第9話 偽りの皇族


 本来であれば、俺と、俺の家族がいるべき場所に、偽物がいる。

 側室から皇后になった若い女と俺が死んだ後に生まれた皇子二人と皇女が三人。

 本当の皇族の血は一滴も混ざっていない、偽物の皇族たち。

 金髪なのは一番背の高い皇子一人だけで、それ以外は皆髪の色が違う。

 皇后の他にも複数人いるという側室に産ませた子供だろう。

 瞳の色も、それぞれ母親に似たのか一番下の皇女を除いては皆、青ではなかった。

 若い皇后によく似た顔つきの、第四皇女イグ。


 おそらく、年齢は今の俺と同じくらいだ。

 葬儀が退屈なようで、他の子供たちはあくびをしていたり、自分の長い髪をくるくると指で弄んでいたが、イグだけは心から死者を思っているような————そんな表情をしていた。

 それが異質で、気味が悪い。


「……イグ様、本当に可愛らしいわね」

「そりゃそうよ。皇后様はあの宰相閣下の娘で、絶世の美女よ? あまりの美しさに魔族の血でも混ざってるんじゃないかって噂があったくらいなんだから……」

「ちょっと、そんな話、葬儀の最中にしちゃダメよ」


 この国では、魔族は嫌われている。

 生まれながらに強力な魔力を持ち、魔物とは違い人間と同等の頭脳————そして、人間を見下す傲慢な態度。

 人間にとって、明らかな敵。

 しかし、彼らが我々人間にとって、美しい容姿をしていることは周知の事実だった。

 その美しさで人間を誘惑し、誑かし、弄ぶ。

 ヒソヒソと噂しているどこぞの下級貴族たちの会話。

 この偽物の皇族たちの内情は、それだけで十分なほど俺の耳に届いていた。


 ミザリの死後、偽の皇帝はすぐにガイルの姪と結婚。

 その後、ガイルに娘が生まれると、その娘が側室となってすぐにその姪は外遊先で魔物に襲われ、事故で命を落としたらしい。

 噂では自分が皇后になるために毒を盛った……という話もあるようだ。


「それにしても、第一皇子様だけが金髪というのは不安だなぁ……あんなに美しかった陛下の髪も今ではすっかり白髪になられて————」

「皇帝は代々光の魔法が使える者でなければ務まらない。皇帝陛下にはまだまだ頑張っていただかないと」

「皇后様はお若いし、側室だっているんだ。夜はまだまだ現役だろうさ」

「おいおい、葬式で何の話をしてるんだ。不謹慎だろう」


 各地から貴族たちが集まっているとはいえ、下世話な会話もいくつかあった。

 本当は、何もかも偽物で、その唯一の金髪である第一皇子だって皇族の血は入っていない。

 姉上も、弟のダイそして、俺自身が死んでいるため正統な皇帝の血は、姉の息子であるシャンと今の俺リヴァン。

 そして、行方不明となっているジェーンにしか受け継がれていない。


「そういえば、第一皇女様の行方って、まだわかっていないの?」

「ああ、幼い頃に家出したって話だろう? 生死すらわかってないさ」

「俺が聞いた話じゃ、魔族の男に誑かされたって聞いたぞ?」

「おいおい、流石に誑かされるには早すぎるだろう。いなくなったのは、まだ子供の頃だし、人さらいにでもあったんじゃないか?」

「そうだよ。確か、異色狩いしょくがりが横行していたころだろ?」


 ————いしょくがり?


 聞きなれない言葉に、俺はついその話をしていた男の方を見た。

 立っている位置、そして服装からして下級貴族。

 それに、毛量の多いチリチリの黒い髪……どこか既視感がある。

 前世で俺は、この男に会ったことがある————そんな気がしていた。


「……おじさん、貴族狩りって何……?」


 こういう時、正直子供であることは利点だ。

 どこにでもいる何も知らない貴族の子供のフリをして、俺はチリチリ頭にそっと近づいて尋ねた。


「ん? なんだ、そんなことも知らないのか?」

「うん、どういう意味?」

「俺がまだ10代の時……今から30年くらい前だな、流行ってたのさ。珍しい髪色の子供と若い女が次々行方不明になった。犯人は魔族と通じてる役人だったらしくてな、戦時中のどさくさに紛れて、魔族に人間の子供を売り、女は慰み者に————あ、子供に言っても慰み者ってのは意味がわからないか」


 チリチリ頭はニヤニヤと笑っている。

 あまりにも下品で、こんな低俗な男が貴族であることが恥ずかしく思えた。

 俺がまだ生きていた頃は、貴族は下級であっても皆、品性にあふれていたものだが……


「……まぁ、とにかくだ。女も子供も、髪の色が変わっている奴が魔族から好まれていたみたいで……第一皇女様は金に少し赤みのあるピンクゴールドの髪だったし、狙われたんだろうよ」


 チリチリ頭の話によれば、当時、魔族と戦争をしていたその裏で、どこかの役人が人身売買的なことをしていたらしい。

 のちに事件が発覚して、関わった人間は処刑されたが、多くの女子供が魔族側に売られ、犯され、魔族と人間の間に生まれた————ミクスのような存在が国境近くの村には多くいるそうだ。

 おそらく、ミクスも異色狩りにあった被害者と魔族の間に生まれたのだろう。

 そうでなければ、半分魔族の血が混ざっているというのに、あそこまで魔族を憎むこともない。


「先代の皇帝陛下様が崩御されてから、すぐに魔族との戦争も起きたからな……あの時期は、情勢が不安定だったんだ。でも、陛下と宰相閣下の力で今じゃぁここまで平和を取り戻した。もっと長生きして欲しかったなぁ……」


 チリチリ頭はガイルの肖像画に視線を移し、少し目に涙を浮かべていた。

 それがあまりにわざとらしく、疑問に思ったが偽物の皇帝がガイルに向かって別れの言葉を告げた直後で、上級貴族たちが泣き始めたのだ。

 空気を読んだのだろう。


 全く聞いていなかったくせに……

 そういう部分はちゃっかりしているんだな……



 *



「それでは、参列の皆様には城内と近隣の宿にお部屋を用意してありますので、名前を呼ばれた方は順にこちらへお越しください」


 国葬は貴族だけでなく、一般市民も参列する。

 先に貴族たちが献花をして、二日後に土葬となる。

 地方から集まった貴族たちのために、城内のゲストルームと近隣の宿が振り分けられた。

 呼ばれるのは皇族と近しい貴族からで、俺たちルルベル家は城内に部屋が振り分けられる。


「え……? この上の階に皇帝の部屋が……!?」


 シャンは驚いていたが、ルルベル家は姻戚だ。

 当然といえば当然の扱いだった。

 大聖堂では遠く離れていたが、こんなに近くに憎い相手がいる。

 できることなら、今すぐに殺したい気持ちをぐっと抑えて、俺は一人、30年以上ぶりに商店街へ。

 夜になるまでまだ時間があるし、帝都テントリアへ来たのは本当に突然決まったことでろくな準備もできていない。

 少し頭を冷やそうと、そう思っての行動だった。


 帝都テントリアの商店街は、この国で一番物が溢れている場所だ。

 30年前と変わらず賑わってはいるがやはり時が、俺が贔屓にしていた書店は、全く別の酒屋に変わっていた。

 ミクスに新しい魔道書を買っていこうと思っていたが、これでは書店がどこに何があるかさっぱりわからない。

 そう思っていると、一際目立っているド派手な外観の道具屋が目につく。


「さぁさぁ、皆さん寄ってらっしゃい! 見てらっしゃい! 新発売の透明ポーションだよ!! これを飲めばあっという間!! 体が透明に!!」


 店主の女が大声でそう言った。


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