第34話 西へ


「イストリアのどこか……って、ずいぶんざっくりじゃないか。場所の見当はついているのか?」


 俺はルルベル家に残っていた文献を頼りに探したが、見つけられなかった。

 イストリアの多くは山だ。

 この帝国の他の地域より広い。

 だからこそ、魔族が住む土地と隣接している部分も多い。

 古い歴史書によれば、イストリアは帝国統一前、もっと東の端までの広い領土だった。

 俺が皇太子だった頃には、魔王軍に領土の半分を奪われていて、三年前のあの戦争ですべて奪われるまでは、常にギリギリのせめぎ合いだったらしい。

 それが、今ではイストリアを超えて、南のサストリアまで侵攻を進めている。

 魔王軍に支配されている土地で、どうやって見つけ出すというのか……


「ストレガ村よ」

「ストレガ村?」


 ストレガ村は、これから俺たちが目指そうとしているところだ。

 ウェストリアで有名な魔法使いの村。

 銀細工でも有名な、ミザリの出身地。


「ストレガ村の村長なら、場所がわかるそうなの。あの村の村長は代々、四つ鏡を作った大魔法使いミラージュの子孫で、その場所がわかる地図を持ってる」


 ミクスの話によれば、大魔法使いミラージュはストレガ村の出身。

 その子孫でなければ、あの四つ鏡が壊れたり、劣化した際に修繕することができないようになっている。

 そのため、ストレガ村に行けば四つ鏡の場所を示す地図があるとのことだった。

 シルバーナ公爵は20年ほど前に友人とウェストリアを旅行した際、その地図を特別に見せてもらったらしく、それがあればイストリアのどこに冥界鏡があるかすぐにわかると言っていた。


「シルバーナ公爵は友人って言い張ってるんだけどね……多分、師匠よ。この話をした時の夫人の顔、すっごい怖かったもの。まぁ、師匠じゃないにしても、女ね」


 普段おっとりしている公爵夫人は、基本的に優しいがかなり嫉妬深い。

 シルバーナ公爵は浮気を疑われる度に友人だと言い張っているが、若い頃は女癖がかなり悪かったなんて噂で聞いたことがある。

 その度に、あの温厚な公爵夫人は鬼のように怒っていたらしい。


 目的地が同じということもあって、ミクスは俺たちと一緒にストレガ村へ行くことになった。

 レモントとウォリーは、「魔法使いなんて探さなくてもここにいいのがいるじゃないか」とミクスを仲間に加えようと言ったが、俺は断固として拒否。


「ミクス以上の魔法使いは、俺だって知らない。でも……」


 これ以上、何も失って欲しくない。

 ミクスを育てた師匠・フローズから、俺はミクスの過去を聞いている。

 魔族と人間の間に生まれた孤児。

 父親は魔族の男で、母親は魔族の奴隷だった。

 同じように奴隷として買われ、妊娠後に捨てられ……魔族の子供を身ごもった女だと差別され、居場所を失っていた人たちが暮らしていた集落で生まれたが、同じ魔族との混血の子供の魔力が暴走したことにより集落は崩壊。

 多くの人が死に、ミクスの母親も巻き込まれてた。

 偶然イストリアを旅していたフローズが、その集落で唯一生き残っていたミクスを見つけて、育てることになった。


 本当の親も、育ての親も失って、やっとノストリアで普通の……年相応の女の子らしく友人ができて、笑うようになったミクスを、危険な目にあわせたくはない。

 理由を説明したら、不機嫌だったミクスも納得したようだった。


「それでも、行く前に挨拶くらいして欲しかったわ……」

「それは、ごめん」

「まぁ、あんたがそこまでいうなら、魔王討伐のパーティーに私は入らない。でも、ストレガ村で私以上の魔法使いが見つからなかったら————行くからね」

「え……?」

「私だって、これ以上、あんたに大切な人を失って欲しくないのよ……私にとって、あんたは————……」


 消え入りそうな声で、ミクスは何か言いかけた。

 だが、その時、邪魔をするように強い風が吹いて、その先は聞こえない。


「今なんて……?」

「な、なんでもないわ!」


 なぜか少しだけ頬を赤らめて、ミクスはごまかした。


「とにかく、私が認める魔法使いじゃないとダメって話!! それと……その手に持ってるのって、もしかして聖剣? ずいぶんボロボロだけど」

「あ、ああ。聖剣サークロだよ。2000年以上前のものだからな……」


 ストレガ村に行くのは、魔法使い探しだけではない。

 このボロボロの聖剣サークロと鞘の修繕のためでもある。

 実は途中立ち寄った村や町で鍛冶屋を見つけては、修繕できないか聞いて回ったのだが、どの鍛冶屋もここでは難しいと言っていた。

 ストレガ村にある老舗の鍛冶屋なら、修繕できるはずだという話だ。


「なるほどね。まぁ、善は急げだっていうし……早く行きましょう。ところで、あんた今いくら持ってる?」

「え? 手持ちなら金貨3枚くらいだが……勇者バンクに行けばま20枚くらいあるぞ」

「そう! じゃぁ、悪いんだけど、後で返すから1枚かしてくれない?」

「……何に使うんだ?」


 あのシルバーナ公爵のことだ。

 旅費なら十分すぎるくらいミクスに渡してると思うが……


「いやぁ、その……ここに来る前の村で、面白い素材があったから、つい買っちゃって……」

「要するに、旅費を全部つぎ込んだってことか?」

「うん、ごめん……」


 ミクスは他はしっかりしているのだが、ポーションの素材には湯水のように金を使ってしまう悪い癖がある。


「わかった。金貨一枚くらい別に構わない。返さなくていい」

「でも……?」

「その分きっちり働いてくれよ」

「当たり前じゃない!」


 こうして、俺たち4人は西を目指して歩き出した。



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