第30話 偽物の勇者
勇者ブロン一行とテントリア軍の行進を見送った後、俺たちはイグを助けた礼として、皇帝から褒美を賜ることになった。
「面を上げよ」
二年ぶりに正面から見たクロ。
青かった瞳の色が片方、濁っているように見えた。
そういえば、最近、目の病を患っていると噂で聞いたことがある。
どこか焦点が合っていないような気もするし、顔も二年前よりだいぶやつれているような……
「我が娘、イグを助けたと聞いた。礼を言うぞ」
「めっそうもございません。この国の勇者として、皇女様をお救いするのは当然のことです。それに、相手が皇女様でなかろうと、人攫いなど外道のすること。これを機に、国としても取り締まりを強化していただければと思います」
「うむ。検討しよう。それと、イグから聞いたのだが……リヴァンよ、そなたはイグと婚姻するために勇者となり、魔王を倒そうとしていたと聞いたが、事実か?」
「……はい」
あのバカ皇女がどう話したのかわからないが、俺とイグは以前から恋仲だった————というような妙な解釈をされているようだった。
「そなたも見ただろうが、魔王討伐のため、すでに別の勇者が旅立った。すまぬが、お前のその願いは聞き入れることはできぬ。勇者ブロンの申し出により、イグはブロンの婚約者となった。その代わり、別の褒美をやろう」
「……そうですか」
やはり、このままでは俺の計画は変更しなければならない。
魔王を倒し、イグを婚約者として完全にこちらを信頼させた後、殺すつもりでいたのに……勇者ブロンめ、余計なことを————
でも、あの勇者一行の様子がおかしかったことが気になる。
どうしようか考えていると、玉座のそばに大きな鏡があることに気がついた。
あれは確か、帝国軍本部に置いてあった現世鏡だ。
軍本部に置いてあったものを、ここへ移動させたのだろう。
映し出されているのは、魔王討伐のために旅立っていった勇者一行の姿だった。
————そうだ……!!
「皇帝陛下、それでは大魔法使いミラージュが作り出したとされる四つ鏡の一つ、
「写実鏡? 真実の姿を映し出すとされているあの鏡か?」
「はい。実は、確かめたいことがあるのです」
「確かめたいこと……?」
俺は、現世鏡に映っている勇者の顔を見ながら、進言した。
「陛下より正式に魔王討伐の命を受けた勇者を疑いたくはないのですが、俺にはあの勇者がどうも本物の勇者には思えないのです」
「なに……!? 貴様、あの勇者は皇帝陛下が直々にお会いになって、その功績を認めた上で魔王討伐に出たのだぞ!?」
皇帝の護衛官が、皇帝の判断が間違っていたというのかと怒っていたが、俺は構わずに続ける。
もし、俺の見立て通りあれが偽物だったなら、何か事件が起こる前に防ぐべきだろう。
関係のない人間に被害が及ぶ可能性がある。
だが、まだ勇者となって間もない俺を信頼させるには、事件を起こさせた方がいい。
だからこそ、必要なのは写実鏡だ。
「ですから、写実鏡で確かめさせていただきたいのです。こんなご時世です。もしも、ということは起きます。もし、ブロンが魔王の手先だったらどうしますか?」
「魔王の手先? どうして、魔王の手先が勇者になる必要がある?」
「そこまではわかりません。しかし、俺はここへ来る前、魔族が人間のふりをして、村人たちを脅し、騙して、殺している現場に遭遇しました。野蛮な魔族の考えなど、わかりたくもありませんが……現世鏡に映しだされている勇者ブロンの姿を、写実鏡で確認したいのです。私のこの不安が、徒労であったと証明するためにも」
「しかし……写実鏡があるのはウェストリアだ。こちらへ取り寄せるのには5日ほどかかるぞ? 先日の崖崩れの影響でさらに遅れが出るかもしれない」
知っている。
その5日が必要なんだ。
普通なら5日もあれば、勇者一行は魔王がいるイストリアの近くまでたどり着ける。
あれが偽物の勇者なら、何か企みがある者なら、その5日間のどこかで動くはず。
「わかっています。どうか、お願いします、陛下」
「……構わないが、それが褒美になるのか?」
「俺にとって、魔王討伐が何よりの目標です。倒すのは俺でなくても構いません。イグ様とのことは残念ですが、何よりもあの憎き魔王を亡き者にしたいのです」
この国のためを思う、物分かりの良い勇者を俺は精一杯演じた。
クロはそんな俺に忠誠心を感じたのか、ひどく感動しているようですぐに写実鏡を取り寄せるように指示を出す。
俺は写実鏡が届くのを待っている間、城にとどまり、皇帝はもちろん、他の皇族や宰相、執事やメイドたちの懐に入り、彼らが俺に対して良い印象を持つように努めた。
そして、俺の予想通り、勇者一行が魔王討伐に旅立って5日目。
事件が起こる。
現世鏡に映し出されたのは、イストリアの前で待ち構えていた魔王軍に奇襲を受けるテントリア軍。
やはり勇者ブロンは、テントリア軍を潰すために魔王が仕組んだ偽物の勇者だった。
その悲劇から一足遅れて、テントリアに到着した写実鏡でブロンの姿を確認すると、ブロンの真の姿が映し出される。
金髪に見えていた髪は、黄色に染められた銀髪。
仲間の魔法使いや戦士たちは、すべて既に死んでいる死体を利用した
「そんな……!!」
「なんということだ……!!」
鏡に映る悲劇を見つめながら、俺は広角が上がるのを抑えるのに必死で、手で口元を隠す。
「勇者リヴァンよ……そなたの言った通りだった。我々は、なんて愚かなことを…………!」
城にいる人間が、俺こそが勇者だと認めた瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます