第10話 重なる幸せ
「透明ポーション……?」
「おっ! 少年! 興味あるかい!?」
「本当に透明になれるのか……?」
「もちろんさ! このポーションを飲むと、あら不思議!! 服も体も透明人間!! 愛しいあの子のあんな姿やこんな姿だって、バレずに見れちゃう優れもの!!」
店主の女がそう説明し、興味津々に男たちが集まってくる。
「これを飲めば、女湯も覗けるってか!?」
「その通り! 愛しいあの子の体も見放題! 触ったってバレないさ」
「そりゃあいい! 一つもらおう!」
「まいどー!! ありがとうございます!!」
「俺も俺も!!」
どっと人が……特に男たちが鼻息を荒くしながら群がって、透明ポーションは飛ぶように売れていく。
「おお!! こりゃぁすげーぇ!!」
早速ポーションを飲んだ男の体が、みるみる透明になっていった。
声は聞こえているけれど、数分で本当に姿が消えてしまったのだ。
「……どうする? 欲しいなら早くしないと売り切れちゃうよぉ、少年!」
その様子をじっと見つめていた俺に、店主の女はニヤニヤと笑いながらまた声をかけて来た。
効力が本当なのはわかった。
問題は————
「————持続時間は? ずっと透明のままってわけじゃないだろう?」
効果は人それぞれ。
三十分も経たずに元に戻った人もいれば、一時間を超える人もいたという。
「末端から効果が薄れていくからね、指先が見え始めたら、効果が切れた合図だよ」
「……へぇ、それは面白い」
「買うかい?」
「もちろん」
これはいいものを見つけた。
姿が見えないのなら、子供の体でも、簡単に、あいつを殺せる。
*
「仕方がないだろう? ベッドは一つしかないんだから」
ルルベル家にあてがわれた部屋には、大きなベッドが一つしかない。
「久しぶりに三人並んで寝るしかないわ。いいじゃない、リヴァン。ママは嬉しいわよ」
「……まぁ、確かに仕方がないけど……」
俺の前世がミラルクであることをわかっていても、シャンとリーンにとっては俺が息子であることに変わりはない。
これまでも大事に大事に扱われて来た。
さすがに12歳にもなって両親に挟まれて寝るなんてことはないと思っていたが……
俺が出かけている間に、もう一つベッドを用意されるものと思っていた。
「さぁ、寝よう。明日も朝から儀式があるし……」
「おやすみ。リヴァン」
シャンとリーンが完全に眠ったのを確認すると、俺はナイフを持ってこっそり部屋を抜け出した。
階段や廊下には見回りの近衛兵がいるが、透明ポーションのおかげで誰一人俺の存在には気づかない。
とてもいい買い物をした。
手持ちが足りず、ミクスに頼まれていたスルスルギの実は買えなかったが、これで復讐できる。
あの偽物の皇帝を……この手で殺すことが……
かつて父上が使っていた寝室。
ものをとを立てないようにそっと侵入すると、天蓋付きのベッドの上で、これから殺されるだなんて思いもしていない顔で寝ている偽物の皇帝と皇后。
やはりこの偽物の右目の横には、あの黒子があった。
近づかないとわからないほど小さいが、間違いない。
クロだ。
ずいぶんシワだらけになって、老けているな……
俺もあの時お前に殺されなければ、こんな風になっていたのだろうか————
隣で寝ているこの若い皇后も、本当はミザリであるはずだった。
俺が愛した女は、もう、この世界のどこにもいない。
父上も、姉上も、弟も————みんな、死んでしまった。
行方不明になっているジェーンも、もしかしたら……すでに————
そんな最悪な想像をしてしまうには十分すぎるくらい、俺はこの男を許すことができない。
殺してやる。
殺してやる。
殺してやる。
俺を殺したように、俺から全てを奪ったように……
お前が手にしたものは、何もかも俺が奪ってやる。
俺は手に持っていたナイフを振り上げた。
しかし、その瞬間————
「————お父様ぁ!!」
第四皇女イグが、泣きながら寝室に入って来た。
クロはその声に目を覚まし、起き上がる。
「おお、どうした? イグ。また怖い夢でも見たのか?」
「お父様が死んじゃうの。怖い。血がいっぱい出て、死んじゃうの……死なないで、お父様ぁ……」
「はは……大丈夫だ。イグ。父はまだまだしにはしないさ。ほら、こっちへおいで」
クロはイグを抱き上げると、自分と皇后の間に寝かせる。
泣いているイグの頭を撫で、イグが泣き止むまで抱きしめていた。
「もぉ、イグったら……もう11歳になるんですよ? そろそろ一人で寝ることに慣れてもらわないと困るわ」
「まぁ、いいじゃないか。怖い夢を見たんだ。仕方がない」
「まったくもう……いつまでも甘やかしちゃだめですよ、陛下」
皇后も目を覚まして、注意はしているが娘は可愛いらしい。
愛おしそうに娘を見つめている。
親子三人。
これは、本当は、俺が……————
俺が、手に入れていたはずの幸せだった。
あの日、殺される前日の夜……怖い夢を見たと泣いていたジェーンを、こんな風に、ミザリと二人で————
ミザリとジェーンの姿が頭をよぎる。
悔しくて、悲しくて、どうしようもなくて……
俺はしばらく動けなかった。
何も考えず、すぐに殺せばよかったのに……
「あ……」
何もかも透明だった俺の指先が、見え始める————
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