第28話 皇女と初恋


 確信していたわけではない。

 ただの偶然だった可能性だって十分にあった。

 3年前、俺がイグと過ごした……といっても、他の貴族の子供達と一緒にいたのは数時間しかなかった。

 その数時間の間に、皇女から好意を寄せられる意味がわからなかったし、偶然なのだろうと……

 しかし、今その話をするということは、そういうことだ。


「初めてお会いした時、あなたが話してくれたでしょう? 故郷であるイストリアのお話。私、あの時のことが忘れられないんです。故郷を思って憂いているような瞳……お姿が忘れられなくて……私とほとんど変わらない年齢なのに、私にはあなたのその姿がとても大人びて見えて……」


 何をいっているのかわからなかった。

 それの一体どこに、俺に惚れる要素があったのだろうか。

 お前の父親が捨てた地の話だ。

 戦争、停戦、復興、再戦、敗北。

 イストリアが魔王軍の手に落ちたのは、お前の父親のせいだ。


 3年前、イストリアについて話すように言われた俺は、お前の父親がしたことを責めるつもりで話したのに、どうしてそれが、この皇女から好意を向けられることになったのか、さっぱりわからない。


「イストリアでは、たくさんの方が亡くなったと聞きました。あなたも巻き込まれてしまったのではないかと、私は不安でした。でも、ノストリアのシルバーナ公爵夫人と以前城でお会いした時、聞いたのです。あなたがシルバーナ公爵家に身を寄せているというお話を……私は、あなたに会いに城を出たのです」


 鳥肌が立った。

 あまりにも気持ちが悪い。

 誰のせいで、こんなことになったのか……————このバカは何もわかっていない。


「おいおい! なんだよ、リヴァン! 皇女殿下とできてるとか聞いてないぞ! それじゃぁ、君は最初から魔王を倒して、イグ皇女殿下と婚姻するつもりだったんだな?」

「え……?」


 このバカ皇女を愛しているから、そうしたいと思ったわけではない。

 だが、イグはレモントの話を聞いて、嬉しそうに俺を見た。

 キラキラと瞳を輝かせ、「あなたも私と同じ気持ちだったのですか」とでも言い出しそうだった。


「……ああ、そうだ。俺も、あの日、初めてあなたとお会いした時に……それで、勇者になりました。あなたを、他の男に取られたくはありませんから」


 ————嘘だ。

 お前なんて愛してない。

 俺が愛しているのは、ミザリだけだ。


 まるで本当に心の底から慕っていたのような表情を作って、笑いかけるといっそうイグの顔は赤くなった。


「俺は必ず、魔王を倒してあなたを手に入れます。この国のために戦って、あなたにふさわしい男になってみせます」

「勇者様……」


 なんて簡単な女だろう。

 手の甲に軽く口づけすると、イグは涙を流しながら喜んでいた。

 レモントとウォリーが羨ましそうにこちらを見ている。

 ああ、これが絶望に変わった時、お前はどんな表情をするのだろうか……

 楽しみで仕方がない。



 *



 聖剣サークロの鞘も手に入れたし、オークション会場から商品を二つ盗んだ俺たちは、夜になってすぐにこの町を後にした。

 今、イグに死なれては困るし、これ以上厄介事は増やしたくない。



「いやぁ、それにしても、まさかリヴァンが勇者になった理由が皇女殿下だったとは……! お前もやはり隅には置けないな」


 オークションで売り飛ばされた時にかなり酷い扱いを受けたのだろう、町のはずれにあった教会に泊めてもらうことになったのだが、イグはぐっすり眠っていて、ウォリーが風呂に入っている間、レモントはワインを持ってきた。


「おい、どこから持ってきた」

「ここの司教はワイン好きで有名なんだよ。ちょっとくすねてきただけさ」

「まったく、お前は僧侶のくせに女も酒も飲むのか……」

「リヴァン、僧侶だって人間だ。一人の男で、夢だってある」

「どんな?」

「家族を殺した魔族をぶっ殺して、乳のでかい女と結婚する」

「お前なぁ……」

「リヴァンだって皇女殿下との婚姻目当てに勇者になったんだろう? 同じじゃないか」


 ————違う。

 俺が勇者になったのは、復讐のためだ。

 俺から家族を奪った魔王と、クロに復讐するためだ。

 だが、そんなことはレモントに言う必要はない。

 魔王討伐には、勇者一人ではできない。

 最後は皇帝から軍を借りる形になるのだ。

 使える仲間とパーティーを組んで、ある程度の実績を残してから皇帝に謁見し、魔王討伐の命を正式に受けなければならない。

 だからこそ、勇者登録が必須で、あのクソみたいに長い説明書にはパーティーは最低でも勇者以外に3人必要だと書かれていた。


 レモントも、ウォリーも、その最低限を埋めるためのコマにしか過ぎない。

 女好きだが一応僧侶としては使えるレモントと、かなりめんどくさいが戦士としては一流だと村長からお墨付きをもらっているウォリーが仲間になったのは偶然だ。

 馴れ合うつもりはない。

 それに魔王を倒せば、すぐにパーティーは解散だ。


 魔王討伐後、俺はクロを殺しに行く。

 レモントとウォリーを共犯にするつもりはない。

 もし、本当の理由を話してしまったら、関係ないこいつらを巻き込んでしまうことになる。


「ところで、初恋なのか?」

「……は? 何が?」

「だから、皇女殿下のことだよ! お前も初恋だったのか? ん? どうなんだ?」

「……まぁ、そういうことだ」

「そうだよなぁ、あんな美人だし、きっと子供の頃も超可愛かったんだろう? 皇后様に似てるって話だったが、皇后様って確か乳がでかいんだ。これからもっと大きく成長するんだろうなぁ」

「レモント、お前は本当に、頭の中は乳しかないのか?」


 呆れながらワインに口をつけた。

 ワインなんて、何十年ぶりだろうか……

 この鼻腔に広がる芳醇な香り。


 ラベルを見ると、ウェストリアで一番有名なワイナリーのものだった。

 ミザリが好きで、良く飲んでいたな……


「やっぱり、女は乳だろう?」

「————オレは、乳より尻派だ」


 そこへ、風呂から出たウォリーも加わる。


「女神様の後ろ姿、尻の形がまた美しかったんだ」

「ウォリー、わかってないなぁ、尻も確かにいい。だが、やはり結局は乳なのだよ」


 レモントとウォリーは乳と尻の話しかしていなかったが、俺はそんな二人のやりとりを見て、前世のことを思い出した。


 ————俺も良く、クロとこんな風にどうでもいいことで盛り上がったな……


 あの時は、親友とはこういうものだと思っていた。

 隣にいるのが当たり前で、好きなもの、嫌いなもの、とにかくいろんな話をしたものだ。


「……そんなのはどちらでもいい。それより、この後のルートだが……一度テントリアに向かおうと思う」


 本当はウェストリア地方にある魔法使い住む村に行くつもりだった。

 魔法使いといえば、一番有名なのはノストリアなのだが、あそこで別の魔法使いをパーティーに入れてしまえば、ミクスにどれだけ嫌味を言われるかたまったものじゃない。

 ウェストリアにも有名な魔法使いの住む村がある。

 俺の本当の初恋相手————ミザリの出身地だ。


「皇女殿下を送り届けたら、ストレガ村に行くぞ」






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