの髪のせいっていうのが理由だろうけど……私はローブで隠せば問題ないって言ってもダメだって」
ミクスの銀髪は、魔族と間違われることが多い。
実際、ミクスは魔族と人間の間に生まれた子供で、半分は魔族だ。
これはミクスと出会った後に知ったことだが、魔族が支配するの国境近くの村では、こういう混血の子供はそこまで珍しいものではないらしい。
しかし、帝都に近づけば近づくほど、混血の子供に対する偏見の意識は強くなる。
フローズはそれがわかっているから、帝都にミクスを近づけたくないのだ。
たまに帝都に用事があると行って出かける時があるが、その度ミクスはついてこないように、ルルベル家に預けられ、俺は見張りを頼まれる。
「理由もちゃんとわかってるじゃないか。師匠が一人前と認めるまでの我慢だ」
「でも……」
「……新しい魔導書だけでいいのか? ポーション用の素材は?」
「いるわ。アコギ草とスルスルギの実が欲しい」
「了解。じゃぁ、おとなしく待ってろよ。10日後には帰れると思うから」
「わかった……待ってる」
最初は喧嘩ばかりだったけど、今ではミクスとはすっかり友人というか、同志というか……
同じ師匠の元で魔法を学ぶ者として、関係は良好になっている。
口は悪いし、生意気ではあるが、あと数年でもすれば立派な魔法使いになっていることだろう。
ミクスはたまにしか笑わないが、笑うと少し困ったように眉尻が下がる。
その表情が、少しミザリに似ているような気がしていた。
「じゃぁ、10日後に————」
馬車に乗り込み、俺は今の両親と三人で帝都テントリアへ向かう。
うだるような夏の暑さで、少々到着が遅れは下が、なんとか城門までたどりついた。
到着すると、すぐに国葬が始まり、俺たちは休む暇もなく大聖堂へ。
祭壇に飾られた大きなガイルの肖像画は、俺の知っているガイルより年老いていて————
「それでは、陛下、最後に、別れの言葉を……————」
偽物の皇帝も、すっかり金髪から白髪に変わってしまった。
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