第29話 迂回
「————え? 通れない?」
「ああ、昨日の大雨で崖崩れがあってな、見ての通りだ」
本来なら5日で着く予定だったが、一昨日から降り続けた大雨の影響で、進むのが遅れた俺たちを待っていたのは、最悪の知らせだった。
テントリアへ行く一番の近道である山道が、崖崩れで塞がれてしまって、崩れた土砂や岩の撤去に4日かかるらしい。
「この道は今使えないから、向こうの道を使ってくれ。道なりに行けば左側に大きな橋が見えてくるから、そこを渡るしかない。かなり遠回りになってしまうが……」
「どのくらいだ?」
「それでも、3日はかかるかな? まぁ、あんたら見たところ、勇者だろう? 腕に覚えがあるなら、山ん中突っ切って進む方法もあるが……————魔物が出るぞ?」
撤去作業をしていた男は、山に出る魔物の話をした。
なんでも、テントリアでどこぞの貴族が飼っていた魔物が山に捨てられ野生化してしまって、人を襲うらしい。
去年の秋、冬眠前に多くの人を襲ったとかで、結構な被害にあったらしいのだが、駆除されていないのだとか。
「もう冬眠からはとっくに目覚めてるだろうからな、山ん中は危険だけど……一応、賞金がかけられてる。魔族と同等のな」
「魔族と同等……? それは、かなり凶暴なやつなんだな……」
流石にイグを連れた状態で、そんな危険な場所には行けなかった。
どの程度の魔物か話だけではわからないが、無傷で届けてこそ意味がある。
仕方なく迂回ルートを選択し、所々にある勇者協会に加入している宿や野宿を繰り返して、俺たちはなんとかテントリアにたどり着いた。
三年ぶりのテントリアはあの時と変わらず、にぎやかで、魔族との戦争が今も続いているとは思えないほどだった。
「————イグ様!! いったいどこに行っていたのですか!!」
「ご、ごめんなさい、ばあや」
「急にお城を抜け出して……どれだけ心配したことか……!!」
イグの世話係のメイドは泣きながら怒っていて、散々イグに説教をする。
「こちらの勇者様たちが、私を助けてくださったの。相応のお礼をしたいわ。あと、お父様にもお話ししたいことがあるのだけど……」
「陛下にですか? もちろん、謁見の時間があるか確認いたしますが————今すぐには難しいかと……」
「え? どうして?」
家出した娘が帰ってきたというのに、出迎えもしないのかと思えば、メイドは信じられない話をした。
「勇者が皇帝陛下と謁見中なのです」
「え? 勇者様?」
「ええ、魔王討伐の条件を揃えた勇者が昨日から来ているのです。イグ様もご存知でしょう? 魔王討伐には勇者を含む四人以上のパーティーと、魔王軍の将軍を二人以上と一級以上の魔物を50体以上倒した実績が必要です。その条件を全て満たした勇者ついに現れたのです」
その勇者は、サストリア出身のブロンという男だった。
ブロンは戦士、僧侶、魔法使い、狩人とパーティーを組み、魔物と魔族を倒し、勇者として皇帝に認められ、正式に皇帝から魔王討伐の命を受けてに来ていた。
「よかったですね、イグ様。ブロン様は皇后様と同じサストリア出身です。同郷ですから、きっとお話も合うでしょう。年齢は三十歳と少々上ではありますが、魔王を討伐した男ともなれば、とても頼り甲斐があるでしょうし」
最悪の事態だ。
俺以外の勇者に、魔王を討伐されたら……計画がダメになる。
「そ、そんなの困るわ!! 私は……私は……!!」
イグは顔を真っ青にしながら、俺の方を見つめる。
助けを求めるような目をしていたが、助けてほしいのは俺の方だ。
俺が魔王を倒してこそ、最高の復讐ができるというのに————
「とにかく、ばあや! この方達を案内して。勇者様は私の部屋に……」
「勇者様……?」
メイドは怪訝そうに俺の方を見る。
つま先から頭のてっぺんまで、まるで品定めでもするかのように観察すると、鼻で笑った。
「赤髪の勇者なんて、使い物になりませんよ。それより、ブロン様は金髪です。光の魔力の持ち主です。あのお方こそ、イグ様にはふさわしい。代々デュ=エイデン家には窮地を光の魔力を持つ者たちの手によって救われて来た歴史があるのです」
メイドは俺たち三人を他のメイドに客室に案内するよう命令し、イグの俺を自分の部屋に連れて行くという命令は無視して、戸惑っているイグを無理やり何処かへ連れて行ってしまった。
「……おいおい、どうするんだ、リヴァン」
「このままじゃ、皇女殿下との婚姻もなしになるぞ?」
「そう言われても……」
————くそ!
とにかく、そのブロンとかいう勇者一行の魔王討伐は阻止しなければ……!!
この時、俺はかなり焦った。
こんなことなら、迂回なんてせずに山を突っ切ってでもテントリアに入ればよかっと後悔した。
ところが、その後、皇帝から正式に命を受けて三日後、魔王討伐に向かう軍勢の長い隊列を見送った時、俺は妙なことに気がつく。
先頭を歩いていた金髪の勇者ブロンから、俺は人間の魔力を感じなかった。
人には、魔力が流れている。
魔族や魔物の持つものとは質の違うもので、ノスタリアの士官学校では、訓練を積むと相手の魔力の種類や大きさが見ただけでわかるようになる。
髪は確かに金髪だったが、纏っている魔力は人間の魔力というより、魔族のそれに近い。
後ろを歩いている仲間たちも、なんというか、何かが違う気がした。
姿形は、確かに人間なのだが……四人ともどこか顔色が悪く、動きもぎこちない。
————どうなってる?
「なんだ? あれ?」
「変だよな? 勇者一行というより、あれじゃぁまるで……」
レモントとウォリーもその違和感に気づいたようで、首を傾げていた。
「魔族が人間に化けているみたいだ」
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